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JIS法改正の狙いと企業への影響を読み解く

本年通常国会において、不正競争防止法等の一部を改正する法律(法律第33号)が可決成立した。これにより工業標準化法(以下、JIS法)が一部改正され、「産業標準化法」(以下、新JIS法)となった。また従来の「日本工業規格(JIS)」が「日本産業規格(JIS)」となることが決定した。JIS法は1949年の公布・施行以来数回の改正を経ているが、今回は約70年ぶりの大幅改正となる。(月刊アイソス2018年10月号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています)

サービス分野や第四次産業革命による業界横断的な標準化活動が活発化

JIS法改正の主目的は、JISの「データ」「サービス」「マネジメント」分野への拡大と、制定プロセスの迅速化だ。

JIS法の公布・施行は、戦後間もない1949年に遡る。当時日本では、戦時中に物資不足解消・量的確保のため創設された軍需規格である「臨時日本標準規格(臨JES)」、戦後の輸出先国向けの「日本輸出規格」等、複数の規格が乱立していた。日本の近代工業復興のため、適正かつ合理的な標準整備によって、工業品の質の向上や取引の合理化を図り、粗悪品を排除することが急がれた。結果JIS法においても、鉱工業品に関連する形式、形状、寸法、性能等の技術的要件や関連試験・検査方法、技術関連用語等が標準化の対象とされた。当時は国際標準化の世界でも、標準化の対象はネジやパルプなど「モノ」が主流であり、JIS法に定める対象は理にかなっていたといえる。

ところが1970年代に入ると、海外では「モノ」そのものではなく、組織の品質活動や環境活動管理の仕組みを定める「マネジメント」分野の規格(MSS※1)が策定されるようになった。その後は観光や教育サービス等の「サービス」分野でも積極的な規格策定が進められた。更に昨今はIndustrie 4.0等構想の下、「モノ」だけでなく「サービス」や「データ」も関わる業界・分野の垣根を超えた国際規格の策定も進行している。

国際標準化の世界が変化する中、鉱工業品を標準化の対象としたJIS法では不都合が生じてきた。例えば、品質MSS(ISO9001)は、解釈上鉱工業品の生産方法に係るJISとして制定できるが、贈収賄防止MSS(ISO37001)等の組織の行動規範に係るJISは制定できない。サービス分野も同様で、日本GDPの約7割を占める重要産業にも関わらず、優れたサービス品質や消費者の信頼確保のためのJISが制定できない。Industrie 4.0関連の業界・分野横断的な包括的規格への対応も困難となる。

更に今日は標準化分野の拡大・案件増加に伴い、これまで以上に迅速なJIS制定・改訂が求められているが、現行のJIS原案作成・審査プロセスは時間を要しすぎている。このままでは日系企業の市場展開や競争力強化のために必要なJIS制定や、関連国際規格のJIS化へ迅速に対応できない事態が発生する。

【図1】日本では約70年間JIS法に基づく標準化が行われているが、海外の標準化環境とのずれが発生
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新JIS法ではサービスやデータ、経営管理手法に係るJIS策定も可能に

新JIS法では、標準化の対象を鉱工業品の他、新たに「サービス」(役務)、「データ」(電磁的記録)、「経営管理の方法」へ拡大する※2。これにより、例えば下記分野等のサービスJISを策定し、当JIS原案をベースとした国際標準化を行うことも可能となる※3

  1. 新たな業態であり、 業法の規制よりも標準等のソフトローが市場の活性化に有効な分野
    (シェアリングエコノミー関連サービス等)
  2. 日本独自のサービス品質の高さが正しく測定・評価されることで、国際競争力強化につながる分野
    (観光・集客サービス、小口保冷配送サービス等)
  3. 情報の非対称性があり、標準化による価値表示が必要となる分野
    (介護・保育サービス、ブライダル・葬儀サービス等)
  4. 公益サービス提供のためのインフラ構築が必要な分野
    (国際・航空貨物サービス、防災・減災関連サービス等)

加えて、Industrie 4.0に基づく、モノとサービスの一体化対応のためのデータの取扱いや、社会インフラシステムに係るJIS策定、関連国際規格のJIS化も可能となる。日本のConnected IndustriesやSociety 5.0に基づく、日本発の関連JIS策定も行い易くなる。国際標準化した規格を企業が取得し、高品質なサービスや社会インフラシステムを訴求することができれば、海外市場展開の加速や競争力強化にもつながる。

【図2】新JIS法により、サービス分野でのJIS規格定も可能に

新JIS法により、JISからの国際標準化、国際標準からのJIS化もより迅速に

これまでJISの策定・承認には長い期間を要していた。業界団体等による約1年の原案作成の後、主務大臣への申出、日本工業標準調査会(JISC)による調査審議・決議を経て、主務大臣が制定する。一連の原案審査業務で約1年を要することもある。さらに策定JISを国際標準化する場合は、数年を要する。
また、国際規格発行後にWTO/TBT協定に基づきJISを制定・改訂する際も時間を要し、新たな技術や製品を国内へタイムリーに導入できない事態も発生していた。

新JIS法では、新たに民間の「認定産業標準作成機関」の設置を規定している。民間標準化団体のうち一定の要件を満たすものを認定機関とし、当機関により作成・申出されたJIS案は、JISCによる審議・決議を経ずとも制定ができる。この仕組みを活用すれば、原案審査期間が大幅に短縮され、迅速な規格制定・改訂ができる。企業にとっても、加速する技術革新に対応した早期の規格検討・作成・発行が実現できる。

【図3】新JIS制度では、より迅速なJIS策定・制定も可能に
*1 主に工業会が中心。現在、JIS原案策定団体としては、工業会・学会等約300団体が存在。ISO/IECへの対応としての国内審議団体は、 ISO:約50団体、IEC:約35団体が存在。JIS及びISO/IECは、分野が同じであれば、両方を兼ねる場合が多い。
注釈

※1 マネジメントシステム規格(Management System Standard)の略

※2 具体的に新JIS法では、第2条にてプログラムその他の電磁的記録の種類・構造・品質、等級又は性能、電磁的記録の作成・使用方法・測定方法、役務の種類・内容・品質・等級・評価方法、役務の提供に必要な能力、事業者の経営管理の方法、等が追加されている

※3 サービス分野への対象拡大により見込まれる規格の分野や内容例については、経済産業省「新たな基準認証の在り方について」や答申案(平成29年)を参照

 

著者

橋田 貴子/Hasida Takako

デロイト トーマツ コンサルティング
レギュラトリストラテジー シニアコンサルタント

デロイト トーマツ コンサルティング入社後、官公庁の政策・ルール調査事業、工業標準化法(JIS法)改正に向けた経済産業省「新たな基準認証の在り方に関する研究会」の事務局支援等に従事。また民間企業に対するルール形成戦略立案や規格策定・国際標準化支援業務にも参画。コーネル大学公共政策大学院 公共政策学修士

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