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SDGs実現の求心力となり得るコンセプト規格

SDGs(持続可能な開発目標)は、地球と人類の繁栄のために世界の首脳たちが国連で2015年に合意した2030年を期限とする国際社会の共通目標であり、17の目標(ゴール)と、さらに詳細な169のターゲットが掲げられている。

国連は2018年6月、SDGsの進捗をまとめた最新報告書「持続可能な開発目標(SDGs)報告2018」を公式発表した。調査結果によると、掲げられた目標に対する取り組みは部分的に進んでいるものの、十分な食料が得られない人の数(目標2:飢餓)は十数年ぶりに増加傾向に転じる等、2030年のゴールに向けて進捗が思わしくないことが判明。アントニオ・グテーレス国連事務総長は報告書の序文で、「2030年の達成期限まであと12年しか残されていない今、私たちは緊迫感を持って取り組まねばならない」と述べている。

SDGsが求めるイシューリンケージ(課題の相互連携)への配慮

SDGsの策定から3年が経過し、欧米企業に比してサステナビリティの感度が低いとされる日本企業にもSDGsが浸透・定着しつつある。SDGsで自社の注力すべき目標が何かを議論し、CSRレポート等を通じて注力目標に対する取組みをアピールする企業が多く見られるようになった。だが、「17の目標のうちどれに取り組むべきか?」の議論を進める一方で改めて念頭に置かねばならないのは、SDGsに含まれる個別の社会課題は相互に影響し合う「イシューリンケージ」であるということだ。

「イシューリンケージ」によって問題となるのは、企業が個別の社会課題の解決を追求することで別の社会課題に負の影響を及ぼす、いわゆる”あちらを立てればこちらが立たず”の状況を生み出す点だ。このような状況はこれまでにも起こっていたが、SDGsの出現により複数の社会課題が1つの集合体として束ねられたことで、より大局的な視点から社会課題のイシューリンケージに目を向ける必要が生まれ、問題が顕在化している。

昨今、「SDGウォッシング」という言葉を用いてイシューリンケージへの無配慮を牽制する動きが盛んである。SDGウォッシングとは、英語で「ごまかす」「取り繕う」「粉飾」を意味する「ホワイトウォッシング」とSDGsを組み合わせた造語で、上辺だけSDGsに取り組んでいるように見せることを指す。経済協力開発機構(OECD)は、「例えば、電気自動車の販売でSDG13(気候変動対策)に貢献していても、その電池の原材料となるコバルトの採掘に5歳の子どもを従事させていれば、SDG8(ディーセントワーク:公正な労働)に反し、SDGウォッシングになる」との見解を示し、企業に対してイシューリンケージへの配慮を求めている。

また、航空機などに用いられるバイオ燃料の開発・普及を巡って、イシューリンケージに端を発する議論が熱を帯びている。航空業界では、環境保護の観点により化石燃料からバイオ燃料への転換を進めてきたが、2017年にオックスファムをはじめとする96のNGOからバッシングを受けた。バッシングのポイントは、バイオ燃料の大量生産により原料となるパームヤシやサトウキビの農地確保による森林破壊、化学肥料や農薬散布による健康・環境被害、水源汚染、食糧価格の不安定化等、多くの問題が引き起こされるという、まさにイシューリンケージへの配慮不足を指摘するものである。

2030年のSDGs目標達成に向け、「イシューリンケージ」に配慮した取組みを徹底できるか否かは一つの岐路となる。だが、複雑に絡み合う社会課題構造を企業が個別に捕捉することは難しい。今、企業の社会課題解決の取組みをガイドしていくような機能が求められている。

 

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包括的な社会課題解決を目指す「コンセプト規格」

企業の社会課題解決の取組みをガイドする機能、この求心力となり得るのがコンセプト規格である。コンセプト規格とは、昨今の欧州が主導する標準化戦略であり、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授を務める日立製作所の市川芳明氏をはじめとする政府関連有識者はその有効性について高い評価をしている。例えば、ドイツが提案しIEC SEG7やISO SMCCで開発が進んでいる「Smart manufacturing」や、イギリスが提案しISO TC314で開発が進んでいる「高齢化社会」等が挙げられる。従来の技術規格やプロセス規格の上位概念として位置付けられ、細かな要件や仕様ではなく特定のテーマにおけるあるべき状態=「ビジョン」をあえて一定の抽象度を保ち定義されるものだ。具体的なビジョンが欠如したまま個別の社会課題解決に近視眼的に没頭することで陥るイシューリンケージの問題に対して、様々な課題を包括的に解決することを目指すコンセプト規格の存在は、企業が社会課題間の関係性を俯瞰し、真にSDGs達成を推進していく為の心強いガイド役となり得る。

日本が幹事国として開発を進めるコンセプト規格の一つにISO TC268 SC1「Smart community infrastructures(スマートコミュニティインフラ)」がある。スマートシティを支える「スマートコミュニティインフラ」の評価指標を国際標準化しインフラ輸出振興の強力な推進ツールとすることを目的に、都市インフラ(上下水、交通、エネルギー、情報通信、廃棄物処理等)を都市丸ごと総合的に評価する指標を作成する等の活動を行っている。この評価基準は、スマートな都市インフラというコンセプトを達成する為に、「住民」、「地域運用者」、「環境」の異なる3者の視点から複数の社会課題に跨り定義されている(図表1参照)

【図表1】ISO TS37151におけるスマートシティ評価の枠組みの概要
出所:公開情報を基にDTC作成

「地域運用者の視点」からは、レジリエンス(頑健性、回復の迅速性)や保守性(メンテナンス効率)が求められ都市インフラの機械化・ハイテク化を追求する一方、「環境の視点」から求められる生態系保全(緑地の量、健康および公衆衛生への貢献)や、「住民の視点」から求められるアクセシビリティ(高齢者なども使える)は、それぞれがトレードオフとなり得る社会課題だ。ISO TC268 SC1の「評価基準」は個別に追求するだけでは気付けない社会課題間のトレードオフの関係を明示することで、企業がイシューリンケージに配慮した取組みを推進する際のチェックリスト的な役割を担う。

また、コンセプト規格が社会課題間のトレードオフ解消の求心力となる上で、新たな役割を期待されるのが「リエゾン」と呼ばれる機能だ。リエゾンは、従来ISO/IEC/ ITU-T間や、それらを構成するTC間で発生する議論の重複や不整合を監視し調整する役割を担ってきた。しかし、これまで論じてきたイシューリンケージの観点やコンセプト規格の登場により、社会課題を軸としたTC間の整合性を調整し担保する役割へと昇華していく可能性が考えられる。

 

Society 5.0標準化議論の要諦としての「コンセプト規格」

コンセプト規格を戦略的に定義する動きは国内で更に活発化している。その代表例が「Society 5.0」の国際標準化である。Society 5.0とは、政府によって策定された第5期科学技術基本計画のコンセプトの1つである。内閣府HPによると、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)」と定義され、SDGsの達成にも通じるものと位置づけられている。

内閣府では、総合科学技術・イノベーション会議にてSociety5.0の実現に向けた分野横断的な重要課題や戦略に関する調査・検討等を実施する「Society 5.0重要課題ワーキンググループ」を設置している。このワーキンググループにおいて、Society5.0によるSDGsの実現に向けた国際コンセンサスへのアプローチ等について議論がなされている。

具体的には、Society5.0の国際標準化について、前述の市川氏を始めとする政府有識者がコンセプトレベルとして「サイバーフィジカルシステムの持続的社会への融合」を案に掲げ、共通レベルの規格例としては「ヒトのマネージメントをサポートするAI指標」や「オープン/クローズなデータ交換・流通のアーキテクチャ」などを挙げて議論が進められている。これら上位の定義を日本主導で進めることで、最終的には「IoTデータ取引所の認定基準」や「過疎地や交通網不整備地域でのドローン物流サービス」など、国内の知見を競争優位として活かせる個別レベルの規格に落としていくことを目論んでいる(図表2参照)。

【図表2】Society5.0にて国際標準化を目指す規格案
出所:Society 5.0重要課題ワーキンググループ資料を基にDTC作成

Siemensの経営ビジョン「Picture of the Future」やBosch等有力企業による類似のコンセプトがドイツで「Industry 4.0」という構想を生み出したのに対し、これまで日本企業は個社レベルでの発信からではこれに比肩する求心力を作り出せなかった。SDGsの実現に向けた取組みにおいても、これまで各目標の間のイシューリンケージへの対応はおろか、社会課題解決に繋がり得る各企業の技術・製品・サービスの相互接続すら十分でなかったのが日本の実態だ。
消費者の購買行動や企業の調達方針に対し、経済合理性に基づく影響を与えることで社会変革を促進する「規制」や「恩典」のデザインには、政策によって実現したい世界観の定義がまず必要となる。これが無いままグローバルの時流に後追いで乗っただけの産業政策が、過去にいくつも生まれては消えたことには反省が必要だ。

SDGsを含む社会課題解決に向けた官民の議論の収斂の場としていよいよ認知されつつある「Society 5.0」が、いま「コンセプト規格」から検討しようとされていることは高く評価されて良い。大企業か中小企業を問わず、この議論には積極的な参加を期待したい。

 

著者

木村清香/Kimura, Sayaka

デロイト トーマツ コンサルティング
レギュラトリストラテジー コンサルタント

大手金融機関を経て現職。SDGs等の社会課題を起点としたリスク・機会分析に基づく企業のサステイナビリティ戦略支援のほか中期経営計画策定、知財起点の新規事業検討等幅広い案件に従事。政府の政策立案の支援等にも参画。

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