ライフサイエンス業界変革の羅針盤となる:Innovation CoEのビジョン

  • Digital Business Modeling
2023/2/9

デロイト トーマツ コンサルティングのライフサイエンス・ヘルスケアディビジョンでは、以下4つのCenter of Excellence : CoEを立ち上げました。

  • Customer, Social Engagement
  • Innovation
  • Value Chain Transformation
  • Global Tech and Transformation

今回はInnovation CoEの皆さんにお集まりいただき、CoEとしてどんなことを目指しているのかについて話を伺います。

立岡:まず、イノベーションをテーマとするCoEを立ち上げた理由を教えて下さい。

立岡 徹之 | Tetsuyuki Tatsuoka

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

増井:ライフサイエンスにおいてイノベーションは、これまでもなくてはならないものでした。新しい診断や治療方法の創出と社会への普及が価値の源泉となっている産業であります。そういった観点では、何か新しいことをいっている訳ではありません。

しかしポストコロナという状況を鑑みたときに、イノベーションの重要性はより一層増していると感じています。企業における働き方や社内統治のあり方も変わってきていますし、異業種の新たなプレーヤーが参入するようになっています。登場人物が多様化するエコシステムの時代において、知のネットワークやサステイナブルな事業を構築していく重要性が増すなか、イノベーションを再定義して考える必要があると感じていました。

イノベーションは、研究開発に留まらず、社会実装や文化、コマーシャルなど、幅広い領域を含んでいる概念です。そのなかには、商業化はもちろん、新しい形でマーケットに提供するプロセスや組織体系なども含まれます。このCoEでは、より広義なイノベーションを模索し、多様なサービスを作っていこうとしています。

増井 慶太 | Keita Masui

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

立岡:イノベーションの担い手も多様化している状況の中で、コンサルティングに対するニーズも変化していますか?

大川:顕著に変わってきています。従来は、調査・検討して資料をまとめるペーパーワークが主体でしたが、今では具体的な成果として、実際のビジネスの立ち上げや変革の実装を求めるクライアントが増えています。デロイトにはコンサルティング以外にも多様なプロフェッショナルがいるため、そういったタレントとクライアントが一緒に仕事をすることで、新しい価値が生まれる。そういった部分に期待しているクライアントが多い状況です。

どのプロジェクトにも、「デジタル」という要素が入ってきています。「プログラム医療機器やデジタル治療」という新規事業のテーマもありますが、既存事業の変革を考える上で、デジタルをどう扱っていくのかということを検討する必要があり、そこは避けて通れない状況になっています。

大川 康宏 | Yasuhiro Okawa

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー

増井:また、新規性の高いデジタルヘルステクノロジーを持つ企業と伝統的な製薬企業・医療機器企業をつなぐ仕事も増えてきています。一般的に、製薬企業や医療機器企業は、業界固有の薬事規制への対応などを含めて、重厚長大なオペレーション意識の中でガバナンスをしています。一方、新規参入しているプレーヤーは短期間でコンセプトから市販の体制までアジャイルな方式で作り上げていきます。オペレーションもガバナンスも文化も全く異なる方々を、我々がコーディネートしたりマッチングしたりしているのです。

立岡:なるほど。このCoEに対する業界からの期待が大きいことがわかりました。このCoEのミッションをまとめると、どのようなポイントになりますでしょうか?

眞砂:デロイトのライフサイエンス・ヘルスケアディビジョンでは、さまざまなステークホルダーに「デロイト」という船に乗っていただき、ウェルビーイングに向けて進んでいこうとしています。このCoEは、企業におけるウェルビーイング実現に向けたイノベーション活動がうまくいくように支援するだけでなく、これからの社会のありようを企業に鮮やかに示し、その実現に向けて各社に新たなビジョンをご提案することで、イノベーションを能動的に起こそうとする取り組みです。言わば我々はその船の行き先を指し示す「羅針盤」になろうとしているとも言えます。ヘルスケアの未来を想像したり、提案したりする役割もあるでしょう。実際、未来志向のメンバーが揃っていると思いますよ。

眞砂 和英 | Kazuhide Masago

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア シニアマネジャー

大川:Innovation CoEの主要メンバーで「2040年のヘルスケアを象る変革ドライバー」というWhite paperを発行しました。本書では、ヘルスケア領域の新たな社会秩序を形成するであろう10個の変革ドライバーに着目して、次の4つの観点で未来のヘルスケア像を論じています。

  • 永遠の寿命 :人生は120年の健康寿命や電脳空間における永遠の寿命に選択肢が広がる
  • 製薬業界の産業構造変革: 仮想化によりR&Dが超高速化する。またバリューチェーンが垂直統合からバーチャルモデル(コア機能以外は外部の機能を活用)にシフトする
  • 医療提供体制の刷新:個人の健康状態が可視化され、リスク軽減に向けた最適解が提供される
  • 価値転換の加速化:産業横断的にデータ・知財・ヒトが循環し、価値が高速に増幅していく

このような、未来のヘルスケア像の具体化や具現化に向けて、産官学の様々なステークホルダーと協創・協働していきたいと考えています

立岡:ありがとうございます。とても広い視野で、未来志向型のミッションですね。では、少し具体的に、どのような領域で活動するのか、教えていただけますでしょうか?

革新性の高い事業アイディア・事業戦略を社会実装につなげる

大川:まずは、ライフサイエンス・ヘルスケア全体の事業戦略領域になります。現在、治療レベルも飛躍的に向上してきており、生活者ニーズも「健康寿命を延ばしたい」、「病気そのものを根治したい」などに広がっていると思います。そういった中で、ライフサイエンス・ヘルスケア企業が新しい事業を創出し生活者ニーズに応えるための支援をしていきたいと考えています。

一方、それを支える社会保障システムも大きなテーマになります。日本は超高齢社会に突入し、医療費や介護費も増え続けています。今後のヘルスケア業界において、イノベーションと サステナビリティ の両立が必要です。合理的な社会保障システムの構築に目配せをしたエコシステムの構築に貢献するのもこのCoEのテーマになると思っています。

立岡:「健康寿命を延ばす」は、これまでの製薬会社とは違うテーマだと思います。実際、そういった動きは出てきているのでしょうか。

眞砂:これまで医薬品は「身体的な病気を治す」という側面の価値提供だったと思います。その周辺には経済的な側面や精神的な側面、社会生活の側面で解決できていない課題が山積しています。これらについては、デジタルヘルスという新しい分野の中でさまざまな産業が関与しはじめています。

病気になるメカニズム自体に介入するという発想でいうと、「ガン」や「認知症」はもともと細胞の老化が原因となって発生する加齢性の疾患ということがわかっています。老化自体を制御できれば、これらの発病を抑えることができるはずです。製薬企業は、老化そのものを制御するセノリティクス薬といった予防領域で効果が出る薬を開発し、新しい市場で提供しようとしています。

老化研究という観点でいうと、Googleなどのテックジャイアントもこの領域に投資をし始めています。

もちろん、専門知識については製薬企業やテックジャイアントの方が持っているかもしれません。しかし今は薬を作るために、サイエンス以外にもバイオテクノロジーやAI、デジタルなどさまざまな知識が必要になっています。それを特定の企業だけでカバーすることは不可能です。

そういった知識を我々が持ち、新しい技術の組み合わせや新しい知見を紹介するなかで、イノベーションを起こすサポートをしていくことになると思います。

立岡:なるほど。特に「医薬品で老化を遅らせる」などが商業的に実現されると、社会がガラッと変わり、既存の規制や保険制度では対応できないことも多そうですね。社会に対するインパクトやその後の社会がどうなるのかという議論なしには扱えない要素もありそうですね。

増井:製薬企業や医療機器企業は、ターゲットを熟知していますが、誰を巻き込んで実現していくのかというステークホルダーマネジメントやマネタイズの方法論が見えていません。そういった課題に対し、我々が設計してステークホルダーを集め、実装までの道筋を作っていくのも重要な仕事になると思っています。

ライフサイエンス企業のR&Dを変革する

眞砂:ライフサイエンス企業のR&D領域も大きなテーマです。日本発の革新的な医薬品をグローバルに創出していけるのかという視点は重要です。

米国でブレークスルーセラピー指定の上で承認された医薬品の成功要因を紐解き、疾患バイオロジー、モダリティ、モデリング&シミュレーション、開発方法論のどの領域でどのようなアセットやケイパビリティを保有すれば持続的に革新的な医薬品を早期に生み出せるのかということを考え直さなければいけない状況にあると思っています。

また、昨今は新しいモダリティの実用化に伴い、開発品の適応症がこれまで以上に個別化され、希少疾患にも対応できるようになっています。デロイトグローバルのR&D生産性調査レポートでも明らかにしていますが、製品あたりの売上が減少し、成功確率の低下などに伴いR&Dコストが上昇しており、R&Dの生産性が下降傾向にあります。そうすると、これまでのような垂直統合型で全バリューチェーンを保持することは事業の継続性の観点で難しくなる可能性があるため、世界中の多様な機能やアセットを保有するステークホルダーと適宜協業するようなバーチャル型のバリューチェーンを構築することで抜本的な生産性向上策についても検討していかなければなりません。

さらには、従前の実際に生体試料や薬剤を使用する“Wet”の実験やヒトの臨床試験の実施を前提にしたR&Dモデルに加え、AI創薬による“Dry”型の創薬アプローチやヒトの有効性や安全性をシミュレーションするような予測型アプローチでR&Dプロセスを高速化し成功確率を向上していく必要性があります。

そういった意味では、これまで以上にR&D変革へのフォーカスが求められていると言えるでしょう。

エコシステムを育て、産業を強くし、社会課題を解決する

大川:これまでは個別企業の話でしたが、産業基盤も大きなテーマになります。これからのライフサイエンスやヘルスケアを捉えるとき、国や地域を軸に産業活性化の基盤を作っていく必要があると思っています。

日本でもバイオクラスターを作っていますが、国際競争に晒されている今、日本独自の国際競争力を持たなければ生き残っていけません。そこでは日本独自の発想が必要とされるでしょう。例えば、日本の超高齢社会を課題ではなく機会と捉え、健康寿命の延伸やシニア層のウェルビーイングを実現するための産業横断的なクラスターを形成するといった発想が必要です。

増井:そういったイノベーションクラスターを形成するには、多くの事業ドメインを持つステークホルダーが必要になります。産官学や病院、患者団体といった多くのステークホルダーを集め、それぞれのニーズを聞き、そのニーズに応えていく必要もあるでしょう。

とはいえ、各ステークホルダーのニーズは必ずしも一致していません。それぞれが共通理解・共通概念が持てるようなコンセプトを打ち出し、その実装に向けた青写真を描く第三者性が必要になります。コンサルティングファームは、イノベーションのハブという役割を果たしていくことになると思います。

立岡:なにか具体的な取り組み事例などはありますか?

眞砂:エコシステムを作る観点でいうと、千葉市が中心となって行った医療MaaSの事例があります。我々は構想段階から実証まで支援をしました。

患者の医療アクセスがあまり良くなければ治療継続率が下がってしまうというケースが多く見られます。今回の実証実験では、病院や交通事業者、介護事業者などさまざまなステークホルダーが参加し、一つの大きなエコシステムを形成して実証を行いました。

このような実証事業を高速に展開することで、マネタイズのスキームや事業の継続性を保てるスキームを作ることが重要な観点になります。また、産業横断的にデータを活用できる基盤を作れば、保険会社や住宅メーカー、食品メーカーなどが様々な側面で住民の健康を支え、健康長寿などに貢献できるソリューションを提供できるようになります。そういった枠組みを用意するという意味では、データの循環も重要なキーワードになります。

増井:また「投資」という観点からも実証は重要と考えています。欧米と比べると、日本の投資規模は小さいことが知られています。しかしこういった実証事業をすることで、投資家からは事業の発展性が見やすくなりますし、データの循環によって連続的にイノベーションが起きれば、投資家からも魅力的に見えるでしょう。グローバルからも着目されれば、そこからの投資も引き出すことができるでしょう。

立岡:では次にCoEのメンバーについて教えていただければと思います。このCoEにはどういったバックグランドのメンバーが集まっているのでしょうか。

大川:プロパーとしてコンサルタントで働いている方や、事業会社で研究開発をしていた方、アカデミアで研究をされていた方、元医療従事者、行政機関で働いていた方などもいます。多様な分野をバックグラウンドに持っているメンバーが集まっていますね。

技術領域が幅広いので、1人の専門家ではとてもすべてに対応できません。そのため、メンバーの多様なバックグラウンドがとても重要になっています。その一方で、ビジネスに繋ぎこむという部分はコンサルタント共通のケイパビリティです。多様な専門性とコアなビジネスをつなぎ合わせていくことがとても重要になっています。

立岡:CoEで活動すると、どんなキャリアデベロップメントかできるのでしょうか?

増井:イノベーションの実現を支援するという目的があるので、社会課題の解決のために、まだ世の中に存在しない新たなサービスやソリューションの立ち上げを支援しています。

このCoEに参加すると、ライフサイエンスやヘルスケア、エマージングテクノロジーに関する専門知識を得られると同時に、新規事業に必要な構想策定から実装までの幅広い経験を積むことができるでしょう。さまざまなステークホルダーを巻き込み、事業として形に落とし込みつつ、クライアントに伴走しながら支援していく。こうした経験を積むことで、多様なスキルが身につき、強靱なコンサルテーションスキルを作っていくことができるのではないかと思います。

人や企業といったネットワークも広がるでしょう。そういった中で新しい価値が生まれてくるCoEだと思います。

眞砂:キャリアという側面では、短い期間にさまざまなテーマで多種多様なステージの事業を体験できるというメリットもあります。おそらく何にも代えがたい貴重な体験になるでしょう。特にデロイトはさまざまなテーマや領域を支援しているので、多様なキャリアを描くにはとても価値のある機会を提供できると思います。

大川:コンサルティング企業は人々の健康に携わる産業界の裏方としての役割が強かったと思いますが、今後はわがごととして産業をリードする立ち回りが求められています。ビジョナリーなステークホルダーと現行のパラダイムを建設的に破壊して想像する営みはチャレンジングですが刺激的なもので、多くの方に集まって頂けたらと思います。

立岡:ありがとうございました。

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PROFESSIONAL

  • 立岡 徹之

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    Life Sciences & Health Care パートナー

    Med-tech業界(医療機器・医療ITソリューション)を中心に、新規事業戦略・プライシング戦略・M&A・グローバルマネジメントなどのプロジェクトを数多く経験している。ニューヨーク事務所駐在時には、日系ヘルスケア企業の北米展開を現地から支援。また、近年ではMed-techの普及や医療業界イノベーションにむけたルール形成など、社会的課題解決に向けた取り組みを行う。AMED『医療機器開発の在り方に関する検討委員会』にて委員を務める。

  • 増井 慶太

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
    Life Sciences & Health Care パートナー

    米系戦略コンサルティング企業、独系製薬企業を経て現職。ライフサイエンス及びヘルスケア産業において、イノベーションをキーワードにバリューチェーンを通貫して戦略立案から実行支援まで携わる。講演活動や各種メディアを通じた社会発信を多数実施。

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