なぜメガトレンドを自社の戦略に落とし込めないのか ブックマークが追加されました
メガトレンドを自社の戦略に活かし切れていないという矛盾や焦りを感じている企業は少なくないはずだ。それを解消するために有効なのが、メガトレンドと自社の間に位置づける「産業トレンド」という飛び石である。
※当記事はHarvard Business Review(株式会社ダイヤモンド社)にて、2024年5月24日に公開された広告記事を掲載元の許諾を得て転載しています。
気候変動やデジタル化など、企業経営はメガトレンドという世界的な大潮流のただ中にある。しかし、メガトレンドを見て、自社の戦略が長期的かつ先見的であるようにしっかりと組み込めている企業がどれだけあるだろうか。メガトレンドを起点とした中長期戦略の策定・実行を数多く支援してきたモニター デロイトの三室彩亜氏、三宅里奈氏、本井中庸氏、佐折俊大氏の4人は、メガトレンドと自社戦略をつなぐ飛び石としての産業トレンドの重要性を指摘する。
——2050年カーボンニュートラルが先進国のスタンダードとなったことを契機に、日本国内でもメガトレンドを捉えて自社の長期的な戦略を構想する動きが強まってきたように思われます。
三室 たしかにこの数年で「中期だけでなく長期」「2030年だけでなく2040~50年まで」といった意識が高まりました。企業の方々と一緒に世界的な潮流を読みながら、パーパスの策定や、長期戦略を立てるプロジェクトが増えています。
一方で、メガトレンドを分析してみたけれど自社の戦略にうまく活かせず、結果的に何も変わらなかったとか、気候変動や地政学リスクなど対応すべきことが多すぎてどこから手をつけていいのかわからないといった声をよく耳にします。例えていうなら、買い物リストが増えるばかりで、何の料理をつくるのか思い浮かばないような状況です。
——なぜそうなってしまうのでしょうか。
三室 世界と自社という空間的なギャップ、30年後の未来と現在という時間的なギャップが大きすぎて、それを一足飛びに乗り越えようとしてもうまくいかないからだと思います。飛び越えるのは無理だから、自社の過去の延長で考えてしまう。それで見えるのは、これまでと同じ景色です。
そこで私たちは、世界と自社、遠い未来と現在という大きなギャップの間に産業トレンドという飛び石を置くことをおすすめしています。メガトレンドによって産業構造がどう変わるのか、産業の垣根がどう崩れるのか。それを10年、20年という時間軸の飛び石も置きながら見通していくのです。
いきなり「自社」を主語にしてしまうと、取り巻く環境の中には、マクロ動向だけでなく、既存の競合から、産業の壁を壊して入ってくる新規参入などまで、多くの要素が入ってしまいます。だからまず、産業という単位で見通したうえで、その中で自社は何を強みにしていくのか、どこで競争するか、協調するか、という問いに答えていくのです。
三室 彩亜
Saia Mimuro
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
モニター デロイト/ストラテジー
——産業トレンドを見るといっても、見る角度によって違った将来像が浮かび上がってきますし、一筋縄ではいかない気がします。
三室 そうですね。不確実性が高い時代においては、政治的な動向や政策、技術進化など「速度」が急に変わるようなトレンドも多く、10年先、20年先の産業の姿がいまとはすっかり変わっている可能性もあります。ですから、大前提として長期的なトレンドを読んだ時のまま固定的に捉えるのではなく、自社の長期ビジョンや中期・短期の戦略も動的に再構築する必要があります。
それを踏まえたうえで、産業トレンドをどう捉えていくか。それには3つの切り口が有効だと私たちは考えています。それは、「シナリオで見る」「ルールで見る」「技術で見る」という3つの切り口です。
それぞれについて、具体的に説明します。
——では、まず「シナリオで見る」切り口についてご説明ください。
本井 10年後、20年後、30年後の未来像を一つに決め打ちするのは難しいですし、シナリオ通りにいかなかった場合のリスクが大きすぎます。ですから、不確実性を織り込んでいくつかのパターンを描き出し、それぞれの状況に応じて自社の戦略を検討するシナリオプランニングの手法を用います。それを産業レイヤーに適用するわけです。
産業シナリオをつくる大きな意義は、その産業の真のイシューを捉えることにあります。メガトレンドによって、自社が属する産業が将来どんな分岐点に行き着くのか、その時にどの道を選ぶべきか、あるいは何らかの働きかけによって新しい道を切り拓くことができるのか。最終的には戦略に落とし込んでいくので、産業シナリオをつくりながらその点を見極めることが大事です。
本井 中庸
Nakanobu Motoi
デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー
モニター デロイト/ストラテジー
本井 いまは産業の垣根が崩れ始めていて、境界線がどんどん曖昧になっています。自動車が電動化したことで、IT企業がEV(電気自動車)市場に次々参入しているのが象徴的な例です。産業トレンドの変化には受動的な面と能動的な面があり、それによってつくるべき産業シナリオが変わってくるのが難しいところです。
受動的な変化としてわかりやすいのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が一連の気候変動シナリオを示したことで、幅広い産業のトレンドが変わり、企業の意思決定に大きな影響を及ぼした例です。
一方、能動的な変化とは、みずからがデコンストラクション(脱構築)を仕掛けて産業を再定義し、新しい産業トレンドをつくり、そこで自社の優位性を伸ばしていくことです。こちらのほうが戦略的なうまみが大きいことは想像に難くありません。
ただ、デコンストラクションはリスクが大きいし、時間もかかります。10年単位の時間をかけて能動的に変化をつくり出すには、従業員をはじめとするステークホルダーがぶれずに同じ方向に進める大きな軸が必要です。その軸となるのが、パーパスです。
とはいえ、パーパスを導き出すのも簡単ではありません。世の中がこう変わるという外的な変化のみを起点にパーパスを策定しても、行動の軸として長続きしませんし、経営者が意思決定する際の軸としても弱い。
デコンストラクションに限らず、長期のシナリオに基づいて意思決定する際に、経営者には十分な情報がありません。確からしい、完璧な情報が揃わない中で、意思決定には当然リスクが伴います。その中で適切にリスクを取るには、深いコミットメント、経営者自身の強い意志や、従業員などのステークホルダーがついてきてくれるという確信が必要です。その源になるのが、組織としてのアイデンティティであり、パーパスはそこから導き出すべきものだと私たちは考えます。
ですから、メガトレンドを産業トレンドに落とし込み、産業シナリオを描いて産業イシューを見つけ出すという外部起点の検討に続いて、自社のアイデンティティは何かという組織の内面や意思決定の歴史を探る検討を行う。それに続いて、詳細な市場分析や自社のリソース評価を始めないと、見つけ出した産業イシューに基づいた自社の長期戦略を構築することは難しいでしょう。
創業から時間を経た日本企業には、数多くの転換点となる意思決定があったはずです。であれば、内側を探っていくことで、自分たちの自負やプライドにつながっているアイデンティティが必ず見つかるはずです。そのアイデンティティと産業イシューの接点から、戦略シナリオが見えてくるのではないでしょうか。
———次に、「ルールから見る」産業トレンドについて解説していただけますか。
佐折 産業トレンドにおけるルールとは、「産業の構造を規定する力」といえます。法的な拘束力を持つハードローだけでなく、公的なガイドラインや国際標準化規格などのソフトロー、さらにはプラットフォーマーなど社会的な影響力が大きい企業が定めた運用規定、調達規定なども含め、広く見ることで産業構造や競争すべき領域が浮かび上がってきます。
たとえば、再生可能エネルギーで発電された電力を電力会社が一定の価格で一定期間買い取るFIT制度(ハードロー)ができたことで、太陽光発電がマネタイズ可能になり、発電設備を設置する事業者がいっきに増え、日本でも再エネの導入量が大きく増加しました。
しかし近年では、電力買取価格が下落する中で、発電設備だけでなく、蓄電設備の需要が高まっています。これは、2021年に創設された需給調整市場の整備(需給調整市場ガイドラインなどのソフトローに基づく取引)によるものです。
従来、蓄電池は再エネ利用の効率を上げるものの、必ずしも直接大きな収益をもたらすものではありませんでした。しかし、需給調整市場で蓄電池が再エネ電力を吸収・放出し、需給を調整する力(調整力)自体に対価が支払われる仕組みが整備され、金銭価値が高まったことで、蓄電池の設置によって継続的に儲かる構造が生まれました。
近年では、あるプラットフォーマーによって、特定メーカーの家庭用蓄電池同士を仮想的につなぐことで、効率よく調整力を販売するサービス構造も生まれつつあり、一部地域では圧倒的なシェアを獲得しているなど、影響力の大きい企業による独自規定やサービス構造が今後の競争環境を規定していく可能性もあります。
このようにルールが変わることで価値創出のポイントや担い手が代わる事例は、至るところで見受けられます。ですから、産業トレンドにおいてルールという切り口は欠かせないものです。
佐折 俊大
Shunta Saori
デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント
モニター デロイト/ストラテジー
佐折 先ほど本井が受動的な変化と能動的な変化について触れましたが、ルールについても同じことがいえます。ルールにも受動的に従う面と、能動的につくり出す面があります。日本が強みを持つ産業でも、温暖化対策や循環経済の国際ルールづくりでは後手に回っている場面が多い印象がありますが、かつては家電製品の規格や通信規格づくりを日本がリードしていたことがありました。最近でも、日本の空調機器メーカーが海外で省エネ基準づくりに積極的に関与し、自社の省エネ製品のシェアを伸ばしている例があります。
ハードローもそうですが、特にソフトローの場合、多くの人と価値観を共有できるもの、社会に広く恩恵が及ぶものであれば、業界を代表するような大企業でなくても、みずからリードして新たなルールを形成していくことは可能です。
その時に我田引水のルールづくりに終始するとうまくいきません。短期的には儲かっても、中長期的には国内産業の競争力を弱めて海外企業に後れを取るケースも少なくありません。やはりメガトレンドと産業トレンドを深く読み解いて、消費者や社会にとっての価値がどこに生まれるのか、その価値を届けるために産業全体としてどのようなルールが必要で、そうしたルールの中で自社が能動的に関わっていけるのはどこかを見極めることが必要です。それをもって事業戦略としてのルール形成がなされていきます。
革新的な技術を使った製品・サービスが続々と登場し、瞬く間に普及するなど社会の変化が速く、複雑になる中で、政府主導での経済発展ができた明治期や高度成長期と異なり、政府レベルでの産業ルールの構想は、専門性・スピードともに難易度が高まっています。ステークホルダーの賛同を得ながら、これからの世の中にとって必要なルール形成を主導していくことは、企業の社会的責任の一つだといえます。
——では最後に、「技術で見る」切り口についてお願いします
三宅 技術の優位性が事業の成否を決めるようなテクノロジードリブンの産業・企業においては、技術トレンド分析は当たり前に行われています。ただ、トレンドを見る時のスコープが、自社の中核技術とその周辺技術に限られてしまっているケースが少なくありません。
将来においては世の中自体が変わっていて、シナリオやルールも変わって産業が脱構築されてしまった時には、価値を生む技術もまったく別のものになっている可能性があります。いまの産業を前提にした無意識のバイアスがかかっている場合、見たけど見えていない、ということになるのではないかと思います。
三宅 里奈
Rina Miyake
デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー
モニター デロイト/ストラテジー
不確実性や複雑性が高い環境ほど、(小さな変化が時と場所を隔てて大きな変化を生む)バタフライエフェクトが起きやすくなります。自社とは関係のない国や地域、業界で生まれたスタートアップが、やがてディスラプターとなって自社の存在を脅かすという事態が発生しやすい時代なのです。
ですから、自社とは関係ないと簡単に切り捨てないで、広い視野で技術トレンドを見ること、そして、この技術が産業トレンドや自社の経営に影響を及ぼすとしたらどんな可能性があるだろうかと想像力を働かせることが重要です。「風が吹けば桶屋が儲かる」の例えのように、自社に想定外の利益をもたらす可能性もあるわけです。
同じことは、テクノロジードリブンではない、ニーズドリブンの産業・企業についてもいえます。タクシー業界にとってのウーバー・テクノロジーズ、宿泊産業にとってのAirbnb(エアビーアンドビー)のようなディスラプターがどこから出てくるかわからないからです。
最近ではAI(人工知能)がいい例ですが、新しい技術が現れると、すぐに自社の事業でどう使うべきかと考えがちです。それが悪いわけではありません。AI×創薬、AI×金融、AI×農業と新たな勝ち筋を描けるなら、どんどん活用すべきです。
ただし、先端技術が社会実装される過程で、社会的な認知や受容性などの点から世の中の当たり前にならなかったり、物理的なインフラでは長い時間がかかったりするものがあります。それに、先端技術がユーザーや社会が求める価値の提供に最も役立つかというと、そうとは限りません。枯れた技術であっても、使い方次第で大きな価値を生むことがあります。それもバタフライエフェクトの一つです。
将来の世の中や産業では、イシューもいまと異なります。それを見つけ出して、パーパスを踏まえて自社で解決すべき課題を特定し、そこで価値を生む技術は何かと落とし込んでいく。そういう姿勢が大事だと思います。
———つまり、3つの切り口は独立したものではなく、3方向から見ることで産業トレンドが立体像として浮かび上がってくるイメージでしょうか。
佐折 ルールを見る時にも、周辺産業を含めて広く捉えたうえで、カギを握る技術は何かを考えます。
本井 シナリオを書く時は、テクノロジーやルールの動向を押さえることは必須ですし、産業イシューを見つけるためにも3方向から見る必要があります。
佐折 いずれにしても、産業トレンドを見てどう戦略を立てるかという視点だけではなく、トレンドをつくりにいくというオプションを常に頭に入れておくことが重要です。それは戦略策定を担当する人だけではなく、知財や法務などルール形成に関わる人、技術開発や研究開発部門の人、営業やサービスなど顧客接点の最前線にいる人などすべてにいえることです。そういった能動的な精神を持つことが特に日本の場合、企業成長に欠かせないのではないでしょうか。
三宅 大きな組織の場合は、戦略シナリオを書く人、ルール動向を見る人、技術トレンドを追う人が別々の部署にいて、せっかく見えたものが共有されず、うまくつながっていかないこともあります。収集・分析した情報から浮かび上がった産業トレンドを伝えるべき部署と伝える形をあらかじめ決めておき、可視化したものをバトンとして受け渡して、戦略や事業の議論の糧にしていく。能動的にアクションを起こすには、そういうことも必要かもしれません。
三室 産業トレンドを見ました、産業構造はこう変わりそうです、で終わらせないで、むしろそこを起点に戦略的な思考を深め、企業活動に徹底して落とし込む必要があります。
本井 長期戦略を立て、実行するうえでは、事業ポートフォリオ、自社を取り巻くエコシステム、企業組織、ガバナンスなども、一貫性を持って再設計していくことが必要になります。自社が率先して、産業トレンドを起点にそうした大きな変革、デコンストラクションができれば、日本企業の持つポテンシャルを存分に発揮できると信じています。
メガトレンドを起点としたビジョンや中長期戦略の策定、事業計画、新規事業等の立案、リスクマネジメント等を担う 未来洞察だけに終わらず、それを組織に根付かせる活動として、インテリジェンス機能の設計や、経営層の視座づくり、若手リーダー候補の育成等にも広げている。 関連するサービス・インダストリー ・モニター デロイト(ストラテジー) >> オンラインフォームよりお問い合わせ