DX

DXによる
ビジネスモデルや
事業の変革

日本企業の気づかない
「DXのリスク」を
可視化する
プロセスマイニングとは?
業務プロセスに潜むムダや
非効率を発見して改善につなげる
DXを進めるにあたって、現在の業務プロセスに潜む問題点や効率化のボトルネックを「見える化」することは、単なる業務改善にとどまらず、新たなビジネスモデルの創出の重要なヒントとなる。プロセスマイニングは、さまざまな業務システムから生成される膨大な作業データを収集・分析し、どこに効率化を妨げる要因が潜んでいるのかを明らかにするデータ分析の手法だ。業務プロセスの改善はもちろん異常検知や不正監視などにも有効なことからヨーロッパを中心に発展を遂げ、ここ数年はもともとプロセス管理を重視する日本企業にも受け入れられつつある。今回は国内におけるプロセスマイニングの普及を進める、プロセスマイニング協会 代表理事であり上智大学でも教鞭を執る百瀬公朗氏に、プロセスマイニングのもたらすメリットとリスク管理への応用について伺ってみた。
Kimio Momoseのプロフィール写真
Kimio Momose
百瀬 公朗 氏
一般社団法人プロセスマイニング協会 代表理事 上智大学 特任教授
アーサーアンダーセン共同会計士事務所に入所し、事業分離後のアンダーセンコンサルティングでパートナーを務めた後、
SAS Institute Japan筆頭副社長、電通マーチファースト社長などを歴任。2020年3月末まで三菱総合研究所で事業開発をリードする。
同年4月、上智大学特任教授に就任し、プロセスマイニングを含むデータサイエンス領域を担当。
また、日本におけるプロセスマイニングの発展に向けて一般社団法人プロセスマイニング協会を立ち上げ、その普及活動に尽力している。

日本企業がDXと言いつつ
「業務のデジタル化」で
満足しているリスクとは?

近年、わが国でもDXへの取り組みはようやく軌道に乗ってきた感がある。だが百瀬氏は、依然として日本のDXの現状と本質の間には大きなギャップがあると指摘する。
「もともとDXというのは、デジタルを使って新しい価値やビジネスモデルを生む試みであり、そのための問題意識や業務知識を持っている人たちが、デジタルツールを駆使して膨大なデータから新たな気づきや事実を見える化して、自分たちの業務改革や事業創出にフィードバックしていく営みです。しかし今日本のIT業界で語られているDX人材というのは、AIを含むディープテックが使える技術者のことを指している。そして彼らを使って既存の業務フローをクラウド上のシステムに移行して、DXは完了したと思っている例が少なくありません」
百瀬氏は、これはDXと言いつつ実は「業務のデジタル化」をしているだけで、本来の意味のDXではないとした上で、こうした状況を放置しておくことが、将来的な企業経営のリスクになると指摘する。というのも、デジタルがもたらすディスラプションも含めた変革は、必然的にこれまでのビジネスモデルを根底から覆す新しい環境を企業にもたらすからだ。
「例えば近い将来メタバースのような新しいものが出てきたら、ビジネスの環境そのものもそっくり変わってしまうのに、DXのつもりで既存の環境のデジタル化しかしていないとすれば、本当に変革が訪れた時に、現在の業務を総入れ替えするため在庫の考え方やロジスティクスそのものをまったく刷新しないと立ち行かなくなってしまいます。でも、それでは遅い」
社内の業務のシステム化にのみ注力してきた企業にとっては肝の冷える話だが、さらに百瀬氏は現在の日本企業が気づいていないもう一つのリスクについて言及する。それはスピードだ。VUCAの時代にあってもっとも重要なのは、次々に現れる新たな環境に対応するアジリティに他ならない。不確定性(=予測できないもの)に、あらかじめ備えることは不可能だ。何が起こっても状況を瞬時に把握し、的確かつ最適な行動を取れる態勢を整えておくことが、先行き不透明な変化の時代に生き残っていく道だと百瀬氏は言う。
「今は、環境やマーケットやお客さんの気持ちがどんどん変わっていく。ライバルが増えて、代替になる製品やサービスも次々に登場してくる。そうした環境に対応するスピード感や感度の高さを企業が磨くための取り組みがDXなのです。しかしまだ日本は環境が変わらない前提で、現在の業務をデジタル化するかどうかみたいな議論をしている企業がほとんどです。これ自体が大きなリスクだということを強く認識して、自社がどのように「真のDX」に取り組んでいくのかを考えなくてはなりません」

ビジネスのスピードを分析して
改善につなげるプロセスマイニング

では、日本企業が「真のDX」に取り組んでいく上で、着目すべきポイントはどこにあるのだろうか。百瀬氏は、「今の時代で一番クリティカルなものは、『時間』です」と示唆する。言うまでもないが、これまでのビジネスでは売上や収益、つまり貨幣価値を基準にビジネスの成否を計り、次の戦略を立てていた。それが現在は、どれくらいのスピードを実現できるかが、企業間競争の勝敗を分ける時代に突入しているというのだ。
「例えばECサイトで欲しいものがあったら、多少値段が高くても明日届くのと、安いけれど3日後では、すぐ手に入る方を選ぶのは珍しい話ではありません。これはスピードに価値があるということを証明しています。企業経営も、このお客さんの求めるスピードに合わせなくてはいけない。これまでは売上のデータをためておいて、日時や週次、月次でバッチ処理していた。要するに売上情報を会計システムに入力するのが目的なので、定期的にまとめて処理すれば済んでいたのが、これからは、データをリアルタイムで活用する新たな仕組みが要求されてきます」
その一つの例として百瀬氏は、フードロスの課題解決を挙げる。コンビニや飲食店が出す廃棄食品は、かつてはコスト的に見合えば仕方ないとされてきた。だがSDGsやESG経営が叫ばれる昨今、いかにフードロスを減らす努力をしているかが、その企業の社会・市場評価に大きく影響するようになってきているのは周知の通りだ。
「在庫が今いくつあって賞味期限はいつで、生鮮食品のように価格弾力性が大きいものは今安くすれば売れるといった情報がリアルタイムで手に入れば、自ずとフードロスは抑制できるし、そうした姿勢が顧客やステークホルダーに評価され、さらなる集客やブランドの好感度アップにつながる。この例からも、変化に即応できるスピードがDX時代の企業競争力に直結するということがわかります」
そして、このスピードを定量的かつ客観的に分析するツールが、百瀬氏の提唱しているプロセスマイニングだという。プロセスマイニングの基本となる指標は、大きく「ID」「アクティビティ」「タイムスタンプ」の3つだ。「ID」とは、顧客から注文を受けてユニークな受注番号を起こし、その番号に基づいて商品を仕入れたり運んだり納入したりする、一連のプロセスを指す。2つ目の「アクティビティ」は、このプロセスに含まれる受注や在庫確認、商品の仕入れや納品など、一つひとつの作業内容のことだ。そして3つ目の「タイムスタンプ」とは、それぞれのアクティビティが実行された時間を示す記録を言う。
「この三つの要素について、さまざまな作業のログデータを元に分析し、例えば受注から納品までに日数がかかっている場合、どこの工程がボトルネックになっていて、その原因は何が影響しているのかといったことを見える化して改善につなげるのが、プロセスマイニングです。これまで現場の担当者の経験や勘で判断したり実行していたりしたことを、データを用いて定量的・客観的に分析することで、これまで気づかなかった問題や原因を明らかにする。ビジネスのスピードを上げてDXの推進につなげる上で、極めて科学的かつ有効な手法だと言えるでしょう」

業務の見えないリスクや課題を
「見える化」して解決した3つの事例

百瀬氏は、自ら手がけてきたプロセスマイニング活用を業務改善につなげた事例を挙げて、その成果とメリットを紹介する。まず1つ目は、通信会社だ。携帯電話のキャリアは全国各地に膨大な数のアンテナを設置するのに、外部の協力会社に業務を委託する。作業プロセス自体は同じだが、何十社もあるため当然工事完了までの時間にバラつきが出てくる。これをプロセスマイニングで分析して、協力会社ごとのパフォーマンスを可視化するのだ。
「各社ともに完成報告書をExcelシートで作っているので、このデータを集めて分析します。この結果、パフォーマンスの良し悪しが克明に表れて、各社業務の違いが浮き彫りにされて、各社が競い合うようになり効率が向上した。プロセスマイニングを用いれば、それほどインパクトのある事実が、日常使っているExcelのデータからでも見えるようになるのです」
もう一つの事例は、保険会社だ。この会社では顧客から、年金の支払いはいつになるかという問い合わせが頻繁にコールセンターに寄せられるが、この電話1本ごとに、コールセンターの経費が3000円かかるのが悩みだった。例えば2万円の保険金のために3回も電話が来ると、9000円も応対コストがかかってしまう。そこで考えたのが、2万円以下の保険金ならば従来の審査プロセスを経ずに、請求からすぐに支払えばコールセンターへの問い合わせを減らせるというアイデアだった。
「すぐにプロセスマイニングを実施して、その結果をもとに支払い対象の金額を設定し、その金額であれば社内の審査を通さないように、プロセスそのものの仕組みを変更しました。これもプロセスマイニングを導入して、初めて保険金額とコールセンターの相関関係が明らかになり、改善につながった好例です」
さらに百瀬氏は、プロセスマイニングがもたらした意外な知見の例として、海外の格安航空会社の例を挙げる。航空会社では、いかに機体を効率的に運用して稼働効率を高めるかが省コストの要になる。だがダイヤが乱れると機体のスムーズな使い回しができなくなるため、プロセスマイニングによってダイヤの乱れの原因を調べたところ、意外な事実が判明したという。
「AIカメラで運行に関わるすべての作業を撮影して分析した結果、定時運行を妨げる一番の原因は、コーヒーメーカーの故障だということが分かったのです。そこでコーヒーメーカーの予備在庫を搭乗ゲートに置いて、すぐに交換できるようにした結果、ダイヤの遅れが大幅に減りました」
分析結果からは、もう1つの遅延の原因として、搭乗機行きのバスに乗る時間がボトルネックであることがわかった。そこでチェックイン終了後は徒歩で搭乗して良いということにしたところ、全便の定時運行が実現した。「こうしたことはベテランの職員でも想定外で、プロセスマイニングを行わなければ見えてこなかった事実です。その結果、従来とはまったく異なる業務の進め方や仕組みが実現した。プロセスマイニングが、時間軸から読み取れる経営リスクの解決も含めたDXの推進に有効だという、何よりの証明だと考えています」と百瀬氏は胸を張る。

プロセスマイニング導入には
専門家の知見を借りるのが
成功のポイント

ここまで見てきて、プロセスマイニングが企業経営やDX推進における時間的リスクを可視化し、課題解決につなげる有効な手法だというのがお分かりいただけたと思う。実際に自社でも導入してみようと考える経営者やマネージャーも多いのではないだろうか。だが一体どこから手をつけていけば良いのだろうか。もちろんすでにプロセスマイニングには、グローバルで実績を持つツールも複数リリースされているが、それらをいきなり導入するのは早計に過ぎると百瀬氏は忠告する。
「ツールを導入する前に、まず何よりも自社の仕事に対する問題意識を高めることが必要です。自分たちが手がけている業務がなぜうまくいかないのか。見かけはうまくいっているとしても、更なる改善の糸口があるのではないか。それを知るために時間を計って、そのデータから何かを見つけたいという意識。自分の業務にどれくらい時間がかかっていて、それは問題ないのかというクリティカルな意識を持つことが出発点になるべきだと私は考えています」
その意識を確立できてから、具体的なツールの学習などに進めばよい。基礎的な知識やツールの使い方を学びたいなら、百瀬氏のプロセスマイニング協会でも初級者向けのソフトウェアや教本を無償配布しており、この秋にはプロセスマイニング検定なども実施予定だという。
また本格的に自社の業務にプロセスマイニングを導入する際には、社外の専門家のリソースを活用することも重要だと百瀬氏はアドバイスする。
例えばプロセスマイニングの分析結果をもとに、RPAなどを導入してワークフローの自動化を図った場合、人間を介さずにデジタルで自動処理するということに思わぬリスクが隠されてしまう懸念がある。得意先からの注文の頻度が急に落ちてきたら、人間ならば他の取引先に取られるのではないかといった兆候を感じてすぐにフォローに回ることができるが、システムは受注処理のプロセス自体に問題がなければ、そのまま通してしまうからだ。
「そうした事態を防ぐためには、自動化の仕組みを設計する最初の時点で、システムログの保管や証跡管理の仕組みを組み込んでおく配慮が必要ですが、社内だけでやると、そういうリスク回避のところまで気がつかずに、自動化の方ばかりに目が行って進めてしまう。自動化に限らず、DXプロジェクトの開始時点で、プロジェクト全体を俯瞰してリスクの洗い出しや、それに対応するシステムの設計を考えてもらうのをお勧めします。デジタルやDXの専門家に、絶対に押さえておくポイントをアドバイスしてもらえるというのは、やはりプロフェッショナルに頼む大きなメリットだということです」
DXに取り組んでいるが思うような成果が出ない、また現在の取り組みでよいのか今一つ確信が持てないと考えている企業は、プロセスマイニングを用いて「時間」という軸から、現在の取り組みを見なおしてみるのも、新たなブレイクスルーへの契機になるのではないだろうか。
リスクアドバイザリーのケーススタディを読む
リスクを見極め、
ビジネスの力へ。