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不確実な時代に強みを再定義-「現場エコシステム」で確実なる底力

増大する不確実性の背景にある3つの世界的潮流に対して、日本企業はどのような強みを意識して新たな競争優位を構築するのか――。そのための3つの指針とは何か?


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第3の指針「新たなる内需」

「課題先進国」日本で世界に先駆けてイノベーション

貿易戦争の激化など不確実な時代に突入すると、海外の想定外の事象が日本経済を直撃するというリスクは頻繁に起こりうるだろう。日本企業にとって外需は今後も成長のドライバーであることに変わりないが、日本のGDPの8割近くを構成する「内需」をどう掘り起こすかという視点も、日本企業の持続的成長において着目すべきである。
ここから見えてくるのが第3の指針「新たなる内需」である。掘り起こすべき内需には大きく二つある。「社会課題解決型のデジタル需要」と「インバウンド需要のアウトバウンド化」だ。すでに述べたように、日本は「課題先進国」としてソーシャル化の時代を迎えている。世界に先駆けてイノベーションを起こせば、「新たなる内需」を掘り起こせるはずだ。しかもジャパンクオリティーをアピールできれば、世界進出への足掛かりもつかめる。

どんな分野でイノベーションを起こせるのか。例として三つの分野を挙げておく。「擦り合わせ」の生産技術や「世界一品質に厳しい消費者」といった日本市場の特性を生かして、今後はAIやロボットをはじめとしたデジタル技術を最大限に駆使して果敢にチャレンジしていくべきである。

  • 一つ目は、少子高齢化(シルバーマーケット需要)。介護など医療・健康分野は巨大市場であり、恒常的に人手不足だ。デジタル技術を活用して、シェアリングエコノミー型のインフラ・サービス・技術を導入するのはどうだろうか。人手不足を解消するうえに新たなビジネスを生み出せるはずだ。
  • 二つ目は、地方過疎化(地域経済活性化需要)。ドローンやロボットの導入によって、社会インフラを効率的に管理するスマートシティ化を進めるといいのではないか。同時に、行政に加えて電力会社や宅配業者の地域ネットワークも利用し、遠隔監視や見守りサービスに生かす。
  • 三つ目は、自然災害(建築需要)。地震、豪雨、台風―。2018年は「災害大国」日本の現状が改めて浮き彫りになった。自然災害の増大を踏まえれば、耐震基準を満たしていない建造物の補修・改築や、土砂崩れ対策のインフラ整備に関係した潜在需要は膨大にある。最近では地震研究にAI(人工知能)を導入する動きも出ている。

「新たなる内需」で開かれた競争やコラボレーションをさらに積極的に推進する。現場エコシステムが重要な役割を果たす。

どんな分野を選ぶにしてもキーワードは、現場エコシステムになる。社会課題解決では多様なステークホルダーが絡んでくる。「餅は餅屋」の精神で自らの現場の強みを深堀りしつつ、デジタル技術を最大に駆使して、既成の業界をまたぐのはもちろんのこと、行政も巻き込んでデータを広い範囲で共有し、課題解決と事業成長を両立させるエコシステムを形成するのだ。より良い社会の実現に向けて多様な知恵や関係性が融合するオープンで活気溢れる現場エコシステムを構築することが、デジタル投資をはじめとして新たなる需要を生み出し、日本企業の成長機会になって行くはずだ。

インバウンド需要のアウトバウンド化で新市場

「インバウンド需要のアウトバウンド化」も潜在的需要は大きい。訪日外国人がうなぎ上りで増えているからだ。東京オリンピック・パラリンピックを控え、2020年までの3年間で累計1億2000万人の外国人が日本を訪れるとの見方もあり、3年間で日本の総人口に匹敵する。いわば日本と同規模の外国人の潜在マーケットが国外に存在することになる。インバウンド需要を母体にしつつ帰国後のリピート需要を取り込めば、新たな需要を創出できる。これが「インバウンド需要のアウトバウンド化」だ。訪日時においしい食べ物や優れた製品・サービスを経験した外国人のリピート需要は広い意味での内需である。こうした外国人の需要を梃子に、物理的な場所を超えて、日本というマーケットを広げて行く発想を持つことも、新たなる内需の可能性を拓くことになるはずだ。

最近の日本企業は新たなる内需の取り込みに徐々に成功しつつある。一つの代表例は花王の紙おむつ「メリーズ」だ。同社は現場力を最大限に発揮して、本来なら相対立する「通気性が高い」と「漏れにくい」を高次元で両立させている。「世界一厳しい消費者」の洗礼を受け、まさにジャパンクオリティーを実現した。だからこそ「メリーズ」はジャパンクオリティーに憧れる中国人による爆買いの対象になったのである。インバウンド需要を通じてジャパンクオリティーに感動した外国人は潜在的に膨大だ。すでに食品・日用品・化粧品分野ではアジアを中心に新たな需要創出が確認できている。日本でおいしい食事を楽しめたから母国でも日本食を食べたい、日本ですてきな化粧水に出合えたから母国でも買いたい――こんな展開になるわけだ。帰国後の需要に対して越境ネット通販を柱の一つとして取り組んでいくことが重要だ。「世界一品質に厳しい消費者」によって支えられているジャパンクオリティーに感動した外国人消費者もステークホルダーに加えれば、日本の強みである「現場エコシステム」のすそ野をより一段と広げることになるだろう。

三つの指針を羅針盤にして確実な底力を発揮

ポストグローバル化・デジタル化・ソーシャル化を背景に世界的に不確実性が高まっているなか、日本企業は、リスクを恐れて内向き志向になってはならない。むしろ好機到来と捉えるべきだ。日本の現場固有の強みを、変化の潮流の文脈に即して「現場エコシステム」と最定義して最大限に活かす戦略を考え抜くことで、不確実な時代に飛躍する道筋が浮き彫りになる。これまでに挙げた三つの指針。第1の指針「真のグローバル化」、第2の指針「最強のカタリスト」、第3の指針「新たなる内需」――。これこそ不確実な時代に日本企業が歩むべき道筋だ。

いずれの指針に取り組む場合でも、その成否の鍵となるのは、最も価値ある経営資源である人材だ。「ビジョナリーカンパニー」シリーズで知られる経営学者ジム・コリンズ氏は「不確実性な時代に最高の成果を出すにはどうしたらいいのか」との問いに対し、「人間」と答えている。最高の人材をそろえておけば、どんな荒波に放り込まれても適応できる、という意味だ。まさに、日本企業の現場エコシステムを支えているのは、ロイヤルティーの高い人材だ。日本は資源小国であるからなおさら人材は貴重だ。能力と志の高い人材がいるからこそ現場エコシステムも機能するのである。長い時間軸の視野に立って人に投資をし続けること、これは変わらずに日本企業が持続的に成長するうえで根底に流れる大原則である。

経営者は自らの強みを再定義し、三つの指針を羅針盤にしながら不確実な時代に「確実な底力」を発揮する――。2019年は新たなステージに向けて飛躍する出発点にしたい。