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不正予防のための組織風土醸成―心理的安全性の高め方―

I. 不正防止における「心理的安全性」の重要性

近年発覚した会計不正や品質偽装などの大規模な不正事案のほとんどで、「ものが言えない」「事なかれ主義」「隠ぺい体質」等、組織風土の問題が指摘されている。これらは不正が発覚した組織のみに限らず、程度の差こそあれ多くの組織が共有する問題といえるのではないだろうか。

一般に組織風土問題の背景には、周囲と自分との間のコミュニケーションギャップに由来する認識のズレがある。このズレが是正されず乖離が深まっていくと、意図を読みあう「忖度」が、明確な指示のないまま組織不正へと向かったり、何かおかしいと思っても声を上げる動機が得られず、不正を組織全体として見逃すという事態が起こる。

これらを解消するには「発言による不安がない状態」、つまり「心理的安全性」が高い状態を作り上げることでコミュニケーションギャップを埋め、メンバーの抱える問題を組織として解決できるようにする必要がある。

II. 心理的安全性を高める3つの働きかけ

一般に、組織風土は個々人の行動や判断の積み重ねにより、目に見えない形で組織に積み上がる。このような行動・判断には累積による粘着性があるため、変革を試みても時間が経つと元に戻ってしまい、失敗に終わるケースが多い。このため、心理的安全性を高めるためには、従業員個々人が自身のコミュニケーションにおける改善ポイントに真摯に向き合い、改善するサイクルを維持継続する仕掛けが不可欠である。

以上を踏まえ、①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけの「3つの働きかけ」から成る、心理的安全性を高めるためのアプローチをご紹介する。

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① 自己への働きかけ~従業員個々の行動改善~

最近実際に自分がとったコミュニケーションの場面を振り返ってみよう。自分の何気ない言葉や態度は、相手にどのような受け取られ方をしたと考えられるだろうか。無意識のうちに陥ったバイアス(=偏見)により、相手の言葉に解釈を加えて理解をしていないだろうか。その際の自分の感情の動きの裏側には、どのような価値観が存在するだろうか。このようなことを「内省」し、コミュニケーションの歪みを補正することが心理的安全性の基礎を形成する。

「内省」は、昨今はマインドフルネスという言葉でも知られるが、必ずしも自分の短所を自覚することばかりを目的とするのではない。本当の目的は自分の価値観やそれを生み出した考えや原体験、直面している感覚を発見し、自己理解を深めることにある。「自分はこのような眼(価値観)で物事を見ている」と客観視することが、自分自身の改善や他者への伝達の際の基礎を成す。認識していないものを変えることはできない。変革の俎上に載せるためにも、自己認識を深めることは重要だ。
 

② 他者への働きかけ~変革を波及させるための導線設計~

心理的安全性を高めるためには、改善活動をいかに組織全体に波及させるかが、最大の難所となる。ここでは、「影響力」という概念がヒントになる。我々は社会的な存在であるため、意識・無意識を問わず、普段の行動・振舞いによって周囲に常に何らかの「影響力」を与えており、それが組織全体へ波及し、行動や判断が蓄積して組織風土を形成する。

「影響力」は自分が表明した約束を守ろうとする「コミットメントと一貫性」、自分が好感を持つ相手に同意したくなる「好意」、自分が何か恩を受けるとそれを返したくなる「返報性」、周囲の動きに同調したくなる、あるいは周囲の考えに沿った主張をしやすくなる「社会的証明」の4つの因子からなる。

この「影響力」を活用し、変革を波及させるためにはまず、心理的安全性を高めるという目的を組織全体が共有し、「自己への働きかけ」で認識した具体的な改善ポイントを「コミットメントと一貫性」で実行に移すことから始める(Step1)。そして共通の目的に呼応する行動が周囲の「好意」を喚起し、周囲の変革を後押しする(Step2)。すると変革に触発された相手が「返報性」により周囲に報いたいと考え、このような相互作用が組織へ波及する(Step3)。これらを継続することにより行動の変革に慎重な人にも「社会的証明」が働き、意見や行動を抑制する同調圧力、閉鎖性等の打破に至る(Step4)。

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トップから従業員まで、一つ一つの行動・判断の蓄積によって組織風土は成り立っている。リーダー層やプロジェクトメンバーによる率先垂範やトップメッセージの発信、あるいはちょっとした声掛けや手伝いの申し出、ねぎらいの言葉、建設的フィードバック等々、できるものからアクションを積み上げていくことが重要だ。
 

③ 組織からの働きかけ~改善活動の定着支援~

ここまで見た改善活動は、個人レベルの改善の積み重ねが要点であった。これを、組織からの働きかけによって、継続・定着できるものにしたい。

まず、組織の公式な権限や資源配分に基づく改善活動の支援である。例えば、先述した「コミットメントと一貫性」を定着させるために、心理的安全性に関連する定性目標を人事評価制度とリンクさせることで、改善を“ピン止め”させる試みがそれにあたる。また、組織風土改革に関するプロジェクトチームを公式に立ち上げ予算や権限を付与すること、心理的安全性を脅かす行為を明確なルールで禁じること等も重要だ。

他にも、業務のひっ迫を是正することやコミュニケーションの場の設定といった環境の整備も挙げられる。

このような試みは個々人の発案では限界がある。具体的な施策を企画し推進する部門が継続的にコミットすることで、組織的に改善活動を維持継続することが望まれる。

III. おわりに

ここまで、①自己、②他者、③組織の「3つの働きかけ」による心理的安全性の高め方を紹介した。

人の心理をコントロールすることが困難だが、行動はコントロールできる。行動の積み重ねはゆっくりとではあるが確実に人の心理へ波及する。簡単なアクションから始め、少しずつ施策を積み重ねる必要がある。このような変革に向けた行動は「団体戦」ともいえる。組織としての取り組みが不可欠であることを最後に強調したい。

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執筆:

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス

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