生成AIが音楽ビジネスモデルにもたらす影響 ブックマークが追加されました
生成AIによって新たなクリエイティブの在り方への道が開かれる一方で、コンテンツ制作を核とするエンターテイメント産業は、生成AIという強力かつ破壊的なツールをどう使いこなすべきか、模索の最中である。本稿では、エンタメ産業の中でも生成AI活用が進んでいる領域の一つである音楽市場について、生成AIが与える影響、音楽市場のこれからの道筋について考察する。
まず、世界的な音楽市場の変遷を概観したい。音楽市場は2000年代初頭から後半にかけて、フィジカルCDの売上減少に伴って縮小を続けていた。転機となったのは2000年代後半以降のストリーミング配信の登場である。時代に合った新たな音楽消費の方法が普及したことで、市場は2014年ごろを底として大きく回復・成長傾向に転じた。2023年時点では市場全体が300億ドルに迫る勢いで成長を続けており、その約67%はストリーミング配信が支えている(i)。
日本では、ストリーミング配信の普及が遅れたことで2020年ごろまで市場は横ばいの状況が続いていたが、コロナ禍の間にはストリーミング配信利用者が増加し、市場全体が成長に転じている(ii)。グローバル同様フィジカルCD市場は縮小傾向ではあるものの、再販売価格維持制度や、CDにイベント参加券やコンサート抽選券を付与して売るアイドル文化の存在によって、日本は依然として比較的フィジカルCDが強い市場となっている。
ストリーミング配信がけん引し成長を続ける音楽業界だが、生成AIの登場によって音楽ビジネスの在り方は大きな影響を受けている。エンタメコンテンツは、生成されるアウトプットが「正確であるかどうか」よりも、「感覚的に良いかどうか」が重要であるため、ハルシネーション等によるリスクが大きい医療や金融等の領域への活用と比較して生成AIとの相性がよいと言える。さらに、エンタメコンテンツの中でも、映像等の視覚コンテンツは、人間が見て細部まで違和感ない作品を生成AIで制作することはまだ難しいが、音声情報のみで構成される音楽は、映像に先んじて生成AIの影響を受けうる領域であるといえるだろう。
以下で音楽業界の主要プレイヤーが、生成AIから受けている/今後受ける可能性のある影響について考察したい。
言語処理やクリエイティブを得意とする生成AIの特徴を鑑みても、歌詞や楽曲イメージをテキスト入力して楽曲を生成できるSUNO(iii)やMusicGen(iv)等のソリューションが普及し、すでに一定のクオリティを示していることを見ても、生成AIの影響が真っ先に及ぶのは音楽の生成、リミックス・リマスタリングであると言える。
これらのツールは、音楽制作を個人もしくは少人数で行うクリエイターにとっては、制作のアイデア出しや制作作業効率化の側面で大きな助けになるだろう。対してすでに複数チームが分業する制作の仕組みが出来上がっている大手のクリエイターに対しては、影響は小さい可能性がある。
一方で、楽曲の二次利用に関しては、自身の音声や楽曲が無断で生成AIの学習データにされ、そこからクリエイターが望まない形での利用や、収益が適切に還元されない無断使用が行われるリスクがある。米国では2024年、スティービー・ワンダーやビリー・アイリッシュ等200名以上のクリエイターが、「創造性への攻撃」だとして生成AIでの楽曲データ無断利用に対して強い危機感を示す(v)等、生成AIを脅威と認識しているクリエイターが多いことが窺える。
音楽を制作し、その権利によってビジネスを行う音楽出版社・レコード会社は、生成AIによって大きな影響を受けるプレイヤーであると言える。
生成AIツールの普及によって、前提となる音楽知識がほとんどなくても誰でも楽曲が自由に制作・発表できるようになるため、独自性のあるクリエイターを発掘し、プロモーションしていく難易度は高くなる。また、所属クリエイターの音声や楽曲が無断で生成AIの学習データにされてしまうリスクに対処しなければならず、クリエイター保護のための対応等、ライツ関連の業務は煩雑になる。加えて、自社からリリースする楽曲が、他のクリエイターの権利を一切侵害していない、100%オリジナルなものであるかどうか、常に厳しい視線にさらされることになる。
リスクが大きい一方で、生成AIを適切に活用すれば、長期的には楽曲制作のコスト削減が期待できるだけでなく、音楽体験やファンとのコミュニケーション方法を多様化・深化させ、さらなるファンエンゲージメント強化を狙える可能性もある。ライブでのビジュアル演出を楽曲に合わせて自動で変化させる演出がすでに実現されている(vi)だけでなく、アーティストの声や楽曲データをもとに独自の音楽生成ツールを提供したり (vii)、生成AIを組み込んでアーティストをアバター化し、ファンとの交流を行ったりする(viii)ことも考えられる。実用化に至っているものはまだ少数ではあるものの、生成AIによって新たな価値を生み出そうとする取り組みは盛んに行われている。
配信プラットフォームでは、著作権侵害リスクのある楽曲のアップロード(ix)や、生成AIで楽曲を大量にアップロードし、ボットで不正に再生回数を稼ぐ詐欺事例(x)が発生しており、プラットフォームの安全性と品質の確保は急務となっている。一方、配信プラットフォームは制作領域やライツ管理の領域には関与しないため、クリエイターや音楽出版・レコード会社と比較すると直接的な影響は受けていないようだ。Spotifyはユーザーがその日の気分を文字で入力するだけで適切なプレイリストを自動作成する新機能(xi)の導入や、生成AIのDJが楽曲紹介を行うチャンネル(xii)の提供等、ユーザーエクスペリエンス強化に生成AIを役立てている。
これまで概観した通り、生成AIによって、音楽知識のあるクリエイターが音楽を作り、二次利用に関する権利処理についてもある程度管理が行き届いていた従前のビジネス環境が、大きく変化している。音楽知識や制作経験のない人にも音楽制作の門戸が開かれ、新たなプレイヤーが登場しているだけでなく、生成AIにおける楽曲・音声の利用に際しては規則やガイドラインが定まっていない。したがって短期的には、音楽ビジネスやライツ管理に混乱が起きると言えるだろう。特に音楽の制作・ライツビジネスを行うクリエイター、音楽出版社・レコード会社にとってはその影響は大きい。一方で、生成AIの適切な受容・活用を行うことで、既存のプレイヤーにとっても、長期的にはコスト削減や新たな価値の提供等が期待できるため、生成AIを全く拒絶してしまうことは、現実的な選択肢とは言えないだろう。
また、特に日本の消費者は生成AIで作られた音楽に対して受容度が高いことも分かっている。デロイトが2023年に調査を実施したDigital Consumer Trendsによれば、AI認知者のうち、「生成AIによって作られた音楽だと知っていたら、聴きたい気持ちが減ると思う」という内容に、「強く同意する」・「やや同意する」と回答した日本の消費者の割合は27%に留まっており、英国の50%やスウェーデンの43%、ドイツの41%と比較するとかなり低い割合を示している(xiii)。日本は世界の中でも、生成AIと相性の良い市場なのかもしれない。では生成AIのリスクを緩和し、市場における新たな価値の創出につなげるために、日本の音楽業界はどのように行動すべきか。
まずは著作権の適切な保護のため、行政の法整備だけでなく、業界としてのルールメイキングを行い、楽曲や音声データの濫用を可能な限り防ぐことが大前提となる。
欧米では2023年ごろから業界団体を中心に生成AI利用に関するガイダンスの検討が進んでいた(xiv)が、日本でも日本音楽著作権協会(JASRAC)が2024年2月に、文化庁の「AIと著作権に関する考え方について(素案)」対して意見を提出した。その中でJASRACは「人間の個性の発露として創作された著作物は、生成AIのために単なるデータとして取り扱われる」べきではなく、「クリエイター等の権利者が判断する機会を設けるべき」(xv)との考えを示している。JASRACのような業界団体や法規制の動向を踏まえつつ、業界を先導している大手音楽出版・レーベルが中心となり、生成AIへのデータ活用可否の判断にクリエイターが関与できるような仕組みや、適切な収益分配に関するガイドラインを作っていく必要があるだろう。
リスクの緩和策と並行して、音楽出版・レーベルとクリエイターは、これまでの消費者への訴求力優先でクリエイターの意思を無視した生成AIソリューションではなく、消費者とクリエイターがwin-winになる収益モデルを持った生成AIビジネス構築することも必要になる。
海外では既にアーティストとの共生を目指す新たな生成AIツールも登場している。韓国のNeutune社が提供するmixaudio(xvi)は、生成AIによるBGM生成やリミックスが可能なツールだが、アーティストが自らの楽曲をリミックスツール上に登録できる仕組みを設けている。登録された楽曲はユーザー向けページで紹介されてプロモーションになるだけでなく、リミックスに使用されるたびにアーティストに収益が分配される。生成AIの持つリスクを回避しつつ、新たな音楽の楽しみ方を提供している点で、望ましいビジネスモデルを構築していると言える。また、米国では、Universal Music Groupが、大規模音楽基盤モデルを開発しているKLAY社と提携し、クリエイターの権利を保護しつつ、イノベーションを推進する倫理的な生成AI×音楽ビジネスの構築を目指している(xvii)。
上記のように、リスク緩和のためのルールメイキングと並行して、著作権を保護しつつ新たな収益を生み出すための試行錯誤を日本でも積み重ねることが、生成AIによって音楽業界がさらなる発展を叶えるための道となるのではないだろうか。
注:
i IFPI, “IFPI GLOBAL MUSIC REPORT 2024”, p11 https://globalmusicreport.ifpi.org/
ii 一般社団法人 日本レコード協会, 「日本のレコード産業2024」, p3
iii SUNO, “About”, https://suno.com/about
iv MusicGen, “MusicGen Advanced AI Music Generation”, 2025/2/24アクセス : https://musicgen.com/
v 「大物歌手ら200人超、AI開発での無断楽曲使用を非難 「創造性への攻撃」」, Forbes JAPAN, 2024/4/3 : https://forbesjapan.com/articles/detail/70093
vi 真鍋大度氏インタビュー。リアルタイム生成AI技術を用いた「Blackmagic Night」のパフォーマンスに迫る, PRONEWS, 2024/9/19 : https://jp.pronews.com/news/202409191553515193.html
vii アーティストのGrimes、生成AIで自分の声を自由に使っていいとツイート, ITmedia NEWS, 2023/4/25 : https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2304/25/news131.html
viii お笑い芸人「EXIT」のAIアバターを育成! 「AIバーチャル ライバー」によるライブコマースの実証実験を開始!, PR TIMES(株式会社いつも), 2023/10/4 : https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000080.000045980.html
ix “Danish man found guilty of fraudulently profiting from music streaming royalties”, The Guardian, 2024/3/21 : https://www.theguardian.com/world/2024/mar/21/danish-man-found-guilty-of-fraudulently-profiting-from-music-streaming-royalties
x United States Attorney’s Office, North Carolina Musician Charged With Music Streaming Fraud Aided By Artificial Intelligence, 2024/9/4 : https://www.justice.gov/usao-sdny/pr/north-carolina-musician-charged-music-streaming-fraud-aided-artificial-intelligence
xi Spotify, Spotify Premium Users Can Now Turn Any Idea Into a Personalized Playlist With AI Playlist in Beta, 2024/4/7 : https://newsroom.spotify.com/2024-04-07/spotify-premium-users-can-now-turn-any-idea-into-a-personalized-playlist-with-ai-playlist-in-beta/
xii Spotify, Spotify Debuts a New AI DJ, Right in Your Pocket, 2023/2/22 : https://newsroom.spotify.com/2023-02-22/spotify-debuts-a-new-ai-dj-right-in-your-pocket/
xiii デロイト トーマツ, Digital Consumer Trends 2023 日本版, 2023年
xiv 「AIが自動生成=著作権なし」「人間の創作=著作権あり」 米著作権局、AI生成コンテンツの登録ガイドライン公表, ITmedia NEWS, 2023/3/22 : https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2303/22/news172.html
xv JASRAC, 「AIと著作権に関する考え方について(素案)」 に関して文化庁へ意見を提出しました, 2023/2/14 : https://www.jasrac.or.jp/information/release/24/02_3.html
xviアイドルが歌っていると思っていたら… 韓国 音楽分野に広がる生成AI, DG Lab Haus, 2024/9/22 : https://media.dglab.com/2024/09/22-koreawave-01-2/
xvii UNIVERSAL MUSIC GROUP, UNIVERSAL MUSIC GROUP ENTERS INTO A STRATEGIC COLLABORATION WITH ETHICAL AI MUSIC COMPANY, KLAY, 2024/10/28 : https://www.universalmusic.com/universal-music-group-enters-into-a-strategic-collaboration-with-ethical-ai-music-company-klay/
(上記URLは公開時点のものです)
齊藤 七海
TMT Consultant
2021年デロイト トーマツ コンサルティング新卒入社。
広告代理店をはじめとするメディア系企業の調査系プロジェクトを中心に従事。米国・中国を中心としたグローバルでのエンタメビジネスの市場調査やM&A支援にも関わる。
大橋 克弘
TMT Director
土屋 美喜
TMT Senior Consultant
大手通信会社の海外M&A部門を経て現職。AI・5G・ロボティクス・デジタルツインなどのエマージングテクノロジー領域の新規事業戦略策定・実行支援、中長期のイノベーション戦略策定、R&D戦略・ポートフォリオマネジメントなど多数のプロジェクトに従事している。 関連するサービス・インダストリー ・通信・メディア・エンターテイメント >> オンラインフォームよりお問い合わせ