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第4回 カーブアウト事業計画策定
事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~ある食品会社のケース
事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説するシリーズ。消費者向け飲料事業のカーブアウト財務諸表の作成が軌道にのってきても、大仏食品の経営企画部長・安倍氏の胸のつかえは晴れません。「今ある事業計画は保守的な内容で投資家に魅力がないのでは?」と考えはじめたのです。
登場する企業・個人等は全て架空の名称です。
主な登場人物大仏食品株式会社:東証1部上場企業(売上高:5,000億円程度)
藤原社長:大仏食品の代表取締役社長 デビット会計事務所
聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品からの経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている ハリウッド証券
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今ある事業計画は保守的な内容で投資家に魅力がないのでは?
カーブアウト財務諸表の作成がやっと軌道にのってきても、安倍部長の胸のつかえは晴れなかった。確かに蘇我氏とは、今ある事業計画を前提にして、プロフォーマ調整(現在の事業構造を過去に遡及させる調整)を加えるという方針で握ったが、本当にそれでよいのだろうか。
なぜならば、現状の事業計画は数年前に出した中期経営計画策定段階の計画から近年の外部環境変化を反映させたものに過ぎない。本年度が新たな中期経営計画を策定する年度なので全面的に更新する予定であったが、消費者向け飲料事業の菅原部長にはカーブアウト売却の可能性も伝えてあるため、検討に本腰が入っていない。事業計画の未達成が何度も続き、そもそも保守的な前提で計画を出すようにと口が酸っぱくなるほど指示して作成されたものであるため、セグメント単位では赤字になっている部門・拠点も多く、しかも1年分しかない。
そんな数字で投資家に開示する事業計画として本当に大丈夫なのか、これでは魅力を感じてもらえそうにないし、たとえ感じてもらえても買い叩かれやしないだろうかと悶々とする中で再度、聖徳氏に相談してみることとした。
「現状カーブアウトFS作成に尽力いただいている中で大変申し訳ないのですが、対象事業の事業計画についても相談に乗っていただけないでしょうか」(安倍部長)
「承知しました。どのようなことでしょうか?」(聖徳氏)
「消費者向け飲料事業は、長年業績が厳しかったことに加えて、他事業と比べて予算達成率も芳しくない状況でした。ご存知のように、当社の人事制度では予算達成率に対する幹部評価のウエイトが高いものですから、計画は相当なリスクを織り込み、足元のコロナ影響も厳し目に見た単年度予算しかない状況です。それだけ石橋をたたいた数字なので、達成可能性は高いと言えますが、セグメント単位では赤字になっている部門・拠点も多く、投資家候補に足元を見られないか心配なのです」(安倍部長)
「なるほど、そういう話ですか。では、カーブアウト事業計画の担当パートナーである物部にお繋ぎしたいと思います」(聖徳氏)
堅牢なベースケースに加え、複数のシナリオを用意する
一両日で、安倍部長と物部氏の緊急ミーティングが招集された。
「いよいよ投資家に対するIM資料(企業概要書)の準備も進めなければならない時期なのですが、事業計画をどのようにするかというご相談です」と安倍部長は切り出した。
「投資家は、本事業に投資をしてどのようなリターンが描けるのか、何がボトムラインで、アップサイド・ダウンサイドは何か、さらに事業会社が買い手であれば事業シナジーを強く意識するでしょうし、投資ファンドであれば買収後にどれだけ収益改善の余地があるのか、投資期間終了後に適切な売却先を見つけられる事業であるかを意識することになります。そして、その前提となる数字が、事業計画であるわけです。投資家候補との価格交渉の基礎になりますので、保守的な前提の側面を強調する必要はなく、投資家にとって合理的な検討ができるように、ある程度堅牢と言えるベースケースを用意するとともに、アップサイド余地を盛り込んだアップサイドケース、非常に前提が悪化した場合に追加施策などを織り込んだコンテンジェンシーケースなど、複数シナリオを用意するのが常道です」(物部氏)
「事業計画の堅牢性とは保守性とどのように違うのでしょうか?」(安倍部長)
「投資家候補は、投資検討の際に、財務DD、事業DDの一貫で事業計画の内容を精査されますので、種々の精査に耐えられる内容要件を充足しなければならないということです。具体的には、以下のような項目が挙げられますので、チェックポイントとしてお使いください」(物部氏)
項目 |
内容 |
① 外部環境と整合的であること |
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② 過去実績と整合していること |
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③ 数値計画と施策内容が整合していること |
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④ 過去の施策効果と計画の施策効果が整合していること |
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「わかりました。さまざまな角度から見られるのですね。このタイミングで、事業部メンバーの関与を増やして計画を策定するわけにもいかず……」(安倍部長)
「事業KPIに紐つけて財務3表(財務モデリング)を用意し、どのような前提を置くと事業計画がどのように変化するかをシミュレーションしながら、計画水準を議論していくのがよいのではないでしょうか。また、数字だけではなく、いかに成長性や収益性についてストーリーをもって説明できるかもが重要です。過去業績が低迷していたが、それはなぜなのか、当該要因を取り除けるとすると、どのように計画をリバイスできるのかなどを力強く説明できることが必要です。場合によっては、スタンドアロン前提ではなく、自力では発揮できないが、スポンサーにサポートしていただけるならば、という前提で計画のアドオンを示すことも考えられます」(物部氏)
「ちなみに本件については、展開している国やエリアごとに別々に売却することも想定できるのですが、事業計画上どのような点に留意すればよいでしょうか?」(安倍部長)
「個々に売却した場合の各事業への依存度、影響を把握できるように、内部取引についても売上製品区分毎等で細かく分類して、計画策定することが必要になりますね」(物部氏)
「なるほど、社内の事業計画と発想を変えて作成した方がよさそうですね。ちなみに、現状の計画は1年しかありませんが……」(安倍部長)
「事業のライフサイクルにもよりますが、一般的に5年、中長期での成長が期待できる新規性の高いビジネスであれば10年程度の計画はほしいところです」(物部氏)
「今のままではだめだということがよくわかりました。緊急で関係者を集めて協議しないといけないですね」(安倍部長)
帰社後、安倍部長は早速、本件を認識している事業部の菅原部長と緊急協議をして事業計画策定の分科会を立ち上げることにした。時間とリソースの関係から、物部氏のチームにも一部協力してもらう形でのチーム編成である。検討を進めるうちに、投資家候補にどのように事業の魅力を伝えていけばよいのか、より理解が深まる気がした。
並行してカーブアウトFSの検討も進むため、プロフォーマ調整項目を計画に取り込み、ディール開戦に向けた準備は着々を進んでいく。
*第5回「DA交渉と価格調整・表明保証」に続く。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ターンアラウンド & リストラクチャリングサービス
マネージングディレクター 小川 幸夫
(2022.7.8)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。