力を合わせ、日本の自動車産業の未来を切り拓く
2016年当時、独ダイムラー社のディーター・ツェッチェ元CEOが発表し中長期戦略の中で提唱した造語“CASE”。当時はまだ普及段階になく、将来に向けたコンセプトやイメージ、考え方だったこの“変化”は今や現実世界に現れ、その進化は加速度的だ。この大きな潮流に日本の自動車産業は出遅れつつある。この状況に向き合うためにはどうしていくべきか? デロイト トーマツで長年自動車産業に携わってきた2人の執行役員に聞いた。
「変わらなければ生き残れない」日本の自動車産業
平井 学/Manabu Hirai
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Automotive Unit Leader
デジタルを活用したビジネス企画構想、業務改革・改善、システム導入まで幅広い知見、経験を持つ。業務・システムの企画・構想だけでなく、それを現場に体現する実行力に強み。自動車OEM、自動車部品サプライヤー向けDXプロジェクト実績多数。
米大統領選でトランプ氏が勝利し、再選を果たした2024年。緊密な関係が同社の追い風となるとの期待から米電気自動車(EV)メーカー、テスラの株価が急騰した。バイデン政権下で進められてきたEV政策が転換する可能性もあるが、テスラ(とそのCEOであるイーロン・マスク氏)との関係を見ると予測はきわめて困難だ。
デロイト トーマツ コンサルティングでAutomotive Unit Leaderをつとめる平井学はそれでも世界は「EV」へ向かうと話し、問題はそこではないと警鐘を鳴らす。
「今はガソリンか、電気かという議論より、“これまでのクルマ”と“これからのクルマ”をどう捉えていくかが重要。テスラや中国のNEV(New Energy Vehicle、以下「次世代車」)など、インテリジェントモビリティー起点の急速な変化に、トラディショナルな自動車メーカー(以下、「伝統的OEM」)は既存のアセットやしがらみを抱えているがゆえに対応に苦慮しているのが現状です」
日本に限らず伝統的OEMは、過去の成功体験に縛られた価値観・文化、積み上がったアセットという名の足かせに縛られ、この環境変化にスピード感を持って対応できていない状況にあるという。
しかし、日本の自動車産業はグローバルを代表するブランド・メーカーが複数あり、日本最大の雇用場でもある。いわば日本の基幹産業だ。
「これからも競争力をもってビジネス展開を図らなければ、日本にとって危機的状況になります」
平井はこの状況の先にある最悪のケースとして、日本の総合電機系ビジネスが過去に歩んだ道と同じ道をたどることを危惧する。
「日本の総合電機系ビジネスは2000年頃から商材のデジタル化に伴い、商品ライフサイクルが縮む中で韓国や中国との激しいグローバル競争を強いられました。商品力・ものづくり力のみならず、オペレーション力・マネジメント力が競争の源泉となり、それに対応するべくサプライチェーンを基軸としたグローバルオペレーション力の強化に取り組みましたが、韓国や中国との距離を埋め切れず市場から一部の企業を除き、締めだされてしまいました。日本の基幹産業である自動車産業で同じようなことを起こしてはならないのです」
平井がリーダーのAutomotive Unitは、日本の自動車産業の競争力強化に貢献するというアスピレーションを持った人材が集まった業界最大の専門家・プロ集団だ。総合コンサルティングファームでいち早く自動車産業を専門とした組織として立ち上がり、多くのタレントを輩出、自動車業界の中で高いプレゼンスを持っている。
平井が危機感を募らせている背景として、日本の独壇場だったアジアの自動車マーケットに中国系の自動車が侵食し始めている。5年後、10年後の買い換えサイクルのタイミングで、いかほどのシェアが削られてしまうのか。それを、どう防ぐのか。
自動車づくりのコンセプト、売り方、使い方がまるで違う時代に
平井の話にも出てきたが、日本がかつて世界を席巻したテレビなど総合電機系ビジネスの凋落は多くの人が知るところだ。デロイト トーマツの Supply Chain & Network Operations(以下、SC&NO)Unit Leaderである井上智は、まさにその現場にいた。
「テスラや中国自動車メーカーが作っている次世代車は、自動車そのもののコンセプト、作り方、売り方、使い方が従来と比べて根元から異なっています。この新しい自動車の世界に対しては、これまでの自動車業界の考え方は通用しにくい。思想からデザイン、機能、プロセス、それを動かす組織や人々まで、自動車バリューチェーン全体をパッチワーク的に修正するのではなく 、新たにリビルドする必要があります」
しかし、これまでの伝統的な車と、新しい考え・コンセプトで作られる次世代車の二つが並走する過渡期である今、伝統的OEMはその両方に取り組まなければならず、比較的アセットがライトな新興OEMと異なり難しいかじ取りが求められる。
井上は前職でテレビにおけるグローバルのサプライチェーンを構築した経験を持つが、その時の課題は「地産地消からの脱却」だったという。「かつてのブラウン管時代では、自動車と同じく地産地消のサプライチェーンで完結し、液晶時代へとシフトする中でも地域主導型の経営スタイルがベースにありました。しかし、液晶テレビに必要な半導体や液晶パネルなどの各部品調達・供給網を、韓国や中国メーカーが本国からグローバルコントロールするサプライチェーンを構築するようになると差がついていった。私はその差を縮め、超えていくための取り組みをしてきました。在籍していたメーカーはいまだに残っていますが、多くのメーカーは姿を消しました。同じようなことが日本の基幹産業である自動車産業で起きてはならない。そのような思いを抱き、デロイト トーマツに参画しました」
井上 智/Satoshi Inoue
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Supply Chain & Network Operations Unit Leader
半導体・電機・自動車など製造業を中心にグローバルオペレーション変革の実行を多数手がけ、事業戦略・商品企画段階からエンジニアリング&サプライチェーンマネジメント、そしてアフターマーケット戦略・フィールドサービスまでEnd to Endでのトランスフォーメーションの遂行に強みを持つ。また、デジタル・テクノロジーを用いた”Digital Supply Networks”などの新たなオペレーティングモデル・経営基盤の提唱、アジャイル型の変革推進などのコンサルティングを数多く手掛けている。
井上のSC&NO Unitはサプライチェーンに専門性を持つ経営コンサルタント集団が在籍し、デロイトのグローバルネットワークの知見と最先端のテクノロジーを用いて、世界に誇るサプライチェーンおよび経営マネジメント基盤へ変革し続けるコンサルティングサービスを提供している。
「経営管理手法としての“サプライチェーンマネジメント”は、製造業中心の日本でも古くから導入・運用が進んでいます。しかし、デジタル技術の進化、グローバル競争環境や日本国内の労働環境の変化などにより、さまざまなアジェンダに対応しながら高度化させていく必要があります。また、デジタル化が進みデータドリブンの経営マネジメントが求められる中では、原価管理、計画業務、受注・出荷プロセスなど局所的な業務改善・可視化のみならず、サプライチェーンおよび関連部門を横断した情報マネジメントが求められます。このような問題に対処するために私たちのUnitがあります」
世界に通じる競争力を目指すためには「All Japan」で取り組む必要がある
平井と井上の共通点、それは自動車業界出身でないことだ。平井はシステム開発会社でエンジニアであったし、井上は先述した通り総合電機系メーカーのIT部門でサプライチェーンを中心とした業務改革やシステム導入プロジェクトに従事していた。だからこそ、日本の自動車産業の現在地に危機感を募らせる。井上は家電で苦い経験をしており、平井もまたIT業界におけるグローバル競争にさらされてきた過去を持つ。
「各社ともに危機感をもって変革に取り組みをはじめていますが、コンサルタントも含め人材の取り合いではなく、日本として一体となって取り組みをしていかなければこの難局は乗り越えられないでしょう 」
平井がそう話すと、井上もうなずく。
「業界はバリューチェーンのトランスフォーメーションに取り組もうとしていて、OEMやサプライヤーにそのサービスを提供しています。しかし、そのトランスフォーメーションはもはや個々のバリューチェーンプロセス単位、特定地域に閉じず、バリューチェーン横断、そして“グローバル”レベルのものとなっています。今必要なのはそれらの実現、そのスピードアップ。そのためには、タレントが集結して「All Japan」で取り組んでいく必要があります。日本として知識やリソースをできる限り集結させて取り組まなければ、日本対グローバルで、日本チームは勝てません」
今や自動車産業の主戦場はハードウェアではなく、ソフトウェアである。そこが競争の源泉である以上、サプライチェーンの構築方法もこれまでと根本的に変える必要が出てくる。そのため、自動車業界に長くいる人のみならず、異業種でサプライチェーンの構築を経験した人など多様な人材が求められるという。
平井は「例えば、今の自動車業界で中国の加速度的な進化について正しく理解できている人はまだ少ない。理解をすれば、危機感を覚えるのは当然のこと。まずはそれを伝えていく必要があります。自動車業界にいなくても、中国の経済を見てきた人材ならそのことで活躍できるでしょう」とも話す。
危機感を持った上で、伝統的OEMは長年のアセットを意識しながら、どのようにチャレンジをしていくのかという方向性になる。
「実際に各社チャレンジにおける投資は発表しています。足りないのは実はお金ではなく時間とリソースです」
井上も「家電業界が10年、15年前にたどった道、そこに行かないためには人材を結集して自動車産業を盛り上げていく必要があり、そのための人材の育成場としても私たちデロイト トーマツは存在していきたい」と意気込む。
平井や井上の元には多様なプロフェッショナルが在籍しているが、その数は課題に対してまだまだ足りないという。
「私たちはコンサルタントとしてグローバルの知見やインサイトを持っています。それらをベースに処方箋を出す。全部をまるごと請け負うのではなく、企業の方々と一緒に伴走していきたい。そうすることでお互いが成長し、変化を促進できると信じています」と平井が話すと、井上もまた「日本が私は大好きですし、日本経済を元気にしていきたい。まるごと請け負うことで短期的に自分たちがもうかっても、次の世代が活き活きと働く事のできる社会・日本企業が存続していなければ意味がない。中長期目線で変革に向き合うことを考えれば、企業の方々の人材育成も含めた伴走支援が適切です」と同意する。
2人は自動車産業をなんとかしたいと思っている人であれば、まずはデロイト トーマツに来てほしいと話す。世代は問わず、未経験ならその熱意をもって、経験があればその経験を通じて日本を一緒に変えていこうというのだ。同じ思いを持つ人々が集えば、一人では想像もできない大きな社会的インパクトを与えられる。そのことを平井も井上も理解しているからこそ、あなたに呼びかけている。