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2023年アジアパシフィック内部通報調査レポートのご紹介

クライシスマネジメントメールマガジン 第67号

デロイト トーマツでは、10月20日に「2023年アジアパシフィック内部通報調査レポート」を発表しました。本調査は、内部通報制度に関する各組織の能力や対応状況を把握するため、2023年3月31日から5月1日にかけて、日本を含むアジアパシフィック地域各地で実施され、509件(うち日本企業は169件)の回答をもとにまとめられました。本稿では、その調査結果の一部をご紹介します。

I.はじめに

2023年3月31日から5月1日にかけて、内部通報制度を管理するアジアパシフィック地域各地のビジネスリーダーに対してオンラインサーベイを実施した。調査の目的は、内部通報制度に関する各組織の能力や対応状況を把握することで、500件以上の回答が寄せられた。

調査の概要

調査期間:
2023年3月31日から5月1日

目的:
内部通報制度に関する各組織の能力や対応状況の把握

回答者:
アジアパシフィック各国から509件の回答を収集(うち日本企業は169件【内訳:国内拠点71件、海外拠点98件】、海外企業は340件)74%の回答者は、組織の内部通報を担当する主要な意思決定者

対象国:
中国、香港、インド、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、オーストラリア、フィリピン、シンガポール、台湾、タイ、ベトナムなどの国と地域

言語:
日本語、韓国語、簡体字中国語、繁体字中国語ほか
 

(調査レポートはこちらからダウンロードいただけます。本稿に掲載できなかった日本企業と他国との比較分析もお読みいただけます。)

 

本稿では調査結果のうち内部通報制度の管理責任者が特に関心が高いと思われる①内部通報制度の利用状況、②調査から見える内部通報活用時の課題について解説する。

II.内部通報制度の利用状況

回答企業のうち87%が内部通報制度を導入済みと回答している。6%が現在導入はされていないものの今後導入する予定があると回答している。一方で、7%の企業は現在内部通報制度がないにもかかわらず、今後も導入する予定がないと回答している。これらの企業で内部通報制度が導入されていない理由は様々であるが、組織が小規模過ぎる、リソースが不足しているといった組織の状態に起因するものもあれば、内部通報制度を求める法律や規制がないと外部環境を理由に挙げている企業もあった。経営陣が必要性を感じていないという、内部統制上好ましくない回答をする企業もあった。

内部通報制度を導入する予定がないと回答した企業の多くが、従業員1万人未満の組織であった。内部通報が組織内でどの程度優先されているかという設問に対する回答からわかるように、従業員1万人未満の組織において優先度が大きく下がる傾向がある。内部通報制度が組織内の情報収集機能としての役割が期待されている反面、組織に必要不可欠なものとまでは認識されていない実情が透けて見える結果となった。

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日本においては内部通報制度を設置する目的として不正の早期発見が挙げられることが多い。東京証券取引所が取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」においても、内部通報制度に期待される機能として、従業員等が「不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えること」を掲げており、内部通報は違法または不適切な行為の発見という文脈で語られることが多い。これに対して、アジアパシフィックを対象として行われた本調査においては、最も多く選択されたものは「エシックスや価値観に関わる組織風土の改善」で、「不正行為や不適切行為の発見」は2番目の回答となっている。3番目に多い回答は「建設的で透明性の高い職場環境の推進」となっており、アジアパシフィック全体でみると、組織風土の改善や透明性の高い職場環境の推進といった、組織をよりよくするためのツールとしての機能を内部通報制度に期待していることがわかる。

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過去、内部通報における主要な通報ルートと考えられていた電話による通報受付は、本調査では2番目に多い手段となった。現在は、Eメールでの通報受付が最も多く設置されている窓口となっている。これは、電話窓口には電話対応できる人材の確保、通報者の匿名性についての配慮、受付時間の制約があるなど多くのデメリットがあるなかで、Eメールによる通報受付は比較的コストがかからないなど設置が容易であることから、IT環境の普及に伴って設置する企業が増えたことが理由として考えられる。

一方で、Eメールによる受付は、通報内容が基本的に自由記述で行われるため、必要な情報が通報内容に含まれていないことが多いなど、通報後の調査に支障をきたすことが多い。電話での受付であれば、その場で必要な情報を聞き出すことがでるが、Eメールでは一方的に情報を受け取るだけであるため、その場で内容を確認することができない。不十分な情報ばかりを受けるようになった場合、通報後の対応を適切に行うことができなくなるため、それは通報制度自体の有効性を揺るがすことにもなる。

現時点では回答企業の49%のみ利用しているウェブプラットフォームによる通報受付は、Eメールと電話受付の双方のメリットを融合させることができるツールとして近年期待が高まっている。充実したプラットフォームであれば、通報の種類に応じて様々なフォームをカスタマイズし、構造化された形式で内部通報の情報を収集することができる。内部通報者が添付ファイルを参考資料としてアップロードできるといった利点もある。また、匿名性を担保する必要のある内部通報においては、調査チームが安全なメッセージ機能を通じて、匿名の内部通報者とやり取りできるという大きな利点もある。AIを活用したチャットツールなどが急激に発展する昨今、ウェブプラットフォームが通報受付の主力となる未来は想像に難くない。

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III.内部通報活用時の課題

93%が内部通報制度を既に設けているまたは導入する予定だと答えていることからわかるように、内部通報制度は今では企業統治においてあたりまえにあるものとして認知されている。しかし、今回の調査からは、その積極的利用という側面で、いくつかの課題が見られた。

通報制度の社内への周知、複数の通報窓口の設置などは、多くの企業において推進されているが、外部への情報発信、外部からの通報受付においては、発展途上である。法律や規制により、サプライチェーン全体がより徹底したリスク管理を求められる中、組織は外部向けの通報制度を定める必要が生じてきている。通報窓口の情報を外部関係者に対して公表することで、企業は寄せられた通報を関連法や規制の遵守に有効活用することができるようになる。これは長期的には自身の危機意識を高め、法令違反やレピュテーションなどのリスクを軽減することにつながるが、今回の調査では回答企業のうち33%が内部通報方針や通報窓口について外部に公表しておらず、公表している企業においても外部関係者からの通報受付窓口は限定的になっている。

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内部通報制度の効果をいかに測定するかという課題があることも、今回の調査で明らかになった。全回答者のうち30%が内部通報制度の効果を測定していないと回答している。効果を測定していると回答した企業においても、そのうち30%が報告件数だけを指標にしていると回答した。内部通報の優先度が高いと回答した企業においても、これらの数値がわずかに上がるのみで、80%が効果を測定したことがあると回答しているものの、そのうち28%が報告件数だけを指標にしていると回答した。

報告件数は効果測定の項目としてはわかりやすく使いやすい。しかし、件数の増減を見ても、数字の裏に潜む真なる課題を把握することができない。一般的な効果測定の手法としては従業員意識調査が考えられる。窓口の認知度、アクセスの容易さ、対応状況、制度に対する信頼度などを、アンケートなどを用いて調べることで、制度の組織への浸透具合を把握することができる。また、内部通報制度が適切に機能しているかをはかるため、受理した通報の処理内容を評価することも検討すべきである。受付から返答までの時間、調査時間、事実解明の割合、匿名報告の割合、対応後の結末などを評価することで、内部通報が組織の目的に沿って活用されているかを把握することができ、内部通報制度をよりよくするための改善策を講じることができるようになる。

 

最後に、回答企業が認識する内部通報制度が抱えている課題を紹介する。回答の中で最も多かった課題は、「従業員が通報プロセスの独立性を懸念」「従業員に対する内部通報制度の周知不足」「報復行為に対する従業員の不安」であった。周知と不安については、社内コミュニケーションや研修を通じて、通報制度を従業員にとって身近なものとする必要があるが、従業員が通報プロセスの独立性、事案の棚上げや報復行為に対して不安を感じているようなケースにおいては、組織風土に根本的な問題が生じていることも懸念される。このような状況に陥っている組織では、上位の管理職や取締役が制度の改革に積極的に関わり、状況の把握、そして対策を取ることが望まれる。

内部通報制度を導入し、通報を審査するためのリソース不足を課題として挙げる回答もあった。複数の部門間や多言語の通報に対応する必要がある組織では、リソース不足が大きな課題となる。特に複数の地域において活動するチームが必要な場合、社内でリソースを確保することは容易ではない。リソース不足を解消する方法としては、外部リソースの活用を検討すべきである。実際に、回答企業のうち48%が、何らかの形で外部の内部通報サービスプロバイダーからサポートを受けていると答えている。

当社でも、多言語化、リソース不足などに応えるためにデジタル化した内部通報受付プラットフォームを使った内部通報関連サービスを提供している(参照:デジタル内部通報ソリューション Conduct Watch)。また、内部通報によって明らかになった課題に対しても、様々なソリューションを提供している。内部通報に関する課題を抱えている企業はぜひともお問い合わせいただきたい。

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IV.まとめ

組織の規模によってその優先度は変わるものの、内部通報制度は今では企業統治においてあたりまえにあるものとして認知されている。アジアパシフィック各国での経済発展が続く中、日本企業においてもこれらの拠点における組織風土の改善や透明性の高い職場環境の構築は不可避な課題となるであろう。内部通報制度をいかに利用するかが、海外拠点のマネジメントに大きな影響を与える時代が来ることが予測される。新しい技術の活用などをもって、よりよい企業統治のためのツールとしての内部通報の活用をぜひとも検討していいただきたい。

 

(2023年アジアパシフィック内部通報調査レポートはこちらからダウンロードいただけます。本稿で紹介できなかった分析も含まれていますので、ぜひご活用ください)

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