Posted: 24 Feb. 2022 3 min. read

サイエンティストVCの特徴とバイオコミュニティ内での役割

【シリーズ】日本のバイオベンチャーエコシステムへの提言(Vol.4)

近年、欧米ではグローバル化によりアカデミアのポスト競争が激しさを増しており、Ph.Dを持つ高度サイエンス・テクノロジー人材の雇用受け皿として、ベンチャーキャピタル(VC)が台頭し、サイエンティストVCとして独自の存在感を示している。

本シリーズについて:近年、バイオテクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、社会課題を解決し得る技術として、医療・健康のみならず、工業、環境、農業等様々な分野での活用が期待されている。我が国においてもバイオ領域での起業・投資が盛んになりつつある一方、日本のバイオベンチャーエコシステムは、依然研究シーズを事業化するに好ましい環境とは言い難く、大幅な巻き返しが望まれる[1]。当シリーズでは、デロイトの科学技術とビジネスのハイブリッドコンサルタント集団であるDTST(Deloitte Tohmatsu Science & Technology)にて実施した海外バイオコミュニティ調査を基に、今後日本が取るべきアクションや方向性に関して、事例を交えながら解説していく。(全6回予定)

海外バイオコミュニティにおけるサイエンティストVCの役割

Ph.D人材を多数抱えるサイエンティストVCは、シード・アーリー期のバイオベンチャーに接触し、その高い専門性・知見によって、技術シーズの革新性、競合優位性、市場成長性に関して、技術を理解した上で評価(目利き)をする。また、投資決定後は、バイオコミュニティ内のリレーションを活用し、多様なビジネス専門家を巻き込みながら高いマネジメント力でハンズオン支援を実施し、経営を軌道に乗せていく。加えて、サイエンティストVCには研究・事業開発領域の支援も積極的に行う特徴がある。高度R&D戦略の策定に加え、ラボ・研究機器などの開発資源提供、大企業との共同研究・臨床開発促進、レギュラトリー対応など、通常のVCでは実施が難しい支援を、その高い専門性が可能にしているのだ。

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こうして様々なアカデミア発バイオベンチャーを成功に導いてきたサイエンティストVCは、その実績からアカデミアとも強固な信頼関係を築いており、海外有力バイオコミュニティにおいて大きな存在感を示している。例えば、米ボストンバイオコミュニティでは、Flagship PioneeringやThird Rock venturesといったサイエンティストVCが有名だ。実際に彼らが支援したバイオベンチャーの成功事例を2ケース紹介したい。


【Case 1】 moderna

modernaは、2010年に設立されたマサチューセッツ・ケンブリッジを本社とするバイオベンチャーである。メッセンジャーRNA(mRNA)を利用した医薬品開発事業を展開しており、新型コロナウイルス感染症のワクチン開発を手掛けたことは記憶に新しい。
modernaはハーバード大学で幹細胞研究を行っていたデリック・ロッシ氏が持つ技術シーズを基に、サイエンティストVCであるFlagship Pioneeringの投資を受け創業しており、現CEOは当該VCの紹介で就任している。また、アストラゼネカやアレクシオン、メルクとの連携により、大型資金調達や共同研究開発を実施しており、これらアライアンス締結に関してもサイエンティストVCが関与しているものと考えられる。創業支援から、経営人材紹介、大企業とのアライアンス対応に至るまで、サイエンティストVCが一気通貫で支援した好事例だ。

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【Case 2】 Relay Therapeutics

Relay Therapeuticsは、2015年に設立されたマサチューセッツ・ケンブリッジを本社とするバイオベンチャー企業である。コンピュータとタンパク質の挙動に関連する最新のテクノロジーを組み合わせた新薬発見エンジン開発を手掛けており、2020年にIPOを実施した。
科学者によって創業された後、速やかにThird Rock Venturesのキャピタリストが投資、CEOに就任しており、サイエンティストVCによって経営がリードされた典型的な事例と言える。

また、Relay Therapeuticsは米ボストンバイオコミュニティのネットワーク機関であるMassBioと相互に関係が深く、転籍を含む盛んな人材交流に加え、MassBioが保持する求人プラットフォームを利用したリクルーティングを実施している。元来バイオベンチャーが持っていた高い技術力に加え、サイエンティストVC、ネットワーク機関などバイオコミュニティとして経営をバックアップしたことで、設立約5年という早さで巨額のIPOを成し遂げたものと推察される。

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このように欧米のサイエンティストVCは高い専門性を有し、投資と共にバイオベンチャーの経営に伴走しながら支援し、事業のスケール化・グローバル展開をリードしている。一方、我が国においては、高い専門性を有するバイオ領域のシーズ目利きができるサイエンス、そしてバイオビジネス双方に深い知見を有するキャピタリストの絶対数が足りていないと言われている[3]。また、事業のスケール化・グローバル化を見据え、国内外の薬事規制や市場対応、アライアンスまで対応できるVCは少ない。今後、日本のバイオベンチャーエコシステムを強化していくためには、サイエンス・テクノロジーのバックグラウンドを持ったベンチャーキャピタリスト・VCの育成・強化が重要となるだろう。

[1]経済産業省『伊藤レポート2.0』(2018)
[2]STATREPORTS『Ranking biotech’s top venture capital firms』(2020)
[3]一般財団法人バイオインダストリー協会『バイオベンチャー振興の取り組みと今後の課題について』(2016)

 

執筆者

森本 陽介/Yosuke Morimoto
有限責任監査法人トーマツ

薬事行政機関にて薬事行政に従事、医療系コンサルティングファームにてヘルスケア領域のコンサルティングを経て現職。地域におけるエコシステムの創出に向けて、多様なステークホルダーを巻き込んだ官民連携ビジネスの戦略立案と実行を支援。社会アジェンダ解決とイノベーション創出を基軸とした官民双方へのソリューション提示を得意とする。

 

小村 乃子/Noriko Omura
有限責任監査法人トーマツ

国内大手企業調査会社国際部及び国内大手シンクタンクにてリサーチ専門業務を経て現職。海外統計、海外情報データベース等のツールを用いた海外進出支援コンサルティングや海外のライフサイエンス施策におけるリサーチ経験を有する。その他、国内外のイノベーションエコシステム、アントレプレナーシップエコシステム分析や ODA関連のリサーチ業務に従事。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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