Posted: 16 Mar. 2022 3 min. read

海外バイオコミュニティにおける多様なバイオベンチャーの出口戦略

【シリーズ】日本のバイオベンチャーエコシステムへの提言(Vol.5)

2010年代以降、ゲノム編集や再生医療などの革新的なバイオテクノロジーの登場により、創薬技術・手法の多様化が大幅に進み、創薬におけるパラダイムシフトが起こった。大手製薬企業(メガファーマ)が自社研究所を持ち、研究開発から製造販売まで手掛けることから、医薬品開発スピードに対応した最先端の技術を持つバイオベンチャーを買収することによる新薬候補(パイプライン)の拡充が主流の時代となった[1]。この業界構造の変化は、バイオベンチャーの出口に多様性をもたらし、IPOの他にメガファーマによるM&Aという出口戦略を持つことが可能となった。

本シリーズについて:近年、バイオテクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、社会課題を解決し得る技術として、医療・健康のみならず、工業、環境、農業等様々な分野での活用が期待されている。我が国においてもバイオ領域での起業・投資が盛んになりつつある一方、日本のバイオベンチャーエコシステムは、依然研究シーズを事業化するに好ましい環境とは言い難く、大幅な巻き返しが望まれる[2]。当シリーズでは、デロイトの科学技術とビジネスのハイブリッドコンサルタント集団であるDTST(Deloitte Tohmatsu Science & Technology)にて実施した海外バイオコミュニティ調査を基に、今後日本が取るべきアクションや方向性に関して、事例を交えながら解説していく。(全6回予定)

しかしながら、我が国におけるバイオベンチャーの出口は依然として国内市場でのIPOに偏っているのが現状である。また、株主は個人投資家が主であり、中長期的な価値創造を支援してくれる機関投資家が少なく、機動的な事業資金調達が難しい状況だ。一方、海外有力バイオコミュニティにおいては、IPOの他にメガファーマによるM&Aも盛んに行われており、バイオベンチャーのEXIT件数は東京圏と比べはるかに多い[3]。

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こうした状況に関しても、バイオコミュニティの成熟と深い関係性が示唆される。例えば、米ボストンでは、1990年代後半以降、グローバルメガファーマの研究拠点やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が地理的に集積するようになった[4]。

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彼らはネットワーク機関MassBio(vol.2参照)によって提供される様々なネットワーキングイベントに参加し、日常的に投資・買収機会に関する情報交換をしている。この日常的な接点が、メガファーマとバイオベンチャーのオープンイノベーションを促進していることは想像に難くない。メガファーマにとっては、有望な技術を持つバイオベンチャーとの共同研究や買収によりパイプラインを効率的に取り込むことができ、バイオベンチャーにとっては、VCや公的資金に比べてはるかに多額の研究開発資金を獲得できる他、臨床試験、製品販売でも手厚い支援を得ることができる。バイオコミュニティを通したメガファーマとバイオベンチャーの豊富な接点形成が、レイターステージ以降の資金調達・事業拡大に大きく寄与しているのだ。

近年、欧米ではSPAC [5]との合併による上場も注目を集めている。バイオベンチャーにとっては、IPOと比べ短期間で株式上場や資金調達ができるというメリットがあると言われている[1]。SPACのような新たな手法で上場したケースをいち早く取り上げ、外部発信するのはMassBioの役割だ。彼らが発行しているレポート:Industry Snapshotには、数年前からSPACによる上場ケースと資金調達規模が記載されており、新たなEXIT手法をバイオコミュニティとして取り込もうとする姿勢が伺える。また、会員企業によって実施されたIPOやM&Aの件数、資金調達規模といった詳細な開示や、バイオコミュニティ内で現在進行中のパイプラインなども整理されており、ライフサイエンス分野に投資意欲を持つ国内外の機関投資家から関心を得ることに成功している。

このように、海外ではバイオコミュニティでの有機的な関係構築によってバイオベンチャーの出口戦略が多様化する一方で、我が国においては、バイオベンチャーの出口が依然国内市場へのIPOに偏っている他、海外機関投資家からの関心が低いことも指摘されている。その一因として英語での情報発信・開示が不足していることも挙げられている[6]。様々な課題に対してMassBioのようなネットワーク機関の整備を進め、メガファーマとバイオベンチャーのネットワーキング機会の増加を行いつつ、魅力的なパイプラインの存在や海外からの投資促進をコミュニティとしてアピールしていくことが必要だ。こういった具体的な活動を通じてバイオベンチャーが中長期的な企業価値創造を実現していくことも可能となってくるだろう。

[1] 科学技術振興機構『近年のイノベーション事例から見るバイオベンチャーとイノベーションエコシステム』(2021)
[2]経済産業省『伊藤レポート2.0』(2018)
[3] デロイトが開発した専有ツール。テクノロジーと業界ごとの専門領域で分類された220万社以上のスタートアップ企業と23万以上の投資家の最新データを保持しており、革新的なテクノロジートレンドの特定が可能である
[4]JETRO『世界最大のライフサイエンス・バイオクラスター ボストン』(2018)
[5]Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社の略。買収を目的に設立される会社を意味し、事業は行わない。SPACによる買収手法は、欧米で年々人気が高まっており、2020年現在、資金調達規模は約583億ドル(日本円で約6.4兆円)と言われている。2022年3月現在、日本ではSPACによる会社の設立は認められていない
[6]経済産業省『バイオベンチャーの現状と課題』(2017)

執筆者

森本 陽介/Yosuke Morimoto
有限責任監査法人トーマツ

薬事行政機関にて薬事行政に従事、医療系コンサルティングファームにてヘルスケア領域のコンサルティングを経て現職。地域におけるエコシステムの創出に向けて、多様なステークホルダーを巻き込んだ官民連携ビジネスの戦略立案と実行を支援。社会アジェンダ解決とイノベーション創出を基軸とした官民双方へのソリューション提示を得意とする。

 

小村 乃子/Noriko Omura
有限責任監査法人トーマツ

国内大手企業調査会社国際部及び国内大手シンクタンクにてリサーチ専門業務を経て現職。海外統計、海外情報データベース等のツールを用いた海外進出支援コンサルティングや海外のライフサイエンス施策におけるリサーチ経験を有する。その他、国内外のイノベーションエコシステム、アントレプレナーシップエコシステム分析や ODA関連のリサーチ業務に従事。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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