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第3回 カーブアウトFS作成

事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~ある食品会社のケース

事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説するシリーズ。「消費者向け飲料事業」の今後の方針は決まったもののグローバルカーブアウト財務諸表の作成にある壁にぶつかる大仏食品の経営企画部長・安倍氏。安倍氏はどのように切り抜けるのでしょうか?


登場する企業・個人等は全て架空の名称です。

主な登場人物

大仏食品株式会社:東証1部上場企業(売上高:5,000億円程度)

  • 業種は食料品の製造販売であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業、業務用事業、ヘルスケア事業等を営む
  • 連結ベースの営業利益率は0.5%と、同業他社に比べてかなり低い状況
  • 業務用事業、ヘルスケア事業は堅調であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業は市場が成熟気味、特に消費者向け飲料事業は競争環境が厳しく低収益に陥っている
  • 過去、事業を多角化し、様々な会社を買収しており、組織機能の重複が激しい
  • PERは7倍と業界平均の20倍に比べかなり低く、PBRは1倍を切っており、市場からの支持は得られていない

藤原社長:大仏食品の代表取締役社長
安倍部長:同経営企画部長。藤原社長から特命事項があった場合に一心に対応しており、藤原社長からの信任が厚い
平部長:同経理部長
源部長:同人事部長
菅原部長:同「消費者向け飲料事業」の事業企画担当部長
 

デビット会計事務所

  • グローバルネットワークを持つ会計ファーム
  • 事業売却実務の知見・経験豊富である

聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品からの経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている
蘇我氏:カーブアウトBS担当パートナー
物部氏:事業計画担当パートナー
 

ハリウッド証券

  • 消費者向け事業の売却に関するファイナンシャルアドバイザー

 

難題のひとつーグローバルカーブアウト財務諸表の作成

「消費者向け飲料事業」の戦略オプション評価結果を取締役会に上申した。

その結果、「消費者向け飲料事業」は、外部への売却か、あるいは事業リスクをシェアし成長戦略を描けるようなリソースを持つパートナー候補を募っていく方向とすべき、と結論づけられた。

しかし、まだ方針が決まっただけだ。問題は山積している。「消費者向け飲料事業」のオペレーションは日本だけではなく海外も含まれており、海外売上高のほうが全体の比重は大きくプレゼンスもあるため、海外での買手候補のピックアップも重要になる。それ以前に、安部部長には、そもそも全体プロセスをどう構築して進めていくべきか、というところから想像がつかなかった。また、同社では事業セグメント別の収益管理を行っていて、「消費者向け飲料事業」も開示対象として財務数値は把握されているが、この数値はあくまでも開示用に集計されたものであり、以下のような点で対象事業の価値算定を進めるにあたっては調整しなければいけない点が多々存在するように思えた。

  • 「消費者向け飲料事業」を支えるバックオフィスに係る本社費は一律連結営業利益比で按分されているが、対象事業をサポートするという観点では人員数など別のKPIで按分すべきではないのか。事実、他の事業部門長からは収益性の低い消費者向け事業に本社費負担が少ないのは論理的ではないという指摘があり、社内でも見直す方向で動いていた
  • 「消費者向け飲料事業」にはミドルオフィスはあるが、バックオフィスはシェアードサービスとして分社化していることもあり譲渡対象にするわけにはいかない。この点はどうしたらいいのか
  • 「消費者向け飲料事業」のオペレーションには、他事業との取引が多数存在する。社内振替価格は原価をベースとしているが、譲渡後はどのように取り扱えばいいのか

そもそも素人目線で考えてもこれだけの論点がある。多分、まだまだ調整すべき点はあるように思える。事業計画にしても社内で承認されたものはあるが、譲渡することを考えると、これは作り直す必要があるのではないだろうか。

安部部長の心配は尽きない。なるべく早く、デビット会計事務所の聖徳氏とミーティングを持ち、具体的な提案をもらう必要があると思い、連絡を取った。

「消費者向け飲料事業を譲渡するという方針決定に至りましたが、ご存知のとおりこの事業はグローバルベースで展開しており、進め方が漠然としています。今日は、より具体的に、譲渡をどのように進めるのがよいのか、ご提案をいただきたく思いやってきました」(安部部長)

「ご相談いただき、ありがとうございます。まずは貴社社内の関係者の皆さんと共通認識を持つキックオフミーティングの設定をするとともに、譲渡範囲を確定させていくことが必要だと思います。また対象事業の評価に加えて、今後のDD(デューデリジェンス)対応のためにも消費者向け飲料事業に係るカーブアウト財務諸表と事業計画が必要なのですが、こちらはどのような状況でしょうか?」(聖徳氏)

「はい、まさにそのことを相談したかったのですが、カーブアウト財務諸表が必要だという話は理解しているものの、消費者向け飲料事業の実務やビジネスの流れが譲渡後に変わってしまうことや、バックオフィス機能の引継ぎがないことなどを考えると、具体的にどう進めていいのかよくわからなくなってきてしまったのです」(安部部長)

「なるほど、複数の国に事業を展開されているので、カーブアウト財務諸表の作成にもかなり労力がかかりそうですね。では、その点も考慮して、ご提案させていただきますので、よろしくお願いいたします」(聖徳氏)

「ありがとうございます。スケジュールですが、藤原社長からは来年3月末までに売却を完了しろ、と指示されていますので、ご提案に当たってはその点も考慮していただけますでしょうか」(安部部長)

聖徳氏は少し驚いたように見えた。
「安倍さん、だとすると急ぐ必要があります。本件はカーブアウト財務諸表を海外拠点も含めて作成する必要がありますので、それだけで少なくとも3か月はかかってしまいます。今は10月末ですので、買手候補先の探索などは同時並行で進めるとしても、3月末までの時間軸ではDDの実施およびDA(最終契約書)の締結に目途をつけるというのが精々ではないでしょうか。その後も譲渡の完了(クロージング)には特に諸外国当局の許可が必要となる場合があり、それはスケジュールを読むのが難しいので余裕をみておくことも必要です」(聖徳氏)

「そうですか……と言ってもご承知のとおり、当社社長のキャラクターを踏まえるとスケジュールは必達かと思いますので、何卒よろしくお願いいたします」(安部部長)

カーブアウト財務諸表の作成リード役である経理部長の憂鬱

その後、ハリウッド証券を正式にアドバイザーとして加え、全体プロセスを同社にリードしてもらう形でキックオフミーティングを開催することとなった。キックオフミーティングの席上、カーブアウト財務諸表の作成リードは平経理部長に決まった。

ミーティング後に、平部長の元気のなさが気になり、安倍部長は声をかけた。

「まずはカーブアウト財務諸表の作成と、それに合わせた事業計画の整理が大変ですが、よろしくお願いしますね」(安部部長)

平部長は「安倍さんは言うだけだからいいですよ」と弱く微笑む。

「たとえば、消費者向け飲料事業にはシンガポールを中心にした東南アジアと中国に主要拠点があり、それぞれが地域統括会社からシェアードサービスの提供を受けているじゃないですか。今授受している業務委託料は税務観点から適切なものに設定していますが、グループから抜けたらそもそもそこから受けていたサービスってどうすればいいんでしょう。継続は可能なのでしょうかね? その他にも考えることがたくさんある気がします。時差の問題もあるし、海外の人たちはなかなか言うことを聞かないし、レスも遅い。だからと言って月次決算は遅らせられないですし、来月は四半期報告書の提出もある。これと並行しながらカーブアウト財務諸表も作成しろとは、とんでもないタスクを振られたなと思っていますよ」(平部長)

「気持ちはわかります。デビット会計事務所の聖徳さんから、グローバルベースのカーブアウト財務諸表の作成の経験が豊富な人をアサインしてもらっているので早速実務ベースのキックオフをしましょう。もちろん私も入りますから」(安部部長)

平部長の様子を見て、安部部長は「しばらくは私がリードしないといけないな。平さんは仕事柄数字に目が行っているけど、本当は譲渡後の事業の絵姿がどうなるかを我々として決めて買い手に説明できるようにしておかないといけないんだよな」と内心思い、早速聖徳氏に連絡して、カーブアウト財務諸表作成のためのキックオフミーティングの設定を依頼した。

カーブアウト財務諸表の作成に当たってクリアすべき3つのポイント

数日後、

「安倍さん、平さん、事業部の皆様、お時間をいただきありがとうございます。ではカーブアウト財務諸表作成のためのキックオフミーティングを開催させていただきます。担当パートナーの蘇我から進めさせていただきます」(聖徳氏)

「よろしくお願いいたします。聖徳とは本件の状況をすり合わせております。では早速消費者向け事業のカーブアウト財務諸表の作成に当たってクリアすべき3つのポイントを説明させていただきます」と蘇我氏は快活に説明を始めた。

「一つ目はビジネスの流れの理解と本件後のビジネスの流れの変更ポイントの把握です。変更がある場合、それを前提として既存の管理会計の財務数値に調整を加えていくこととなります。これをプロフォーマ調整と呼びます。

二つ目はこの変更ポイントを把握するために必要なオペレーションの分析となります。今回は時間も限定的ですので詳細に入ることは難しいかと思いますが、グローバルベースのカーブアウト財務諸表を作成することとなるため、情報の入手がかなり限定的になるように思い、これをどのようにクリアするかが重要なポイントとなります。

そして三つ目は前述のとおり、海外拠点に係る情報の入手をどのように進めていくか、という点です。まずは事業と現状のビジネスの流れの理解を進めたく、事業部の皆様とは別途お打ち合わせを持たせていただきます」

「そもそもなぜ今我々が持っている帳簿の数値を用いるのはダメなのですか?」と平部長。

「はい、買い手は買収後に自社で取り込むことのできるフリーキャッシュフローがいくらなのか、ということを基に価値評価をしてきますので、ビジネスフローが変更され、取引条件が将来変更されるのであればそれを反映する必要があります」(蘇我氏)

「なるほど、ビジネスフローの変更や取引条件の変更は既にいくつか想定されるものがあるので別途相談させてください。次に情報収集についてもご相談なのですが、ご指摘のとおり、海外拠点には本件の存在をまだ開示しておらず、海外拠点からの情報入手は基本的に難しいのですが、どのように進めればいいかについてのアドバイスはありますか」(安部部長)

「グローバルカーブアウト財務諸表を作成する場合、海外拠点を直接的に巻き込めないことが多いです。その場合は日本で把握可能な情報に基づいて一定の前提を置いて作成を進めることとなります。この前提を置くに際しては、基本的には貴社からのご指示に基づいて決定していきますが、想定が難しい場合はご相談の上で一定の仮定を前提条件の一つとして設定するケースもございます。例えば、海外拠点との間で、ある製品の利益率に関する取引条件を譲渡後に変える場合に、明細が入手できず対象製品が製品群としてしか金額的に把握できない場合に、売上高比率が分かっていればそこから簡易的に粗利の額を按分調整するといった方法です。移転価格の問題も出たりしますので、そこもフォローが必要ですが、ここでは本論ではないので割愛しますね。」(蘇我氏)

「承知しました。聞くだけで大変そうですね。ちなみに、作成にはどの程度の時間がかかるものでしょうか。作成いただいたものに基づき、我々の方で調整結果を事業計画にも反映させなければいけないのですが」(安部部長)

「聖徳がお話ししたかと思いますが、3か月程度は見込んでいただく必要があるかと思います。というのは、まず情報収集を進めるのに相当な時間を要するというのが1点、またビジネスの流れを理解した後に、どう変わるのか、という点を貴社に意思決定いただくのに時間がかかるためです」(蘇我氏)

「やはりそうですか……。ご承知のとおり、社長からは3月末に譲渡を完了するようにと言われており、あと5か月しかないのですが……」(安部部長)

「そうですね……ここは聖徳からもコメントをもらえればと思いますが、カーブアウト財務諸表の作成にはどうしても時間がかかります。一方で当座を乗り越えようとして、ありものの数値を一旦出してしまうとそれが独り歩きしてしまい、その後に財務数値の差し替えが起こるとM&Aのプロセス全体が混乱するおそれがあります。そのため、スケジュールを見直せないかを、まずご検討されたほうが良いのではないかと思います。」(蘇我氏)

「そうですね、スケジュールという観点ですと、重要なポイントとしてはカーブアウト財務諸表にはスタンドアローン・コスト(M&Aによって、それまでの資本関係から受けていたメリット・機能が離脱後に受けられなくなる。そのマイナス部分を補うためのコスト)の反映が必要という点ですね。売却価格の目線を検討するにあたってはそれを一定のリスクとして織り込んでおく必要があるのですが、この検討にもかなりの時間がかかりますし、売り手の目線として買手候補にもその旨を伝達しておく方が後々の価格に関する期待ギャップを埋めて安定的なプロセスの運営が可能になります。ですので、社長のご要望の3月末までの譲渡の完了は実務的に難しいため、まず社長にその旨をご説明いただくことが必要なのだと思います。スケジュール感については我々からも説明させていただきますので。同時並行でまず依頼資料リストを作成しその準備から本社サイドで進めていただけますでしょうか。海外拠点とのコミュニケーションは別途相談させてください」(聖徳氏)

「承知しました」(安部部長)

「よろしくお願いします」(平部長)

その後、どうにかこうにかカーブアウト財務諸表の作成は進んでいく。海外拠点の巻き込みは、巻き込んだ拠点から情報が洩れて従業員の退職につながる可能性もあるのでやはり最小限にすべき、ということとなり、本社側が主導し、デビット会計事務所と共に作り上げていくこととなった。

*第4回「カーブアウト事業計画策定」に続く。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&Aトランザクションサービス
マネージングディレクター 清水 昭雄

(2022.4.5)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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