最新動向/市場予測

米大統領選を経て新たなフェーズに突入する気候変動対策

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.64

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

米国大統領選後のバイデン政権への移行を見据えた、注目論点の一つが気候変動対策であることは異論がなかろう。金融面での気候変動対策は過去2年ほど、EUをはじめ、英国など欧州各国がEUサステナブルアクションプランなどに基づき先行してきた分野であるが、次の政権の動きを見越してか、米国内でも足許数か月で様々な動きがみられる。

まず、前提となるバイデン陣営での大統領就任後の気候変動対策の柱を確認しておこう。 第一に、米国が100%のクリーンエネルギー経済を達成し、2050年までに純排出ゼロを達成することを確保することが掲げられている。具体的には、①2025年の大統領任期満了までに画期的な目標を含む執行メカニズムを確立すること、 ②クリーンエネルギーと気候研究とイノベーションへの投資を実施すること 、③経済全体、特に気候変動の影響を最も受けているコミュニティへのクリーンエネルギー革新の急速な普及を奨励すること、等に関わる法律を制定するよう議会に要求するとされている。 第二に、より強く、より強じんな国を築くためのスマートインフラ投資をすること。特に道路、橋、建物、電力網、水インフラの再建に使用される資金は、気候変動上のレジリエンス確保を目的とする方針に言及している。第三に、気候変動の脅威に立ち向かうために国際的な協調政策を推し進めるとしている。米国を気候変動に関するパリ協定に再加入させるだけにとどまらず、主要国との連携を強めることを模索。第四に、気候変動と環境汚染の影響を過度に受けている脆弱なコミュニティへの配慮を掲げている。これらのコミュニティへの配慮を欠く事業者・ビジネスに対しては、厳しい対策をとる可能性も浮上する。

いずれの目標も大胆なパラダイムシフト、ビジネス変革を求められるものであり、社会のインフラとしての金融規制面での対応は不可避であると考えられる。このような動きをすでに取り込み始めているのがバイデン陣営への圧倒的な支持基盤を持つNY州であるという点も非常に興味深い。

NY州金融サービス局(NYDFS)は、10月末に、州内の監督対象金融機関に対して、気候リスクの概観と監督上の期待を伝えるレターを発出した。NYDFSの監督対象機関は、約1,500の銀行とその他の金融機関(資産合計2兆6000億ドル超)、約1,800の保険会社(資産総額が4兆7000億ドル超)とされており、その影響は計り知れない。今回のレターの主たる対象となる業態・組織形態としても、銀行組織、NYで認可されている支店、外国の銀行組織の代理店、NYで規制されているモーゲージ・バンカー、モーゲージ・サービサー、限定目的信託会社にまでと極めて広範である。これらの機関に対して、DFSの期待の概略を示し、対話を開始することを目的とする内容となっている。

監督上の期待は、気候変動リスクのガバナンス、リスク管理、ビジネス戦略への統合、開示アプローチの開発、物理的・移行リスクの評価と、TCFDフレームワークに沿った内容となっている。特に規制対象機関に対しては、具体的な以下の期待に言及している。まず、気候変動による財務リスクを、ガバナンスの枠組み、リスク管理プロセス、ビジネス戦略に統合することを開始する。 例えば、規制対象組織は、気候変動による財務上のリスクに対する組織の評価と管理について説明責任を負う取締役、取締役会の委員会等、上級管理職を指名すべきであるとしている。さらに、気候変動とそのリスク要因 (信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オペレーショナル・リスク、風評リスク、戦略リスクなど) への影響を評価するための全社的なリスク評価を含めるべきであるとする。次に、気候関連の金融リスク開示に関するアプローチの策定を開始し、その際には、気候関連の金融開示に関するタスクフォースやその他の確立されたイニシアティブへの参加を検討することが掲げられている。

もっとも、一つ一つの内容に関しては、先行している欧州の気候変動対策の動きを見れば、それほど目新しいものではない。また、DFSは、現時点で、この期待の達成には、①気候関連リスクの伝達経路、②データの構築、③気候関連のシナリオと方法論の開発、④専門知識の開発など、複雑で困難な問題を伴うことを理解しているとも本レターでは言及している。こうした中、注目すべきは米国における当局の対応スピードであろう。DFSは、監督権限に気候関連リスクを統合するための戦略を策定中であると言及しており、今後、ベスト・プラクティスの策定に向けて取組みを加速させるとみられる。金融機関向けの気候変動対策の文脈では、前述の通り、国際協調を重視するバイデン新政権による方針とも相まって、想定を超えたスピード感をもって高い水準の監督期待へと発展する可能性もある。文字通り、気候変動対策が、「待ったなし」の状況になるにはそれほど時間を要しないのではないだろうか。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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