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インフレ再考:連動しない原油価格とピークアウトするシリコン・サイクル

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.84

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

先進国、新興国を問わず、歴史的なインフレを記録する国が相次いでいる。インフレの高止まりには複合的な要因が寄与しており、当方も含め、「インフレは近々ピークアウトする」との見方はここ数カ月裏切られ続けてきた。そこで改めて、主要国のインフレ動向を詳細にみてみよう。

まず、各国のインフレを何よりも大きく押し上げているのが原油等の商品市況高である。昨年から高騰していた原油価格は、今春以降のウクライナ危機により上昇に拍車がかかったが、世界的な景気減速懸念を背景に、6月以降は下落に転じている。こうした商品市況の低下により、各国におけるガソリン等の価格上昇圧力も早晩和らぐことが期待されている。

もっとも、原油価格の下落は各国のエネルギー価格の押し下げに直結しない可能性がある。ガソリンのほか、電気・ガス代等を含んだ消費者物価指数におけるエネルギー価格の動向を見ると、米国や欧州ではここ1年程度、2020年までとは一変して原油価格との連動性が薄れていることがわかる(図表1)。これは、原油だけでなく天然ガス価格の高騰が電気代等を押し上げていることに加え、原油からガソリン等の石油製品を精製する処理能力が新型コロナ禍で絞り込まれたことで、足許の供給力が不足していることが背景にあるとみられる。広く指摘される半導体だけでなく、エネルギーセクターでも供給制約がインフレ悪化要因になっている形だ。原油価格とエネルギー価格の乖離はしばらく続く可能性があり、インフレ率が全体としてなかなか下がりづらい要因となろう。なお日本のエネルギー価格は、長期契約によって天然ガス価格高騰の影響を回避できていることもあり、原油価格と連動する状況は概ね維持されている。米欧と比べれば今後の国内エネルギー価格の低下に期待がもてるようだ。

図表1 原油価格と各国のエネルギー価格(消費者物価)

 

インフレを押し上げているもう一つの大きな要因がサービス価格の上昇だ。新型コロナ禍からの需要の回復や、米欧を中心とした労働需給の急速な逼迫を反映し、旅行や娯楽等の価格が上昇しているほか、サービス支出の中で大きな割合を占める家賃も物価の押し上げ要因となっている。

経験則的に見ると、各国の家賃は失業率ギャップ(失業率のトレンドからの乖離)に2〜3四半期程度遅れて変動している傾向が見て取れる(図表2)。米国ではこのところ失業率の低下傾向(=失業率ギャップの改善傾向)が一服しており、家賃の上昇圧力も和らいでいくとみられるが、タイムラグを考えれば明確な伸びの鈍化は年末頃になる可能性が高い。ユーロ圏や日本の家賃は米国ほどの伸びはみせていないが、失業率ギャップの改善が依然として続いていることから、まだ伸びが拡大しやすい状況にある。

図表2 各国の家賃と失業率ギャップ

 

エネルギー価格やサービス価格は当面下がりづらいとみられる一方、財(モノ)のインフレは今後緩和していくとみられる。物価高による実質所得の低下や中国における都市封鎖など、逆風となる要因はいくつかあるが、循環的に見てもグローバルなモノの需要は徐々にピークアウトしていくと考えられる。実際、あらゆる製品に使用される特性から景気に先行しやすい半導体の需要動向(シリコン・サイクル)をみると、世界の半導体出荷額はこれまでの増加局面を終えて、久しぶりに調整局面に向かっている。シリコン・サイクルの転換がすぐに消費者物価を下押しするわけではないが、企業間でやりとりされる生産者物価に3〜6カ月先行する傾向を踏まえると(図表3)、川上のインフレ圧力を和らげ、徐々に小売価格に波及していくことが予想される。これまで不足一辺倒だった半導体が供給超の状況に転換してく中、今後は多くの国でモノの価格は落ち着いていくだろう。

図表3 シリコン・サイクルと各国の生産者物価

 

以上のように、インフレは根強い上昇圧力を示す品目と今後伸びの鈍化が予想される品目との綱引き状態になると予想されるが、どちらかと言えば、当面は前者の方が強い状況が続くと考えられる。歴史的なインフレ局面の解消にはまだしばらく時間がかかりそうだ。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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