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第3回:売却の実現性・経済合理性の検証

事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~海外事業(工場)売却に際しての課題

事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説するシリーズ第2弾。今回は、東証プライム上場会社・大仏食品の経営企画部長である安倍氏が、業績不振のマレーシア工場売却を命じられ、「バリューアップ施策および投資家開示用事業計画の策定」に奮闘します。


登場する企業・個人等は全て架空の名称です。

主な登場人物

大仏食品株式会社:東証プライム上場企業(売上高:5,000億円程度)

  • 業種は食料品の製造販売であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業、業務用事業、ヘルスケア事業等営む
  • 連結ベースの営業利益率は0.5%と、同業他社に比して低い状況であったが、近年事業ポートフォリオの仕組みを導入。メリハリある事業選別を実施してきた(前回連載記事を参照、第2回:事業売却の意思決定 事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~ある食品会社のケース
  • 10年前に東南アジアの消費者をターゲットとするべくマレーシアに食品加工工場であるDaibutsu Malaysia Sdn. Bhd.(以下「マレーシア工場」という。)を設立。しかし、ローカル化、輸入材料費高騰等の課題に直面しており、業績が芳しくない
  • 近年同社は、毎年10億円程度の最終赤字が発生し累損を抱えている状況

藤原社長:大仏食品の代表取締役社長
安倍部長:大仏食品の経営企画部長。藤原社長から特命事項があった場合に一心に対応しており、藤原社長からの信任が厚い
平部長:大仏食品の経理部長
源部長:大仏食品の人事部長
楠木部長:大仏食品の「マレーシア工場」の事業企画担当部長
 

デビット会計事務所

  • グローバルネットワークを持つ会計ファーム
  • 事業売却実務の知見・経験豊富である

聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品から経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている
蘇我氏:財務担当パートナー
物部氏:ターンアラウンド担当パートナー
 

ハリウッド証券

  • 大仏食品の「マレーシア工場」のファイナンシャルアドバイザー(FA)

 

そのままでは売れない!? ― バリューアップ施策および投資家開示用事業計画の策定

安倍部長の朝は早い。社会人になって以来始業前にひと通り雑務を済ませることを日課としてきたが、特に最近は日中の会議が増えた分、朝の時間が一層貴重になっていた。

デビット会計事務所の助言を受け、なんとか秘密裏に現地社長の協力を取り付け、ハリウッド證券とのキックオフ会議1を終えたのもつかの間、慣れない英語の資料準備やら毎週のPMO2 会議への出席などで休む暇もない。

その日もまだ静かなオフィスでひと通り受信メールに目を通すと、安倍部長は缶コーヒーを買いに席を立った。すると自販機のある一角で、やはり朝早くから出社していた藤原社長と遭遇した。

藤原社長:「やあ、安倍君。今日も朝早くからお疲れ様。マレーシア工場の件は、今のところ順調そうじゃないか?」

「ええ、今のところはなんとか。ただ、大変なのはこれからです」と安倍部長は苦笑いしながら答えた。

藤原社長:「一体どういうことだね?」

安倍部長:「実は、先日デビット会計事務所のターンアラウンド担当パートナーである物部さんと打合せた際に、『今の3~4年後にようやく黒字化する事業計画では、買い手がほとんどつかないだろう』と言われてしまったのです。もちろん3~4年後の黒字化にしても、当社にとっては決して簡単な話ではないのですが。そこで最近は毎日現地社長と膝詰めで、事業計画の作り込みを議論しています」

藤原社長:「しかし、これ以上早期に黒転する絵は描けないだろう?」

安倍部長:「確かに、現在の売上高・コスト改善活動の延長線上では困難です。今の事業計画には一定の実行確度が担保された拡販施策や原価抑制施策が織り込まれているわけですから、これよりも早期の黒字化を果たすためには通常の利益改善活動の枠組みに収まらない構造改革が必要になります」

藤原社長:「たとえば、どのようなことを想定しているのだね?」

安倍部長:「低採算案件の整理、拠点・組織・機能の統廃合、人件費のリストラ、資金創出活動などが考えられます。いずれも当社にとっては痛みを伴う改革ですが、物部さんからは現在のような有事の局面こそこのような抜本的なバリューアップ施策を検討することが大切だと言われたところなのです」

再生局面で求められる施策分類
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藤原社長:「買い手がつかないのでは、やむを得ないが……しかし、実際にできそうな策はあるのか?」

安倍部長:「物部さんのアドバイスを受け、今確認しているのは低採算案件の状況です。マレーシア工場で受注している商品群の中には、昨今の材料費・労務費価格の高騰のせいで損益分岐点が上がったため、営業利益ベースで利益がほとんど出ていない商品、あるいは赤字になっている商品もあります。これまで正確に把握できていなかったのですが、改めて間接費の配賦も加味した後の商品群別の営業利益率、今後の改善可能性を棚卸ししているところです」

藤原社長:「今までは商品群別の営業利益が管理できていなかったのか」

安倍社長:「はい……今回現地社長に確認したところ、商品群ごとの限界利益率までは現地の営業部で管理しているのですが、間接費の配賦については極めてざっくりと計算したものしかないことがわかりました」

藤原社長は低く唸り、「わかった。そのあたりの作業は適宜デビット会計事務所とも連携してくれたまえ」と言った。

安倍部長:「はい、データの加工作業は一部デビット会計事務所にも手伝ってもらっています。それと、実は低採算案件を撤退するだけでは利益の改善にならないのですよ。生産量の減少に伴う固定費の削減をセットで実行する必要もあるのです」

藤原社長:「固定費の削減とは、つまるところ人件費の削減だな」

安倍部長:「はい。具体的には、工場稼働や間接業務の変動を踏まえた適正な直接・間接人員数の見積り、早期退職希望者の募集にかかる割増退職金の試算、従業員への説明方法や再就職支援のプランニングといった一連の人件費削減策を想定しています。さらに、低採算の商品群に関しては値上げ、または原価の改善余地があるかを検討します。それが難しい場合は廃番にせざるを得ませんが、さりとて方針決定をした後すぐに取引中止とは行きません。社長もよくご存知のとおり各所にステークホルダーが存在するためです。合弁パートナーにも話を持って行く必要がありますし、卸売・小売業者へいつまで供給を継続するかにもハードな交渉が必要になります。仕入先にも説明しなければいけません。やらなくてはならないことが多く頭が痛い限りですが……そこまで踏み切らなくては、大きなバリューアップは期待できないとわかってきました」

藤原社長:「うむ、話はわかったが……先の見えない施策の効果額までやみくもに事業計画に織り込めんだろう?」

安倍部長:「その点はデビット会計事務所からもよくよく釘を刺されています。買い手候補からは厳しく見られるので、施策実行の目途は本社の事業部も含めてしっかりと詰めるつもりです。大変ではありますが、具体性の伴った施策の効果額を定量把握した上で、事業計画と一体で語ることで、事業計画数値に対する信頼性を高めることができるはずです」

藤原社長:「状況は理解した。とは言え、当社の商品の中には、顧客との長年の付き合いで受注しているものや、他の商品とペアで受注しているものもあるので、アクション方針を決める際にはそのあたりも踏まえた現実的な判断が必要になるな。重要な話なので、デビット会計事務所ともアクション方針をすり合わせることができたら、また教えてくれ」

安倍部長:「承知しました」

 

次の打ち手を用意しておく ― プランBの並行検討

その翌日、安倍部長は会議室でデビット会計事務所の聖徳氏・物部氏と向かい合っていた。なんでも買い手候補への開示用事業計画策定とは別に、考えるべきことがあると言う。

物部氏:「安倍部長、情報収集や現地社長とのミーティングの調整に奔走いただきありがとうございます。安倍部長のご協力のおかげで、今のところ順調に準備が進んでいます」

安倍部長:「とんでもないです。ところで、事前にいただいていたアジェンダで、今日は売却以外のオプションについて話があるとのことですが」

物部氏:「はい、それは仮に売却がうまくいかなかった場合に採り得る次善のオプション、すなわちプランBのことを指しています。時間をかけても売却がうまくいかずに頓挫した場合、マレーシア工場は貴社として事業継続が厳しいとのご判断を既にされていますから、次の選択肢としては自主清算を考える必要があります」

安倍部長は「清算」という重たい響きに眉をひそめて言った。

「しかし……今の段階からそこまで考えておく必要が果たしてあるのでしょうか?」

物部氏:「この段階で、あえてプランBを考えておく理由は2つあります。1つは、貴社内外のステークホルダーに対し、貴社が合理的な判断根拠に基づいて売却および売却条件の意思決定を行っていることを説明するためです。本件の場合はマレーシア工場が業績不振に陥っているため、ステークホルダーからは『悠長に売却交渉をしている場合なのか』『買い手候補が見つかったとしても値が付くどころか持参金を付けなければいけないのではないか』などという反応が出ることも想定されます。上場会社である以上、貴社にはそうした問いかけに対して十分に説明することが求められるのです」

安倍部長は神妙な面持ちを崩さない。

物部氏:「逆に申し上げれば、この点をクリアにして、清算するよりも売却の検討に合理性があることを説明することで、ステークホルダーの貴社に対する評価が上がるかもしれません。我々がこれまでに支援した案件の中には、不採算の子会社について持参金付きで売却した後、本体の時価総額が上昇した事例もあります」

安倍部長:「なるほど」

物部氏:「もう1つの理由は何より、売却活動がうまく行かず現実に自主清算に直面した場合に、それまでの検討を活かすためです。もちろんそうならないよう、われわれとしてはできる限り良い買い手を探すつもりですが」

不採算事業の売却の可能性を高めるアクション
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安倍部長:「わかりました。では具体的に何をすれば良いのでしょうか?」

物部氏:「まず清算シナリオにおける規制やステークホルダー面でのリスクを把握した上で、従業員告知や事業停止の時期といった前提を仮置きすることが必要です。次にその前提に基づいて清算時損益・キャッシュフロー、すなわち清算コストを試算することになります。清算コストの中には、資産処分・負債支払による損失の他に、たとえば従業員解雇手当の支払いやこれまで受領した補助金の返還といった一過性の費用も想定されます。これらの分析作業は弊社が行いますが、貴社には必要な情報収集、清算シナリオおよび清算コストに関するご確認、意見出しをお願いしたいと思います」

安倍部長:「それは大丈夫です。ただ、清算コストをどこまで精緻に見積れるか……」

物部氏:「今の段階では現地から入手できる資料も限定的ですので、随所に仮定を置いた試算に留まるかとは思います。ただし、清算シナリオにおいてかかる費用を把握することで、貴社として売却価格の下限値の目線を持つことができるため、大枠でも現段階から試算しておくことは意味があると考えます。」

売却の場合の「清算コスト」の意味 ~不振事業の株式売却価格の経済合理性の担保
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物部氏の力強い説明を受け、安倍部長は、「よくわかりました……なんとか現地の社長経由で情報を得られないか検討してみます」と応じた。

 

「第4回:買い手探索までに対応するべきこと」に続く 

 

*1 キックオフ会議:プロジェクトの開始時に、主にプロジェクト推進のためのプロトコールや留意事項の確認を目的として開催される会議

*2  Project Management Office(PMO):プロジェクト活動全般を取りまとめ、プロジェクト全体の課題解決とプロジェクトの目的の達成のために分科会活動(後述)から生じた横断的な課題解決の支援を行う機能)

*3 持参金:買い手から見た対象会社の企業価値がマイナスであるような場合に、取引成立のため、株式の譲渡に合わせて、売り手がマイナス部分の穴埋めに相当する金額を負担することを言う。(例:取引前に対象会社の増資を引き受けることによるキャッシュの注入、売り手が対象会社に対して有する金銭債権(貸付金等)の弁済免除等)

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ターンアラウンド&リストラクチャリング
マネージングディレクター 小川 幸夫
シニアアナリスト 池田 悠輔

(2023.12.14)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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池田 悠輔/ Yusuke Ikeda
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアアナリスト

総合系コンサル会社FAS(Financial Advisory Services)部門にてFA、バリュエーション、組織再編、株式報酬制度導入等の幅広いアドバイザリー業務を経験した後、2021年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社へ入社。当法人ではM&Aを起点とした事業のインオーガニック戦略策定、ハンズオンでの事業性評価、日系企業の海外子会社撤退支援等に多数従事。

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