Posted: 28 Mar. 2022 3 min. read

日本のバイオコミュニティ形成に向けた提言

【シリーズ】日本のバイオベンチャーエコシステムへの提言(Vol.6)

我が国においても、バイオ関連市場の拡大に向け、バイオコミュニティ形成に関する施策が内閣府を中心に本格的に打ち出されており[1]、各都市レベル(兵庫県神戸市・医療産業都市、山形県鶴岡市・サイエンスパーク等)の取り組みを含め、海外有力バイオコミュニティに伍するグローバルなバイオコミュニティ形成に向け、国全体で動き始めている。本稿では、シリーズの総括として、持続的なイノベーションを生み出す優れたグローバルバイオコミュニティを形成していくために、我が国で必要な取り組みを提言していきたい。

本シリーズについて:近年、バイオテクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、社会課題を解決し得る技術として、医療・健康のみならず、工業、環境、農業等様々な分野での活用が期待されている。我が国においてもバイオ領域での起業・投資が盛んになりつつある一方、日本のバイオベンチャーエコシステムは、依然研究シーズを事業化するに好ましい環境とは言い難く、大幅な巻き返しが望まれる[2]。当シリーズでは、デロイトの科学技術とビジネスのハイブリッドコンサルタント集団であるDTST(Deloitte Tohmatsu Science & Technology)にて実施した海外バイオコミュニティ調査を基に、今後日本が取るべきアクションや方向性に関して、事例を交えながら解説していく。(全6回予定)

東京圏と関西圏で動き始めた日本のグローバルバイオコミュニティ

日本では、特に東京圏と関西圏において、ライフサイエンス領域で世界トップレベルの一流研究者・研究機関が存在しており、グローバルバイオコミュニティになり得るポテンシャルがある地域として期待されてきた。海外有力バイオコミュニティの成功を踏まえ、バイオコミュニティ形成の機運が高まる中、ついに昨年7月、関西圏でバイオコミュニティ関西(BiocK)、続いて10月に東京圏でGreater Tokyo Biocommunity(GTB)が発足し、バイオコミュニティとしての一体感が加速し始めた[3][4]。

確かな歩みを始めた日本のバイオコミュニティだが、ここから世界で存在感を発揮していくために、どのような取り組みが必要だろうか?Vol.1で述べたように単に有力研究機関や研究者が集積しているだけでは、持続的なイノベーションを創出するエコシステム形成には至らない。海外有力バイオコミュニティの事例を踏まえ、以下の取り組みを提言したい。

 

➀ ネットワーク機関の整備

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バイオテクノロジーの社会実装には、多様なステークホルダーとの連携が必要不可欠であることを述べてきたが、米ボストンのMassBio(Vol.2)のようなネットワーク機関は、バイオコミュニティの成熟を加速させ、イノベーション創発を促す重要な要素であると考えられる。バイオコミュニティ内のネットワーキング機能を提供する機関を整備することが、各ステークホルダーのリレーション強化を促し、イノベーションを生み出す土壌を形成するだろう。

また、ネットワーク機関が対外発信を行う意義も非常に大きい。バイオコミュニティとしての注力領域やメッセージが明確化でき、地域としてのブランディングが形成されやすいからだ。例えば、オランダのワーヘニンゲンは有力なバイオコミュニティの1つであるが、彼らは”食のフードバレー”を標榜し、オランダ政府と連携の上、国際的な食に関するイノベーション発信地というブランディングを強力に推進している。このような取り組みもまた、海外から優れた研究者や機関投資家を惹き付ける要素の1つと考えられる。

 

② アカデミア⇔産業界の人材流動性を高める仕組み作り

シリーズを通し、バイオコミュニティではサイエンス・テクノロジーと経営双方が分かるハイブリッド人材が重要であると述べてきた。シーズから創業段階まで、彼らによるシーズの目利きを徹底して行うこと、サイエンスを理解した上でビジネス面のハンズオン支援を行うことで事業成功確率の向上が期待できるからだ。こうした人材を育成するために、まずはアカデミアと産業界の人材流動性を根本的に高めることが必要不可欠と考えられる。日本においては、依然として産業界とアカデミアの人材交流機会が乏しく、ハイブリッド人材が育ちにくい環境である。上述のネットワーク機関を中心に、ステークホルダー間のネットワーキング機会やリクルーティングプラットフォームを提供することで、バイオコミュニティ内における人材流動性を一定程度担保できるのではないだろうか。

また、近年欧米では博士号を持った高度サイエンス・テクノロジー人材の雇用の受け皿として、サイエンティストVCが台頭しており、バイオベンチャーの事業拡大に極めて重要な役割を果たしていることをVol.4で特集した。一方、日本ではバイオ系博士人材の就職先として、ベンチャーキャピタルは一般的ではなく[5]、こうしたキャリアパスが博士人材に受け入れられるよう国としてバックアップしていく必要性が指摘されている[6]。例えば、バイオ系博士人材に対する、スタートアップ創業やベンチャーキャピタルに関するリカレント教育プログラム(創業準備、事業戦略、資金調達、知財、薬事等)を提供することも一案だろう。

 

シリーズ総括

昨今、バイオテクノロジーの社会実装においては、スタートアップが主要な役割を担っており、スタートアップの成功には、ネットワーク機関やバイオコミュニティを通したサイエンティストVC、メガファーマなど多様なステークホルダーとの連携が必要不可欠であることを見てきた。一方、我が国のバイオベンチャーエコシステムは、依然研究シーズを事業化するに好ましい環境とは言い難く、大幅な巻き返しが望まれてきた。昨今、東京圏と関西圏でバイオコミュニティが発足、また10兆円規模の大学ファンドの整備が進められているなど、バイオベンチャーエコシステムの成熟に向けて、確かな一歩を歩み始めている[7]。こうした取り組みを一過性で終わらせないためにも、持続的なイノベーション創発に主眼を置いたバイオコミュニティ形成が重要だ。引き続き、我が国のバイオコミュニティ動向に注目していきたい。

 

[1]内閣府『バイオ戦略フォローアップ』(2021)
[2]経済産業省『伊藤レポート2.0』(2018)
[3] 日本バイオ産業人会議『『バイオコミュニティ関西』関西圏のグローバルバイオ拠点団体の発足』(2021)
[4] 日本バイオ産業人会議『東京圏の『グローバルバイオコミュニティ』誕生に向け、GTBが発足』(2021)
[5]文部科学省『博士人材追跡調査 第1次報告書』(2015)
[6]経済産業省『産学イノベーション人材循環育成研究会 審議のまとめ』(2021)
[7]文部科学省『大学ファンドの創設について』(2021)

執筆者

森本 陽介/Yosuke Morimoto
有限責任監査法人トーマツ

薬事行政機関にて薬事行政に従事、医療系コンサルティングファームにてヘルスケア領域のコンサルティングを経て現職。地域におけるエコシステムの創出に向けて、多様なステークホルダーを巻き込んだ官民連携ビジネスの戦略立案と実行を支援。社会アジェンダ解決とイノベーション創出を基軸とした官民双方へのソリューション提示を得意とする。

 

小村 乃子/Noriko Omura
有限責任監査法人トーマツ

国内大手企業調査会社国際部及び国内大手シンクタンクにてリサーチ専門業務を経て現職。海外統計、海外情報データベース等のツールを用いた海外進出支援コンサルティングや海外のライフサイエンス施策におけるリサーチ経験を有する。その他、国内外のイノベーションエコシステム、アントレプレナーシップエコシステム分析や ODA関連のリサーチ業務に従事。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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