ナレッジ

不正調査におけるヒアリング

クライシスマネジメントメールマガジン 第75号

ヒアリングは、不正調査において必ず実施される手続です。しかし、ヒアリングはその場限りのもので後戻りできないため、失敗を可能な限り避ける必要があります。今回は、ヒアリングを実施するに当たってポイントとなる事項をお伝えします。

I. 不正調査におけるヒアリングの位置づけとアプローチ

不正調査における一般的な流れは、発生した不正そのものの調査(以下「本件調査」という。)、同種事案の不正に対する調査(以下「類似案件調査」という。)を行い、原因分析・再発防止策を検討のうえ調査報告書が作成される、というものである。本件調査、類似案件調査では、一般的に証憑突合、分析、内部統制・業務プロセスの検証、デジタルフォレンジック、アンケート調査、ホットラインの設置、関係者へのヒアリングなどの手続が実施される。この中でもヒアリングは、調査の各段階において実施され、かつ調査の過程で検出された事項に対して追加で実施することもある、非常に重要な手続である。

ヒアリングは、当然ながらヒアリング対象者(相手)がいるものであり、誰に、どのような順序で、どのような項目をヒアリングするのか、が重要となる。一般的には、下図1のとおり第1階層からヒアリングを順に行う、「外堀から埋める」アプローチを採用することとなる。

図1.一般的なヒアリングアプローチ例と階層概要

※クリックまたはタップして拡大表示できます

ここで、各階層の対象として想定される部署、人物について述べる。

第1階層:不正の背景情報や実行者の客観的情報等の収集が主な目的となり、実行者の職歴や評価については人事部が、業務プロセス・内部監査の実施状況などは経理部や内部監査部が想定される。その他、例えば、売上のプレッシャーが動機の場合は人事評価制度に関する設計部署や評価者が想定される。

第2階層:第3階層へのヒアリングに向けて実施されるもので、実行者が所属する部・課の役職員、実行者と直接的に関わりのある人物(実行者が所属する部・課を除く)や、実行者と親しい人物などが想定される。ここでは、実行者の業務内容や勤務態度、担当業務の流れ、手口詳細、不正への関与者等を主眼においたヒアリングを実施する。この他、不正の内容や背景によってマネジメント層へのヒアリングを実施することもあれば、デジタルフォレンジックやアンケート調査等で検出された事項に応じて追加でヒアリング対象者の選定を行う。

第3階層:共謀者を含む実行者をヒアリング対象として想定おり、これまで収集した情報に基づき、事実認定を行うためのヒアリングを実施する。

本件調査と類似案件調査双方の目的でヒアリングを実施することも想定され、一人の対象者に対して複数回のヒアリングを実施することもある。上記は例示であり、不正の内容や背景によって柔軟に選定、アプローチする必要がある点に留意願いたい。

II. ヒアリングを実施するにあたっての留意事項

ヒアリング対象者が選定された後、直ちにヒアリングを実施することは推奨しない。初動で実施する不正概要把握のためのヒアリングを除き、ヒアリングを行うに当たっては入念な事前準備が必要となる。ここでは、①調査情報の集約、②想定アジェンダの作成、③ヒアリングにおける心理的安全性の確保、の3点に絞りポイントを述べる。

① 調査情報の集約

これまでの調査の過程で判明した事実について、要点を整理立てて集約・可視化を行い、ヒアリング時に参照できるよう明瞭に纏める必要がある。具体的には以下のような事項が想定される。

(ア) 不正事案の内容について、5W1Hを明確にした上で時系列に沿ってサンプルとなる証憑とともに整理する。

(イ) 内部統制の状況、業務プロセスについて、規程、マニュアル、ルール等に沿ったあるべき統制と、実態との乖離や脆弱な点を整理する。

(ウ) 調査の過程(証憑突合、デジタルフォレンジック、アンケート調査、これまでのヒアリング等)で検出された事項の内、ヒアリングで質問すべき事項を整理する。この時、矛盾点や曖昧な点等、明瞭にすべき点を意識する。

(エ) 不正による影響額について、手口ごと、場合によっては期ごとに集計し、金額は1件ごとの最小単位まで細分化したうえで整理する。特に金額は数値という客観的なものであるため、その算出方法、算出過程、根拠を明確にする必要がある。

(オ) これまでの調査から考えられる原因分析および再発防止策を整理する。

② 想定アジェンダの作成

対象者ごとにアジェンダを用意したうえでヒアリングに臨むが、必ずしも想定通りにヒアリングを実施できるとは限らず、柔軟な対応が必要となる場合もある。一般的には以下の事項をアジェンダにしつつ、ヒアリング対象者による反論への対応を想定しておく。

(ア) 一般的な質問項目として、職務経歴、部署変遷、所属部署における役割、権限、業務内容、不正事案のへの関与度合、実行者の人柄、勤務態度等が挙げられる。

(イ) 個別の質問項目として、これまで検出された事項に応じて、不正事案の詳細手口、エビデンス偽造有無やそのやり方、矛盾点、共謀者の有無、不正の動機、原因等が挙げられる。

(ウ) 質問に対する反論や否定があった場合の対応について検討を行い、反論や否定に対して打ち返す根拠資料を準備する。この時、当該資料をいつどのようなタイミングでヒアリング対象者へ提示するかも合わせて検討する。

③ ヒアリングにおける心理的安全性の確保

これまでの準備を元にヒアリングに臨むものの、不正調査におけるヒアリングは任意の協力に基づくものであり、ヒアリング対象者へ不必要な圧迫感等を与えないよう、訴訟リスクを念頭においた対応が必要となる。具体的には以下の点に留意する。

(ア) ヒアリングを実施する人数は圧迫感を与えないよう必要最低限とする。

(イ) ヒアリングを実施する部屋はある程度広い部屋とし、狭い部屋は避ける。ヒアリング対象者が心理的・物理的にアクセスしやすいよう、貸し会議室や弁護士事務所で実施することも考えられる。

(ウ) ヒアリング対象者は出入口から近い場所とし、ヒアリング実施者で囲わないようにする。また、ヒアリング対象者の真正面は可能なら避けて座るようにする。

(エ) 嘘の証言や嘘の証拠を使用せず、事実に基づいて毅然とした態度で質問を行う。処遇や告訴等相手の心理的安全性を阻害する発言は慎み、誠実に接するようにする。特に、録音を行う場合は必ずヒアリング対象者の同意を得る。

(オ) 適宜休憩をとり、水分補給などの時間を確保する。 

上記留意事項を踏まえてヒアリングに臨むが、ヒアリング対象者がどのような反応をし、どのような発言をするかはコントロールできず、必ずしも想定したとおりにヒアリングが進むとは限らない。そのため、想定したアジェンダに拘りすぎず、相手の反応を見ながら柔軟に進めることが重要である。

III. おわりに

不正調査におけるヒアリングは、その事案内容、ヒアリング対象者の反応や態度、調査の過程で検出された事項等によって臨機応変に実施する必要がある。例えば同じ横領であっても、不正にはそれぞれ固有の事情や背景があり、全て画一的なヒアリングを実施すれば良いというものではない。その点で、ヒアリングは不正調査の中でも入念な準備とこれまでの経験に基づく対応力が必要なものといえるであろう。
本メルマガが皆様のヒアリングの一助となれば幸いである。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
成宮 智輝 (シニアマネジャー)

 

(2024.7.5)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

不正・危機対応の最新記事・サービス紹介は以下からお進みください。

>> フォレンジック&クライシスマネジメント:トップページ <<

お役に立ちましたか?