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デジタル・データ活用による競争力強化のための人材・組織変革のポイント

デジタルトランスフォーメーションを実現する組織・人材戦略(6)

コロナ禍における消費者の生活習慣の変化や、デジタル・テクノロジーによる自動車産業の構造変化に適応すべく、各社DXを加速させている。一方で、足元では、現場の推進力が追い付いておらず、企画側との温度差が生じ始め、意図した成果が出ていないとお聞きする。本稿では、DXのボトルネックとなりがちな人材と組織に焦点を当て、直接的に変革を促していくアプローチを、事例を交えて紹介する。

1. DXのボトルネックになりがちな人材や組織に着目する

この章では、デジタル・データ活用による仕事の変革・生産性の向上策を、4つの事例に基づき紹介する。

事例1:全社レベルでデジタルリテラシーを向上、100万時間以上の工数捻出に成功(⇒参照2-1)

事例2:AIを活用したタレントマッチングを実装、結果として人事データの活用が加速(⇒参照2-2)

事例3:デジタル・データ活用で営業の生産性が飛躍的に向上(一人当たり売上高が1.3倍に)(⇒参照2-3)

事例4:データ活用を品質・コンプライアンスリスク予測に適用(⇒参照2-4)

 

まず、事例紹介の前に、予備知識としておさえておきたいことが2点ある。

1点目 日本の企業は、決定的にデジタル人材が不足

DXの推進には、デジタル技術でビジネスをデザインできる人材や、それを支える人材が必要不可欠である。一方で、IMDデジタル競争力ランキング 「IT人材需給に関する調査(2020年度)~Digital/Technological skills指標のランキング推移」では、日本は、調査対象国63ヵ国中62位に甘んじている現状をご存じだろうか。加えて、「IT人材の『不足数』(需要)に関する試算結果」では、ITニーズの拡大により、2030年には約80万人のIT人材が不足すると試算している。

最近では、このデジタル人材にかかる問題のご相談が急増している。
例えば、曖昧になりがちなデジタル人材の人材像(図-1、図2)を定義するとともに、採用のみならず、デジタル人材の素養を持った人材の発掘・育成施策の立案、再配置・リスキル施策によるリソースの有効活用、それを支える評価・報酬制度の再設計など、様々な観点で支援を行っている。

デジタル化の遅延が、結果として、データ活用を遅延させる一因と考えており、このデジタル人材の確保・育成が、一里塚となっていることは言うまでもない。

図-1 デジタル人材の人材像・役割・規模感(大分類)
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図-2 デジタル人材の人材像・役割(詳細)
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2点目 DXに立ちはだかる組織の障壁

各社DXを推進すべく、DXの専門組織や最高デジタル/データ責任者(CDO:Chief Digital /Data Officer)を配置し、取り組みを加速させようとしている。

一方で、足元では現場の推進力が追い付いておらず、専門組織側(=企画側)との温度差も生じ始め、意図した成果が出ていないとお聞きする。この推進力・温度差の違いは、デジタル化に対する危機感や意識の強い組織とそうでない組織に差ともいえる。

ほかにも、課題は山積だ。例えば、組織間の縦割り意識が強く、また、組織間の利害関係が障壁となり、組織ごとの個別最適な取り組みばかりが生まれている。既存事業/オペレーションモデルがDX推進の障壁となっていることもある。また、PoC等の計画を立て、実行する案件がいくつか出てきているものの、振り返り等を行っておらず、成果の拡大につながっていかない。

人材面の課題のみならず、組織面の課題にも着目し、手を打たなければならない。

 

2. 人材と組織を変革する事例やアプローチから成功の鍵をつかむ

2-1 全社レベルでデジタルリテラシーを向上、100万時間以上の工数捻出に成功

はじめに、全社レベルで、デジタル・データの活用により生産性が飛躍的に向上した事例を紹介する。
本社・各部門のみならず、全国に点在している事業所・グループ会社も含めて、数千名規模の仕事・働き方の変革を、ほぼ全てリモートワークで成功に導いた好事例である。

この会社は、デジタル・データを活用し、一人ひとりが仕事や働き方を見つめ直し、職場・組織ぐるみで改革を推進した。結果として、年間労働時間100万時間以上の工数捻出を成し遂げ、付加価値業務へのリソースをシフトし、大きな成果をあげている。

この事例の成功ポイントは、大きく3つである。

  • ポイント1:社員のデジタルリテラシーを高めたこと
  • ポイント2:個人のアイディアが埋もれないように職場・組織の活動として昇華させたこと
  • ポイント3:組織としてガバナンスを効かせたこと

まず、図-1にある L0の社員層を、L1に挙げる取り組みを行った。具体的には、デジタル活用(RPA・AI・IoT等)や働き方改革(全社Teams導入)をテーマに、勉強会・ワークショップをリモートで行い、各組織から選出された改革のリーダーを中心に、デジタルリテラシー向上やDXの機運を高めていった。

同時に、職場・組織の活動を側面的に支援すべく、DX推進室が、方針・戦略の策定と、KPIの設定・管理、ナレッジトランスファーや、成功事例の共有、モチベーションの維持・向上を推進した。

加えて、この改革で特筆すべきは、ガバナンスだ。DX推進において曖昧になりがちな、役割・責任や目標・KPIを明確にするとともに、経営層の合意形成を図り、DX推進室を通じて運用を徹底した。このガバナンスを通じて、全社で生産性や働きがいを高めるために必要なデータを収集・蓄積・管理し、KPIとして継続的にモニタリングを行っている。現場の自走を重視しつつ、改革を成功裏に導くために最低限必要なKPIは何か、ガバナンスをどの程度の強度で効かせるか、入念な議論・合意形成を重ね、実行したことが重要なポイントでもある。
 

2-2 AIを活用したタレントマッチングを実装、結果として人事データの活用が加速

次に、データの活用に焦点をあてた事例を紹介する。誰しも一度は、「組織に眠るデータを活用し、生産性を高めるべき」と掲げたことがあるのではないだろうか。一方で、実現には、数多くの障壁・問題を突破しなければならず、改革が「道半ば」となることも多い。
まず、典型的な問題を挙げてみたい。

  • 問題1:そもそもデータがない、あるいは散在している
  • 問題2:データを収集(かき集め)し、分析したとしても何の示唆も得られない
  • 問題3:有用な示唆を得られ施策を講じたが、効果が限定的であった

この事例では、まさにこの障壁・問題を突破すべく、デジタル・データの特徴を活かしたアプローチで成功している。

  • ポイント1:仕事の当たり前・常識を疑う
  • ポイント2:デジタルの利点・特徴を最大限活かす
  • ポイント3:クイックに取り組みを始め、データ収集・蓄積・活用のレベルを徐々に引き上げる

具体的には、現場部門や経営企画・人事部門において相当の時間を要している異動・配置計画業務を例に挙げたい。異動・配置計画業務は、複雑な仕事や人材の情報を収集し、玉突き異動を考えつつ、長年の経験と勘を活かして、巧妙なパズルを組み合わせる、まさに職人的な業務のひとつである。

まず、仕事の当たり前を疑ってみよう。果たしてこの業務には、どのくらいの関与者が、どれほど時間を浪費して作業を行っているだろうか。単純に、業務の投下時間に着目することは言うまでもない(デザイン思考の発想を取り入れるとストレスがかかる業務に着目してもよい)。ここでのポイントは、「熟練の人事マネジャーや経験者、事業側のラインマネジャーでないとできない」という仕事の当たり前・常識を疑うことにある。

2つ目のポイントは、デジタル技術に着目することである。デジタル技術は、「そもそも専門的でとっつきにくい」「業務に適用するにはハードルが高い」と距離を置きがちだ。一方で、各技術の特徴や事例に触れると案外そうでもない。AI(人工知能)を一例としてあげよう。AIに関しては、「機械学習」「ディープラーニング」の単語が出てくると、すぐに耳を塞ぎたくなりがちだが、AIの特徴は、「自律性」「適応性」であり、機械が画像認識・言語処理・音声認識などで集めたデータを分析・予測するところにある。このデジタル技術を、「タレントマッチング」に活用することで、大きな成果を挙げている会社もある。

最後のポイント、大きな悩みの種であるデータについて触れよう。「そもそもデータがない」「どんなデータが必要かわからない」という状況を打破するためには、何から着手しなければならないか。まず、クイックにやってみることにある。例えば、マッチングの適合率を見ながら、必要なデータを仮説・検証サイクルを通じて精度を上げる、である。この繰り返しが、結果として、データ収集・蓄積・活用レベルを徐々に引き上げることにつながる。
 

2-3 デジタル・データ活用で営業の生産性が飛躍的向上(一人当たり売上高が1.3倍に)

デジタル・データを活用し、生産性が飛躍的に向上した事例も紹介したい。この事例の最大の成功ポイントは、普段からあまり結びつかない事業側と人事側が持つデータの有効活用にある(図-3)。

  • ポイント1:顧客の変化と事業側が持つイシュー(=解くべき真の課題)に着目
  • ポイント2:事業側が有しているデータと、人事側が有しているデータを有効活用(事業側:生産性・業務データ、人事側:人事・人材・労務データ等)
  • ポイント3:組織長クラスを巻き込み、営業マネジメントの仕組みとして運用

最初に、この会社が取り巻く事業環境として、産業構造の変化に伴う、顧客側の収益構造の変化があること挙げておきたい。それに伴い、メーカー営業への期待・要望が変化、単に要求事項を取りまとめ、開発チームと連携する受身的な営業スタイルから、いわゆる顧客のビジネス拡大に資する提案型営業スタイルへの変革を求められていた(最近では、顧客のDXを支援するビジネスプロデューサーという職種も出てきていることに注目したい)。

実際は、5つのStepに分けてアプローチを行った。

  • Step1:顧客のニーズを起点として、マーケティング戦略や出口となるソリューション商材を検討
  • Step2:営業の役割・プロセスや、あるべき人材像・人材要件を再定義
  • Step3:人材要件に基づき、全営業(約2,000名)にアセスメントを実施、現状を可視化
  • Step4:新たな営業スタイルに求められる要素をアナリティクスで特定
    (15年で育っていた営業職を、たった8年で育てる早期育成パスを発見)
  • Step5:人材面と組織面で課題を切り分け、それぞれ施策を実施

人材面)あるべき人材像・人材要件に基づき、職場のOJT(上司指導力)や専門的な教育を強化/採用基準の変更、配置計画の見直しなども実施(毎年ブロック長会議でダッシュボードによりシミュレーション・意思決定を支援)

組織面)あるべき姿とのGAPが大きいマーケティング領域は、組織やデジタル施策でカバー(マーケティング専門組織の設置、顧客情報管理ポータルの開発・導入等)

上記の仕組みを初年度で構築、約3年間かけてPDCAを実施した。結果として、一人当たり売上高が1.3倍に増加、デジタル・データの活用、アナリティクスの実施により、仕事における価値の出し方が変わった事例である。

図-3 未来型ピープルアナリティクスのコンセプト
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2-4 データ活用を品質・コンプライアンスリスク予測に適用

最後に、デジタル・データ活用による仕事の変革・生産性向上のアプローチは、リスク管理にも適用できることをお伝えしたい。この事例の最大の成功ポイントは、リスク発生のトリガーとして、社員の働き方に着目したことにある。

  • ポイント1:品質リスク・コンプライアンスが発生しがちな人材・組織の傾向に着目
  • ポイント2:データ活用によるリスク発生の予測モデルを構築
  • ポイント3:組織的に未然防止・再発防止するためのPDCAサイクルを運用

例えば、自社の設計・開発現場を具に見てみると、CASEへの対応・デジタル技術の進化による設計・開発のあり方の変化の影響を受け、次のような問題が起っている場合が多い。

  • 問題1:PMへの作業負荷・納期プレッシャーが集中、追い詰められ、パフォーマンスが低下
  • 問題2:設計・開発業務量と要員もミスマッチが発生、残業も慢性化、現場がさらに疲弊
  • 問題3:パフォーマンス低下や現場の疲労が放置され、重大な品質問題を誘発するリスクが増加

日本の基幹産業のひとつである自動車産業のさらなる発展を誰もが追い求めているものの、実際はこのような問題が発生しており、決して放置してはならない。

ある大手製造業では、負荷・プレッシャーが集中しているPMを救うべく、PMの働き方に着目し、デジタル・データを活用した品質リスクの早期発見・予測対応にチャレンジしている。

予め、パフォーマンスが低下しがちなPMの働き方の典型を仮定として置き、アプローチを行った。

PMの働き方の典型(仮定)

  • メールの未読数が多い、大量にメール返信している
  • 深夜早朝休日にPCを使っている、メールを送信している、入退室している
  • 画面の切り替えが多い(逆に、止まっている)
  • 特定の人と会うことが多い、社外の人とコミュニケーションできていない
  • ミーティングが異常に多い、ストレスのかかる社内手続きが多い
  • トイレにこもりがち
  • 部下から心配されるようになっている、上司からの叱責が増えている 等

仮説検証のためのアプローチ

  • Step1:PMの置かれている状況を、大きく4要素に分解
    (パフォーマンス・時間の使い方・周囲との関わり・コンディションの4要素)
  • Step2:データ収集手法を設計(本人・周囲の負荷ゼロ、デバイスの着用等)
  • Step3:クイックに実証実験を実施、パフォーマンスに影響ある要素をアナリティクスで特定
  • Step4:組織的に未然防止・再発防止するためのPDCAサイクルを運用

この会社は、デジタル技術の特徴を最大限に引き出し、且つ、得られたデータを用い、アナリティクスを通じて示唆を出し、組織的なPDCAサイクルを回すことで、品質リスクの低減にチャレンジしている。加えて、働きがい、ひいては、Well Being(幸福感)の追求に資する取り組みであることは言うまでもない。

 

3. 小さな成功を重ね、大きな成果を生み出すデータマネジメントサイクルを現場に植え付ける

前述のような取り組みは時間がかかりそう、でもスピード感をもって取り組みたい、こんなジレンマを解消するためには、どうするか。その解の一つとして、小さな成功を重ね、大きな成果を生み出すデータマネジメントサイクルを現場に植え付けることを推奨したい。

図-4 データマネジメントサイクルの全体像
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4. まとめ

この章ではDXのボトルネックとなりがちな人材と組織に焦点を当て、直接的に変革を促していくアプローチを、事例を交えて紹介してきたが、この分野は、まだまだ様々なチャレンジが求められる。見方を変えると、今後の伸びしろのひとつとして捉えることができる分野でもある。

ぜひ、読者の皆様とご一緒に、問題に向き合い、おおいに悩み、試行錯誤しながら、成果を出す喜びを味わいたい。

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

アソシエイトディレクター 野村 朋弘

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

 

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