Posted: 23 Apr. 2024 10 min. read

グローバル企業が直面する人事課題とサステナビリティ経営の重要性

ESGソリューションサービスを展開する各社との対談シリーズ

IFRSでのサステナビリティ開示基準や欧州のCSRD/ESRS、SECの気候関連開示規則案の最終化が進む現在、有価証券報告書の開示項目にサステナビリティに関する記載欄が新設されるなど、経営戦略に企業のサステナビリティ対応が求められるようになった。サプライチェーン、Scope3、人権、生物多様性など、サステナビリティ対応の基盤となるESGデータは多岐にわたる。それら非財務情報の収集や分析だけではなく、連結で財務と同じタイミングでかつ制度や内部統制を含む第三者保証が求められる中、テクノロジーの活用は欠かせない。

今回は、ワークデイ株式会社の藤井貴也氏と八重樫謙輔氏にお話をうかがった。

日本企業の課題意識
 

藤井氏:ワークデイの藤井と申します。私の最初のキャリアはITネットワークソリューションベンダーで、当時からワークスタイル イノベーションに携わってきました。しかし、お客様にワークスタイルを変革するツールをご提案しても「制度が整っていないためツールを導入できない」、「制度やツールがあってもカルチャーが浸透していない」と言われることが少なくありませんでした。

「日本企業に変革を起こすには、人事の面から会社を変えていく必要がある」と思い、社会人大学で組織人財ついて学ぶ中でワークデイという会社を知ったのです。現在の日本では、人的資本や日本版ジョブ型という言葉が普及し、マーケットにおけるモメンタムも変わってきた感じがあります。そういった意味では、大きな変革の兆しを感じています。

 

藤井 貴也氏(ワークデイ株式会社 エンタープライズ営業本部 シニア アカウント エグゼクティブ)

 

八重樫氏:ワークデイの八重樫です。私は、ワークデイ日本法人の立ち上げから参画しました。人財マネジメントはグローバルな視点で問題を捉え、標準化の在り方を重視する必要があります。これまで日本企業は新卒一括採用を行い、年功序列という仕組みでマネジメントしてきました。近年、この仕組みは海外の仕組みとズレが目立つようになり、課題を抱える企業が増えています。

一方、非財務情報の開示ニーズが高まっており、人的資本に関する考え方が浸透し始め、仕事で必要となるスキルも変化しています。長いキャリア生活の中で必要なスキルは変わっていくため、それに対応できるようにすることが、個人と人事部門の大きな課題となっています。私たちは、そういったお客様の課題解決をサポートする活動をしています。

 

八重樫 謙輔氏(ワークデイ株式会社 プリセールス シニア プリンシパル ソリューション コンサルタント)
  
 

藤井氏:我々は、人財配置、育成、採用、離職防止をワンプラットフォームで実現する人的資本マネジメント システム「Workday」を通じ、お客様の業務プロセスを作り上げるサービスを提供しています。デロイト トーマツのようなパートナーと一緒にお客様をご支援する場合もありますが、我々自身のインプリ部隊が直接ご支援するケースもあります。

 

 

■ESGデータドリブン経営の必要性と課題
 

徳永(デロイト):今の企業は財務的な利益を短期的に追求するだけでは立ち行かないという状況の中にあり、ESGデータドリブン経営が求められています。つまり、中長期的なサステナビリティ関連情報をしっかりキャッチして、それを経営に活かしていく必要があるのです。

ESGデータにはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)などの領域があり、それぞれのデータを集めると非常に膨大な量になります。

こうしたデータをグローバル連結でタイムリーに集めるには、システムの基盤が不可欠です。企業もシステムの必要性を認識していますが、実際は「どのシステムを導入すればいいのか判断できない」という状況です。そのため、個別のシステムやシステム外に存在するデータをスプレッドシートで集約する、人権などのリスク評価はウェブアンケートを実施してデータを集める、というように、様々なツールを使い分けて収集しています。

経産省は「サステナブルな企業価値創造に向けたサステナビリティ関連データの効率的な収集と戦略的活用に関するワーキング・グループ」を設置していますが、その報告書でも、「サステナビリティ関連データの活用が一層進み、質も量もどんどん多くなっていく中で、収集ツールの未整備」という課題が挙げられています。これは多くの企業共通の課題と言えるでしょう。
 

徳永 莉紗(デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 ESG統合報告アドバイザリー マネジャー)

 

三沢(デロイト):集めるデータは多岐に亘っているのに、それを支える仕組みがない。業務フローも確定していないという課題が浮かび上がってきます。GHG排出量をはじめとする環境のデータについては何らかの仕組みを導入されている企業がありますが、人事・労務に関する共通データを同様に収集しているところは非常に少ない。このような状況で御社が感じている課題認識などお聞かせください。

 

三沢 新平(デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 デジタルガバナンス マネージングディレクター)

 

藤井氏:そのお話は、日々お客様と商談する中で耳にする内容とほぼ重なっています。そもそも、仕組みを作る前に統一的な基準すら無い。例えば管理職比率を集めようとしても、日本と海外法人では管理職の考え方が揃っていないため、そこからすり合わせる必要があります。こういったことに苦労されているお客様は少なくありません。有価証券報告書に記載する「従業員数」などのシンプルなデータの集計に3か月かかったという話もありました。データの収集にも大きな課題があるのです。

 

八重樫氏:「連結レベルでスムーズに集められるか」という問いに対しては、ほとんどのお客様が課題を持っています。課題意識は持たれているものの、「どうやったらいいのかがわからない」というのが大半の反応です。

データ収集が困難という課題認識を持ちつつ、データがないと意思決定するのが難しい。そうなると、やはりデータがほしいという話になります。その煽りを受けているのが現場です。現場の方々が苦労しながら一所懸命データを集めているので、我々は、その課題解決をご支援したいと考えているのです。

 

藤井氏:国内単独でも人事組織に関するデータを集めるために苦戦しているという話は少なくありません。特に人事に関するシステムは各機能別に分散しているのが一般的で、例えば採用管理、異動発令などに関する人事システム、給与計算、研修管理など、様々な機能別に特化したシステムを使い分けているお客様が多いですからね。その結果、それぞれのデータベースが分断され、そこで管理されている組織のマスター情報も、タイムスタンプもデータの粒度も異なっています。スプレッドシートやBIツールなどでそれらを吸い上げて統合分析しようとしても基本的なデータしか集まらず、信頼性やリアルタイム性が低いデータになってしまいます。

最低限の開示への対応目的であれば、信頼性、リアルタイム性が欠けるやり方でも十分な場合もあります。しかしそこから踏み込み、任意開示の領域で自社のオリジナルストーリーを打ち出し、差別化された自社の価値を示そうとすると不十分です。信頼性、リアルタイム性の高いデータを集めるためには、あらゆる組織人事に関する機能を統合した統合型のプラットフォームが必要になります。自社の価値を対外的に示していくことに積極的なお客様は、こういった踏み込んだ議論になりますね。

 

徳永(デロイト):システム導入の前の段階で時間がかかるイメージがあります。御社はどのようにアプローチされていますか。

 

藤井氏:制度や仕組みが先行するケースと、システム導入をドライバーにして、新しい業務設計、制度や体制面の変更を同時並行的に進めていくケースもあります。最近は人的資本への取り組みのモメンタムを強く感じていますが、多くのお客様は国内単体に留まっています。グループ・グローバルでの人的資本の開示は苦戦されていますが、経営・事業戦略がグループ・グローバルであるならば、人的資本戦略もそれに合わせるべきと、思い切った制度や業務プロセスの変革に踏み込むお客様も出てきていますね。そういったお客様をWorkdayの「統合基盤HCM」(以降「統合基盤HCM」)でご支援しています。

「統合基盤HCM」は、従業員の入社前の応募から、採用、配置、育成、退職に至るまでの組織人財に関する情報を、同一のプラットフォーム上で一元的に管理できるシステムです。従来の人事のシステムは、機能分散が当たり前という世界でした。「統合基盤HCM」は、従業員の採用から退職に至るまで、組織人財に関わる情報全てを同一のプラットフォーム上で管理するというコンセプトがあり、従来の機能分散型のシステムとは大きく異なっています。もう一つ、実行処理の結果が即時に分析基盤に反映されるという特徴もあります。そのため、実行系と分析系とが統合された基盤となっているのです。

 

(図:ワークデイ株式会社様ご提供)

 

八重樫氏:「統合基盤HCM」は、グループ・グローバルで統合された基盤が必要なお客様だけでなく、国内企業においても有効です。昨今、人的資本をキーワードに人事部門の役割が問われていますからね。各マネージャーや従業員の働き方自体が変わらなければならず、そうした新しい働き方を支えるシステムとして、「統合基盤HCM」が注目されています。

 

藤井氏:人事の世界ではデータドリブンHRをはじめとして、データをいかにサポートアイテムにしていくのかということが注目されていますが、データを扱うのは人事部門やIT部門の方だけではありません。我々は各現場のマネージャーや従業員がデータを参照しながら、各々の人財マネジメントをビルドアップさせていく世界観を見据えています。

データを扱う皆さんが人事のプロフェッショナルではないため、例えば、マネージャーがピープルマネジメントを行うための気づきを提示する、あるいは各従業員が自律型でキャリアデベロップメントするためのさまざまな気づきを提示するなど、プッシュ型のシステムが求められます。そういったことができる組織人財データの宝庫が「統合基盤HCM」なのです。

一般的なシステムでは、リージョンごとに管理されている個別の人事系のシステムから、インターフェースを介してヘッドクォーター側のタレントマネジメント基盤にデータを集め、統合的な可視化を実現します。このような構成では、収集するデータの粒度や時間が揃っていないなどの問題があるため、かなり限定的なデータしか収集できないという問題があります。これに対し「統合基盤HCM」では、グローバルで一元化されたコアのシステムを備え、そこからローカル性の強いペイロールのシステムにデータをフィードしていく構成になっています。

 

八重樫氏:インターフェースの部分にスプレッドシートを活用するケースもありますが、そうするとバケツリレーが始まってしまいます。誰かが入社したり、社員の給与が変わったりするたびに、このバケツリレーを通すとになると、データ漏洩、ガバナンスという意味でも問題があります。「統合基盤HCM」では誰がどこに入ったかがリアルタイムでわかるようになっているので、その点も差別化ポイントといえるでしょう。

例えば今この瞬間、ブラジルのある法人で女性管理職が一人誕生したら、リアルタイムでマスターに反映されます。我々はこのような状態を理想的な形としています。

単一基盤システムの場合、何らかの変更がある場合、1つデータをアップデートするだけ必要なメンテナンスが完了します。それに対し、モジュールタイプの構成をつなぎ合わせている一般的なシステムの場合は、それぞれのモジュールのデータを更新しなければならず、システムのトータルコストオーナーシップにおいて大きな差が出ます。

 

(図:ワークデイ株式会社様ご提供)
 

 

藤井氏:我々はHCMという組織人財のマスターをコアにしていますが、この組織人財情報だけで全てが完結するわけではありません。ESGのEやGの部分などの外部データもシームレスに取り込める拡張可能なソリューションを有しています。このように外部データがシームレスに取り込めるところも、Workdayのソリューションの一つの特徴と言えます。

(図:ワークデイ株式会社様ご提供)

 

三沢(デロイト):ありがとうございます。インテグレートされた仕組みではなく、ユニファイドされたプラットフォーム上に様々なものを載せるというコンセプトだと理解しました。

御社は現時点でESGのS(Social)を中心としたプラットフォームを提供されているわけですが、E(Environment)に関するご相談を受けることもあるのではないでしょうか。その点について御社ではどのような対応をなさっているのか、お聞かせいただけますでしょうか。

 

八重樫氏:人財や組織のマスター情報は多数保持していますが、関連するデータの取り込み口が共通のインテグレーション基盤にあり、そこで取り込んで分析することができます。例えばESG関係の場合、人財の情報と組み合わせる形でそれぞれを扱うことが可能なのです。

人財情報は全てリアルタイムで繋がっていますが、外側から取り込む場合も、Workdayの中でデータを取り込めば詳細レベルまで反映できます。同様に、Environmentに関するデータも取り込むことができます。また、同様の方式でこちらから人財に関するデータを提供することも可能です。

人事だけでなく会計の情報なども参照できるため、サプライヤーに関するSBTスコア(Science Based Targets:パリ協定が求める水準と整合した企業の温室効果ガス排出削減目標のこと)なども確認しながら配置を検討できる仕組みになっています。Workdayが人財マネジメントシステムそのものになるので、人事的な発令にも利用できます。

日本ではあまり一般的ではありませんが、オペレーションや組織、ビジネスが変わっていくときに、それに合わせてリアルタイムで人の配置を変える権限を現場に移譲してオペレーションを開始し、人事部門はそれを横から支える役割を担う。そういう運用方法で活用されているところもあります。

 

三沢(デロイト):例えば従業員1人当たりのCO2排出量などを、人的資本に関わる分析データとして提供するということですね。そういうデータを受け取ったり、もしくは互いに連携し合ったりする仕組みがあるということでしょうか。もうひとつ、他社とのアライアンスの戦略についてもお聞かせ願えればと思います。

 

八重樫氏:有価証券報告書関連では、弊社とパートナー関係にあるWorkiva(ワーキバ)などと連携でき、Workdayのデータが変更されるとそちらにもリアルタイムで反映されるようになっています。このような形でソリューションを合わせて提供するケースがあります。

もう一つの連携として、例えばGHG(温室効果ガス)やScope1、2、3などの排出量のシミュレーションに関しては、デロイト トーマツ グループにGHGやESGに関連するシミュレーションモデルを作成してもらっています。こちらはデロイト トーマツ グループの皆さんと販売する形になっていますね。

 

徳永(デロイト):GHGに関してはScope3の中でも特に出張関連が人事情報と関係が強いのではないかと思います。そういった視点で用意されている機能はありますか。

 

藤井氏:出張の目的、利用した交通機関や行先などの情報は取得しています。その後の対応として、弊社内では人事とScope3の関連なども含めた統合報告書のようなグローバルインパクトレポートを出しています。

 

徳永(デロイト):使える元データが集まっているということですね。先ほど様々な機能を紹介いただきましたが、一部の機能だけ使いたいという要望があった場合、選択可能なのでしょうか。その場合、今の国内企業でどのような機能がよく利用されているのか、また、御社としては今後どこに力を入れていくのかについてお聞かせください。

 

藤井氏:統合基盤上であらゆるアプリケーションを展開していると申し上げましたが、実際は使用する機能をアクティベーションしていただくことになります。その中でも我々がコアプロダクトと位置付けているのは、組織人財のマスターを担うコアHRという機能とタレントマネジメントに相当する機能です。一方、リクルーティング管理やラーニングマネジメントなどはオプションとなっておりますが、価値を最大限享受するために、ご活用いただくことをお薦めしております。

理想を言うとWorkdayでまとめた方が効果的ですが、「まだ減価償却が終わっていないのでしばらくこの機能は連携したい」というケースもあります。また、タイムトラッキングやペイロールは国によってかなりレギュレーションが異なり、ローカル性が強いので、地域独自のローカルシステムを選択されるお客様が多いですね。

 

(対談の様子)

 

 

■人事変革の推進体制

三沢(デロイト):ありがとうございます。今まで戦略として人的資本をいかに活用していくかという視座の高いお話をさせていただきましたが、現実問題として「仕組みがバラバラ」、「開示しなければならない」、「スプレッドシートのバケツリレーでは集めにくい」などのお悩みをお持ちのお客様も多く、そういう引き合いもあるでしょう。最初から全てを導入するのはハードルが高いため、まずはできるところからというお客様もいらっしゃると思います。ワークデイでは、お客様に対してはどのようなアプローチをされているのでしょうか。

 

藤井氏:たしかに視座の高いお客様ばかりではありませんが、「従来の労務管理中心の人事から、もっと戦略的な人事にシフトしていかなければならない」、あるいは「自律型のキャリア育成を支援していかなければならない」といったテーマに否定的なお客様はほぼいらっしゃいません。ほとんどのお客様が、「将来的にはその方向に進みたい」、「それなりのステップを踏んでいきたい」とお考えです。

グループ・グローバルで共通化や標準化を一斉に進められるのが理想ですが、まずは国内の自分たちが管掌できる範囲で新たな人事の在り方と共に新しいシステムを作り、それを段階的に拡張していくというステップ論が求められるケースもあります。

このようなテーマは、人事の方だけで推進するものではありません。場合によっては投資家向けの開示の責任者であるCFOがドライバーになって人事変革をリードすることもありますし、ITのアーキテクチャをモダナイズしていく中で人事業務のやり方から変えていかなければいけないということでCIOがドライバーになるケースもあります。経営に対して様々な思いを持っている方がいらっしゃるので、そういう方々を見つけご賛同を取り付ける活動に日々集中しています。

 

三沢(デロイト):例えば「開示だけできればいい」、「スプレッドシートでも何でもいい」というお客様に対しては、「国内の管掌できる範囲からやっていきましょう」という提案をされるのでしょうか。

 

藤井氏:我々のソリューション群の中にはスプレッドシートの上位互換的なプランニングソリューションもあり、それを使うと効率的にデータが収集できます。しかし、あまりそちらに話を持っていかないことの方が多いですね。短期的な商談よりは「あるべき」論の話をすることが多いのです。

 

三沢(デロイト):ありがとうございます。先日、あるパートナーのラウンドテーブルに参加しましたが、主にサステナビリティ推進室の方々から、「データ収集業務のマニュアルもできていない」、「仕組みもできていない」という中で疲弊しているという声が多く聞かれました。ステップを上がる階段や方向性については正しく理解していただけても、リソースが不十分な中で今までやってこなかったことをやらなければならず、苦労されているところが多いようです。そこをどうやって打破できるのかが一つのポイントでしょう。

 

徳永(デロイト):今日、様々なお話を伺いましたが、人事についてはマスター情報がポイントになるのではと感じました。そういう意味で、マスターを切り替えるタイミングで業務も一緒にというアプローチもあるのだという気づきがありました。

 

八重樫氏:我々は、「自分のキャリアを自分で見つけていく」、「上長はそれをきちんと見てアドバイザーになる」という部分にもWorkdayの価値を感じていただきたいと思っていますが、大きな意識変革が必要となるため、難しいところですね。

 

三沢(デロイト):ありがとうございます。お客様に人的資本を戦略的に活用していただく、経営者目線や投資家目線に対応していくための長期的な視点に基づくソリューションであり、そこを支援していくという御社のスタンスがよくわかりました。

一方、人的資本の開示においては、一般的なダイバーシティや女性管理職比率など様々な指標が求められています。企業のマテリアリティによって異なりますが、汎用的で単純なKPIではなく、企業が人財育成において目指す方向を表す指標をいかにその企業に合わせて作成するかがポイントでしょう。御社から見て、そこまでKPIや戦略と連動し、戦略を映す鏡のような人的資本のKPIをしっかり整えているところは、日系企業でどのくらいあるとお考えでしょうか。

 

藤井氏:実態としては、まだスタートしたばかりという企業がほとんどでしょう。しかし、ある当社のユーザー企業の去年公開された報告は非常に興味深かったですね。例えば男女間賃金格差は必須の開示項目となっています。この項目についてユーザー企業様で調査したところ、「説明できない格差」があると指摘されていました。グレードも業務も同じで同じ属性なのに、男女というだけで1割弱の差があるという結果をそのまま示し、それを是正する施策まで盛り込んだ開示が行われました。Workdayのような統合型のシステムでは、多軸での分析、多重解析のような回帰分析を行えるからこそ、このような開示が可能になったのでしょう。しかし、ここまで踏み込んだ開示ができている企業はまだまだ少ないのではないでしょうか。

 

八重樫氏:独自のKPIを作るためにデータサイエンティストの方々と取り組むなど、試行錯誤されているケースもあります。そのような取り組みを支援するWorkdayの機能をいくつか紹介します。

Workdayでは人財データが統合された単一のプラットフォーム上に集約されているため、従業員一人ひとりのデータを詳細に分析することができます。例えば、性別、地域、役職などの属性を組み合わせて、賃金格差の有無や要因を多角的に分析できます。また、AIを活用して課題が起きているセグメントを自動的に特定するなど、高度な人財分析が可能です。こうした機能により、単に数値を開示するだけでなく、課題への具体的な対策を打ち出すことができます。

一方で、個人情報の取り扱いには細心の注意を払う必要があります。プライバシーに配慮しつつ、開示が求められる情報を収集、分析するためのガバナンス体制を構築することが重要です。

 

三沢(デロイト):ありがとうございます。先日あるお客様とお話をした際に、「男女賃金格差」の話題が出ました。グローバル企業だから仕組みがバラバラで、どんな一次データを収集すれば男女間賃金格差を計算できるのか検討した結果、従業員一人ひとりのデータをすべて集めなければいけないということになったそうです。各拠点で賃金格差のデータを取得して平均を出しても意味がありません。一次データは従業員一人ひとりのデータ全てになるのかもしれませんが、個人情報やプライバシーの問題もあるので、開示のために勝手に集められません。さすがに個人名は収集できませんが、匿名でもいいので全員分がないと算出できないのではないかと思います。

そうなると、Workdayのような仕掛けを使ってスタンダードが共有化されていなければ、「なぜこのような格差が生じるのか」という分析に行き着かない。課題のあるレンジやタイトルを分析しなければならないのに、単純に属性のすり合わせができていない状態で全従業員のデータを収集しても、分析には至りません。結果は出るのかもしれませんが、深掘りすることができなければ開示のためだけの一次データになり、そのようなデータを集めて開示することに意味があるのかという話になってしまいます。

先述したユーザー企業様の例で、Workdayがどのようなアクションにつながるのかよくわかりました。これこそが本当の開示ですね。こういう数字が出たから、それに対応するアクションを起こして改善していく。一次データにフィードバックできるような形でなければなりません。そこまで到達していない企業が多く、求められたからスプレッドシートで集めて開示しているだけという域を超えていないままだとアクションにつながらないという現状が理解できました。

最後に、Workdayの差別化要因である訴求ポイントなどがございましたらお聞かせください。

 

藤井氏:我々は今グローバルで約6,500万人の組織人財データを持っています。このデータを使ってリージョン、ジョブ、グレードなど様々なデータを掛け合わせ、平均的なスキルセットを提示したり、AIを使ってその内容をジョブディスクリプションに自動で反映したりすることができます。ビッグデータと技術、スキル、AIなどが組み合わさっているところが、最近のWorkdayの特徴的な価値になっていると言えます。

近年、人事の世界でも「スキルベース組織」という言葉が用いられるようになりました。ジョブがタスクの集合体であるとすれば、場合によってはそのタスクの一部がAIに置き換えられるかもしれないので、従来のジョブディスクリプションは意味がなくなってしまいます。分解されたスキルできちんと捕捉していくというマネジメントが必要になりますが、そもそもスキルの定義やメンテナンスはとても大変な作業です。

そこで我々が有している世界最大の組織人財データを基に辞書定義をし、異動の履歴やフィードバックなどのデータを参照して、各々に適したスキルを推奨する。そこまでできるのがWorkdayです。米国ではスキルベースマネージメントを行うためのベストツールとしてWorkdayが選ばれており、日本でも近い将来そうなっていくのではないかと考えています。

 

三沢(デロイト):ありがとうございます。データの蓄積によって人事の世界が新たなステージに行けるという世界も提示していただき、HRから進化していなかった身としては大変参考になりました。本日はありがとうございました。

 

(左から、三沢、徳永、藤井氏、八重樫氏)

 

プロフェッショナル

三沢 新平/Shimpei Misawa

三沢 新平/Shimpei Misawa

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー マネージングディレクター

コンサルティングファームおよび外資系ソフトウェア会社にて、デジタルトランスフォーメーション戦略、ビジネスモデル設計、デジタルマニュファクチャリング構想・設計、スマートファクトリー構想・設計、温室効果ガス(GHG)排出量削減を中心としたサステナビリティ戦略などをテーマに、自動車業界および製造業のお客様を中心にビジネス戦略を支えるDXコンサルティング業務に幅広く従事。 デロイト トーマツ グループに入社後は、デジタルガバナンスのマネージングダイレクターとして、自動車・製造業向けに複雑化・不安定化が増すサプライチェーンxサステナビリティxデジタル領域のリスクアドバイザリー関連サービスを提供。