最新動向/市場予測

米国と欧州のストレステストシナリオ~構造面での経済・市場におけるリスク分析の重要性が増す可能性も

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.56

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

米国FRB(連邦準備理事会)と欧州EBA(欧州銀行監督局)は、2020年2月、それぞれ銀行向けストレステストシナリオを公表した。当然だが、それぞれのシナリオには、現在グローバル経済を大きく揺るがしている新型コロナウイルス感染症によるリスクは考慮されていない。もっとも、どちらのストレステストも、これまで金融市場に蓄積されたリスクと景気後退リスクを考慮して作成されており、すでにグローバル各国で蓋然性が高まりつつある景気後退局面での経済・金融面でのリスクを網羅する内容となっている。以下で内容を紹介してみよう。

まず、米国FRBによる銀行ストレステスト のシナリオをみてみよう。2020年のシナリオは、2019年に比べてより深刻な景気後退とより大きい失業率の上昇幅を前提し、一段と厳しいシナリオとなっている。長期化する景気拡大局面の上側に存在するリスクを映じた内容となっているが、2020年ストレステストの大きな特徴として挙げられるのは、レバレッジド・ローンやローン担保証券(CLO)への高ストレスをシナリオに含めた点である。

景気悪化シナリオであるシビアリー・アドバース・シナリオは、商業用不動産市場と社債市場における高ストレス期間を伴う、深刻なグローバルでの景気後退を前提としている。足許、米国内では、新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、ベイエリアなどの都市部を含む様々な地域で外出制限やレストラン営業制限措置などが開始されており、米国実体経済への悪影響は不可避であると考えられる。こうした中、金融機関は目先の景気急減速シナリオも想定の中に入れておく必要があろう。もっとも、金融市場はすでに上記のシナリオ上のストレス状態に突入していると考えられる。株価に関しては同シナリオでは2020年末にかけて50%の極端な下落を想定するが、10年国債利回りは2020年第1四半期中に0.75%まで即座に下落するとしている。実際の10年国債利回りは、3月15日のFRB緊急大幅利下げを受け、0.8%を下回る水準まで下落。VIX指数もシナリオ上、株価の下落に伴い上昇し、同シナリオ上では70%のピークまで上昇するとされるが、すでに実際には、同指数は3月中旬に80%を上回っており、金融市場の状況から鑑みると、シビアリー・アドバース・シナリオに極めて近い状況であると考えられる。

このような環境の中で、上記のストレステストの枠組み上、規模の大きいトレーディング業務を行う金融機関はグローバル市場のショック要因を考慮しなければいけない。具体的には、市場のストレスと不透明性の高まりに伴う資産価格、金利、スプレッドといった、多くのリスク要因に対して発生するショックを反映し、関連損失を計上する必要がある。

この中で特に注目を集めているのが、前述の通り、景気後退局面でレバレッジド・ローン市場が高ストレス下に置かれるシナリオである。レバレッジド・ローンやハイ・イールド債を保有するオープンエンド型のミューチュアルファンドとETFは、大規模な償還に直面。流動性ミスマッチにより、ミューチュアルファンドとETFの運用管理者が最も流動的な保有分を売却することにより、フィクストインカム証券やその他関連資産のより拡大的な価格低下をもたらすと想定。レバレッジド・ローンの価格低下はローン担保証券(CLO)の価格に波及するといった格好だ。昨年来、グローバルでも数年来脆弱性を指摘されてきたリスクへの警戒感を当局が強めてきたことがわかる。

次に、欧州のストレステストのシナリオに目を転じてみよう。なお、この2020年の欧州全域ストレステストは3月12日に新型コロナウイルス感染症のEU域内での感染拡大を受け、金融機関の事業継続が優先されることに伴い、実施が2021年に延期が決定。ただし、このストレステストの特徴は、欧州が現在抱えているマクロ経済及び金融面での構造的なリスクを如実に反映した内容となっており注目に値する。一番の特徴は、アドバース・シナリオにおいて、初めて「長期にわたる低い(lower for longer)」経済状態、つまり、長期にわたる低金利またはマイナス金利を受けた景気後退状況を想定している点である 。EUの実質GDPはシナリオ期間中の累積で4.3%減少し、過去実施したストレステストの中で最も厳しい前提を置いている。

なぜこのようなシナリオ想定に至ったかの背景が非常に興味深い。まず、シナリオの前提となる欧州各国の当局によるリスク評価により、EUの金融サイクル上、足元の状況がリスクが蓄積された段階にあると評価された結果、より極端なテール・イベントの可能性が高まっていると考えられていたことが背景にある。またシナリオ上、景況感ショックは、名目GDP成長率見通しを現在の予測より大幅に低下させ、その結果、EUで自己充足的に景気後退が発生し、超低金利環境に至るとされている。加えて、ECBの政策余地の限界やEU各国政府の国内経済政策に関する不確実性により、EU経済が景気後退に入る蓋然性が高まる点や、貿易摩擦や新興国の経済活動の減速は、EUの景気後退を一段と悪化させる可能性があると言及。こうした中、アドバース・シナリオにおけるGDPへの影響は、大部分がEUの国内要因に起因するとの前提が採用されている。現状、欧州で新型コロナウイルスの感染拡大が続き、イタリアやフランスで経済活動や移動が大きく制約を受けている状況を鑑みても、現状の景気後退リスクは、EUの国内要因に大きく左右されると考えられる。長引く景気後退により、公的債務及び民間債務の持続可能性に対する懸念が高まるリスクも存在しており、信用スプレッドの上昇に伴う投資への悪影響や、資産価格の調整なども想定されている。

以上で論じた通り、足許で、新型のウイルスの感染拡大という想定外のリスクから波及し、金融市場が大きく混乱している背景には、数年来、各国においてマクロ経済と金融市場でのリスクが相応に蓄積してきたとの認識も大なり小なり影響していると考えられる。当面、グローバル経済や、各国の先行きを見通すことは極めて難しいが、ストレステストの枠組みにおいても、足許の市場の変動や景気後退に伴う短期的なリスクのみに捉われず、経済や金融市場における構造的な側面からもリスクを分析し、ストレスシナリオを設計する重要性を再認識する機会となる可能性もあろう。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

お役に立ちましたか?