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DEI時代の情報発信におけるポイント~危機管理広報の観点から~

クライシスマネジメントメールマガジン 第77号

近年、Diversity(ダイバーシティ・多様性)、Equity(エクイティ・公平性)、Inclusion(インクルージョン・包摂性)が注目され、これらの頭文字を取った「DEI」の推進を経営の重要テーマに掲げる企業も増えています。誰もが、ありのままに、心地よく暮らせる社会への変容が強く促されるなか、配慮不十分な表現が厳しく批判される風潮も強まっています。企業を代表して対外的にメッセージを発信する立場にあるマネジメント層や広報担当者は、このトレンドを理解し、関連法令の変化にも注意を払う必要があるでしょう。本稿では、DEIが浸透する現代において、危機管理広報の観点から知っておくべき社会の動向を解説します。

I. 配慮不足として批判された事例

企業等が発信した情報がいわゆる「炎上」状態になるのは、情報の送り手に悪意はなくとも、受け手が不快感を持ったり、差別意識を感じたりすることが原因であることが多い。例をいくつか挙げてみよう。

まず、ジェンダー関連では、企業CM等で描かれる女性像が議論を招きやすい。女性だけが家事や育児を担っているように見えるシーンや、女性はいつでも美しく、周囲に気配りすべきというようなストーリー、あるいは、女性の性的イメージを強調するような表現は、数々の炎上事例がある。これらの炎上事案を背景に、固定的なジェンダーロールから脱却した表現を採用する企業CM等も増えている。しかしながら、今なお政治家による性的差別発言が時折報道され、セクシャルハラスメントや性的加害で役員等が退任する事例も相次いでいる。意図せずとも、結果的に相手を傷付ける行為は「マイクロアグレッション(無意識の差別)」と呼ばれる。例えば、「女性なのに仕事を続けていて素晴らしいね」とか「男性なんだからもっと昇進できる」などの表現は、相手を褒める趣旨で発言されたとしても、発言者の中に差別意識があるように受け止められ、聞く人を不快にさせる可能性があるだろう。

次に、障害者に関わる表現や対応の適否が問われるケースも多い。車いすの使用や介助犬の同伴を拒否されたり、以前は障害者も利用できたのに今回は断られたとして炎上した事例がある。また、「元気に歩ける健康な人募集」との表現が、自立歩行できない人は健康ではないかのように受け止められ、不適切だと批判された例もある。これらは、企業としてはバリアフリーを推進していたものの、現場にルールやマニュアルが浸透していなかったことや、利用者の安全確保のためにやむを得ず制限を加えるものだったが、その趣旨が正確に伝わらなかったことによるもので、コミュニケーションの問題によって引き起こされたといえる。

そして、歴史や文化的背景への理解不足にも批判が生じうる。原爆投下の日に「なんでもない日おめでとう」とSNSに投稿された事案、人種差別を彷彿させる映像表現、戦争をテーマにした映画を用いたプロモーション活動、外国人スタッフは言葉が通じないため「気遣い不要」と表現した広告などは、関連企業が謝罪に追い込まれている。さらに、人権やコンプライアンス意識に関する対応にも注目が集まっている。企業の重役による性的加害や差別的発言が明らかになった際、数々の企業が取引を停止し、「差別は許容しない」や「当社の人権方針に反する」といったメッセージを発信した。そのような対応をしない企業もあったが、そういった企業に対し「行動しないのは、差別を黙認しているのと同じだ」との批判も生じた。

このように、企業が発信する情報やメッセージに対して、消費者をはじめとするステークホルダーの関心は高まっており、マネジメント層や広報担当者は、情報発信に細心の注意を払う必要がある。

II. 法令等の動き

多様性や人権尊重については、関連法令にも変化が生じている。まずは、国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づき、「ビジネスと人権」の考え方が浸透していることが注目される。国連は、人権を尊重する企業の責任を定め、日本政府も責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインを策定し、企業が人権尊重の取り組みを実施するよう促している。自社だけでなく、サプライチェーン全体で取り組みを発展させることが期待されており、取引先等の状況にも目を配る必要がある。

次に、2024年4月より改正障害者差別解消法が施行された。これまで努力義務だった「障害者への合理的配慮の提供」が事業者の義務となった。「合理的配慮」の基準は明確ではないが、企業は、障害者に不都合が生じていないかを確認し、障壁があれば、それを解消するために積極的に考え、行動していくことが必要だ。

そして、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、事業主がパワハラの防止対策を講じることが義務となった。パワハラは、上司が部下に精神的な攻撃を行うものだけでなく、性的指向や性自認に関する嫌がらせなども含まれることが明確化された。性的指向や性自認に関する侮辱的な言動は「SOGIハラ(Sexual Orientation Gender Identity)」と呼ばれ、本人の同意なく性的指向や性自認を第三者に暴露する「アウティング」もハラスメントに該当する。

さらに、2023年6月には、LGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)が施行された。事業主にはLGBTの理解浸透、就業環境の整備、相談の機会の確保が努力義務とされている。

III. 情報発信前の確認事項

それでは、情報発信で意図しない炎上を防ぐために何ができるだろうか。まずは、リスクを察知する感度を高めることが重要だろう。日々のニュースやSNSで話題になっている出来事にアンテナを張ったり、研修を受けて他社事例を学んだりして知識を更新することが有効だ。そして、情報発信前のチェック体制を整え、発信する情報の内容やタイミングの適切性を複数人で検討すべきだ。このようなチェック体制は、多くの企業で整備されているはずだが、それでもなお炎上事案は発生している。原因として、事前のチェックを担当するメンバーの同質性が高いことや、率直な意見を言いにくい雰囲気があることが推定される。多様性のあるメンバーで、忌憚のない意見を交わせる環境を整備できれば、より良い情報発信につながるだろう。さらに、万が一炎上した場合の備えも必要だ。危機管理広報の基本は、迅速な初動対応である。SNS上の情報は、驚異的な速さで拡散するため、いかに素早く異変を察知できるかが対応の成否を分ける。メディア・SNSモニタリングを実施するだけでなく、エスカレーションルールを設定し、対応マニュアルを準備しておくべきだ。また、判断に迷った時に相談できる専門家とコネクションを持っておくと、迅速・適切な対応に向けてサポートを得られるだろう。

IV. おわりに

DEIの推進に向けて、多くの企業が素晴らしい取り組みを行っている。経営者や広報担当者は、それらをうまくステークホルダーに伝えることで、企業価値や従業員のエンゲージメント向上につなげることができるだろう。炎上を恐れて無難な情報発信に留まると、本当に伝えたいことが伝わらない可能性もある。米国では、自社のスタンスを明確にし、それを体現するインフルエンサーを活用したり、積極的にメッセージを発信したりする事例も見受けられる。たとえ炎上したとしても、どのような意図でそのような表現を採用したのかをステークホルダーに説明することができれば、結果として企業に対する評価が高まることもある。各企業が目指すミッションやパーパスに改めて立ち返り、発信すべき情報を検討することが重要だろう。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
阿部 麻実(マネジャー)

 

(2024.9.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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