Posted: 28 May 2024 3 min. read

日本で量子産業を最大化させる“Quantum Harbor”プロジェクト

量子分野で日本が世界に勝つにはエコシステムの変革が必要

これが、日本のユーザーとしていちはやく量子コンピューターと向き合ってきた私の課題感である。2015年当時、自動車業界で量子コンピューターを用いたアプリケーション開発に携わり、その後一産業に縛られない総合商社での経験を経て実感していることだ。

その頃、海外スタートアップの投資も行ってきたが、驚くことに日本と海外では調達する金額の規模が50倍ほど違った。いくら研究者、起業家たちの知恵や思いがあっても、これでは世界に伍することができない。エコシステムを根本から変え、テクノロジーで社会変革に挑みたい。私が今、デロイト トーマツにいる理由はそこにある。

デロイトという事業会社から一歩引いた場所だからできる、一社ではできない新たな量子分野のプラットフォームづくりが今の使命だ。



“Quantum Harbor”プロジェクトとは何か

日本において大きな量子産業を作り出すために、量子分野の研究開発(R&D)ならびにユースケースの企画・ビジネス活用の伴走支援など事業創出を進める。併せて、エコシステム形成・人材育成を手がける―それが“Quantum Harbor”プロジェクトだ。

このプロジェクトは日本で50名体制となり、私がリーダーを務めている。さらに、各産業に精通したコンサルタントと化学、金融工学、理論物理のPh.D.といった多様なバックグラウンドを持つサイエンティストも加わる。デロイト グローバル全体でその推進体制は600名にのぼる。

“Quantum Harbor”プロジェクトはコンサルティングファームのイメージを大きく変えるものだろう。自分たちが自ら率先して動き、論文発表や実証実験まで行う。実証実験については次回の記事でご紹介するが、45万人以上のプロフェッショナルを擁するデロイトのネットワーク全体で大きなうねりを作り出そうとしている。まさに、自分たちがクライアントのゼロ番目となって活動をすすめている。

日本では、2024年2月に国内外の医療、量子産業のトッププレーヤーを集めたライフサイエンス分野の量子ビジネスカンファレンス「量子コンピューティングで生み出す創薬の新たな世界」を開催した。分野を絞り、具体的なビジネスインパクトに踏み込むことで、研究分野と産業分野の連携もイメージしやすくなる。

冒頭に掲げた通り、日本では資金調達を含め、産業分野で海外連携が薄いのが弱みだ。海外の先端テクノロジーをいち早く使いこなし、その上で固有のノウハウを築いていく必要がある。これに対し私たちは自ら先端テクノロジーを早期に日本に導入する活動や海外マーケットのトレンドについてもキャッチアップを続けている。海外との連携を強化し、それが結果として資金調達、ユースケース開拓・産業支援に繋がり、さらには日本の競争力に繋がることを見込んでいる。

 

DXを超え、次のGAFAを生み出す「量子の世界」へ

デジタルが大きな産業革命を起こし、世界のトップ企業が入れ替わったのと同様、デジタルに次ぐ新たな計算、データ基盤である量子が起こす革命も、プレイヤーの入れ替わりを起こしていく可能性がある。デジタルの時代、デジタル化(デジタルによる改善)とDX(デジタルによる経営改革や新事業創出)の意味が大きく異なったのと同様、量子への向き合い方によって企業価値に大きな違いを生み出していくであろう。これは技術者中心の研究トピックではなく、経営者にとって重要なトピックとなっていく。

一方、現在、量子分野において日本では特に研究分野と産業分野が連携できていないケースが多い。産業側から見ればChatGPTのような分かりやすいキラーアプリが存在していないことや技術的なハードルの高さが課題である。そのため、日本企業の多くで量子コンピューターの取り組みは研究所に留まっている。同様に研究分野から見れば産業のユースケースに対する知見の不足からどのように使いこなされるべきかをイメージしきれていないケースが多い。

私たちのプロジェクトはこれらの立場を結びつけることで、日本の量子分野における産業成長を加速させていく狙いがある。量子分野が単なる企業や事業の改善に留まらず、ビジネスの構造そのものを変えていくことに使われるようになれば、いずれ日本からGAFAのような存在を生み出すことに繋がると考えている。

上述のキラーアプリの探索はもとより、キラーアプリが見つかっていない段階でも企業がやるべきことはたくさんある。投資やパートナリング、人材育成、それらのベースとなる動向探索と戦略構築だ。これらはキラーアプリが見つかってから始めると他社に5年以上の差をつけられてしまうだろう。

デロイト トーマツに参画してから、多くのご相談をいただいている。グローバルプレイヤーと連携しながら、様々な産業を支援してきたコンサルタントが量子の専門知識を持ってビジネスサイドを分析し、データサイエンスやバイオインフォマティクス、サイバーセキュリティなどに明るいサイエンティストが技術実証を行うことで、産業に踏み込んだ知見を蓄積している。

私たちの取り組みがハブとなることで、エコシステムを現実のものにしていきたい。このプロジェクトで使っているイラストには、世界から量子コンピューティングに関わる研究者、リサーチャー、ビジネスサイドがQuantum Harborに集い、コラボレーションしていく様子を描いた。この「思い描いた世界」を実現し、量子産業を通じて世界がワクワクするような大きなインパクトを与えていきたい。

Quantum Harbor
量子コンピューティング活用のコンサルティング


 
執筆者

寺部雅能
デロイト トーマツ コンサルティング 量子技術統括

自動車系メーカー、総合商社の量子プロジェクトリーダーを経て現職。量子分野において数々の世界初実証や日本で最多件数となる海外スタートアップ投資支援を行い、広いグローバル人脈を保有。国際会議の基調講演やTV等メディア発信も行い量子業界の振興にも貢献。著書「量子コンピュータが変える未来」。
ほか、ベンチャーキャピタル顧問、経済産業省の量子プロジェクトの技術推進委員長、文部科学省の量子人材育成プロジェクトの講師も務める。

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