調査レポート

医療における植物工場事業の可能性

植物工場の原料供給に参入している事業者の事例と共に医療分野での植物工場事業の可能性について解説します。

高齢化が進展するなか、医療費抑制は国の重要課題になっており、発症・重症化予防を目的としたセルフメディケーションへの関心が高まっています。また、世界的感染症の流行が頻発するなか、ワクチンの供給不足が懸念され、原料の栽培期間短縮、年中安定供給の必要性が高まっています。本稿では植物工場の原料供給への優位性を見出し参入している事業者の事例と共に医療分野における植物工場ビジネスの可能性について解説します。(2015年8月)

1. 国内外の医療に関する課題

著者:有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー 早川周作
   有限責任監査法人トーマツ          川東奈々

日本の75歳以上高齢者の全人口に占める割合は年々増加していき、2055年には25%を超える見込みである。この急速な高齢化に伴い、高血圧や高脂血症など生活習慣病が増加し、共に医療費が毎年増大し続けていることは国家的課題となっている。
これらの疾患は、運動や休養に加え、特に食事の影響が大きいといわれており、日本では自己健康管理を進めるセルフメディケーションを推進させることで、医療費の削減を目指している。日本再興戦略ではセルフメディケーションの打ち手の1つとして「食の有する健康増進機能の活用」が挙げられており、国民の意識が高まるなかで、今後病気の予防に繋がる食品への需要は増加すると予測される。
また、新規感染症に対する新規ワクチンの需要の高まりにより、ワクチン市場の成長は今後約10%の年平均成長率(CAGR)を続けると予測されている。現状日本のワクチンメーカーの生産の市場は主に国内に限定されているが、今後海外市場に焦点をあてることで、事業機会を獲得できる可能性が高い。
ワクチンの原料を生成する際には、コスト、菌の繁殖等が課題となる。動物由来の原料と比較して、植物由来の原料はコストとともに、ヒト病原体や哺乳類汚染菌の繁殖リスクを削減できるため、ワクチン原料として期待されている。ただ、植物由来の原料は栽培に時間がかかり、天候に左右されやすいことから、植物工場で栽培期間を短縮し、かつ安定的に生産・供給に取り組む体制が求められている。

2. 機能性野菜、ワクチン原料生産プラントとしての植物工場

下記図表1のように、植物工場は、糖尿病、高血圧などの生活習慣病に機能する機能性野菜や、インフルエンザ等の感染症に効果があるワクチン原料などを天候に左右されず年中無休で安定的に生産することが技術的に実証されており、一部商業化されている。

図表1 機能性野菜、ワクチン原料生産プラントとしての植物工場

出所:各種ニュースソース、研究レポート、企業HP等によりデロイト トーマツ グループ作成

2-1. 機能性野菜の生産

植物工場で生産される機能性野菜の市場規模は、高齢者人口の増加・健康志向の増進を背景に、2015年の11億から2025年には140億円と大幅に増加すると予測されている。スルフォラファン、リコピンなど自己の健康増進に役立つものは機能性成分といわれており、図表1のような素材に含まれている。
上記を事業機会と捉え、ネット通販会社A社は機能性野菜だけを集めた通販サイトをオープンした。同社の通販サイトでは、トマト、かいわれ、ブロッコリー、ケール、レタス等が扱われている。植物工場は環境条件の調整により、機能性成分含有量を増減させることができるため、A社の機能性野菜の多くは植物工場野菜を使用している。サイト利用者に対して実施したアンケートでは、高栄養や高機能の食品に関心がある人は9割以上を占めており、食品の機能性への関心が高いことが明確となった事例であるといえる。2015年4月に機能性表示食品制度が開始されたこともあり、今後このような動きは加速すると予測される。

2-2. ワクチン原料の生産

植物工場は外部環境に関係なく、コストを抑え、栽培期間を短縮してワクチン原料を安定的に生産することができる。これを事業機会と捉え、既にワクチン市場に参入している植物工場事例を2つ挙げる。
農資材メーカーB社は植物工場で栽培するいちごから抽出されるインターフェロンを産生する遺伝子組み換えいちごの果実を原料とした、ペット用の歯肉炎軽減剤の発売を開始した。インターフェロンとは、動物体内で病原体や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌する蛋白質であり、免疫系や炎症の調節等の働きを持っている。そのインターフェロンは従来微生物由来で作られていたが、B社は植物工場で栽培された遺伝子組み換えいちごから成分を抽出することに成功し、従来の1/10〜1/100までのコスト削減を実現した。現在では30坪程度の大きさの植物工場で、年間でペット100万頭分以上の治療薬を作ることが可能である。
アメリカの製薬メーカーC社はタバコの葉から、インフルエンザ、エボラ出血熱等のワクチン生成に成功している。植物由来の技術を使用することで、従来よりも設備・生産コストを削減することが可能だ。また、栽培期間を50%以上短縮できるので、パンデミックなど突如出現した脅威に対する新しい治療やワクチンのスクリーニングの速度を上げることも可能だ。そして、植物由来の原料を使用することで、ヒト病原体や哺乳類汚染菌の繁殖リスクを削減している。C社は、米国防総省高等研究計画局(DARPA)が資金提供している機関とワクチン生成に関して提携しており、国をあげて取り組んでいる事例といえる。

3. 終わりに

年中天候に関係なく安定生産が可能な植物工場は、セルフメディケーションに効果のある機能性野菜の生産工場として、また新規感染症に迅速に対応できるワクチン原料の生産工場としての事業機会を発掘できる可能性が高いといえる。今後植物工場事業者は、種会社、農業分野からの専門家、バイオ・ヘルスケア企業、販路先としての病院・介護事業者等と連携し、大規模ビジネスを構築することが大いに期待されている。
 最後に、本内容は2015年6月にシンガポールにおいて開催されたシンポジウムにおいて発表された内容から抜粋したものである。※リンク先掲載のシンポジウムは好評のうちに終了しました。お申込みは締め切らせていただいておりますので予めご了承ください。
また、当該記事は執筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではない。
以上

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