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不正発覚後の従業員モチベーション向上

クライシスマネジメントメールマガジン 第72号

不正発覚後の企業の立て直しには、一般的な再発防止策として実施される「研修」「統制の強化」だけでは十分な対応とはいえません。本稿では、不正発覚後の従業員心理と経営者の取るべき行動について論じます。

I. はじめに

(ア) 近時の大規模な不正事案

組織ぐるみといえるような大規模な不正が後を絶たない。例えば、以下のような事例が挙げられる。

 

大規模不正の発覚はまさに当該企業にとっては危機・クライシスといえ、企業が危機を克服し、立ち直っていくためにはいわゆる「危機対応」「危機管理」といった特別な対応が必要となる。それは何か一つ、単発の施策を実行して完了というものではない。企業は第三者委員会や特別調査委員会を立ち上げて調査を行うとともに、「再発防止策」といったパッケージの中で、複数の施策をスピーディに実行していくことになる。仮に企業が危機に対して無策でいれば、ステークホルダーからのさらなる信頼失墜を招き、企業存亡の危機に陥ることとなる。

以上の点は日本企業において共通認識となりつつあり、前述の調査委員会等の報告書の中でも必ず「再発防止に向けた提言」といった形で複数の方針や施策が提示されることとも相まって、当事者たる企業はそれを受ける形で、複数の再発防止策を掲げることが大半である。

(イ) 大規模な不正に対する「よくある」再発防止策

そういった再発防止策は、「統制の強化」や「研修」等による従業員の意識向上が中心となっていることが多い。果たしてそれで十分であろうか。

組織ぐるみなど大規模な不正が発覚した企業がその後立ち直っていく局面では、企業を支えている従業員の協力が必須である。不正対応に限らず、企業の経営層が描いた青写真や戦略に沿ってビジネスを実行に移していく主体は従業員である。その従業員が当該企業に対して不信感を抱いたままでは、早晩立ち行かなくなるのは当然といえる。まして、不正対応時には、後述するように、従業員に「前提条件」として不信感が存在し、放置すれば「負の連鎖」に突入する。従業員の心情への手当は通常以上に細心の注意が必要となる。

例えば、不正発覚後に企業に残る従業員の中には、不正に直接は関与していない従業員も数多くいる。そういった従業員に対しても一律に「コンプライアンス研修」や統制の強化を実施するのみで「再発防止策」を完結させた場合、それらの従業員はどのように感じるだろうか。「自分は悪いことは何もしていないのに、何故また会社の上層部からあれこれ一方的に指示されなくてはならないのか。」「問題を起こした会社の従業員と言われて肩身が狭い。従業員の信頼を裏切ったのは会社ではないのか。」など。再発防止策には、こういった従業員の思考を読み取った施策を加える必要がある。

II. 不正発覚後のよくある対応と従業員の心理

(ア) 不正発覚後の「負の連鎖」

不正発覚後の状況としてありがちなのは、会社・経営層が「従業員は今回の件についてどう感じているのだろう。」と考え、従業員は「会社は今回の件をどうするつもりなのだろう。」と考えるという、「相互に相手が考えていることを計りかねている」状況である。このギャップは時間とともにひとりでに埋まるということはなく、むしろ時間の経過とともに広がっていき「負の連鎖」を引き起こしていくことになる。
 

(イ) 「負の連鎖」の展開・結末

組織ぐるみの不正を知った従業員は、「従業員が必死に働いていた間、経営層は一体なにをやっていたのだ?」「経営層は従業員に対して勤勉努力を説き、結果を要求していたにもかかわらず、なぜこういったことが起こるのか?」といった考えを持つことが多い。不正を知った従業員が会社に対して最初に持つ感情は不信感である。

会社がこういった従業員の不信感を受け止めずに無視・軽視すると、状況は悪化する。「自分たちの考えや感情は会社・経営層から軽く見られている。」「自分たちの存在は無視されている。」と考えるようになる。自分の所属組織が不祥事を起こし、社会からの批判を浴びるという状況自体が従業員の自尊心や矜持を大きく傷つけている中で、所属組織である会社からも顧みられなければ、不安と疎外感が大きくなっていく一方である。

こういった場合に、経営層が「従業員アンケート」などのサーベイを実施することがあるが、目的もはっきりさせないまま実施すると、かえって逆効果となることに注意が必要だ。再発防止策の一環としてアンケートを実施したものの、結果を受けた施策の検討・実行に対する経営層の高いコミットメントを見せられなければ、従業員は「ポーズだけのやりっぱなしだろう。会社は実際には何もしないに決まっている。アンケートにも適当に回答しておこう。」と投げやりな感情を抱くことになる。

そして、実際に有効な施策を打ち出せないと、「どうせこんな会社は何も変われない。自分も適当に仕事をしていればいいだろう。」あるいは「いっそ辞めてしまおうか。」と考えるようになり、「負の連鎖」は最悪の結末を迎えるに至る。

III. 不正発覚後に従業員に対してとるべき対応

(ア) 会社と従業員の間の考え方のギャップを認める

では「負の連鎖」を引き起こさないためにいかにすべきか。少なくとも「従業員も会社の苦境を察して黙ってついてきてくれるだろう。会社がつぶれたら従業員自身が困るのだから、会社の立て直しにみんなで汗を流せるだろう。」といった楽観論は捨てるべきである。流動性が低い日本の労働市場にあって、不正発覚時には、それが大規模であるほど、例外的な動きとなることを心得るべきだ。放置すれば、能力が高いものほど会社と運命をともにできないと考えて見切りをつけて退社という選択をし、仮に残った場合も、労働への意欲は低いまま会社にしがみつく事態に陥りがちだ。どういった選択をするかは従業員の意思に委ねられおり、コントロールすることは不可能であると現実を見据える必要がある。「従業員が今会社をどう思っているか、本当のところは分からない。分からないからこそ今コミュニケーションの努力を怠るべきではない。」という謙虚なマインドを、経営層が持つことが第一歩となる。
 

(イ) 従業員の心境の変化を先読みし「正の連鎖」につなげる

その第一歩から「正の連鎖」につなげていくために、「負の連鎖」の逆を突いていく。

まず、従業員が感じる疑問や矛盾に、経営層は応えることが求められる。従業員に対し、何に関心を持っていそうかの仮説を立て、可能な限り広く事実関係や経営層の方針を説明・開示し、ネガティブな内容を含む従業員からの反応を否定せずに傾聴する。こういった会社側の姿勢を根気強く示すことによって初めて、従業員は会社の発信内容に関心を持ち、少しずつ不信感が軽減されていく。

次に、従業員に対して「聞いた内容については会社としてこう考えている。したがって、次にこういう方向で動かしていきたい。」という「リアクション」を示す。何らかの形で素早く従業員からの発信に対する応答をすべきだ。応答方法はアンケートやサーベイなどの結果と対応方針を大まかに示すなどで十分であり、精緻なものである必要はない。従業員が会社に対して見切りをつけてしまう前にスピーディに「話してくれた内容は真摯に受け止めている。」という姿勢を示すことが重要で、会社がこういった姿勢を見せれば従業員も、「自分たちと会社との間でコミュニケーションが成立している。この後会社が何を言ってくるか注視してみようか。」という考えに傾いていく。

さらに、会社が示した方針に沿って具体的な施策を検討し、実行に移すことができれば、従業員は「どうやら言いっぱなしではないようだ。何かやろうとしているからちょっと様子を見てみようか。」という心情になり、施策の実行にまで手を抜かない会社の姿勢を見て、会社に対する期待を少しずつ回復させていくこととなる。ただしここで注意が必要なのは、取り組みは1クールでは終了しないということである。実行した施策を継続し、モニタリングと改善を通じて会社の実情に即したものへと絶えず変化させていくことによって初めて、施策は組織風土の土壌として定着する。

このプロセスは言うほど簡単なものではなく、継続には覚悟と一定のコストが必要となるが、ここまでやって初めて、従業員は会社の変化を実感できるのである。自分たち以外の何かによって自然に「雨降って地固まる」ということはなく、相応のエネルギーと強い意思の投下が必要となる。

IV. おわりに

今回私たちが伝えたいメッセージを要約すると「再発防止策の検討・実施に加え、不正発覚により低下した従業員のモチベーションにも目を向けていく」ということである。繰り返しになるが、不正発覚後、不正に直接関与していない大多数の従業員は「会社は何をやっていたのだ?」という不信感を持つ。この不信感の存在を正面から認識し、常にその解消を意識することが、表面的でない、真の組織風土改革につながるのである。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
小川 圭介 (シニアヴァイスプレジデント)
渡邉 祐希絵 (シニアアナリスト)

 

(2024.4.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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