イノベーションを実現する手段としてのバイオコミュニティ形成の重要性 ブックマークが追加されました
近年、バイオテクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、社会課題を解決し得る技術として、医療・健康のみならず、工業、環境、農業等様々な分野での活用が期待されている。我が国においてもバイオ領域での起業・投資が盛んになりつつある一方、日本のバイオベンチャーエコシステムは、依然研究シーズを事業化するに好ましい環境とは言い難く、大幅な巻き返しが望まれる。[1]
当シリーズでは、デロイトの科学技術とビジネスのハイブリッドコンサルタント集団であるDTST(Deloitte Tohmatsu Science & Technology)にて実施した海外バイオコミュニティ調査を基に、今後日本が取るべきアクションや方向性に関して、事例を交えながら解説していく。(全6回予定)
海外では、2000年代以降に欧米を中心にバイオ系の研究開発機関(大学や公的研究機関、大企業のR&Dセンター等)が集積し、有力なバイオベンチャーを多数輩出する地域が出現するようになった。これら地域はバイオコミュニティと呼ばれて、例えば、新型コロナワクチン(mRNAワクチン)の開発元であるモデルナ社は、2010年、世界最大級のバイオコミュニティである米ボストンで設立された。ボストンを始めとした海外有力バイオコミュニティは今やイノベーションハブとして認知されており、世界中から優秀な人材・投資が集まり、その競争力を高め続けている。
このような状況下、我が国においてもバイオ関連市場の拡大に向け、国内外から人材・投資を呼び込む方策が求められており、昨年、バイオコミュニティ形成に関する施策が内閣府を中心に本格的に打ち出された[2]。これまでも各都市レベル(兵庫県神戸市・医療産業都市、山形県鶴岡市・サイエンスパーク等)でなされてきた取り組みから、海外有力バイオコミュニティに伍するグローバルなバイオコミュニティ形成に向け、国家レベルで動き始めたことになる。
特に首都圏や関西圏は、ライフサイエンス領域の世界トップレベルの一流研究者・研究機関を具備しており、グローバルなバイオコミュニティになり得るポテンシャルがある地域と言えるだろう。しかしながら、単に有力研究機関が集積しているだけでは、持続的なイノベーションを創出するエコシステム形成には至らない。日本のバイオベンチャーエコシステムを取り巻く環境には、ヒト・モノ・カネの全ての領域で、さまざまな課題が存在しているからだ。
バイオベンチャー数においても他主要先進国と比べ少なく、2021年11月時点でデロイトが保有するスタートアップDB[3]に掲載されている企業のうち、①業種:Biotechnology ②ステイタス:営業中 ③市場:未上場の条件を全て満たすスタートアップの抽出結果では、米英はもとより、ドイツ、フランス、中国に比べても3割程度となっている。
それでは、今後我が国でバイオコミュニティを発展させていくためには具体的にどのようなアクションを取っていく必要があるのだろうか?海外のバイオコミュニティ調査を踏まえると、①コミュニティ内の多様なプレイヤーを束ねるネットワーク機関、➁企業フェーズごとのリスクマネー供給の仕組み整備が重要である。例えば、海外有力バイオコミュニティには、必ずコミュニティを強力に束ねるネットワーク機関が存在している。コミュニティ内の多様なプレイヤーを結びつけるイベント(例:バイオベンチャーと投資家のマッチング)の開催など、コミュニティのPR(当該年度の資金調達総額やIPO数等)の役割も兼ねている。
近年、我が国の研究者が連続してノーベル生理学・医学賞を獲得している。山中教授のiPS細胞、大村教授のイベルメクチン、大隅教授のオートファジー、本庶教授の免疫チェックポイントなど日本が誇るべきバイオ研究の燦燦たる業績が示されている。こうした優れた研究シーズを企業や金融機関、行政等が積極的に支援できる環境として、バイオコミュニティの形成が期待されている。海外バイオコミュニティの取り組みは、日本のバイオコミュニティ形成に対する有意義な道標となるだろう。次回以降に詳細に紹介していく。(Vol.2に続く)
【シリーズ】日本のバイオベンチャーエコシステムへの提言
[vol.1] イノベーションを実現する手段としてのバイオコミュニティ形成の重要性
[vol.2] バイオコミュニティを束ねるネットワーク機関(米ボストン:MassBio)
[vol.3] バイオベンチャーの事業成功の鍵を握るギャップファンド
[vol.4] サイエンティストVCの特徴とバイオコミュニティ内での役割
[vol.5] 海外バイオコミュニティにおける多様なバイオベンチャーの出口戦略
[vol.6] 日本のバイオコミュニティ形成に向けた提言
[1] 経済産業省『伊藤レポート2.0』(2018)
[2] 内閣府『バイオ戦略フォローアップ』(2021)
[3] デロイトが開発した専有ツール。テクノロジーと業界ごとの専門領域で分類された220万社以上のスタートアップ企業と23万以上の投資家の最新データを保持しており、革新的なテクノロジートレンドの特定が可能である。
森本 陽介/Yosuke Morimoto
有限責任監査法人トーマツ
薬事行政機関にて薬事行政に従事、医療系コンサルティングファームにてヘルスケア領域のコンサルティングを経て現職。地域におけるエコシステムの創出に向けて、多様なステークホルダーを巻き込んだ官民連携ビジネスの戦略立案と実行を支援。社会アジェンダ解決とイノベーション創出を基軸とした官民双方へのソリューション提示を得意とする。
小村 乃子/Noriko Omura
有限責任監査法人トーマツ
国内大手企業調査会社国際部及び国内大手シンクタンクにてリサーチ専門業務を経て現職。海外統計、海外情報データベース等のツールを用いた海外進出支援コンサルティングや海外のライフサイエンス施策におけるリサーチ経験を有する。その他、国内外のイノベーションエコシステム、アントレプレナーシップエコシステム分析や ODA関連のリサーチ業務に従事。
※所属などの情報は執筆当時のものです。