ライフサイエンス・ヘルスケア ホワイトペーパー公開対談

  • Digital Business Modeling
2022/11/15

今秋、デロイト トーマツ グループでは、ライフサイエンス・ヘルスケアに関する2つのホワイトペーパーを公開した。ポストコロナ時代を見据えた「Beyond the new normal ~ポストコロナ元年の製薬企業に求められる備え~」と、製薬業界の変革の鍵を握る「2040年のヘルスケアを象る変革ドライバー」だ。そこで今回は、ホワイトペーパーの著者であるデロイト トーマツ コンサルティング合同会社ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー 大川 康宏と濱口 航が対談を行った。

——まずは自己紹介を兼ねて経歴を教えてください。

大川:私は、今から20年ほど前に製薬企業のR&Dを支援するベンチャー企業の創業メンバーとして参画し、IPOを経験したのちコンサルタントになりました。デロイト トーマツでは、主にR&Dや組織変革、DXといった領域を担当しています。製薬企業や医療機器メーカーはもちろん、保険会社やテクノロジー系の企業、データ製造業などの新規参入企業もご支援しています。

R&D領域の10年を振り返ると、モダリティが大きく変わってきています。新型コロナウイルス感染症のワクチンでは、mRNAという新しいモダリティが世界中に展開されました。
様々な技術革新の恩恵を受け、ウイルスの遺伝子配列の同定からワクチン開発までに約3ヶ月まで短縮されました。また臨床試験も、グローバル共通のプラットフォームで行うようになり、多くの患者さんに対してより短期間で効果検証できるようになり、本当にスピーディーになりましたね。

大川 康宏 | Yasuhiro Okawa

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

濱口:2007年に新卒でデロイト トーマツ コンサルティングに入社して以来、ライフサイエンス領域のコンサルティング一筋でやってきましたが、大学院では環境問題を経済学的にモデル化し、2050年に向けた将来シミュレーションに基づいてアジアの発展途上国の開発計画を考える研究をしていました。その頃から表計算ソフトと数理モデルは好きでしたね。

論理を積み上げて未来を予想する試みは面白かったのですが、「2050年に実際にどういった効果が出るのか」ということを見届けるには、あまりにも時間がかかります。もう少し短期サイクルで成果を見届けられるものに携わりたいという想いから、コンサルティングに興味を持ち、デロイト トーマツに入社しました。

デロイト トーマツでは、営業マーケティング領域や顧客エンゲージメント領域に取り組んでおり、戦略策定や組織再編といったテーマでクライアント企業をご支援しています。デジタル活用により、コマーシャルモデルも大きく変わっています。例えば、これまでの製薬業界の顧客は「医師」が中心でしたが、最近では「患者」と直接繋がることができるようになりました。その結果、患者さんを新たな顧客と捉えた顧客エンゲージメントを考える製薬企業が増えています。

このようにデータやデジタルを活用することで、さまざまな活動ができるようになっていますが、全ての活動がデータやデジタルで完結するとは思いません。最終的な付加価値を提供するのは「人」であり続けるのではないでしょうか。今後は、顧客接点の基盤はデジタルが担いながらも、勝負どころは「人」が介在するという組み合わせになっていくと思います。

濱口 航 | Wataru Hamaguchi

デロイト トーマツ ンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

——二人ともホワイトペーパーを執筆していますが、そのタイトルやテーマなどについて教えてください。

大川:ホワイトペーパーのタイトルは「2040年のヘルスケアを象る変革ドライバー」です。R&Dという側面では、10年、20年先を見据えないと研究開発の方向性が定まりません。新規事業の場合でも、ヘルスケアを取り巻く環境変化を捉えなければ価値の高い事業の創出が難しい。そのような将来のヘルスケアを見据えていくため、「未来」のライフサイエンスやヘルスケアの姿を創造する必要があると感じました。

ホワイトペーパーで重視したのは「サスティナビリティ」と「イノベーション」という2つの観点です。この2つは相反する概念となりますが、どちらが欠けてもヘルスケアの課題は解消されないでしょう。その課題を解消する可能性がある「変革ドライバー」を抽出してヘルスケアの将来像を論じています。

濱口:ホワイトペーパーは「Beyond the new normal ~ポストコロナ元年の製薬企業に求められる備え~」というタイトルにしました。現在、製薬企業の多くがコロナを契機とし、データやデジタル活用に注力しています。その中で、様々な業務が高度化・自動化されていっています。

しかし、顧客エンゲージメントの観点から考えると、環境変化を乗り切るために必要なことは、あくまで顧客に対して新しい価値を提供することだと考えます。データやデジタルといった基盤を整えた後に、「次にどういった価値を提供するのか」に目を向けてもらうために、「Beyond the new normal」というホワイトペーパーを執筆しました。

——ホワイトペーパーで強調したいポイントはありますか?

濱口:こちらのホワイトペーパーでは、多様化する顧客に、新しい価値を提供するためには、自分1人、自社1社だけでは難しいので、仲間を見つけてエコシステムを作っていこうという話をしています。そのためには、何も難しく考えることなく、どんどん周りに声をかけて、みんなで楽しく取り組むことが大切なのではないかということを伝えたいですね。

私も執筆当初は、考え方や方法論といったことを紹介したいと考えていました。しかし、多くの方とディスカッションを重ねる中で、コラボレーションのリーダーに重要なことは「目的意識」や「情熱」ではないかと気づかされました。つまり、「自分たちは何が何でも患者さんにこれを届けたい」という想いこそが成功要因になのではないかと思い至ったのです。

実際、製薬会社のコラボレーションを支援するプロジェクトでは、協業先の方々から「あなたたちは何をしたいのか」「なぜそれをしたいのか」「それは本当に患者さんのためになるのか」ということを必ず聞かれます。そのような議論の中、製薬会社の人たちが自分の中にある想いや情熱を言葉にして伝えることで、徐々にコミュニケーションがかみ合っていく。私はそういった現場を見てきました。目的意識や情熱に共感してもらえれば、協力も得られやすくなります。どんなに理屈が通っていても、「この人と組みたくない」と思われてしまうとコラボレーションは上手くいきませんからね。

大川:ホワイトペーパーでは大きく4つのテーマについて書いています。そのうちの1つが「永遠の寿命」です。「永遠の寿命」に関連する変革ドライバーとしてあげているのが、①細胞の老化を防止する「セノリティクス薬」、②世界に一人しかない特異な遺伝子変異を持った疾患を救える「N=1の医療」、③ブレインマシンインターフェースなどの技術で記憶や思考をコンピューターに移植する「永遠の寿命」の3つとなります。

これらの変革ドライバーは、医療や生活者の新しい価値を見いだすためイノベーションとなります。
また、老化の予防や根治療法が増えることで患者数を削減し、社会保障費も削減できることが期待できます。さらに働ける期間も拡大し、労働力人口の拡大も期待できる。そのため、サスティナビリティという観点での貢献もあると考えています。なお、これらの変革ドライバーは、今後のヘルスケア産業発展の起爆剤になるのではないかと考えています。

——「永遠の寿命」……。聞くだけでワクワクしてしまいますね。明日にでも実現してほしいと思うのですが、実際どれくらいの未来に実現していくとお考えですか。

大川:N=1の医療は、アメリカの小児病院で実現している事例があります。遺伝子変異がゲノム解析で分かるようになり、届けられる薬のモダリティも拡充しています。アメリカの事例を紹介しましたが、核酸医薬については日本のプレゼンスも高い状況になっていますね。ポイントになるのは、多くの方にアクセス可能な価格でその治療法を届けることができるのかという論点になるでしょう。

セノリティクス薬は、治療法として治験も始まっています。技術的には、老化のメカニズムと治療法のモダリティなど、相性のいい組み合わせが発見されています。しかし病気を発症していない人に対して老化を防止できることを立証するには時間がかかるため、世に届けることができるにはまだまだ時間がかかるでしょう。

これらの2つは健康寿命を最大化するという概念ですが、永遠の寿命はその次のステップともいうべき概念です。既存技術の延長線上で実現できるという研究者もいるため、20年くらいのスパンでは一定の現実味を帯びてくるかもしれません。しかし、生命倫理や法規制など整理しないといけない課題も多いため、社会実装において時間はかかると思います。

濱口:「永遠の寿命」が実現した世界では、例えば、生身の人とコンピューターの中で生き続けている人とのどちらが「自分」として周囲から知覚されるのか、というようなことを考えながら聞いていました。人からコンピューターへの移行方法なども考えないといけないですよね。

大川:そうですね。複雑な課題も発生すると思います。一方、コンピューターの世界では自分の能力を拡張できるという視点で研究している人もいます。情報は検索すればいいですし、計算能力もコンピューターの方が圧倒的に早い。コンピューターとヒトが一体化すると、個人の権利や自己実現の在り方などについても考えないといけなくなるでしょうね。

——ホワイトペーパーのご紹介、ありがとうございます。とても興味深い内容になっていると感じました。そのホワイトペーパーですが、どんな読者に読んでほしいですか。

濱口:先程は製薬企業を例にお話ししましたが、製薬企業だけでなく「変わることを難しく考えすぎていて一歩踏み出せていない人」に読んでほしいですね。

変化や変革が求められる風潮がありますが、それは難しいことではなく、「ただ一歩を踏み出す」だけでいいんです。そのためには、皆さんの中にある「想い」や「情熱」を言語化して伝えることが重要です。その想いや情熱が周りから共感されれば、物事が前に進むためのとても大きな力になるということを皆さんに実感していただきたいです。

大川:私は産官学というプレイヤーの方々に読んでいただき、ディスカッションしていきたいと考えています。例えば、アメリカのボストンでは非常に狭い区画の中にアカデミアや病院、製薬企業、ベンチャーキャピタルが揃っており、イノベーションがスピーディーに実現する環境になっています。対して日本では、関東圏と関西圏を「バイオクラスター」と位置づけ、そこからさまざまな取り組みが動きだそうとしています。

しかしデジタル技術を活用すれば、クラスターという「場」に閉じることなく日本一丸となって取り組むこともできるでしょう。そういった議論のきっかけになればと思っています。

——これまで「想い」や「情熱」というキーワードが出てきましたが、お二人にとっての想いや情熱を教えてください。

濱口:ライフサイエンス企業の皆さんは患者さんの苦しみを少しでも小さくするために、日々多大な努力をされています。私は、その価値や想いが、最大限に患者さんに届くためのお手伝いがしたいと考えています。

しかし、いくら価値を届けたいと思っても、個別企業や私たちだけでは実現することはできません。いろいろな人を巻き込みながら取り組んでいくことが必要となります。そのためにも、一人でも多くの人たちと語り合い、素敵な未来を実現するための仲間を増やしていきたいですね。

大川:私は、ヘルスケアの将来像の構想や実装への道筋について議論していきたいですね。ホワイトペーパーもその一環ですが、ライフサイエンスやヘルスケアの多様なプレイヤーの皆さんと一緒に実現していきたいと思っています。

個人的な話でいえば、コンサルタントとして求められる要件は広がってきており、自分自身を変革し続けなければなりません。その限界はスキルではなく「想像力」で決まると思っています。そのため、常に想像力を働かせ、未来像や個別企業の発展、自分の働き方や貢献の仕方など、限界を決めずにやっていきたいですね。

——お二人には、未来志向のストーリーを語っていただきました。最近、デザイン思考・アート思考が求められ始めていますが、お二人はまさしくそういった思考法を実践されていると感じました。読者の方に、何か発想のヒントになるような取り組みなどがありましたら、教えていただけますか。

大川:コンサルティングでご支援させていただいている中で、「ヘルスケアの世界はどうなるべきか」「どういったことをクリアすればビジネスのオポチュニティがあるのか」を考えてきました。
その中で、イノベーションやサスティナビリティの観点はとても重要になっていると実感しました。これらに対してインパクトを及ぼすものをウォッチしてきた結果が、今回のホワイトペーパーに繋がったのだと思います。

濱口:実は、発想力やアイデアというのは苦手分野なんです。私の癖なのですが、「課題があると解ける方法で解いてしまう」。しかし、その答えではステークホルダーが納得しなかったり、結果が出なかったりすることも少なくありません。だから、そういう場合も諦めず、どんどん次のチャレンジを繰り返します。

大きなジャンプアップはありませんが、失敗を重ねるうちに、それらを踏まえて次の発想ができるようになってきました。失敗しても、半歩先を見据えながら進んでいくということを繰り返す中で、成功例・失敗例を体系化できつつあるのだと思います。おそらく、この先も失敗をし続けると思うのですが、心が折れることなく、楽しく前向きに頑張っていきたいと思っています。

——ありがとうございました。

<関連リンク>
2040年のヘルスケアを象る変革ドライバー|ライフサイエンス&ヘルスケア|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
「ポストコロナ元年」の製薬企業に求められる備え~Beyond the new normal |ライフサイエンス&ヘルスケア|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

PROFESSIONAL

  • 大川 康宏 / Yasuhiro Okawa

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    ライフサイエンス&ヘルスケア ディビジョン 執行役員

    ライフサイエンス&ヘルスケア業界に20年以上従事。製薬企業を中心に、医療機器企業、保険企業、製造業、テクノロジー企業を支援。イノベーションを通じた持続的成長をコンセプトとし、事業ビジョン、事業戦略、組織変革、R&D戦略、オペレーション変革、DXなどのプロジェクトを手掛ける。

  • 濱口 航

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    ライフサイエンス&ヘルスケア ディビジョン 執行役員

    国内・外資医薬品メーカーを中心に、全社戦略および営業・マーケティング領域のプロジェクトを数多く経験。 新戦略に対する医師・患者の反応調査やMRの同行指導など、現場に深く入り込んだコンサルティングを手掛けている。

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