迫られる物流業界への働き方改革 ブックマークが追加されました
2018年に成立した働き方改革関連法に基づき、2024年4月から自動車運転業務従事者に対して年960時間の時間外労働上限規制が導入される。低賃金・長時間労働が長年常態化している物流業界において、これを機に働き方改革が実現できるのか。
物流業界は就業者数約260万人、営業収入約24兆円の一大産業である。一方で全産業平均に比べると労働時間は2割長く、賃金は1~2割低い。自動車運転者従事者数は1995年から2015年の間に約20万人減少しており、有効求人倍率も3.0倍を超えるなど人材不足が深刻化している業界でもある。国交省の試算によれば輸送距離が300kmを超える幹線輸送において、労働条件を改善して全産業並みの労働時間とした場合、必要な乗務員が最大2.7万人新たに必要になるとみられている。
業界全体で働き方改革の必要性は以前より認知されており、危機感は共有されている。しかし中小企業が大半を占める物流業界においては、改善余力のない企業も多く、労働基準関係法令違反事業場数や改善基準告告示違反事業場数は横ばいが続いており、実態として改善が進んでいるとは言いにくい。
改善が進まない理由は様々あるが、主な理由として3点が挙げられる。
1点目は輸送効率の悪さである。荷待ちや荷役に時間を取られ、トラックの非稼働時間が多い。また、トラックの積載率は近年40%程度で半分のトラックは空気を運んでいる状況である。つまりドライバーの労働時間を「物を運ぶ」という本質的価値へ効率的に変換できていない。
2点目は荷主に対する交渉力の低さである。物流会社は約6万社存在するが、そのほとんどが中小企業であり、荷主に対して強い交渉力を有しておらず、運賃や輸送条件に荷主の意向が強く反映される傾向がある。そのため、非効率な荷待ち・荷役条件や、短時間長距離での仕事を受け入れざるを得ない状況がある。
3点目は現場の業務が曖昧な点である。予定していた出荷時間が遅れる、荷卸の順番待ちの時間が考慮されない、指示のなかった荷下ろし作業が現場で突然発生するなど、契約や発注内容に無い拘束時間・付帯作業が発生し、現場のドライバーが対応せざるを得ない場面が発生している。
そもそも、荷主との契約を書面化せず口頭のみの依頼で業務を実施していると答えた物流企業が40%強も存在しており、曖昧な取引慣行のしわ寄せが現場に負荷を与えているといえる。
こうした事情を踏まえると、物流各社が個社で働き方改革を実現するのは極めて難しく、現実的ではないと思われる。個々の物流企業は問題を認識しながらも、日々の業務の中で改革に割く余裕はなく、ドライバーの努力でなんとか回しているというのが物流現場の実態である。
物流業界の働き方改革実現のためには、これまでのように、物流個社に改革を任せるだけでは何も変わらない。時間外労働時間規制の導入を契機に荷主を含めた物流のステークホルダー全体を巻き込んで共同で取り組んでいくことが必要だ。
まずは荷主企業に対して契約内容を書面化し、実務内容を見える化することで作業内容に応じた適切な契約・料金支払を行う環境を整える必要がある。しかしそれだけでは荷主に一方的なコスト増を求めることになるので、並行して物流業界全体で生産性の向上に取り組まなければならない。
例えば地域、品目、車両区分など様々な切り口で荷役・荷姿の標準化、中継輸送や隊列・自動運転の実用化、運航管理や契約管理のデジタル化・見える化を推進することで、ドライバーの労働時間を適正に保ちつつ、生産性を向上させていく。こうした改革を実現するためにも、物流企業や荷主、関連団体ステークホルダーがお互いの利害を調整しながら共同で取り組める場や仕組みづくりが重要である。
省庁や関連団体でも働き方改革実現に向けたて業界横断的な取組が必要であると認識しており、様々な情報発信や施策案を公表している。例えば国交省公表している「荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン事例集」では品目別に生産性改善の実例が紹介されており、全日本トラック協会では「トラック運送業界の働き方改革実現に向けたアクションプラン」を公表しており、取組方策の体系や利用できる行政の支援制度等を整理している。
持続可能な物流サービスを実現するためにも物流業界の働き方改革は必須である。しかしその改革は個々の物流企業だけで実現できるものではない。関連する業界や荷主などのステークホルダー、ひいては物流サービスの恩恵を受ける我々一個人まで含めて、社会全体で物流業界の働き方改革実現に向けて協力して取り組んでいくべきだろう。