Posted: 30 Sep. 2021 3 min. read

第2回:経営のリスクテイクに期待

シリーズ:コーポレートガバナンス・コード改訂の要点

本稿は日経産業新聞に2021年8月25日~9月8日まで掲載された寄稿を一部改訂したものです。

コーポレートガバナンス・コードについて様々な企業の方と話をするなかで、今回の改訂で注目している重要な項目を問われる機会がある。報道では「独立社外取締役3分の1以上」「気候変動に関する開示の充実」といった見出しをよく目にする。外からみて形式的に分かりやすく目を引くポイントではある。

 

ただ、今回の改訂項目のなかでは、特に「事業ポートフォリオの見直し」「全社的リスク管理の構築・運用の監督」の2つが「実態」として重要と考える。

まず「事業ポートフォリオの見直し」について説明したい。改訂されたコードは「事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである」「事業ポートフォリオの見直しの状況について分かりやすく示すべきである」などとしている。

経営環境が激変するなかで、企業価値を向上するには、新たな戦略を検討する必要がある。そのためには、経営環境の変化を洞察し、自社のビジネスモデルが中長期的に持続可能か、変革の必要性はないかといった事業ポートフォリオの見直しを含めた経営戦略について継続して検討していかなければならない。改訂コードはこうしたものを示したものだ。

次に「全社的リスク管理の構築・運用の監督」について説明したい。改訂コードでは「先を見越した全社的リスク管理体制の整備は適切なコンプライアンスの確保とリスクテイクの裏付けとなり得るものである」としている。

経営陣は収益を得るために、将来の不確実性というリスク要因を取捨選択し経営判断しており、戦略とリスクは一体不可分の関係にある。今回のコード改訂の議論で特徴的なことは、「リスク」の意味についてマイナス要素を減らすものと捉えるのみならず、企業価値の向上の観点から企業として引き受けるリスクを取締役会が適切に決定・評価する視点の重要性について指摘している点である。

つまり、コンプライアンス違反、品質不正といったリスクの低減回避策だけでなく、デジタル技術の進化や新興国の市場見通しなど自社にプラスに働く上振れリスク(アップサイドリスク)も含めたリスクの管理体制の構築が期待されているのである。

リスクは経営者が果断な意思決定で「あえて」テイクするものであり、「リスクテイク」という文言が改訂コードの本文には計3カ所出てくる。経営陣がリスクに応じて迅速に対応策を講じるよう監督することが取締役会の役割の一つであることを示している。

今回の改訂では気候変動などサステナビリティを巡る課題への対応も追加されているが、そこでもリスクの考え方は同じだ。「サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識」すべきだとしている。

今回改訂されたそのほかの項目である独立社外取締役を3分の1以上にすることや取締役の能力などを一覧表にした「スキル・マトリックス」の開示は、こうした事業ポートフォリオやリスク管理に関する取締役会の議論をより深度あるものにするための方法論である。その前提として企業成長に向けた戦略とリスク管理に関する議論をいかに充実させるかを検討し、説明することがより重要だ。

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山内 達夫/Tatsuo Yamauchi

山内 達夫/Tatsuo Yamauchi

有限責任監査法人トーマツ パートナー

有限責任監査法人トーマツに入社後、監査業務や株式公開支援業務に従事したのち、(社)日本証券業協会、(株)ジャスダック証券取引所上場審査部(現 日本取引所自主規制法人)に出向し、新興市場の上場審査業務に関与。 また、2012年より経済産業省経済産業政策局にて産業競争力強化法や、コーポレートガバナンス施策、組織再編税制・連結納税の改正業務に関与。 現在、取締役会・監査役会などコーポレートガバナンス、グループガバナンス、リスクマネジメント体制構築、経営戦略・事業等のリスクなど非財務情報を活用した経営管理体制構築などのコンサルティング業務に従事。 主な共著書として、『コーポレートガバナンスのすべて』(日本実業出版社)、『産業競争力強化法逐条解説』(経済産業調査会)他がある。