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第1回 業績不振事業売却の基本的な考え方
事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~海外事業(工場)売却に際しての課題
事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説するシリーズ第2弾。今回は、東証プライム上場会社・大仏食品の経営企画部長である安倍氏が、またもや藤原社長から呼び出しを受け、今度は業績不振のマレーシア工場売却を命じられるところから始まります。安倍氏はどのように進めていくのでしょうか。
登場する企業・個人等は全て架空の名称です。
主な登場人物大仏食品株式会社:東証プライム上場企業(売上高:5,000億円程度)
藤原社長:大仏食品の代表取締役社長 デビット会計事務所
聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品から経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている ハリウッド証券
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マレーシア工場を売却せよ!
大仏食品の経営企画部長である安倍氏は、今日も藤原社長からの呼び出しを受けた。
藤原社長:「このところ、投資家の受けがいい。特にわが社の事業ポートフォリオ改革に対する評価のようだ。君のおかげだ。感謝しているよ」
藤原社長から感謝されるなどということは滅多にないこと。安倍部長もまんざらではない。
藤原社長:「ところで、今日はマレーシア工場の件で君に相談したいのだがね」
(やっぱりただでは褒めないか。また難題だ)と阿部部長は独りごちた。
事業ポートフォリオ改革において消費財事業の売却を実行していたが、その際にマレーシア工場もカーブアウト範囲に含める検討を行った。しかし、現地との合弁企業であったこと、また業績が悪く売却範囲に含めることで全体の事業魅力を押し下げるのではないか、との懸念があったことから、カーブアウト範囲に含まなかった経緯がある工場だ。
その後深い縁ができたデビット会計事務所のターンアラウンド部門のパートナーである物部氏にも入ってもらい、マレーシア工場の事業性評価(Independent business review。第三者が特定事業の事業・財務の調査・分析を行い、クライアントの経営層やステークホルダーの判断材料を提供するサービスのことをいう))を依頼した。デビット会計事務所からは、外部環境や内部環境を見据えて、今後の事業性を客観的に評価、さらに改善施策の積み上げにより、3~4年で黒字化する道筋が示された。やはり、第三者も入れて事業内容を精査することで経営状況が見えやすくなり、打ち手も見えやすくなったと思ったものだ。
当該内容に基づき、社内でマレーシア工場のあり方について議論した。折しも消費財事業の売却も決まり、マレーシア工場はノンコアとして整理されていた。そして、「3~4年では黒字化までの道程が長すぎる」「不確実性が高すぎる」との意見もあり、売却方向性でピン止めされたところであった。
安倍部長:「先日経営会議で議論されたマレーシア工場の売却の件ですね……」
藤原社長:「さすが察しが早い。その通りだ。消費財事業売却の次には、投資家からもマレーシア工場をどうするのかと、またやいのやいのつつかれるであろう。何しろ、このところ毎年10億円程度の赤字が継続しているし、さらに物価高だ、原油高だ、と先行きに厳しさが増している。これまでは毎年『できます』『やれます』という現地からの報告に基づき、ミルク補給を継続してきたが、このまま無策に支援を継続していると、経営責任を問われかねないよ」
安倍部長:「趣旨は理解しますが、マレーシア工場もこれだけ業績不振の状況。本当に売れますかね?」
藤原社長:「それを考えるのが君の仕事だろう」
善管注意義務違反にならないように
いつもの調子で始まった、今回の難題は「マレーシア工場の売却」だ。
安倍部長は一人悩んだ。
課題しかないようなこの事業に、果たして興味関心を抱く企業などあるのだろうか。仮に誰も買い手として手を挙げてくれなかった場合は、無理をしてでもさらに投資をしてバリューアップに取り組むべきなのか、それとも潔く撤退すべきなのか。先日のIBRの結果を見ると、撤退するにも相当なコストがかかるとのことであったため、いずれも茨の道だ。
やはりここは、デビット会計事務所に相談するしかなさそうだ。
翌日、安倍部長はデビット会計事務所を訪ねた。
安倍部長:「聖徳さん、こんにちは。今日も相談がありまして」
聖徳氏:「いつもありがとうございます。本日はどのような件でしょうか?」
安倍部長:「ご存じのように、当社の場合は英語に強い人材がほとんどおらず、今まで現地マネジメントの報告をうのみにしてきた経緯もあり、昨年、物部さんにマレーシア工場の事業性評価(IBR)をお願いしました。おかげで、マレーシア工場の経営課題について定量的にも定性的にもよく把握できました。その結果、業績改善に向けて相当な労力がかかることもよくわかりました」
聖徳氏:「それで、貴社の議論結果はいかがでしたか?」
安倍部長:「『黒字化に3~4年を要するのでは遅すぎる。売却方針を検討せよ』というのが弊社の方針です。ただし、本件は業績不振事業の典型でして、単純に売却するといっても本当に買い手がつくのか不安です。ついては、こういった業績不振事業を売却するに当たっての注意事項を教えていただけないでしょうか?」
聖徳氏:「なるほど、そうなりましたか。承知しました。もちろん、業績不振事業の売却は一筋縄ではいきません。何しろ自社でも手を焼いている事業の再生を他社がやることになるわけですから、容易に買い手が見つかったり、案件成立するというわけにはいきません。仮に案件が成立しても、こちらから資金を持ち出して事業を引き取ってもらう、ということもあり得ます」
安倍部長:「そんなことをして当社の役員は善管注意義務違反にならないのですか?」
聖徳氏:「そのリスクがないわけではありません。そこで、少なくとも正しい意思決定の積み重ね、結果なのだと明確に示せるようにしておく必要があります。そして、それらも踏まえて、業績不振事業の売却は、一般的なM&A(収益性は低くないが、ノンコアと判断したような事業売却)とは別ものであるとの認識のもと、しっかりとした準備をしてからディールを進めていただくことをお勧めしたいです」
安倍部長:「わかりました。では具体的には、どのような準備をすればよいでしょうか?」
確かな根拠を伴った再建計画をまず作る訳
聖徳氏:「プロジェクトの体制の話やディールプロセスの進め方の話は、今後おいおい実施していくことにします。まずは、過去に厳しい業績が継続し、外部環境も不確実な状況であり、売却は決して容易ではないとの認識のもとに、根拠を伴った再建計画の作成をしっかり実施することに取り組んでください。売却とは反対方向の話のように聞こえるかもしれませんが、これらを確からしいものとすることにより、売らなくても大丈夫であることを買い手候補に示すことができます。それが大切なのです」
安倍部長:「なるほど、その点は前回の消費者向け飲料事業の売却と同じですね(第2回:事業売却の意思決定 事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~ある食品会社のケース)」
聖徳氏:「いえ、違います。特に買い手候補からは、通常以上に再生可能性(事業計画の蓋然性)について厳しく見られることになるため、計画の前提の確からしさ、実施施策の定量的な効果と実現可能性などに十分配慮する必要があります。特に、通常よりもトップラインは厳しめに評価されることが多いため、売上が伸びない中でも、利益が出せる体質にしていけることを示していくことが重要でしょう。そのために、各種リストラ策の用意・実行可能性があること、それらがしっかり計画されていることを示す必要があるのです」
安倍部長:「バラ色の計画を作ればよい、というわけではないのですね」
聖徳氏:「はい、それでは見透かされますので。それらも踏まえて投資家用事業計画の要諦をここに2枚にまとめていますので、ご確認ください」
安倍部長:「勉強になります。物部パートナーと検討した事業計画と施策があるので、それらをベースに計画の検討を始めます」
聖徳氏:「あくまでも第三者に見ていただく計画になりますので、計画の前提・根拠の分かりやすさに十分留意して計画モデルの作成を進めることをお勧めします。買い手候補の方で不透明感が強いと判断されたり、詳細根拠が曖昧な部分が多いと判断されたりしますと、すぐに検討ストップになるのも、業績不振企業売却ディールの注意ポイントです。必要に応じて我々も専門部隊を用意しますので、頑張ってください」
安倍部長:「承知しました」
聖徳氏:「では、次に、弊社のディールチームも交えて、売却推進体制について議論させてください」
*「第2回:売却推進体制の構築」に続く
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ターンアラウンド & リストラクチャリングサービス
マネージングディレクター 小川 幸夫
(2023.6.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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