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第6回 質的変化を求められるHR

人事の新「世界スタンダード」~デジタル・イノベーションの中で変革を迫られるHR~

具体的に人事部門はどのように変化していくべきなのか。過去多くの人事変革に携わった経験から、①人事戦略、②人事組織、③人事サービス、④人事システム、⑤人事部門人材の五つのポイントが存在すると考えている。その中で特に今回は①、③、④に焦点を当てて解説していきたい。

ポイント

  1. 人事部門が変化していくポイントとして、①人事戦略、②人事組織、③人事サービス、④人事システム、⑤人事部門人材の五つが存在する
  2. 人事戦略の観点においては、まず前述した人事の潮流である「多様化する価値観・働き方」や「技術進化・デジタル化」という概念に立脚した戦略策定を行うことが重要となってくる
  3. 人事サービスの観点では、新たな環境や働き方に向けて「個々人の自律性」と「帰属意識」をどちらも高めながら、両立していくことが重要となる
  4. 人事システムの観点では、「オペレーション人事から脱却するための効率化」「『デジタル経験』の向上」「経営の意思決定への貢献」の三つを実現させることが重要となる
  5. 上記の観点を踏まえつつ、人事部門が変化していくためには、上記①~⑤までを含めた包括的で一貫性を持った人事部門の設計が必要となる

1.はじめに

第1回の「Next Normalにおける日本企業の人事課題」で紹介したとおり、ここ10年間における人事部門の変遷を振り返ると、以下の大きな潮流が根底に存在していた。

①個々人の価値観や働き方の多様化に対応することの重要性
②技術進化やデジタル化への対応の必要性
③社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)への変化要請

こうした潮流は、新型コロナウイルス(COVID-19)によってますますその変化のスピードが速まり、対応の重要性が高まることが想定される。例えば①に関しては、当社が継続的に実施している『新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査』[図表1]に基づくと、リモートワークなどの新たな働き方に対して、ポジティブに捉えている方とネガティブに捉えている方が常に入り交じる状況となっている。

 

[図表1]「働きがい」観点での変化(N=160、複数回答)

1

通勤時間の減少によりストレスが減少した

69.3%

2

インフラ整備の不十分さ(ネットが遅い、切れる等)によりストレスを感じた

52.6%

3

余暇時間が増えプライベートが充実した

35.8%

4

上司・部下間でのコミュニケーションがうまく機能していない

29.2%

5

在宅勤務対象有無による不公平感を抱いた

29.2%

6

雑談がなくなり、業務に集中でき、仕事の効率が上がった

27.7%

7

部下の状況が把握できないことによる不安が高まった

25.5%

8

孤独を感じた

24.8%

出所:デロイト トーマツ コンサルティング「新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査」(第1回、2020年4月調査)

 

また、日本生産性本部の「第2回 働く人の意識調査」でもCOVID-19を契機に増加した在宅勤務に満足している人の割合は70.3%(「満足している」22.3%、「どちらかと言えば満足している」48.0%)、今後も継続してもらいたいと思っている人の割合は75.6%(「そう思う」27.9%、「どちらかと言えばそう思う」47.7%)という結果が出ている。一方で、第一生命経済研究所の調査によると「仕事がはかどらなくなった」「意欲的に働けなくなった」と感じている人も一定数存在している。こうした結果から、今後はより多様なタイプの働き方に対応していくことが求められるだろう。

また、②の「技術進化やデジタル化」に関しても、COVID-19によって、その変化のスピードが加速することが予測される。当社の上記調査に基づくと、各企業においてシステム・デジタルツールの導入、顧客接点のデジタル化、拡張労働力の活用促進のほか、面接・説明会のオンライン化などが取り組みたい施策として上位にランクインしている[図表2]

 

[図表2]直近1年以内に取り組みたい施策(複数回答)

1

システム・デジタルツールの導入

46.9%

2

組織風土改革/意識改革

45.6%

3

顧客接点のデジタル化強化、既存顧客の維持

30.6%

4

要員管理手法の見直し

28.8%

5

自律型組織の立ち上げ

28.8%

6

既存事業における売り上げの取り戻し方

28.1%

7

テクノロジーを活用した拡張労働力の活用促進

28.1%

出所:デロイト トーマツ コンサルティング「新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査」(第1回、2020年4月調査)

 

2.人事部門に求められる変化

人事部門としては、こうした多様化する価値観・働き方や、技術進化・デジタル化などに対応していくことに加え、以前から求められているようにビジネスへの貢献度も高めていく必要がある。

では、具体的に人事部門はどのように変化していくべきなのか。過去多くの人事変革に携わった経験から、①人事戦略、②人事組織、③人事サービス、④人事システム、⑤人事部門人材の五つのポイントが存在すると考えている。その中で特に今回は①、③、④に焦点を当てて解説していきたい。

[1]人事戦略に求められる変化

人事戦略の観点においては、まず前述した人事の潮流である「多様化する価値観・働き方」や「技術進化・デジタル化」という概念に立脚した戦略策定を行うことが重要となってくる。

これまで人事戦略を立案する際には、事業戦略や組織戦略から落とし込んで策定することがセオリーであった。しかし、これからは従業員目線(働く人・人間目線)も取り入れていく必要がある。こうした「エンプロイー・エクスペリエンス(従業員体験)」と呼ばれる概念の解説は、本連載の第2回「組織と個人の新しい関係」を参照いただきたいが、注目すべきは、その従業員体験を向上させることによる効果である。当社の「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2018」に基づくと、調査対象企業のうち、「エンプロイー・エクスペリエンス」のレベルが上位25%の企業は、下位25%の企業と比べて、以下のような特徴が見られた。

  • 現在の組織にとどまる意向を持つ従業員の数が4倍多い
  • 2倍以上のイノベーションを創出できている
  • 2倍以上の顧客満足度を実現できている
  • 25%程度多くの利益を上げている

では、どのように人事戦略へ従業員目線を取り込めばよいのだろうか。ここで、当社がクライアント企業に対して人事の方向性を策定する上でのフレームワークを紹介したい[図表3]

 

[図表3]人事のビジョン・ステートメント

視点

内容

従業員が会社・組織の中で得る経験・価値

従業員が会社・組織に入社してから退職に至るまでに、人事部門はどのような経験・価値を提供すべきか

従業員の社会貢献・自己実現まで含めた経験

所属する組織内での経験にとどまらず、従業員が志す社会貢献や自己実現に対して、人事としてどのような経験・価値を提供するのか

提供価値の独自性

顧客(ビジネスリーダー・従業員等)にとって、特別な価値・サービスは何か

成功基準

人事としてあるべき姿を体現しているかをどのような基準(定量・定性)で判断するのか

 

これは、われわれが「人事のビジョン・ステートメント」と呼んでいるもので、人事部変革のプロジェクトにおいては、現状分析等を踏まえて最初に策定するものである。こうしたものをまず策定しながら、中期人事戦略や年度ごとの計画に落とし込んでいく。

ここで、これまで述べてきた「エンプロイー・エクスペリエンス」について掘り下げてみたい。この「エンプロイー・エクスペリエンス」は、以下の三つの要素から構成される。

 

①組織経験:周囲の人々・組織から受ける価値、継続的な学習環境、マネジメントスタイル、コミュニケーション、雇用される企業のブランド、報酬などを通じて与えられるもの

②物理的経験:オフィスや建物などの空間、ファシリティ(施設)、職場環境などを通じて与えられるもの

③デジタル経験:仕事上のデジタルツール(パソコンや各種機器など)の使用を通じて与えられるもの

 

三つめのデジタル経験に注目してもらいたい。オフィス勤務にせよ、工場勤務にせよ、仕事においてデジタルツールが欠かせない現代において、そのツールの使いやすさは「個々人の働きがい」に大きな影響を与えている。特に、デジタル・ネイティブ世代と呼ばれる若年層においては、パソコンやアプリケーションなどのUI(ユーザーインターフェース)・UX(ユーザーエクスペリエンス)に対する期待値が高い。これからの時代において多様な働き方を提供していく上では、こうしたツールは欠かせない存在となっていく。こうした側面からも「技術進化・デジタル化」という潮流に対応することの重要性が、あらためて確認できるだろう。

 

[2]人事サービスに求められる変化

人事サービスの観点においては、新たな環境や働き方に向けて「個々人の自律性」と「帰属意識」をどちらも高めながら、両立していくことが重要となる。

「個々人の自律性」について、上司が常に部下の動きを把握して、指示・指導を行うことが困難な状況では、ある程度個々人が自律的に判断して動いていくことを余儀なくされる。また、環境変化が激しい現代においては、求められる知識やスキルも絶えず変化していくため、自律的に学習していく"レジリエント(強靭性)"な人材が必要とされる。

では、"自律性"とは、どのように生まれるのだろうか。諸説存在するが、心理学者のピーター・ゴルヴィツァーの理論に基づくと、「目標意図」と「実行意図」の二つの意図が作用しているという。目的意図とは「何を実現したいのか」という意図のことで、実行意図とは「それをどのように実行していくのか」という意図である。これらの二つの意図がどちらも強いと自律的な行動が促されるが、特に重要なのが「目標意図」である。目標意図とは仕事においては、自身が担う役割や仕事としてのパーパス(存在意義)と言い換えてもよい。これからの人事は、日々の業務のあらゆる場面でパーパスを組み入れていくことで、個々人の自律性を高めるとともに、パーパスでつながったチーム・組織をつくっていく必要がある。

こうした姿を実現させるために行うべきことは、まず企業としての存在意義を可視化・言語化するとともに、それを各組織や部署などのレベルでかみ砕いていくことである。そして、各組織・部署のリーダーを伝道師として育成し、日常的な対話に基づいて、メンバーの理解を促進することである。加えて、この対話においてはメンバー自身のパーパスを把握して、擦り合わせていく作業が重要である。さまざまな場所・場面でこうした擦り合わせ作業が行われる状態をつくるためには、リーダーに対する教育はもちろん、OKR(Object and Key Result)などを制度化して活用していくことが有効である。

こうした自律性の促進が重要である一方で、チームや組織に対する帰属意識が欠如して、自身にばかり意識が向いてしまう組織もうまくはいかない。

当社の「グローバル・ヒューマンキャピタル・トレンド 2020」の調査結果によると、世界のHRリーダーたちの最重要関心事項の一つに挙げられたのが「帰属意識」である。アメリカでリーダーシップ教育を提供するオンラインプラットフォームを運営するスタートアップ企業のBetterUpが2019年に実施した調査によると、帰属意識はパフォーマンスを最大56%向上させる一方で、離職リスクを50%減少させ、従業員の病欠日数を75%減少させるだけの力があるとされている。前述した当社のトレンド調査はCOVID-19前に実施したものだが、昨今の環境下においてはさらに重要性が増している。なぜなら、これまでの働き方においては、会社に出社して、同じ時間・空間・経験などを共有して働くことで、組織やチームに所属している感覚を得ていた。一方で、COVID-19に伴うリモート環境下では、そういった「帰属意識」を醸成する基盤が崩れ去ってしまった。こうした状況では、冒頭に紹介した当社の『新型コロナウイルスに対するワークスタイル及び課題対応調査』の結果でも示されているとおり、コミュニケーションの量と質が低下し、孤独を感じる従業員があらゆる企業で増加している。

では、どうすれば帰属意識を高めることができるのだろうか。必要なのは相互に補強し合うための以下の三つの要素である。

 

①安心感:公平に扱われ、同僚から尊敬されていると感じられる

②一体感:一緒に仕事をしている人たちや、自分が所属しているチームと一体であると感じられる

③貢献:自分たちのユニークな強みがチーム・組織の共通目標や理念を達成するために、どのように役立っているかを理解することができる

 

特に重要なのが①安心感である。公平に扱われていると感じ、取り繕うことなく、ありのままの自分でいられる安心できる環境を醸成することが、帰属意識を高める最大の原動力となる。そのためには、リーダーが従業員一人ひとりを尊重し、心理的安全性を推進することで「インクルーシブ(inclusive:包含する、転じて排除しない)」な環境をつくることが必要である。例えば、1on1ミーティングを通じて上司と部下間の"権威勾配"を低下させたり、職場においてインクルーシブな考え方や行動をしている従業員を特定して支援したりすることなどが考えられる。

ここまで「個々人の自律性」と「帰属意識」について説明してきたが、どちらにも共通しているのがリーダーの重要性である。環境変化の激しさや価値観や働き方の多様化によって、人事が従業員を画一的に管理・育成することはもはや困難となっている。個人やチームといった単位で自律的に動いていくことが求められる中で、チームリーダーが企業や組織としてのパーパスを語ることができ、個々人のパーパスも理解し、チームとしての安心感や一体感を醸成できるように育成していくことが、今後、人事として求められる。

[3]人事システムに求められる変化

最後の人事システムの観点においては、「オペレーション人事から脱却するための効率化」「『デジタル経験』の向上」「経営の意思決定への貢献」の三つを実現させることが重要となってくる。これら三つを包括的に実現するHRテクノロジーの全体イメージが[図表4]である。

[図表4]人事システムに求められる変化のイメージ

[図表4]人事システムに求められる変化のイメージ
※クリックまたはタップして拡大表示できます

出所:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社『最強組織をつくる人事変革の教科書』[日本能率協会マネジメントセンター]

 

1点目の「オペレーション人事から脱却するための効率化」に関して、COVID-19環境下においては、ペーパーレス化、はんこレス化などが喫緊の取り組み課題となってきている。こうした"紙"や"はんこ"は言うまでもなく、人事の生産性を下げるだけでなく、リモートワークを阻害する大きな要因となっている。

以前から人事部門は、関係各所と紙でのやり取りをする必要性が高いことや、異動決裁などを代表例として承認事項や承認者が多いこともあり、結果として紙やはんこが多い傾向にあった。こうした状況を改善するためのHRテクノロジーは多数存在する。例えば、ESS(エンプロイー・セルフサービス)、ワークフローなどが代表例だろう。ESSとは、各種申請や入力などを従業員自らがシステム上で行うものである。ワークフローは各種決裁・承認を電子上で行うシステムのことである。こうしたシステムは既に導入している企業も多いが、重要なことは、システムに合わせて業務プロセスを合理化することと、ユーザーの意識を変えることである。例えば、ワークフローを導入したものの、決裁階層が複雑かつ非常に多く、効率化やスピード化が図れなかったというケースがよく発生している。また、結局、承認者が「紙のほうがよい」ということでワークフローと合わせて、紙が回覧されているという例も枚挙にいとまがない。こうしたプロセスや意識も同時に変革していかなければ、せっかく導入したシステムも無駄になりかねない。

2点目の「『デジタル経験』の向上」に関して、特に現在の環境下においては、デジタルツールを活用したコミュニケーションの活性化やルールづくりを進めていく必要がある。これまで紹介してきたCOVID-19環境下における各種調査でも、リモートワークによって「コミュニケーション頻度が落ちた」「非常にストレスがたまった」「生産性が低下した」という声が多く聞かれる。こうした原因として、インフラ(ネットワークや機器)の問題もあるが、「どのようなコミュニケーションツールを、どのように活用するのか」という方針が明確でない場合も往々にしてある。例えば、あるクライアントの例でいうと、朝と夕に必ず30分、オンラインのチームミーティングを設定し、朝のアジェンダはメンバー全員に「昨日行ったこと」「今日行うこと」「相談したいこと」を共有し、夕方のアジェンダは「現在困っていること」を中心に共有する設計としている。こうした「どのような会議体とアジェンダを設定するか」まで踏み込んで、コミュニケーションの活性化を図っていくことが求められる。

3点目の「経営の意思決定への貢献」に関しては、現場の"情報"や"数字"を吸い上げて、把握・分析するシステムを構築していくことが重要となっていく。これまで経営者や事業責任者、管理職は、数字だけでなく、現物・現場の状況を直接確認して、判断・意思決定することが重視されていた。しかし、COVID-19環境下ではそういったことが困難となるケースも増えてくることが想定される。特に人事の領域では、直接的な部下とのコミュニケーションが少なくなっていることから、部下の育成や評価、指示出しなどが難しくなっている。こうした状況においては、パルス・サーベイと呼ばれるような短周期・簡易的な意識調査を行うことで、従業員のモチベーションやストレスの状態を具体的に把握して、施策立案や短サイクルでの改善につなげていくことが求められる。

こうした三つの観点から、HRテクノロジーを構築・活用することは、人事業務自体の在り方を見直すとともに、従業員や経営陣に対する人事部門としての貢献度を高めることにつながっていく。

 

3.最後に

人事として変化していく五つのポイントのうち、①人事戦略、③人事サービス、④人事システムの三つについて概要を解説してきた。人事変革を進める上では、これら三つだけでなく、②人事組織や⑤人事部門人材という観点も盛り込んだグランドデザインを行うことが重要となる。よくある失敗例としては、「①人事戦略だけは、近年の潮流を取り込んだ華々しいものを策定したが、それを実現できる②人事組織や⑤人事部門人材が整備されておらず、絵に描いた餅となってしまった」ということや、「③人事サービス(業務)が④人事システムの観点抜きに設計されて、結果として生産性が低下してしまった」ということが起こりがちである。

こうした失敗を避けるためには、やはり①~⑤までを含めた包括的で一貫性を持った人事部門の設計が必要となる。そして、その出発点である①人事戦略においては、「多様化する価値観・働き方」と「技術進化・デジタル化」という二つの大きな潮流に対して、「人事部門として、どのように"チャンス"に変えていくか」という問いに明確に答えられるようになることが、今後何より重要になっていく。
 

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング
パートナー 福村 直哉

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2020年9月11日掲載)を転載したものです。

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