最新動向/市場予測

EU TEG:タクソノミーファイナルレポート及び技術的補足資料~EU域内での開示および金融商品開発に影響

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.57

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
矢吹 正太郎

サステナブル・ESG投資が拡大している。日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)が2020年3月に公表した「サステナブル投資残高調査2019」によると、日本国内の機関投資家によるサステナブル投資残高は、2019年に336兆396億円となり前年比1.45倍に拡大している。また、Climate Bond Initiativeが2020年4月に公表した「ASEAN Green Finance State of the Market 2019」によると、2019年のグリーンボンド・ローンの発行額は、グローバルで2,590億米ドルとなり前年比1.51倍、ASEAN諸国では81億米ドルとなり前年比1.98倍に拡大している。今後も2020年3月に改訂された日本版スチュワードシップ・コードで、「運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮」が明記されたこと、新型コロナによるリスクオフ局面においてもESG投資戦略の有効性を示す結果が出てきたこと等から、引き続き市場規模の拡大が期待される。

世界的にサステナブルファイナンスの推進に向けた取組が進む中、EU域内におけるサステナブルな経済活動の定義となるタクソノミーのファイナルレポートが、2020 年3 月に技術専門家グループ(Technical Expert Group: TEG)により公表された。このタクソノミーではそれぞれの経済活動がサステナブルかどうかを分類する基準を示している。タクソノミーの用途としては、欧州委員会が2018年3月に採択したアクションプランにおいて、①それぞれの経済活動がサステナブルとみなせるかどうかについてのガイドブック、②サステナブルファイナンス推進に向けた金融商品の開発の基準、が挙げられている。

タクソノミーは、今後EU 加盟国において、①サステナブルな政策・基準・金融商品のラベル設定、②金融市場参加者の投資関連の開示、③非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive: NFRD)における開示義務等に影響する。このうち金融市場参加者の開示の内容としては、投資のサステナビリティの決定に際し、タクソノミーをどのように、またどの程度使用したか、投資が貢献する環境目的は何か、タクソノミーに沿った投資の割合はどの程度かが挙げられる。

タクソノミーで定める環境目的としては、①「気候変動の緩和」、②「気候変動への適応」、③「水・海洋資源の持続可能な利用と保護」、④「循環経済への移行」、⑤「汚染の予防と管理」、⑥「生物多様性と生態系の保全と回復」の6点が挙げられている。サステナブルな経済活動として認められるためには、「これらの環境目的の少なくとも1つに対して実質的な貢献があること」「他の環境目的のいずれにも重大な害を及ぼさない(Do Not Significant Harm: DNSH)こと」「労働や人権に関する基本的原則等の最低限のセーフガードに準拠すること」「欧州委員会が定める技術的スクリーニング基準を満たすこと」の基準を満たす必要がある。このうち、労働や人権に関する基本的原則等の最低限のセーフガードとしては、タクソノミーファイナルレポートにおいてOECD多国籍企業行動指針、国連のビジネスと人権に関する指導原則が挙げられている。国内においては、ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議が、2020年2月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画原案」を公表して意見募集を実施しており、2020年半ばに行動計画を公表することを目標に策定作業が進められている。

EUタクソノミーの国内への影響については環境省の意見募集への回答が参考になる。要すれば、国内にそのまま導入されることはないものの、国内のグリーンボンド市場が気候変動の緩和や適応に対する実態を伴わない、いわゆるグリーンウォッシュ債券と見られないように一定の整合性を図るという内容であり、参考資料としての位置付けと解釈される。なお、経団連は2019年9月時点で「サステナブルファイナンスをめぐる動向に対する課題認識」において、タクソノミーの拙速な国際標準化や国際金融規制への活用に反対する意見を公表している。グローバルでは、中国、カナダ、マレーシアなどが自国の経済実態を踏まえた独自のタクソノミーを策定する動きが見られる。このような各国・地域の動きについては、国際標準化機構(ISO)による標準化のプロセスを経て国際標準となるタクソノミーが策定されるとの見方もある。

タクソノミーの特定セクターへの影響については、パリ協定の長期目標との整合性を図るため、CO2排出量の多い固体化石燃料(石炭)が明示的に除外されたことが注目される。国内メガバンクも石炭火力発電への新規融資原則停止などの方針を公表しているが、欧米の金融機関を含めて石炭セクターに対する資金引き上げにつながる可能性もあり、留意が必要となる。

グローバル金融規制の観点で見ると、サステナブル・ESGの取組は、2016年に金融安定理事会(FSB)がG20の要請を受けて気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設立してから、2017年6月にTCFDによる提言(最終報告書)の公表、2019年1月に蘭中銀(DNB)がマクロプルーデンスの視点でエネルギー移行シナリオに係る銀行・保険・年金セクターのストレステストの実施、2019年6~10月に英中銀BOEがミクロプルーデンスの視点で気候変動シナリオを用いた保険ストレステストの実施、2020年3月にEUタクソノミーをはじめとする投融資におけるサステナビリティ要素の勘案と、開示、健全性の評価、金融商品の設計の順に、任意のイニシアティブも含めて範囲を拡大している。また、その適用地域についても、TCFD提言への賛同企業の増加、気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(Network for Greening the Financial System: NGFS)への参加機関の拡大、タクソノミーやグリーンボンド基準の国際標準策定の動向といったように拡大が見られる。

サステナブル・ESGの取組には、社内のCSR・サステナビリティ推進室・経営企画・財務企画・リスク管理・審査・運用・IRなどの各部署とともに、社外の規制当局・投資家・取引先・地域社会・格付機関・NGO・学識経験者などとの協調が求められる。新型コロナへの不安が広がる中で、広範なスコープで超長期的な視点が求められるサステナビリティ・ESG課題への取組は、ステークホルダー資本主義の実現に向けて多様な価値観への対応を求められる企業が、自社の企業価値を見つめ直す際の一つの道筋になることが期待される。

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.57

index

  1. 新型コロナ発リスクの波及先:金融システムのリスク(勝藤)
  2. V字回復を阻む要因(市川)
  3. EU TEG:タクソノミーファイナルレポート及び技術的補足資料~EU域内での開示および金融商品開発に影響(矢吹)
  4. 講演最新情報(2020年4月時点)

執筆者

矢吹 正太郎/Shotaro Yabuki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2015年より、リスク管理戦略センターにて気候変動リスクに係る体制構築、地方創生に係る将来人口推計と産業連関分析、金融機関に対するストレステスト・インパクト計測・共通シナリオ分析におけるモデル構築、ALM高度化、外貨調達環境の調査、官公庁のアンケートやコンダクトリスクに係るデータ分析などに従事。主な著書に『気候変動リスクへの実務対応』(中央経済社2020年、共著)がある。

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