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調査委員会における社内事務局の役割

調査委員会が不正事案を十分かつ効率的に調査をするため、委員会との窓口となる社内事務局が果たす役割は極めて重要です。過去の事例を参照しつつ、その詳細を初動対応から調査報告まで時系列で解説します。

I. 調査委員会における社内事務局の役割

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーでは、会計不正をはじめとして横領事案、データ偽装事案等様々な調査委員会事案において調査委員あるいは調査補助者として関与している。本稿では調査委員会の発足から収束までの会社側の事務局(以下「社内事務局」という)の役割や重要性について解説する。

調査委員会の発足から、調査実施局面、終盤の調査報告局面において会社側が果たす主な役割は下表のとおりである。調査委員会の発足後も様々なタスクが発生するため、調査委員会への窓口としてこれらを取りまとめる事務局が会社側で必要となる。

調査委員会は、まず発足直後に必要な初期情報を社内事務局から得る。不正の対象となった事業の内容、不正の実行者、関連する社内関係者、具体的な手口、関連する内部統制、金額規模、不正が実施されていた可能性のある時期といった情報である。それらに基づいて、具体的なインタビュー対象や実施する調査項目、デジタルフォレンジックの範囲などの調査計画を設計していく。調査委員会がスケジュール通りに効率的に調査を行えるかどうかは、 社内事務局から得られる情報に大きく依存することが以上からもわかるだろう。といっても、不正事案を実際に経験していない方にとっては、これだけではピンとこないかもしれないので、次節で実際におきたケースで具体的なイメージをお伝えしたい。

調査委員会の図
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II. 初動対応として社内事務局が機能しなかったケース

A社事案(社内事務局が対象事案の事業等を把握できていないケース):

A社の事案では、対象会社の主流ではない事業を扱う子会社B社のトップ層が不正の実行者と目された。B社の該当事業はA社本体からはブラックボックス化しており(だからこそ不正の温床となっていたのだが)、A社の社内事務局が事前に整理できていたのはB社の当該ビジネスの概要と組織図程度であった。このため、ビジネスフローや具体的な不正手口などは調査委員会が現地に訪問し情報整理するまで不明であった。このような状況により調査計画の設計遅延、 ひいては全体的なスケジュールに影響を与えてしまった。不正調査では、調査の発端となった不正事案そのものの調査(本件調査)以外に、類似の案件が他にないかどうかを確かめる調査(他件調査)が必須となる。教科書的には、本件調査で判明した不正の特徴(ヒト、手口、拠点など)を整理した後に、他件調査を実施することになるが、上場会社開示制度のスケジュール制限を受ける日本の不正調査においては、本件調査が終了してから他件調査を実施していたのでは期限に間に合わない場合があるため、 調査序盤から本件調査と並行して他件調査を設計し、調査を実施していくケースが少なくない。本事案のように序盤でのインプットが少ない例では、序盤で類似案件の調査設計をするのは実務上困難であり、実際にスケジュールが大いに遅延し、期限延長を重ね、かつ、かなり無理な人員投入を行うことで、なんとか乗り切ったのが実態であった。社内事務局が事前に情報を正確に収集・把握していることが、調査委員会のスケジュール、調査の効率性にいかに影響を与えるかが判る事案である。
 

C社事案(初動対応に関する社内の指示・命令がうまく伝達しなかったケース):

C社の事案では関与者が海外に複数いたため、デジタルフォレンジックの実施にあたり、複数の海外拠点で同時に関与者のPC現物やメールサーバーの保全を行う必要があった。C社は海外子会社への指揮命令系統がうまく繋がっておらず、保全に先立って調査委員会が出したPC等現物の所在確認などの要求事項を、社内事務局が通常どおりの指揮命令系統で伝達したところ、すぐには動かない海外拠点が発生し、結果的に保全作業に遅延が生じてしまった。その遅延により、保全に時間がかかっている間に対象者の1名が、 貸与PCにアンチフォレンジックツールをインストールし、ファイルを跡形もなく復元できないように消去させてしまったという最悪の顛末となった。本事案では、そもそも通常時の指揮命令統制が未整備だったことはあるが、有事において社内事務局がそれを補完する役割を果たせず、調査スケジュールのみならず、証拠保全の失敗という結果を招いてしまった事案であると言えよう。

 

III. 社内事務局として求められる人員

以上のように重要な役割が課せられる社内事務局には、どのような人員が求められるのであろうか。社内事務局は、調査委員会からの会社や事業に対する質問に一義的に対応することになるため、経営企画部、総務部などのように、事業内容や社内の業務に広く詳しいことが必要である。また、調査委員会と円滑に情報のやり取りを行うために、 調査に関する一定の専門知識を有した人員も必要となる。具体的には、調査委員及び補助者となることが多い弁護士への対応として法務部、同じく公認会計士への対応として経理財務部、デジタルフォレンジック専門家への対応としてシステム部、総務部といった人員が挙げられる。しかしながら、これらの人員を配置しただけでは不十分で、実際に上記で紹介したA社事案、C社事案では、ビジネス関連対応として総務、システム対応としてシステム部が配置されていたものの、困難が生じてしまった。 調査対応は、限られた時間の中で、かつ、想定外の事項が連続的に起きうるものである。このような局面においては、通常の指揮命令系統を飛び越えて、強力にプロジェクトを推進していく必要がある。つまりは、社内事務局のトップには、社内外の調整ができる人物、マネジメントレベルのメンバーが是非とも望まれる。

 

IV. おわりに

不正は対岸の火事ではなく、どの企業でも起こりえる。不正予防という観点からはもちろんだが、調査対応の局面でも、指揮命令系統の乱れは命取りになる。平時と有事の双方の観点から、情報・指示ルートの再確認をお勧めしたい。また、万一、不正が発覚した場合を想定して、経営層を交えたシミュレーションや、 マニュアル・ガイドラインの整備を事前にしておくことも有効である。デロイト トーマツでは、有事を想定した上でガバナンス設計や、不正対応人材育成のための各種研修プログラム、有事対応マニュアル作成を支援している。再点検の際に、是非活用いただきたい。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

石崎 圭介

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス