非連続な変化を乗り越えるために、自社のコーポレート機能を捨てよ

  • Digital Business Modeling
2022/10/21

業界再編、IT人材不足、就業労働人口の減少等、企業や産業を取り巻く環境変化に対応し、ビジネスレジリエンスを高めるには、コーポレートファンクションの変革がカギを握るのではないか――デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 増井 慶太、堀 佳介、石綿 眞亊、有限責任監査法人トーマツ パートナー 松本 淳が各々の専門分野から対談を行いました。

増井:製薬産業をはじめとするライフサイエンス企業は一般に収益性が高いといわれますが、その収益性にはばらつきがあります。産業構造を見るといろいろなプレーヤが存在し、企業同士の統廃合による業界再編がトピックになっています。

また、同じ製薬会社でも日系企業と外資系企業とでは雰囲気が全く異なっていると感じています。エクセレントカンパニーといわれる企業とそれ以外の企業と比較してもレベルに大きな差がある。この理由について「コーポレートファンクション」がカギを握っているのではないかと考えています。

産業を取り巻く外部環境も大きく変わってきています。いわゆるヘルスケアやライフサイエンスの価値は徹底的に可視化される時代になっており、ヘルステクノロジーアセスメントやヘルスアウトカムリサーチなども実装実施されてつつあります。医療介入を行う際にそこから得られる価値の可視化も進んでおり、可視化された価値に応じた対価を得ていくというようなダイナミックプライシングモデルも指向されつつあります。

同様に、コーポレートファンクションの価値も徹底的に可視化し、それに応じてチャージできるスキームやプラットフォームがあれば、より効率的・効果的な企業運営を行うことができるのではないかという仮説が立てられるものと思います。

増井 慶太 | Keita Masui

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

Monitor Deloitte | Life Sciences & Health Care 執行役員

堀:私のキャリアのスタートは米国系グローバルICT企業のM&Aチームでした。いわゆるコーポレートチームに所属していましたが、常に本社のレビューを受けていました。理不尽に思う指示も多かったのですが、そこでの7年間の活動を通して「コーポレートは強い意志を持つべきものなのだ」ということをたたき込まれました。帰国後、日本のお客様に対してさまざまなコンサルティングサービスを提供し始めましたが、事業部の声が強く、本社はこれに頭が上がらず、ゆえにほとんど意志を持つことさえできないという局面に何度も出会いました。例えば事業部横断でシェアドサービスセンターを作るにしても、次にどちらに向かうのかという意志がないように感じています。とりあえず、固定費を下げるためにさまざまな効率化を進めてはきたが、それで新しいビジネスバリューを得たのかというと、実際はそこまでできていない企業が大部分なのではないかと感じています。

堀 佳介 | Keisuke Hori

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員

増井:「なぜ、この業務をしているのか」ということを自問自答せずにコーポレート部門のオペレーションに従事してしまうケースもあるかと思います。

ITや人事、アカウンティングなどのコーポレートファンクションは、これまで局所最適が進んでいました。しかし、ライフサイエンスのインダストリーを横串で見たとき、それらを集約化・効率化・高度化することが求められているのではないかと感じています。

各社が差別化されたビジネス機能や戦略、研究を考えていく中、コーポレートファンクションを集約化・効率化することで収益性を改善し、それをイノベーションに再投資するということも可能になるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

石綿:私は基幹システムを中心としたコーポレートITの刷新に20年間従事してきました。「基幹システムの刷新」というテーマに必ず付いてくるのが「標準化」と「統合化」です。まずは、日本企業の標準化と統合化の経緯と現況からお話します。

1990-2000年代になると、日本企業は海外と同様ERP導入を中心とした基幹システムの刷新がブームになりました。しかし、ERPが導入されても標準化・統合化をあまり進められず、本質的な変革には至らなかったという苦い経験があります。自社のシステムを全世界に張り巡らせたとしても、ビジネス設計が拠点ごとにバラバラで、それが故にコーポレートの業務もそれぞれの拠点で異なった運用がされてしまったため、グローバルでの集約化に後れをとってしまった、もしくはそもそも実現できませんでした。

ITという側面でいうと、事業や地域の特性に引っ張られて、扱うシステムが部分最適に留まってしまい、全体をどのように最適化していくのかというところまで力をかけられていませんでした。

そういった過去の反省から、全拠点のシステムを一気に統合し、徹底的に標準化・共通化を推し進める企業も出始めています。当然、現場によっては大きく業務が変わるため、激しいハレーションが起きることもありますが、その壁を越えた企業では、次のステージとしてオペレーションで利用するコーポレートITの更なる高度化について検討できるまでになっています。

一方、ITや業務の変革に舵を切れたとしても、それに対応できる肝心な人員リソースがいないという課題があります。ITや業務を標準化・統合化し、企業変革の基盤を一大プロジェクトで整えられたとしても、運用の中で当然様々な変更が発生し、それに対応できるだけのリソースが十分ではないのです。例えば、企業活動ではM&Aといった大きな事業買収・売却から、特定製品の所有権移転など比較的小さいものまで、最近では色々なことが生じますが、こういったことは多かれ少なかれITや業務へのインパクトがあります。しかしそれに対応できる社内の人員がITにもビジネスにも足りていないのです。

基幹システムの新規導入プロジェクトほど大規模なものではない、かといって運用保守といった定常的なものでもない、オペレートとデリバリーの中間にある高度化したオペレート支援のようなサービスが結果として求められ始めています。そういった意味では、コーポレートに対して高度なサービスを提供し、その対価を頂くというスキームは可能性があると感じています。

石綿 眞亊 | Makoto Ishiwata

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員

増井:同じような話は製薬会社や医療機器企業でも聞くことがあります。また、コーポレートファンクションのみならず、産業特有のビジネスファンクションにも当てはまる議論かと思っています。たとえば、「薬事」というコーポレートファンクションはライフサイエンス企業にとって必須となる重要な機能ですが、その究極的業務目標は企業によって大差がありません。小さな中堅医療機器メーカーでも大手製薬企業でも共通の機能です。

そうだとすると、我々のようなプロフェッショナルサービスを提供している企業が、オペレーションやテクノロジーだけでなく、会計や税務といったサービスも含めて、日本全体を横断するようなサービスプラットフォームを作ると面白いかもしれませんね。

松本:日本は専門人材が少ないという特徴があることも考慮する必要があるでしょう。たとえば、米国公認会計士の数は日本の公認会計士の10倍であり、言語の壁もあるため、日本で活躍できるファイナンス専門人材の数は限られているということになります。そうなると、希少な専門人材は効率的に活用していくべきだという結論になり、コーポレート機能を横断プラットフォーム化するという議論は、日本でこそ実現させるべきアイディアなのだと思います。

松本 淳 | Jun Matsumoto

有限責任監査法人トーマツ パートナー

増井:そもそも論として、日本は就業労働人口も足りなくなってきています。これまでの働き方モデルやジョブローテーションが許容されない世界になってきていますね。

専門人材を雇いたくても雇えない。働き方改革ではありませんが、知識や知見を持った人を最大限活用することが極めて重要になってきていると感じています。

堀:今、日本と米国との専門人材の数について言及がありましたが、M&Aの現場ではキャパシティとケイパビリティについて圧倒的な差を感じています。

M&Aの交渉の現場に我々もアドバイザーとして立つのですが、日本の企業はキャパシティもケイパビリティも圧倒的に足りていない。目先の事務は上手くこなせるのですが、「あなたはどうしたいのか」と問うと黙ってしまう。企業が大きくなるほど、自分たちの業務範囲がサイロ化されてしまっており、「僕の業務範囲でお答えします」という返答ばかりになってしまうんです。会社として何がしたいのかが出てこないケースが多い。そんな状況ですから、グローバル企業の海千山千のM&Aチームにしてみれば赤子の手をひねるような交渉になってしまっています。

増井:マネジメントレベルでのコーポレートファンクションへの目配せが足りていないのかもしれません。石綿さんに伺いたいのですが、企業の骨格である基幹システムを見てこられた経験から、会社や経営者によってそういった配慮の違いなどは感じることはありますか。

石綿:たしかに感じることがありますね。多くの日本企業に特徴的だと思いますが、ITに関していえば、SIerが強く、そこに丸投げし続けた結果、事業会社のIT部門が弱体化しています。ビジネス側からお題をいただいたとしても、そのまま横流し的に外注に出してしまっているというのが典型的な日本企業のこれまでの有り様だと思います。

それなら社内のIT人材のケイパビリティを高めればいいという話になりますが、これまでの長い期間外注利用のスキームが根付いた結果、内製に立ち戻ろうとしてもすぐには戻れない状況になっています。とても根深い問題です。一方で米国では内製リソースが非常に強く、何かあったときの対応も全く異なります。オーナーシップという意味で日米の差を強く感じますね。

堀:技術の変化についていけないのかもしれません。特にITについてはキャッチアップすることを諦めてしまって丸投げしてしまっているのではないでしょうか。もう一つ気になっているのが、日本企業は他社事例を欲しがるということ。そのため、2周遅れで先進事例を追いかけてしまっている。他社が何をしているかではなく、自社がどうしたいのかということに着目していないんです。これは大きな課題だと思っています。

松本:とても興味深い話ですね。ITは外注に出し過ぎて内部に残っていないということですが、反対に日本企業はファイナンス機能をあまり外に出していないケースが多く、結果として日常的なオペレーションに多くの時間を費やして、他の仕事に時間を割けなくなっています。いずれも極端に振れており、課題であると思いました。

増井:どちらにしても課題がありますね。コーポレートファンクション全体の変革に向けて、トップダウンで本腰を入れて取り組む必要があるのかもしれません。

堀:原則として適時適材適所だと思うんです。いつか適材適所を実現したいというのではなく、全ての瞬間において適材適所が実現できていなければならない。たとえば、M&Aではセルサイドであろうがバイサイドであろうが、ディールが発生すると全てのファンクションに対して高度な専門性が求められるようになります。そこでは常に適材適所でないと話が進みませんし、場合によっては詰んでしまうこともあるでしょう。

では適時適材適所をどう担保していくのかということが重要になります。一昔前であればジョブ型、今であればプロジェクト型の人材や雇用制度がありますが、私自身は、もう一歩進んでプロフェッショナルプールを企業の外に持っておくべきではないかと考えています。これは、企業が大きな変革をする場合に必要なスキルを持った人材を一定期間確保するための仕組みです。我々コンサルタントなども含んだ外部のプロフェッショナルプールを活用しながら、適時適材適所を実現する時代に入っていると考えています。実際に欧米の企業では、既に社内に経験豊富なタレントが充実しているにもかかわらず、それでもなお社外のプロフェッショナルプールを日頃からメンテナンスしておき、ディールの要請にあわせてその中から最適な人を最適なタイミングで連れてきてディールチームやその後の変革チームを編成している場面によく出会います。

石綿:お話を聞いて、事業構造の変革サイクルのスピードが非常に速くなっていると感じました。これまで10年、20年というスパンで事業構造が変わるということはありましたが、それが数年というサイクルまで短くなっています。そのため、新卒採用や年功序列といった既存のやり方が合わなくなっているのではないでしょうか。

増井:世界が加速している気がしますね。ライフサイエンスの話でいえば、これまでワクチンの開発には10年以上かかっていました。しかしコロナワクチンでは研究開発に500日しかかかっていません。現在は100日で開発するというサイクルになっています。これは薬の開発の話ですが、その裏手であるオペレーションも当然影響を受けます。そのスピードに対応できるよう、メーカーだけでなくコラボレートしているパートナー企業やその裏にあるオペレーション、インフラ、ITも変わっていく必要があります。

先ほども話したとおり、2030年以降、日本は就労労働者が減りシビアな時代を迎えます。繰り返しになりますが、徹底的な効率化や標準化、高度化が求められる時代が、もうそこまで来ていると思うんです。そういった体勢を整えることができるのか、早く作ることができるのかというのが日本の課題だと思います。

堀:日本企業のコーポレートのみなさんは本当に時間がない。やらなければならないテーマや見ている範囲が広く、もしくは深く細かく、そのためにさまざまな会議に出ているという現象が起きています。それらの中には、目の前で起きている問題のトラブルシュートなども少なくありません。そういった安・近・短のテーマに忙殺され、本来、時間を割くべき「中長期的にどのようにしていかないといけないのか」というテーマに十分な時間を割けていないとう現象が起きているとみています。

増井:ライフサイエンスでも同様の話を聞きますね。トラブルシューティングや人事評価の議論ばかりで企業としての意志やディレクション、戦略といった議論ができていないという悩みをもつ役員の方もいらっしゃいます。護送船団方式というような言われ方もしますが、当局が牽引してきた産業では、そういった問題意識すら考えることなく、日々の会議に忙殺されている人が多いのかもしれません。

だとすると、マネジメントレベルの意識改革が必要になるかもしれません。数年後、その産業が生き残っているのかわかりませんからね。

あとは、数年先のことは見えていても、将来に対する目配せというか想像力が足りていないということはあるかもしれません。10年後、20年後から逆算すると、必然的に今やっておかなければならないことが出てきます。感染症がパンデミックを起こすことは予測することが困難ですが、人口推移は既に見えていますからね。

日本においては2030年には生産就労労働人口と高齢者の割合に差がでてくる。2040年から人口自体が大幅に減ります。そこから逆算すると、働き方もオペレーションも変えていかないといけないはずです。そういった想像力が足りていないのではないかと思うんです。

堀:私が深くサポートさせていただいている、ある日系企業の経営者の方は本気で「捨てる経営」を考えていらっしゃいます。その企業は、長らくさまざまなサービスをフルラインで提供していたため、全ての事業が重要でした。世界中で営んでいるビジネスを俯瞰し、何を伸ばし何を捨てるかは、最重要経営課題です。この議論が進んでいくと、いずれそもそも本社とは何をするところなのか、本社を日本に置いておく必要があるのか、という議論になると思います。これからは成長マーケットである国や地域に近いところに本社のインテリジェンス機能を移すという議論が始まっていくと思います。

増井:グローバライゼーションと関連する話ですよね。大手製薬企業の場合、売上高のだいたい6割が海外から来ています。そういった状況の中で、そもそも日本に本社を持っている必要があるのかという議論は進んでいますよね。日本固有の顧客や薬事申請などもありますが、それらのために多くの人材を日本で確保する必要があるのかどうかを考える必要があります。

石綿:日本にこだわると、日本語人材を探さなければなりません。これが余計な足かせになっています。このジレンマからは逃れられないですよね。そうなると、海外に求めていくしかないと思うんです。

企業のDNAが日本である必要はない。もちろん、日本である理由があるという企業もあると思いますが、海外はハイクオリティでキャパシティも圧倒的に稼げますからね。

堀:インダストリーによる差もさることながら、インダストリーの中におけるリーディングカンパニーとそれ以外の会社との差が開いてきているのではないかと感じています。

増井:そうかもしれませんね。しかし、こういった状況は何かマーケットが成立するチャンスになるとも感じています。

たとえば、製薬会社10社を集めたときの販売管理費は3兆円ほどというデータがあります。この3兆円ですが、中身を見るとオペレーションが半分以上を占めています。日本企業では固定費というケースが多いと思いますが、これを変動費化していく余地がありそうです。

堀:そのオペレーションコストの大部分は人件費だと思うんです。人が多いと広いフロアが必要となりますし、ベネフィットプランも作らなければならない。同時にパソコンや携帯電話など周辺のコストも膨らんでいきます。またこれらを管理していくためのコストもかかってくる。そのため、人そのものをいかに変動費化していくのかというのが改革の方向になると思います。必要な時は人件費を高く、不要な時は安く、というコントロールがこれまで以上に求められてくると思います。

松本:この販売管理費の絶対額を下げねばならないということではなく、ひょっとしたら4兆円でもいいかもしれません。しかし現在ほとんどが日常のルーティン業務にかかるコストだとしたら、これは圧縮し、企業価値向上のための業務にシフトすべきと思います。つまり、4兆円の中身は変える必要があると思います。

石綿:「適時」のタイミングがかなりバラついているため、販管費も固定費ではなく変動費化していく必要があるのかもしれません。新しい規制やシステムを導入するタイミングで、販管費に凸凹が出るようになると思うんです。

堀:確かに、大きなイベントがない時まで人を雇っておく必要はありませんし、「大きなイベントをやりたくても人がいないからできない」というのはナンセンスですからね。必要に応じて、先述の欧米企業のようにプロフェッショナルプールを日頃からメンテナンスしておくという時代になっていくのでしょうね。

増井:日本はいま、終身雇用という概念自体が崩れざるを得ない状況になっています。勤め上げるみたいなことはもう難しいですよね。適材適所はグローバルレベルで実現していくでしょう。
一方、企業寿命もかなり短くなっているという話もあります。勤め上げたくても、会社がなくなってしまうこともある。

そうなると、仕事に半分を割り振って、副業や自分のこともやるということになっていきます。テクノロジーなども徹底的に活用していかないといけないでしょう。そういう状況が目の前にあるのかもしれません。

松本:ファイナンスの人材は、まさに今、そういった状況が起きています。TAXやディスクロージャーなどは完全に専門職で、売り手市場になっています。ずっと勤め上げるという状況ではなく、どんどん外に出て行ってしまいます。自社で育成してもすぐに転職しまうため、自社で育成すること自体が難しくなっています。かなり流動化が進み、ファイナンス人材が1社に一人という時代ではなくなっていると思います。

増井:もしかするとコンサルタントもそうかもしれません。今回は広がりがある議論をさせていただきありがとうございました。

PROFESSIONAL

  • 増井 慶太

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    Monitor Deloitte | Life Sciences & Health Care
    執行役員

    ライフサイエンス及びヘルスケア産業におけるコンサルティングに従事。イノベーションをキーワードにバリューチェーンを通貫して戦略立案から実行支援まで携わる。講演活動や各種メディアに対する寄稿を多数実施。

  • 松本 淳

    有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 パートナー

    監査業務や株式公開支援業務、アジアにおける日系企業への会計アドバイザリー業務に従事した後、現在はファイナンス・アカウンティング領域を中心に活動している。ファイナンスにおけるルール・プロセス・組織・人材・システムにつき、包括的な知見を有する。

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