ESG

企業経営
におけるESGの
対応

【加速するESG】
今、世界の潮流を
見ないことのリスクとは
環境・社会・ガバナンス──ESGの3つの視点を、経営や投資に取り入れる動きが加速している。2021年6月11日に東京証券取引所が公表した改訂コーポレートガバナンス・コードでは、サステナビリティや多様性などESGに関連する論点が多く取り入れられた。こうした潮流は、日本企業の未来にとってどのような意味をもつのだろうか? ESGやサステナビリティ経営のコンサルティングサービスを提供する、株式会社ニューラル代表取締役CEOの夫馬賢治氏は、「ESGは一過性のものではない」と断言する。ESGの潮流をいち早く見抜き、この10年の国内外の変化を見てきた夫馬氏に、これからのビジネスを持続的に成長させ、市場や社会と適合させるために押さえるべきESGの要点を聞いた。
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Kenji Fumaのプロフィール写真
Kenji Fuma
夫馬 賢治 氏
ニューラルCEO
2013年にサステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を創業し現職。
ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連有識者委員。
Jリーグ特任理事。『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』(ともに講談社+α新書)、
『データでわかる2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)など著書多数。国内外のメディアや講演でESGや気候変動の解説を担当する。

ESGはサステナブルな経営戦略か

ESGを経営や投資に取り入れる動きが目立ってきています。これは一時的なブームではないのでしょうか。
間違いなく、ESGの重要性はこれからも高まっていきます。
ESGの文脈を読み解くと、もともとは1992年の国連環境開発会議(地球サミット)でサステナビリティが議論に上ったことがルーツです。あれから30年ほど経ちましたが、世界的にサステナビリティに関する議論はずっと続いていて、企業や金融機関、投資家たちが理解を深めてきました。
すでに30年の歴史があることを考えると、ESGが一過性のものとは言えませんよね。
日本でESGがブームのように捉えられてしまうのは、最近になってその重大さを理解する人が増えてきたからだと思います。日本の経営はトレンドに左右される傾向が強く、ESGについても「また新しいブームが来たのかな」と捉えた人が多かったのです。
世界的な流れを振り返ると、企業経営における「ESG」の重要性が高まった転換点はいつだったのでしょうか。
節目となる出来事は2006年から2008年の間に集中しています。まずは2006年に国連が責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)を提唱したことが大きかった。投資家に対して、ESG情報を考慮した長期的な視点による投資行動を求めたのです。
当時は、その前年に起きたハリケーン・カトリーナの影響もあり、気候変動に対する危機意識が高まっていました。さらに、追い打ちをかけたのが2008年のリーマンショックです。
潰れるはずがないとされていた企業が短期利益を追求した結果潰れ、社会から大きなバッシングが巻き起こりました。こうした出来事により、アメリカの企業の多くはESGと向き合わざるを得なくなったのです。
それまで、サステナビリティはアメリカ企業にとって大きな関心事にはなっていませんでした。たとえば、森林を伐採して環境や社会に悪影響が及んだとしても、自社の成長は阻害されない、という意識です。
しかし、2008年以降、多くの企業が、自分たちの行動が環境や社会に影響を与え、長期的には利益を損なう結果につながることを認識しました。これを機に、ESGを経営に取り入れ、企業価値を向上させる企業が飛躍的に増えています。

ESGを選択するのは消費者市場ではない

企業の意識が変わったのは、消費者の声に後押しされた結果ですか。
実はそうではありません。日本企業では、経営戦略を考えるときに消費者の関心に寄り添うことが重視される傾向があります。とにかく消費者に喜んでもらえばマーケティングは成功し、会社は成長するという考え方です。
でも、消費者は必ずしもサステナビリティを意識して購買をしているわけではありません。むしろ、短期的な欲求に従って購買行動を起こしているわけで、持続可能性を意識する消費者は、ごく一握りでしょう。
そうすると、企業が消費者の関心を追い続けていては、ESGから離れかねない。
そうなんです。そこで、とくにグローバルでリーダーシップを発揮する企業は、「このまま消費者に寄り添っていくのは自滅行為」だと悟りました。まずは企業が主体となってESGを踏まえた長期的な経営方針を作り、そこに消費者を導いてサステナブルな社会・経済環境を実現しようというように、180度転換しています。
僕は2010年から2012年までアメリカにいて、この変化に衝撃を受けました。
当時も経済とサステナビリティの問題は認識していましたが、企業が経済成長を追求しつつ、営利活動とは離れたNGO的な組織が環境や社会の分野を担ってバランスを取るようなイメージを持っていました。
ところが、アメリカの大企業経営者に聞くと、「自分たちがサステナビリティを牽引するんだ」と言う。彼らは持続可能性を考慮しないと自分たちのビジネスに悪影響が降りかかることを理解していました。さらに、社会の一定層の間では、政府による発信よりも、AppleやNikeのような企業のメッセージが影響力を与えることを知っていたんです。

なぜ日本は変われなかったのか

では、日本における状況はどうでしょうか。
日本では2018年頃からESGへの認知が広がりはじめました。アメリカからちょうど10年ほど遅れた形で、僕は今、10年前のアメリカでの体験を追体験しているような感覚をおぼえます。
2018年当時の日本は、「とりあえずSDGsを勉強しよう」「ESGって何?」という雰囲気でしたが、2022年の今はずいぶん課題が明確になってきたように感じます。カーボンニュートラルや人権問題などの観点から経営計画を考える企業が増え、ESGが日本の社会に浸透する上でのハードルはひとつ越えたように感じています。
ただ、海外と日本を比べて大きく違うのは、日本企業は「政府の動き」を待っているという点です。政府の動きを見ていれば、世の中の動きについていけると思っている。この危機感のなさが、グローバルの潮流からの後れにつながっているのではないでしょうか。
日本企業が変わらない背景には、現状維持を望む気持ちもありそうです。
そう思います。ただ、いくら現状維持を望んでも、根本的な「前提」が変わりつつあります。たとえばSDGsの各目標を三層に分類したウェディングケーキモデルでは、下から生物圏・社会圏・経済圏の順番で並んでいます。
このモデルが示すように、環境や社会が揺らいでいる今、経済だけが現状を維持するのは不可能です。日本では気候変動や人口減少をはじめ、すでに変化に直面しているわけですから、その変化を前提に企業経営も柔軟に変化させる必要があります。
現に、海外のトップ企業は、影響力や責任の重さを自覚し、政府にさきがけて動いています。ときどき、日本の人から「ヨーロッパやアメリカが勝手にルールを作って困る」という声も聞こえますが、これはおかしな話です。
だって、彼らは欧米でルールができるのを座して待っていたわけですから。
どうすれば、ルールメイキングの側に回れるのでしょうか
シンプルに、ルールメイキングが行われている議論の場に顔を出すことです。そうした場の門は、常に開かれていますから。 今はESGを含めたルール形成に取り組む民間団体がいくつも出てきているので、そこに参加するといいと思います。そうして方向性が似た人たちと一緒に動けば、自分たちの意見を伝え、新しいルールづくりに関与することもできますよね。最近では、韓国、中国、ASEAN、インドの企業も積極的にルール形成に関わってきています。
ただ、そのためには、心理的な障壁を乗り越えなくてはいけません。 日本人は議論を嫌いますが、苦手意識を克服するか、それができなければ社内の外国人を議論の場に参加させてもいいのです。 あるいは、既存の団体の考え方に不満があるなら、自ら新しい団体を立ち上げて、より摩擦の少ない合意形成の場を作ってもいい。その気になれば、できることはいくらでもあります。ただし、日本企業だけで結集してもグローバルでの影響力は発揮できないので、国際的な団体にしなければなりません。

長期的な利益を担保するガバナンス

ここまでのお話を聞いて、現在起きている社会的な変化を踏まえて事業のフレームを作り直そうとすると、自然とESG経営に近づくように感じました。
おっしゃるとおりですね。その意味では、すでにESGのうちG(ガバナンス)を意識している日本企業は多いと思います。
日本では、ガバナンスは「不祥事対策」という文脈で広がってきました。これまでに大手企業による不祥事はたびたびニュースになり、中には市場からの撤退を余儀なくされた企業も出ています。企業のサステナビリティを高めるため、社外取締役に弁護士や会計士などを入れて管理体制を整え、法令遵守を心がける企業は確実に増えています。
ただ、ESGの本質から言えば、ガバナンスの意味は不祥事対策に限定されるものではありません。ガバナンスの最大のテーマは、「長期的な観点」を企業の意思決定に反映させることにあります。
何もしなければ、企業は短期的な利害にとらわれ、むしろ企業のサステナビリティを損なう意思決定を下してしまう。不祥事は、そうした短絡的な意思決定の結果のひとつにすぎません。
海外では、どのようにガバナンスを担保しているのでしょうか。
とくに動きが速いのはイギリスです。イギリスではいち早く取締役会の半数以上を社外取締役にすることを制度化し、取締役会を仕切る議長も社外取締役が担うことがルール化されてきている。
議長の役割は、取締役会の議論を深めることにあり、参加者に意見を求めながら時間をかけて合意形成を図っているのです。また、議長にも任期の目安が定められ、実質的に社内取締役化してしまうことを防ぐための措置も取られています。
こうした動きは、企業の意思決定において多様性が大切なこととも関連しています。たとえば「取締役会に女性を入れる」という話は、女性の権利尊重だけが目的ではありません。さまざまな視点から組織や経営を見ないと必ず抜け落ちる論点が出てきますから、これを防ぐ目的からダイバーシティが求められているのです。
昨年、東京証券取引所が公開した改訂コーポレートガバナンス・コードでも、独立社外取締役の選任や多様性の確保が記載されました。これは企業のガバナンスを強化しますか?
そうですね。今回の改訂には多様性の確保やサステナビリティを巡る課題への取り組みなどが盛り込まれており、長期視点の強化につながることは間違いありません。ただ、ここには、日本企業が自浄作用では変われなかったという背景があります。
僕はここ5年ほど金融庁と議論を続けてきましたが、実は職員の中には、今回の規則導入には難色を示している方もいました。「政府主導でやると、護送船団方式(※もっとも経営体力のない企業を保護し、過度な競争を避けて産業の存続を高める政策)になってしまう」と。
彼らとしては、行政指導や法規制ではなく、民間企業の競争にまかせてESGを進めたいという考えがありました。しかし、日本では思うようにESG経営が浸透してこなかったことから、ある意味で再び政府がルールをつくるという苦渋の決断をしたわけです。

10年分の後れを取り戻すために

「ESGへの対応を迫られている」という実感は強まっていると感じますが、ここから10年の後れを取り戻すために何ができるでしょうか。
少なくとも、「ESGに対応しなければ」というイメージだけで取り組むと、確実に失敗します。なぜなら、ESGは今やっていることの延長線上に付け足すようなものではないからです。
先ほどもお話ししたとおり、環境や社会、ガバナンスのあり方が変化していくなかで、どのように自社のビジネスを組み替えていくかがESGの本質です。ビジネスの基盤自体が揺らいでいるわけですから、まずは自社が置かれている状況を理解しなければ始まりません。
何か新しいことをしようと考えるのではなく、まずは足元を見るべきです。たとえば、事業に関わるサプライヤーの話を聞くことが役立ちます。
なるほど。自社のビジネスを変化するESGに適応させていくことが求められているんですね。
そうなんです。海外のトップ企業は長期的な経営計画を立てるときに、消費者の声を拾うことはありません。それでは何をしているかというと、自社のビジネスに欠かせないサプライヤーから情報を集め、事業モデルに脆弱性がないかを確認しています。
そうした状況を把握したうえで、ようやく20年後、30年後といった長期的な視点で経営戦略を描けるのです。
まずは社内やサプライヤーの声を集めて、今起こっている変化を把握する。それが経営のサステナビリティにつながるんですね。
はい。ただ、いきなり「サプライヤーの話を聞いてこい」と社員に指示を出したところで、おそらく収穫は得られません。どのような情報を得るべきかがわかっていないからです。
そういった意味では、ESGについて専門的な知識がある人のサポートは重要だと思います。事前に、自社のビジネスモデルの脆弱性などのリスクについて仮説を立て、どう検証するかを整理しなくてはいけません。
最近は、「取締役トレーニング」なんて言葉もあります。これまでの取締役や監査役は、10年後、20年後のリスクを想定しなくても、せいぜい3年先を見ていればよかった。今起こっていることをシンプルに言うと、その射程がどんどん長期的になってきているんです。
必要なのは、ビジネスや経営を見る視点を、長期に延ばすための学び直しです。これは、経営陣や監査役に限らず、あらゆる人に必要なトレーニングだと思います。
(制作:NewsPicks Brand Design/執筆:小林義崇/撮影:森カズシゲ/デザイン:月森恭助/取材・編集:宇野浩志)
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