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A Tale of Two Subsidies : 日銀と政府の地方銀行統合支援策

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.64

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

11月10日、日本銀行は「地域金融強化のための特別当座預金制度※1」の導入方針を政策委員会で決定、公表した。同制度は、統合等により経営基盤強化を実現した地域銀行や信用金庫に対し、日銀当座預金の超過準備額に+0.1%の追加的な付利を実施するものである。「経営基盤強化」の要件として「OHR:経費/業務粗利益を3年間で-4%以上引き下げる等」や「経営統合等が経営基盤の強化に資するものであることを日本銀行が、確認すること」などが示されている。詳細については、基本要綱などを改めて決定して公表する方針とされている。同制度は、従前からの金融監督上の課題であった地域金融機関の収益力強化と統合推進の延長線上にあり、これを支援するものといえる。日本銀行統計※2によれば、2020年10月の地方銀行の日銀当座預金の超過準備額(積み期間平残)は約59.6兆円で、これは地方銀行の有価証券投資残高(2019年度平残約63.6兆円、全国地方銀行協会統計※3)にも匹敵する。仮にこの超過準備額の全額に+0.1%の上乗せ付利がなされるとすると、地方銀行全体で年間約596億円の収益押上げ効果となる計算である。これは、2019年度の地方銀行の業務純益9,761億円(同)の約6.0%に相当する大きな金額である。もっとも、同制度が適用されるために満たすべき上記の要件は、地方銀行にとってかなり高いハードルであり、実際に適用を受けられる銀行数は、全体のごく一部になる可能性が高い。

また報道によれば、政府は「地域金融機関の再編を促すための補助金を2021年夏にも創設する」「地銀や信金が合併・経営統合に踏み切った場合は、国がシステム統合などの費用の一部を負担する」とのことである(11月12日付日本経済新聞電子版)。日本銀行の上乗せ金利ツール公表とほぼ同時に政府による統合費用直接支援策が報道されたことは、地銀の経営基盤強化や統合推進につき、政府と日本銀行が緊密に連携している可能性をうかがわせるものである。

ただ、日本銀行の追加的付利制度も、政府の統合費用支援策も、それ自体が地方銀行の経営基盤強化や統合を促すインセンティブとはなりにくそうだ。いずれの制度も、経費削減や経営統合等、様々なハードルのある施策を実現して初めて後から付与されるベネフィットである。これらの制度は、痛みを伴う経費削減や経営統合を実現した銀行の財務上の負担を軽減することにより、これらの銀行の持続的な成長を後から支援する効果の方が大きいといえよう。また、日本の金融機関の特性として、将来の経済的ベネフィットよりも現状のサンクション(当局による行政指導など)の方が、具体的な改善を実施するインセンティブになりやすいという傾向があると思われる。

しかしながら、金融緩和政策の長期化に加えて新型コロナウイルス感染症による経済低迷見通しの中、地方銀行の経営改善や統合を促すためのこれらの経済的支援策は、極めて斬新な試みということができる。中央銀行と政府が連携して係る政策を実施することもユニークである。過去に日本銀行は、他国に先駆けていわゆる量的緩和を実施、これはその後の欧米の中央銀行の金融緩和政策の一つのモデルともなった。銀行のプルーデンス政策の新たなツールとして、今回の新制度の効果(これは2~3年後に検証されるものである)には他国の中銀や金融監督当局も注目するのではないだろうか。

なお、日本銀行の追加的付利制度はあくまでプルーデンス政策であって、金融政策とは切り離されたものと見たい。同制度が適用される銀行は全体のごく一部であろうことから、同制度が金融システム全体に対する「副作用緩和」の効果をもつとは考えにくい。また日本銀行が、金融政策決定会合外で機関決定された制度の公表をもって金融政策上の「市場との対話」の手段とする意図があるとは思われないからである。

 

※1 日本銀行「地域金融強化のための特別当座預金制度」, 2020年11月10日 (PDF,258KB)(外部サイト)

※2 日本銀行統計(外部サイト)

※3 一般社団法人全国地方銀行協会「地方銀行2019年度決算の概要」, 2020年6月17日(PDF,190KB)(外部サイト)

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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