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国際秩序再編への険しい道―パレスチナ問題の再燃
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.99
リスクの概観(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
10月7日に始まったパレスチナのイスラム組織ハマスとイスラエルの軍事衝突は、その深刻さを増している。中東問題のここ数年の動きは目まぐるしかった。米国トランプ政権時代の2020年に、アラブ諸国とイスラエルとの間で国交正常化が進むなど中東国家間関係が徐々に緩和方向に舵を切りつつあった。その後イスラエル政権の右傾化で、イスラエルとアラブ諸国やパレスチナとの関係に影響を及ぼした。そうした中での今回の軍事衝突であった。政治的構図としては、2020年のアラブ諸国とイスラエル間の国交正常化の際に、パレスチナ問題をいわば置き去りにしたことの歪みが、その後の断続的な衝突と、さらには今回のハマスの行動を誘発したといえるであろう。
現状、戦況の行方は不確実である中、グローバルリスクへのインプリケーションとして2つの観点を挙げておきたい。
まず、原油価格高騰やインフレ懸念の再拡大という経済的インパクトである。戦争が現在の2陣営間のものにとどまるうちは原油価格への影響は限定的と思われる。しかし、アラブ周辺国に戦争が拡大する場合や、イスラエル支持国に対するけん制という政治的意図をもって原油供給が絞られるような場合、原油価格の高騰、インフレ率上昇、金利上昇という形で世界経済に下方リスクをもたらす可能性がある(2023年10月号「マクロ経済の動向」参照)。
次に、イスラエル支援をめぐるグローバルな国家間関係の変動という政治的インパクトである。現状米国はイスラエル支持の立場を維持している。しかしながら、アラブ諸国では反イスラエルの抗議活動が激化し、米国内でも米国のイスラエル支援に対するデモが発生している。現在のところ、西側諸国もおおむねイスラエル支持の模様であるが、特に中東に近い欧州各国にとって、一方的なイスラエル支持はアラブ産油国との関係悪化のリスクや、戦争被害拡大の観点からの国民の批判リスクをはらむ選択でもある。さらに、この軍事衝突をめぐって西側諸国に政治的足並みの乱れがおきると、イラン、ロシア、中国などの影響力の拡大という形でグローバルな政治分断をさらに先鋭化させ、国際秩序安定をさらに遠のかせる可能性がある。
西側主要国の政権は、経済的利害と政治・軍事的利害を微妙に調整しながら、コロナ禍やウクライナ問題からの経済再建を図っている。そうした中、歴史的評価の定まっていないパレスチナ問題の再燃は、主要国政権に新たな難題を突き付けた形だ。過去の中東問題はアラブ、イスラエル、パレスチナという3極構造であった。その後のパレスチナ自治政府の影響力低下とパレスチナのイスラム組織ハマスの台頭が中東問題を複雑にしている。経済、政治、人道問題いずれも考慮すると、他国にとって中東問題に対するスタンス決定は、いわばウクライナ支援よりも困難な判断である。西側諸国にとっては、関係国間の外交による停戦実現が最善の解決、あるいは人道問題を解決しつつ戦争を局地的なものに封じ込めることが次善の策であろう。こうした解決が早期に実現しない場合、国際関係やグローバル経済見通しに対する長期の不確実性要因がまた一つ増えることになろう。
(注)本稿は2023年10月20日時点の情報に基づく。
執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る