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「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(公開草案)にみる循環取引対応のポイント
クライシスマネジメントメールマガジン 第76号
2023年11月に日本監査役協会、日本内部監査協会、日本公認会計士協会が共同で「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」の公開草案を公表しました。本稿ではこの公開草案の概要と不正防止・早期発見のための留意点について解説します。
I. 背景
循環取引は会計不正の中でも代表的な手口であり、日本公認会計士協会等において繰り返し注意喚起を行ってきたものの、依然として循環取引による不正会計が後を絶たない。
このような状況を受けて2023年11月に日本監査役協会、日本内部監査協会、日本公認会計士協会の共同により「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」公開草案(以下、「本草案」)が公表された。
本草案の目的は、監査役もしくは監査役会、監査等委員会、内部監査人、会部監査人等監査の関係者、経営者、循環取引の当事者となりうる組織関係者に対して、①循環取引に関連する組織および内部統制の認識を高めること、②循環取引の防止および発見に関して参考となる情報を提供すること、であり、以下の構成となっている。
- 循環取引の概要と特徴
- 循環取引への対応(経営者不正、従業員不正)
- 全社的な内部統制
- 防止的内部統制
- 発見的内部統制
II. 循環取引とは
循環取引とは、売上や利益を水増しする等の目的で、取引先と共謀し商品売上や役務提供、資金を還流させるための仕入取引などを仮装し、売上や利益を水増しする会計不正である。本草案では循環取引を以下の3つの類型に分類している。
類型 |
定義 |
備考 |
---|---|---|
スルー取引 |
自社が受けた注文について、物理的・機能的に付加価値の増加を伴わず他社へそのまま回し、帳簿上通過するだけの取引 |
企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」によると顧客に提供前に財またはサービスを支配していると判定されない場合は代理人取引として収受する手数料等を純額で計上する必要がある。これを意図的に総額計上すると不正となる。 |
Uターン取引 |
商品・製品等が、最終的に起点となった企業に戻ってくる取引 |
複数の企業を経由する間に手数料等が上乗せされた状態で、商品・製品等が起点となった企業へ還流されることが考えられる。 |
クロス取引 |
複数の企業が互いに通常の価格より高い価格水準にて商品・製品等を販売し合い、在庫を保有し合う、またはある企業が在庫を保有せずに他の複数の企業に対し相互にスルーする取引 |
取引相手と共謀して自社の商品・製品等を高い価格で販売する代わりに、相手の商品・製品等についても通常価格よりも上乗せした価格にて購入することで、互いに売上を良く見せようとすることが考えられる。 |
出典:「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(公益社団法人日本監査役協会、一般社団法人日本内部監査協会、日本公認会計士協会)公開草案
循環取引は、①取引先との共謀、②取引証憑の偽造、③通常取引の偽装(出荷納入、売上入金、代金支払)など内部統制の限界を超えて行われることが多く(注1)、循環取引を完全に防止することは非常に困難を伴う。そのため、循環取引に対応するための内部統制の整備・運用においては、組織レベルから取引レベルまで、あるいは、未然防止のみならず早期発見の観点からも多面的にアプローチすることが重要である。
(注1)「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」では内部統制の限界について以下のように定義している。内部統制は、次のような固有の限界を有するため、その目的の達成にとって絶対的なものではないが、各基本的要素が有機的に結びつき、一体となって機能することで、その目的を合理的な範囲で達成しようとするものである。
(1) 内部統制は、判断の誤り、不注意、複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合がある。
(2) 内部統制は、当初想定していなかった組織内外の環境の変化や非定型的な取引等には、必ずしも対応しない場合がある。
(3) 内部統制の整備及び運用に際しては、費用と便益との比較衡量が求められる。
(4) 経営者が不当な目的の為に内部統制を無視又は無効ならしめることがある。
III. 循環取引が行われるリスク
事業や取り扱う商品・サービスに関わらず、循環取引のリスクは大なり小なり存在する。特に取引に対する内部統制が有効に機能しにくい状況が生じた場合に、循環取引の発生リスクは高まる。不正が発生する要因には一般的に、①不正を実行する「動機」、②不正実行を可能とする「機会」、③不正を「正当化」してしまう倫理観の欠如、など複合的な要因(不正のトライアングル)が考えられるが、主に②機会の観点から本草案の事例を示すと以下のとおりである。
1. 取引固有の性質
- 直送取引、大型設備の仲介、倉庫での名変取引など帳票のみで自社の取引が完了し、モノの移動が捕捉しにくい
- エンドユーザーまで複数の会社が介在し、エンドユーザーが不明確
- 技術やソフト、サービス等、その価値を第三者が客観的に判断することが難しい
- 一つのプロジェクトにおいて(通常は、一定程度の社内人件費がかかるにもかかわらず)、原価の内容のほとんどが外注費で、しかも特定の外注先に依存している
2. 取引慣行・取引関係
- 取引先に対して優越的地位の関係にあり、取引先を循環取引に巻き込むことがある。また、逆に取引先から取引を強要される関係にあり、取引先から循環取引に巻き込まれることがある。
3. 内部牽制(特定担当者への権限集中)
- 営業担当者が受注だけでなく、仕入先選定や商品発注等の発注業務に関与している。
- 担当得意先に対するローテーションの仕組みがなく、同一の担当者が長期間担当している。
- 「秘匿性あり」や「業界慣行」等を理由として、一部の担当者しか関与していない。
- 特定の限られた役職員以外に、取引内容を理解している者がいない。
以上をまとめると、循環取引は以下のような状況で発生するリスクがより高まると考えられる。
- 取引の実在性や対価の合理性などの実態把握が難しい取引
- 取引先と癒着関係が生じやすい状況
- 業務が「ブラックボックス化」しており外部者の監視・牽制が有効に機能しない状況
IV. 内部統制構築における留意点
循環取引に対応するための内部統制の概要を表にまとめると以下のとおりである。
防止的内部統制 |
発見的内部統制 |
|
---|---|---|
全社的な内部統制 |
|
|
業務プロセスにかかる内部統制 |
|
|
1. 全社的な内部統制
全社的な内部統制は、主に循環取引の発生要因(不正のトライアングル)の①動機、③正当化に対応するための内部統制である。
不正リスク対応における全社的な内部統制の主なポイントは以下のとおりである。
- 不正リスク対応の基本方針として、不正の定義と責任権限、リスク対応諸施策運用のためのルール等の整備
- 監査役や社外役員等による取締役の職務執行の監督(特に経営者不正の防止)
- 不正を容認しない経営者の姿勢や誠実性を重視する価値観の浸透を通じた企業風土の醸成(従業員への啓発・コミュニケーション、教育プログラム)
- 内部通報制度(循環取引のような社内外関係者との共謀による不正の早期発見にとって重要)
- 内部監査(不正リスク対応施策の有効性評価と是正促進、不正早期発見を目的とした内部監査の実施)
- 業務分掌(取引の遂行に際して必要な能力を有した複数関係者の関与・牽制)
2. 業務プロセスにかかる内部統制
業務プロセスにおいて循環取引を未然に防止するために重要な内部統制は、取引における合理性の審査である。審査における留意点は以下のとおりである。
- 自社の取引参加目的、商流全体と取引関係者の把握と合理性の検討
- 取引内容や納期・納入場所、エンドユーザー等と自社の取引遂行内容等それぞれの整合性
取引先との共謀を特徴とする循環取引においては、たとえ自社の内部統制が万全であったとしても共謀相手が取引先経営者等である場合、取引相手方のガバナンス、内部統制も循環取引リスクに影響する。
そのため、取引先を継続的に評価するなどして、共謀リスクのある取引先との取引を未然に防止することが重要である。
本草案では、循環取引発生を早期に発見するための内部統制を以下のように例示している。
- 取引の実在性や取引実態を裏付ける取引証憑の入手(物流会社の伝票等)
- 取引担当者と独立した第三者による取引先への確認
- ソフトウェア等の取引における内容と評価額の妥当性検証
- 循環取引リスクの高い取引に対するモニタリングの強化と追加の統制実施
V. おわりに
本草案を通して循環取引の特徴と不正防止・早期発見のための内部統制の留意点について解説した。本草案の冒頭で述べられているように、循環取引の防止および発見のためには、内部統制へのテクノロジーの活用が有益であり、今後期待されているものの、本草案ではその詳細については今後に委ねることとしている。循環取引の兆候を識別することを目的として、テクノロジーを有効に活用するためには、高リスク領域を特定するための不正リスク評価、循環取引が疑われる取引を抽出するための不正シナリオの構築が重要となる。その実行にあたっては自社のみではなく同業他社、属する業界における循環取引の事例を分析し、具体的な手口(実行者、協力者、時期、動機、拠点、対象取引、手法)に落とし込む必要がある。筆者も循環取引の不正調査において、構築した不正シナリオに基づいてデータ分析を行った経験がある。適切なシナリオ構築に基づくデータ抽出条件設定により、相当高精度で循環取引を効率的・効果的に抽出することが可能となることを実感している。本草案を参考に自社の循環取引リスクを再検討し、一定のリスクが識別される場合は、テクノロジーの積極的な活用を検討されたい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
大田 和範 (シニアマネジャー)
(2024.8.14)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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