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第7回・完 追従か革新か―日本企業に変化を迫る新スタンダード

人事の新「世界スタンダード」~デジタル・イノベーションの中で変革を迫られるHR~

最終回の本稿では、これまで紹介してきたトレンドやキーワードを振り返りつつ、「Work(仕事)」「Workforce(労働力)」「Workplace(働く場所)」の観点から日本企業における人事の新「スタンダード」をあらためて提示し、その実装のために今後の日本企業の人事機能が特に変化を迫られる要素(Future of HR)を考察したい。

ポイント

  1. 日本企業の人事部門が、新たな「スタンダード」へと自己変革していくには、①従業員の価値観の変化を前提としつつ、②Work(仕事)の変革、③Workforce(労働力)の変革、④Workplace(働く場所)の変革に取り組んでいかなければならない
  2. 企業は「個人を選ぶ」立場から「個人に選ばれる」立場へと変化していく。エンプロイー・エクスペリエンスを基軸に、従業員起点でマネジメントを考えることが、優秀人材を確保し、活躍してもらうためには必須となる
  3. これからの人事機能として、新しいスタンダードに基づく働き方や価値観の現場への実装・定着の旗振り役(チェンジ・リーダー)や伝道師(チェンジ・エージェント)としての役割を果たすことが求められる
  4. これからの人材マネジメントは、テクノロジーなしでは実現し得ない。テクノロジーがヒト・仕事・組織に対して、どのようなインパクトや価値をもたらすのか精通していることが重要となる。企業としては人事機能の再定義という新しい課題にチャレンジすることが重要となってくる

1.はじめに

本連載では過去6回にわたり「人事の新『世界スタンダード』」というテーマで、Next Normalにおけるグローバル、そして日本企業の人事の新しい在り方に関するトレンドや考察を紹介してきた。デジタルイノベーションによる非連続的な変革や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のインパクトに直面する中で、企業運営の根幹となる人事機能も大きな変化を迫られている。

最終回の本稿では、これまで紹介してきたトレンドやキーワードを振り返りつつ、「Work(仕事)」「Workforce(労働力)」「Workplace(働く場所)」の観点から日本企業における人事の新「スタンダード」をあらためて提示し、その実装のために今後の日本企業の人事機能が特に変化を迫られる要素(Future of HR)を考察したい。

 

2.日本の人事の新「スタンダード」

[1]従業員の「価値観」の変化

COVID-19により生活者/消費者の行動様式や価値観は大きく変化した。COVID-19の罹患者数が相対的に多い欧米では、従業員や企業の価値観は「ウェルビーイング(健康、幸福)」へと変化している。ウェルビーイングをいかに実現するかという観点で、企業運営や人材マネジメントの在り方が再構築されつつある。他方、罹患者数が相対的に少ない日本では、COVID-19はこれまで国を挙げて取り組んできた「働き方改革」を加速化させるきっかけとして捉えられる面が強い。

日本においては、COVID-19への緊急対応として在宅勤務を広範囲に導入した結果、従業員や企業はさまざまなことを認識した。例えば、通勤時間の減少、仕事とプライベートの質的向上やそのバランス、やらなくてもよかった・簡素化できた会議や手続き等の業務の存在、デジタル・テクノロジーの活用による効果的・効率的な業務遂行などである。従業員が「新たな価値観」を持ったWithコロナ・Afterコロナの時代においては、仮に今後画期的な治療薬やワクチンの開発、医療提供・体制の整備によってCOVID-19の脅威がなくなったとしても、従業員の労働観や企業の事業運営や人材マネジメントの在り方がCOVID-19以前の姿に戻ることはなく、この新しい価値観の下で、これまでのさまざまな"常識"を再構築していく必要がある。

 

[2]Work(仕事)の変革

デジタルイノベーションに直面し、またCOVID-19の経験を通じて、企業はあらためて「経営環境を取り巻く不確実性の高まりに対して、いかに対応するのか」という課題に真剣に向き合わざるを得なくなっている。デジタル技術の発展と革新的なサービスの創出など非連続的変化に対して、これまでのように硬直化した業務プロセス、柔軟性を欠くテクノロジー等のインフラ、縦のヒエラルキーと横の業際を基軸にした役割分担・組織体制では、自社のビジネスモデルや組織運営モデルを柔軟に変えていくことは難しい。

まず、「仕事の成果はいつも同じではない」「仕事は予測困難である」という前提で業務を組み立てる必要がある。成果を出すためにプロセスを各自分担し、決まったプロセスに即していることを確認していく進め方から、状況に応じて組織のミッションと出すべきアウトプットは合意するが、仕事の進め方は柔軟かつ試行錯誤しながらでもよいという前提とする。より個人とチームを中心としたプロジェクト型の組織が主流となり、不確実性を踏まえて試行錯誤しながら、意思決定を繰り返していくというアジャイル(機敏)な仕事の仕方を組織に実装していく必要がある。

そして、人間と機械の協働が進む。デジタルイノベーションの発展を受けて、アウトプットとその創出プロセスが定義された定型的業務は、機械が担うようになる。以前から「人間の仕事は機械に置き換わるのか」というテーマがしばしば話題に上がるが、機械化が進展した産業革命以降、労働力人口が減少したことはない。機械に代替されない仕事、人間でなければ価値が出せない、人間がやるからこそ価値を生み出せる仕事が残り、または新たに創出される。機械化が可能な業務を人間が遂行するやり方は、業務の質や生産性の観点でも、従業員の新しい価値観の面でも変革していかなければならない。人間は機械と協働しながら、チームと機械が想定したアウトプットの創出状況を管理すること、またアウトプットを見直し、プロセスを再構成し、機械を組み替えていくといった「仕事のデザイン」という創造性の高い仕事を担うことになる。

日本企業は、これら「プロジェクト型チーム」「アジャイル・アウトプットベースの仕事の仕方」「従業員の新たな期待値」「機械と協働できる従業員」といった新たな機能を組織に実装していくことが求められる。

 

[3]Workforce(労働力)の変革

機械が「労働力」として組み込まれていくとともに、企業の労働力の「多様化」と「外部化」が進む。非連続的変化の中でも常にイノベーションを求められる企業にとって、その実現には多様な能力・スキル・経験・コネクションを持つ人材の集合体を適時に形成することが必要となる。

一方で、これまで組織で共有してきた能力やスキル等の要件もパラダイムシフトによって非連続的に変化する中では、すべてを自社の従業員で適時にカバーできることは現実的ではない。したがって、これまで「自社で雇用する従業員」が労働力の中心だったが、これからは機械ができるものは機械化し、外部人材に代替できるものは外部化し、機械化や代替の効かない仕事は自社の従業員が担うというハイブリッドな要員構成を、今後は常態として確立していくことが求められる。

対応する労働市場も、昨今のテクノロジーの進化と労働に関する「価値観」の変化により、「ギグワーカー」「クラウドワーカー」などの新しい働き方と労働市場が形成されつつある。これまでは特定の企業に属し、企業と従業員が一体となって、企業内でスキルを開発・発揮するという関係にあった。現在は自らのスキルと経験を広く世の中に開示して、企業側も広く市場にいる人材の状況を把握できるデジタル・プラットフォームが形成されている。また、特定の企業に属しない働き方、在宅勤務の浸透により可能となった地理的障壁の克服、収入を得ることとプライベートを両立させるための多様な就業観といった観点で、働く人の「価値観」は多様化・変容しており、自社従業員以外の「代替労働力」の労働市場は今後も拡大すると考えられる。

不確実性の高い環境下において、企業が常にイノベーションを創出していくために、人事機能はそれぞれのプロジェクトにおいて必要な人材要件を明確にし、市場動向を把握しながら、人材をタイムリーに調達していかなければならない。今後の人事機能には「代替労働力」の候補を選定・照会し、「機械化」の可能性を模索し、そして従業員の役割を再定義することをタイムリーに行うことが求められる。

 

[4]Workplace(働く場所)の変革

日本ではCOVID-19への感染拡大防止のための緊急事態宣言を契機として、在宅勤務の対象を拡大し、幅広い従業員に適用した企業も多かった。「働く場所」の多様化が一気に進み、在宅勤務に必要となるウェブ会議ツール、チャットツール等のインフラはおおむね整備・実装されている状況にある。直近では、顧客営業や研究開発等の人との接点や、施設利用が一定程度必要となる機能を可能な範囲でデジタル化し、データセキュリティの担保、出社・出張・出向等を前提とした諸手当・費用類の見直しなどが主な検討ポイントになっている。

今後は在宅勤務を前提とした働き方が、スタンダードになると考えられる。当社が継続的に実施している「新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査」によると、企業と従業員個人の双方で、週2日以上の在宅勤務と出社を併用する「ハイブリッド型」の勤務体系を目指している割合が過半数を占めている[図表]

 

[図表]これからの働く場所の在り方-在宅と出社の頻度

   

在宅・出社比率
(企業の方針)

希望するワークスタイル

(個人としての目線)

1

原則在宅勤務

4.8%

10.2%

2

週4在宅+週1出社

7.0%

20.3%

3

週3在宅+週2出社

16.0%

28.9%

4

週2在宅+週3出社

18.4%

21.1%

5

週1在宅+週4出社

8.2%

9.4%

6

週5出社

25.9%

10.2%

7

該当なし/分からない

19.7%

(設問なし)

出所:デロイト トーマツ コンサルティング「新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査」(第3回、2020年6~7月調査)

 

一方で、在宅勤務が浸透することによって新たに提起された課題もある。目の前で仕事の状況をつぶさに確認できないため、仕事の成果を「時間」ではなく「アウトプット」をベースにする管理職とメンバーとの合意が必要となり、仕事も短サイクルでメンバーと接点を持つ「アジャイル」型の進め方が求められるようになってきた。それらを踏まえた人事評価の仕方も、仕組みの改定とともに管理職やメンバーへの周知・浸透があらためて必要となる。メンバーの想い・意見をぶつけ合う場が減ることから、大胆なアイデアや意見を発信すること、組織を超えて意見交換すること、メンバーがつながることを、より意図的に促していく動きや仕掛けが重要もなってくる。さらには、従業員の心理状態や困りごとが把握しづらいため、頻度高くサーベイ等を実施し、従業員のエンゲージメントの状態を捉えて適時適切に情報を発信したり施策を導入していく必要がある。ポイントは、これまで以上に「意図的」に仕掛けていくことだ。以前は人と人の接点の中で収集できていた多くの情報を、在宅勤務環境下では、意図的に把握しにいくことがとても重要となる。

この「意図的な仕掛け」は重要だが、業務品質を担保するために、また従業員の状況を捉えるために、管理職や人事の業務量が増加するという副作用がある。COVID-19への対応から半年が経過し、在宅勤務に関する企業の課題は二極化している。出社率が以前と変わらなくなりつつある企業は、いかに在宅勤務の範囲を広げていくかに苦心している。一方で、在宅勤務を前提とした働き方を主軸に置く企業は、この副作用に対処するために「業務のどの局面では"リアル"であるべきか」の検討を始めている。「"バーチャル"環境の中での"上手なリアル"の使い方」が、現在問われている新たなテーマである。

 

3.これからの人事機能の変革ポイント(Future of HR)

これまで述べてきたNext Normalのスタンダードを実装していくために、人事機能の役割・業務は再構成されていくこととなる。最後に、今後、日本の人事機能に特に求められる変革のポイントを列挙する。

 

[1]「新しい価値観」「エンプロイー・エクスペリエンス」を前提とした人材マネジメント

COVID-19への対応を経て、従業員が新たな「価値観」を持ち、それが不可逆的である以上、この新しい価値観とそれを実現するための「エンプロイー・エクスペリエンス(従業員の経験価値)」を基軸とした人材マネジメントへと変革していく必要がある。

在宅勤務の定着で雇用の地理的障壁が解消され、優秀な人材ほどより良い環境を求めて働く場所・企業を変えていくことが当たり前になる中で、企業は「個人を選ぶ」立場から「個人に選ばれる」立場へと変化していく。エンプロイー・エクスペリエンスを基軸に、従業員起点でマネジメントを考えることが、優秀人材を確保し、活躍してもらうためには必須となる。さらには、個人を起点として情報が社会に拡散していく昨今の世界において、「新しい価値観」に即した企業であるか否かは、企業のブランディングにも直結する。

また、人材の流動性が加速している背景には、個々人の自己実現志向が高まっているという価値観の変化もある。自律的にキャリアをデザインする、スキル研鑽けんさんをする、社外につながりを求める、働きがいやワーク・ライフ・バランスを追及するといったように、若者を中心として従業員の志向は変化し、多様化している。この点でも、企業はエンプロイー・エクスペリエンスを基軸として、自社において従業員が自立的に追求できるように企業としての価値観や風土へ変革し、プラットフォームを整備しなければならない。

 

[2]チェンジ・リーダー/チェンジ・エージェント

Next Normalのスタンダードを実現していくためには、上記のとおり、業務プロセス、組織風土、仕事の仕方、インフラ等のあらゆる側面において、変革を現場に実装していく必要がある。

これまで人事部門は、人事施策の企画・導入やオペレーションを遂行するだけでなく、制度と浸透と運用に当たって、さまざまな形で現場を支援してきた。一方でNext Normalのスタンダードへ転換するには、仕組みを基盤とした仕掛けの面だけではなく、業務の進め方や働き方、そして価値観や風土そのものの変化が求められる。人事部としては、現場に入り込み、動きをリードし、成功体験を作り、そうした動きを他の組織にも展開していくといった"チェンジマネジメント"の工夫が必須となる。今後の人事機能には、これまでの役割に加えて、新しいスタンダードに基づく働き方や価値観の現場への実装・定着の旗振り役(チェンジ・リーダー)や伝道師(チェンジ・エージェント)としての役割を主体となって果たすことが求められる。

 

[3]テクノロジーへの精通

Next Normalのスタンダードに対応したこれからの人材マネジメントは、テクノロジーなくして実現し得ない。例えば、在宅勤務では、広く従業員のエンゲージメントの状態をデータとして収集しなければならない。従業員が自立的にキャリア形成をしていくためには、エンプロイー・エクスペリエンスの観点からいえば、組織におけるポジションの情報が開示されており、そのポジションを担うにはどのようなスキルが必要で、そのためにどのような学習機会が組織にあるのかを、従業員が自ら把握・収集できることが求められる。また、管理職がメンバーに対して適時適切なフィードバックやキャリア支援をするためには、メンバーがどのような評価を受けており、どのようなスキル課題に直面しているかを管理職自身が把握できる状態にしておかなくてはならない。人事部として組織全体の「適所適材」を実現していくには、組織のポジションの要件と従業員のさまざまなデータが蓄積され、マッチングできる仕組みが必要となる。これらを実現するための基盤となるテクノロジーの活用が必須となる。

これまでテクノロジーの適用・導入を検討する主体の多くはIT部門だった。これからの企業ひいては人事部門には、世の中に従業員のためになるテクノロジーにはどのようなものがあるのか、テクノロジーがヒト・仕事・組織に対してどのようなインパクトや価値をもたらすのかについて精通していることが大変重要となる。そして、これらのテクノロジーを企業として選択(採用)し、実装(育成)し、効果を測定し(評価)、入れ替え/バージョンアップ/リニューアル(退職そして採用)するということを、企業内ではどの機能が担うか、人事部門なのか、IT部門なのか、ハイブリッドなチームなのかなどについて、企業は人事機能の再定義という新しい課題にチャレンジすることが重要となってくる。

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング
パートナー 坂田 省悟

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2020年9月25日掲載)を転載したものです。

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