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宇宙産業における民生品活用の可能性を読み解く

2017年5月、「宇宙産業ビジョン2030」が内閣府主導で策定された。宇宙産業を「第4次産業革命を推進させる駆動力」と位置づける本政策は、宇宙産業の市場規模を現在の1.2兆円から、2030年代早期に倍増となる2.3~2.5兆円に拡大させると意気込む。

従来の官需を支えてきたJAXA(宇宙航空研究開発機構)や大手航空宇宙企業に加え、ITやエレクトロニクス分野など 非宇宙企業やベンチャー企業にも宇宙産業の門戸が開放された。宇宙産業の裾野が広がることで、他産業の生産性向上や新たな成長産業の創出につながると期待される。(月刊アイソス2019年1月号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています)

宇宙産業は商業化、民生品の転用が進む

宇宙産業は、世界的に転換期を迎えている。米ソ宇宙開発競争に見られたように、従来の宇宙産業は官需主導により宇宙技術開発を中心に発展した。現在は、官需を支えてきたJAXAや大手航空宇宙企業に加え、ITやエレクトロニクス、ロボティクス分野の非宇宙企業やベンチャー企業など新規プレイヤーの参入が相次ぐ。ビッグデータや人工知能など新技術の急速な成長、センサー性能向上による宇宙からの取得データの質と量の大幅な進歩、人工衛星・打ち上げロケットの製造コストの低下などを背景に宇宙産業の商業化が進んでいる。【図1参照】民間企業等による人工衛星や打ち上げロケットに政府の許可を義務付ける「宇宙活動法」が2018年11月15日に施行されるなど法整備も進む。本法律では、政府による損害賠償制度が導入され、民間企業は事故などの際に最大で3,500億円の補償を受けることが可能だ。これまでグレーゾーンであった民間の宇宙活動に対し、法的な扱いを明確にすることで民間の活動を後押しする狙いだ。

【図1】低軌道領域・地上サービスを中心に商業化が進む

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宇宙産業の全体像/特に低軌道(高度2,000Km未満)向け宇宙産業民生品を中心に商業化が進む
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従来の宇宙産業では、技術試験機や惑星探査機に課せられたミッションを成功させることが重要であり、高品質・高信頼性の製品開発に主眼が置かれ、コストや時間を掛けることが可能であった。現在は、高品質や高信頼性に加え、更なる商業化に向け「低価格化・短納期化」への対応が必要不可欠だ。実際、人工衛星の打ち上げ費用は数百億円を費やしていたものが数億円になり、事業スピードは数年単位から数か月単位に短縮した。

「低価格化・短納期化」を実現するためには、優れた民生品*1の活用が欠かせない。人工衛星や打ち上げロケットに採用する部品は宇宙専用部品として開発されてきたが、民生品の性能や品質が飛躍的に向上したことで宇宙への転用が可能となった。民生品は大量生産されるため宇宙専用部品と比較しても安価だ。
日本でも民生品転用が既に始まっている。JAXAは、2018年2月に民生品を積極的に採用した世界最小級サイズのロケットであるSS-520ロケット5号機の打ち上げに成功した。この小型ロケットには、キヤノン電子のカメラ技術を応用した制御機器が採用された。日本が高い国際競争力を有する自動車部品の多くは、耐温度環境特性、耐衝撃性、耐久性、信頼性に優れ、宇宙部品と比較し非常に安価であるため、宇宙システムへの転用が大いに期待される。
 

民生品転用には試験プロセスが重要

大手航空宇宙企業は、国家主導のもと公的資金が投入された大規模な宇宙開発に参画し、長年技術や知見を磨いてきた。新規プレイヤーは、そのような優位性を持たないため、多様な製品や技術に対する目利き能力や評価能力を有していないことが多い。新規プレイヤーが、大手航空宇宙企業と同様に実証実験を繰り返し、技術力を磨き知見を蓄積するには費用と時間が掛かりすぎる。

民生品は地上環境を想定した設計であるため、宇宙環境で正常に機能するか検証が必要だ。放射線・熱真空・振動・衝撃など特殊な環境における試験を通じて動作実証を行う。各過程で民生品の評価が適切に実施される必要があるが、十分な知見を有さないベンチャー企業らは適正な評価値を得るまでに実証実験を繰り返す。試験プロセスの反復は、最終製品の高価格化・長納期化を招く。民生品は「低価格・短納期」で実用に足る性能を特長としているため、宇宙用部品として強みを発揮しうるが、試験の反復は高価格化・長納期化の原因となり、民生品の強みが活かされない。【図2参照】。

【図2】試験プロセスの反復が高価格化・長納期化の要因に

人工衛星の製造・運用プロセス/民生品を転用することで、部品・コンポーネント開発に要するコストや時間を削減可能。また、不要な試験の反復を防ぐためには評価手法の標準化が必要である。
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試験規格の活用で民生品の強みを活かす

民生品の強みである「低価格・短納期」を活かすためには、宇宙ベンチャーや非宇宙企業が試験プロセスにおいて、民生品の評価を適正に実行する必要がある。そのため、ガイドラインとしての評価手法の標準化に一定のニーズが存在する。試験プロセスの反復が改善されれば、「低価格・短納期」という民生品の強みを十分発揮することが可能だ。

今後は、海外企業からの製造受注や他国での自社衛星打ち上げ機会拡大が見込まれる。個社や国家ごとの個別ルールではなく、国際的に統一されたルールが整備されることで企業間の取引や協業も円滑に進む。試験プロセスにおける評価手法の国際標準化は、企業同士が同一のモノサシで製品を評価することを可能にする。民生品を搭載した宇宙機は、もともと別の用途を想定し設計されたもの同士を組み合わせ、一つのコンポーネントを構成するため、各部品が統一の基準で評価されることが作動を保証する上でも重要となる。
 

日本も国際標準化領域で成果を発揮

国際標準化の領域では他産業と同様、中国勢が存在感を示す。昨年開催された「宇宙システム・運用分科委員会(ISO/TC20/SC14)」の総会では、標準開発を行う前段階のPWI(Preliminary Work Item)の提案数全33件のうち、約半数である17件の提案が中国から出された。但し、対象スコープを必要以上に細分化した提案がされるなど、必ずしも必要性の高い提案がされているわけではないようだ。EU諸国は宇宙領域での自律性を維持するため、ISOよりもECSS(欧州宇宙機標準)におけるルール整備に注力してきた。ESA(欧州宇宙機関)は、「コラボレーションは多くの利益をもたらす」*2と述べ、他宇宙機関、特にNASA(米航空宇宙局)との連携を強めている。

日本においても、宇宙産業における民生品の転用を促進と標準化への取り組みが加速する。内閣官房と関係省庁は小型人工衛星への民生品活用を促進する「民活衛星イニシアティブ」の一環として「超小型衛星搭載民生部品データベース」を構築し、昨年10月よりWEB上で公開している。本データベースは、国内で初めて構築された民生部品・民生技術のデータベースであり、超小型・小型衛星において使用された約3,200個の民生部品に関する型番・メーカー・用途・環境試験の有無等の情報を取りまとめている。地上模擬試験と宇宙実証試験における民生品評価結果は、民生品の試験プロセスや評価手法の国際標準化に向け非常に有効な情報源である。民生品の宇宙転用の可能性を示すだけでなく、日本の先進的な技術で世界をリードする技術的戦略意義も大きい。

これらの成果をもとに、民生部品の宇宙放射線試験に関する国際標準化の検討が進んでいる。「ISO/DIS21980(民生部品の宇宙放射線試験条件)」は日本提案の標準で、民生部品の宇宙利用規模拡大を目的に据える。高価な放射線照射試験に代わり、安価で迅速なレーザーを採用した試験規格であり、2019年度中の制定が見込まれる。政府だけでなく大学や研究機関の取り組みも進行中だ。九州工業大学の宇宙環境技術ラボラトリーが主導した超小型衛星試験規格「ISO19683:2017(低コストと短納期を追求する超小型衛星の認定及び受け入れ試験)」が、2017年7月に成立した。初期故障率の低下を目的に、衛星にとって最低限必要となる試験を規定した内容で、超小型衛星の信頼性向上に貢献することが期待される。

これまで国際的なルール形成が苦手とされてきた日本であるが、宇宙の分野においては培ってきた技術力を梃子に国際的なルール形成の場で一定の成果を残している。高い技術力を有しているものの、海外企業に劣勢を強いられてきた日本のエレクトロニクス企業にとって、民生品の宇宙転用における機会拡大は、表舞台に返り咲くための絶好の機会だ。宇宙産業の国際的なルール書き換えが進む中、いかに機会を見出し事業に活かせるかが勝負所となる。今後の宇宙産業のルール形成における日本企業の活躍に期待したい。

 

(注釈)
*1: 一般消費者による使用を前提に開発・設計・製造された製品
*2: Usage of COTS EEE Components in European Space Programs TRISMAC 2018
 

著者

栂野志帆/Togano, Shiho

デロイト トーマツ コンサルティング
レギュラトリストラテジー コンサルタント

デロイト トーマツ コンサルティング入社後、官公庁の政策提案、経済産業省製造局「製造基盤技術実態等調査(製造業における“Connected Industries”の推進による付加価値の創出・最大化に関する調査)」等に従事。また自動車産業・製造業を始めとする民間企業に対するルール形成戦略立案や新規事業・事業拡大戦略にも参画。

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