最新動向/市場予測

V字回復を阻む要因

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.57

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

新型コロナウイルス(COVID-19)が、各国経済に甚大な影響を及ぼしている。中国の1~3月期のGDP成長率は異例の前年比大幅なマイナス、昨年10~12月期との比較では年率換算で3割を越す記録的なマイナス成長となった。中国から遅れて感染が拡大した日・米・欧では、4~6月期に極めて深刻な経済の落ち込みが予想されている。いずれの国においても、広範な外出制限によって飲食店・宿泊業・娯楽産業等で需要が蒸発し、他のサービス業や製造業も営業・操業の停止を強いられている。過去の金融危機等と比べても経済の落ち込みは極めて速く、しばらく各国の経済統計では「異常値」と言えるような結果が続出するだろう(一部の統計では、作成すら困難になる可能性がある)。

問題は、景気がいつ・どの程度回復するかである。本来、感染症は、地震や台風といった自然災害のように資本ストック(工場や店舗・道路等)を毀損することはないため、終息さえすれば景気はV字の回復軌道を辿ると考えるのが自然である。2003年のSARS流行時、GDPの落ち込みが大半の国でごく短期間にとどまったのがその例だ。しかし今回の局面については、「V」字型の回復は難しいとの見方が一般的になっている。

その理由としては、第一に、COVID-19の特性があげられる。今回のCOVID-19は、重症化しやすかったSARSや2015年に流行したMERSとは異なり、感染に気づかぬまま他人に移してしまうケースが後を絶たないことから、封じ込めが困難を極めている。したがって広範な経済活動の封鎖が必要だが、他方で、ワクチンが開発され感染が完全に終息するまで経済を止め続けることは、社会生活の破綻を招くことになる。そこで、感染者の増加ペースを一定規模以下に抑え込みながら、リスクが低いと考えられる分野で徐々に経済活動の制限を緩和していくほかない。実際、米国の一部の州や欧州の一部の国は制限の緩和を打ち出しているが、営業再開を認める業態を限定するといった慎重な対応がとられている。経済のアクセルを段階的にしか踏めないことで、景気の回復軌道が「レ」字型を辿るのは避けられない。

第二に、景気の悪化が急激であること自体が、底打ち後の回復ペースを抑制する可能性がある。一口に景気後退といっても、循環的な在庫調整に伴う軽微なものにとどまる場合、底を打った後の景気は堅調に反発し、「V」字回復となる傾向がある。例えば、2012年3~11月の日本の景気後退はごく浅く、その後は高めの成長率が続いた。一方で、景気が大幅に落ち込んだ場合、回復局面の持ち直しペースは緩やかなものにとどまりがちだ(図表)。その要因としては、急激な景気悪化を経験したことで、企業や家計が先行きへの自信を低下させ投資や消費を抑制すること(期待成長率の低下や不確実性の増大)、労働市場におけるミスマッチなどから後退期間中に発生した大量の失業や倒産が容易には解消されないこと、さらには企業や家計が負債の返済に注力し景気の好循環が目詰まりを起こすこと(バランスシート調整)などが考えられる。現局面では、金融危機を伴う景気後退と比べればバランスシートの調整圧力は小さい一方、期待成長率の低下や大量の失業の発生は、当面の回復力を削ぐことになると考えられる。

 

図表 主要先進国における景気の悪化ペースと反発力の関係

主要先進国における景気の悪化ペースと反発力の関係
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特に、雇用の調整圧力の大きさには注意が必要だ。米国では早くも3月時点で雇用者数が大きく減少し、その後も失業保険の新規申請件数が4週間で2,000万件超へと激増している。全てが統計上の失業者になるわけではないが、2月に3%台だった失業率は、10%台前半へ跳ね上がる見込みだ。いくら雇用調整スピードが速い米国であっても、失業率が元の水準に戻るには時間がかかるだろう。日本は米国ほど労働市場が弾力的ではなく、雇用調整助成金による下支え効果もあって、失業率が数倍に急上昇するとは考えづらい。それでも、昨年後半から既に企業の人手不足感が和らぎつつあったことや、今般の影響が深刻な飲食や娯楽業では非正規雇用や小規模事業者の割合が高く、負のショックに対する雇用の耐性が強くない業種であることを勘案すると、一定の悪化は避けられない。少しでも景気の落ち込みを和らげられるよう、政策メニューの迅速な遂行が求められる。

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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