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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下における買手による財務デューデリジェンスの現状
Financial Advisory Topics 第3回
M&A局面においては、そもそも買手は売手から開示された限定的な企業情報に基づいて投資判断をしますが、COVID-19が対象会社に及ぼした影響を定量的に分析し、将来見通しを想定することは、更に困難を極めます。財務デューデリジェンスからうかがえる企業の収益・費用・資金繰り等の現状を解説します。
I.はじめに
新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の蔓延拡大と一時的収束の周期を繰り返す中で、不確実性の高い状況が継続しており、多くの企業が試行錯誤を経て事業計画を策定している。M&A局面においては、そもそも買手は売手から開示された限定的な企業情報に基づいて投資判断をすることとなり、買手としてCOVID-19が対象会社に及ぼした影響を定量的に分析し、将来見通しを想定することは更に困難である。
II.収益の動向
所在国、業界、および製商品・サービスラインの展開等により影響の度合・方向性は異なるものの、多くの企業においてCOVID-19の蔓延拡大以前と以後とで業績の連続性が断絶している。例えば小売関連では、外国観光客によるインバウンド需要の激減に加え、国の方針(ロックダウン、営業や外出の自粛等)による人流減少が業績に与える影響も著しく、事業自体の季節性変動を凌駕するケースも散見される。過去に前例のない事象であり、各社が将来の業績回復(情報・通信・一部のテクノロジー企業等、業績が上向きであった事業においては成長の鈍化)のスピード感、規模感の見積りに試行錯誤しており、数回にわたる着地見通しの見直しや事業計画の改訂等、その苦労の軌跡も見受けられる。
財務デューデリジェンスにおいては、過去実績をベースに事業計画の発射台となる正常収益力を分析するが、COVID-19の収益への影響を定量化することは非常に難しく、幅のある議論となるのが実態である。COVID-19なかりせばといった数値に拘り試算することは、恣意性の介入余地が大きく、かつCOVID-19を背景に急速に浸透したリモート環境や、並行して高まる世界的なSDGs視点を含む行動変容も考慮すると、蓋然性のない結果となり、その意義も限定的となることが多い。それよりはニューノーマルな環境下での回復・変動状況を踏まえた蓋然性のある収益力を見極める必要がある。
実際に売手と買手とでCOVID-19の影響にかかる目線が折り合わないことを理由にブレークとなったディールもある。売手が、ロックダウン期間中の売上高は直近予算同等であったとし、ロックダウン明けの売上増加は実力値と主張した一方で、買手は少なくともロックダウン明けの売上増加にはロックダウン中に販売されていたであろう分も含まれているはずと考え、売手の説明に納得感を感じられず、投資決断をすることができなかったものである。
買手として正常収益力の蓋然性に裏付けを得るには、限られた情報下では進行期の分析や非財務情報と紐づけた財務情報の分析が平時よりもことさらに重要となる。所在国・業界によっては、感染者減少、各種措置緩和を受けて、足元で急速な業績の回復が見られている一方で、上述の例の様に反動増が含まれている可能性もある。ビジネスデューデリジェンスによる外部環境分析やワクチン先進国での同業動向分析との連携に加え、足元の速報値ベースでの週次業績の分析、直近30か月以上の月次情報を利用したRolling LTM分析(12カ月間業績推移分析)、確度別の受注状況(契約済・条件交渉中・見込等)の分析、非財務情報と紐づけた財務情報の分析(顧客国籍別客単価・ネット販売サイトへのアクセス数と紐づけた売上分析等)等により実現可能性の見通しを立てることや、一定のKPIを基にした感応度分析、シナリオ別影響分析により変動幅の当たりをつけることも有用と考えられる。また、平時では過去3期間とする分析対象期間をより長く設定し、長期的な業績推移を分析することも考えられる。
III.費用の動向
COVID-19が売上にマイナスに働いた企業では、懸命な費用削減施策が見られた。正常収益力分析の観点では、費用削減を一時的なものと継続的なものとに分類する。事務所や店舗の賃料につき賃貸人から一定期間の値引を受けている場合に一時的と分類すること等はわかりやすい。交通費、出張経費、交際費等の経費も一定の削減を達成しており、分析上の定量化も比較的あたりをつけやすい。一方で削減額のみで事業全体への影響を測ることが難しいものに、研究開発費、広告宣伝費、人材採用費、非正規社員の人件費等の将来の収益源泉となる裁量経費がある。中でも収益貢献に時差がある費用は、損益構造によっては進行期で業績赤字を黒字にできるほどのインパクトを持つ。研究開発費については、当社がM&A文脈で分析した企業では幸い大幅削減は見受けられなかったが、その他の上記費用を削減している企業は散見された。広告宣伝費のうち特定の製商品の販売に直結するチャネルを利用した活動は短期に収益へのインパクトを持つが、企業ブランドやイメージの創出効果等長期的な収益獲得の貢献度合については測り知れない。また、人材採用費削減や非正規社員の雇止めについても、業績回復と共に再開すると考えられるが、機会損失は推し測ることができない。実際、事業計画上で上記費用削減による影響を明示的に織り込んでいるケースはほぼ見られず、外部からその適否を検証するのは非常に困難である。実務上は価値算定上の割引率として考慮する、価格及び条件交渉材料とする等、いわば間接的な考慮要素となる。
また、工場停止期間中や店舗営業休止中の固定費を特別損失に計上している企業もある。特別損失に計上することで営業損益は改善するが、負担費用であることに変わりはない点、留意が必要である。
IV.資金繰りの動向
業績が悪化した企業の中には、資金繰りの逼迫している企業も多く、金融機関からの支援を受けるために様々な資金捻出施策を行っている。上述した費用(固定費)の削減に加えて、緊急性の高くない設備投資の先送り、特定の仕入先に対する支払留保、社会保険料の未払い、賃料の支払猶予、税金納付の延長申請等、多様な項目が挙げられる。これらの中には、損益計算書では把握できない項目があり、貸借対照表も平時と相違することを念頭におく必要がある。買手はM&A実行後の予期せぬ支出を避けたく、例えば設備投資ならCOVID-19以前に作成した設備投資計画と直近の計画を比較する、運転資本項目なら支払留保等で膨らんでいる負債額を正常な運転資本から除外するといった対応が考えられる。
V.その他
上記の他に、国、業界、企業特有の論点もある。例えば補助金や税務上の措置の種類は様々あり、幅のある会計処理(営業外収益計上や販管費のマイナス処理)も見られる。通常、公表情報や財務諸表勘定等のハイレベルな分析のみで識別されることは多くないが、詳細科目、明細レベルでの過去実績との増減比較分析で炙り出すことができる。
また、会計処理の適切性についても、今一度留意する必要がある。外部監査人の監査を受けている財務諸表は一定の適切性が担保されているものの、会計処理には見積りの要素が含まれるため、買手は買収後のサプライズを回避するために対象会社の判断の過程を詳細に理解し、M&A実行後のリスクを判断しておくことが望ましい。特に将来の収益性に基づいて評価を判断する資産項目は、『会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方』(第451回企業会計基準委員会)でも示されている通り、企業間で将来の見積りの前提が異なると想定される。COVID-19による業績悪化を前提とすると、売上債権の貸倒懸念、棚卸資産の滞留、固定資産の減損、投資有価証券の減損、繰延税金資産の回収可能性等を注視する。この点、多店舗展開型事業でほぼ全ての店舗売上高が減少している中でも、直近数年内に開業した店舗について2020年から2021年内に営業黒字化や投資回収を見込んでいたが、売上が想定通りに伸びず未だ黒字化や回収に至っていないものがある。減損要否判断の理解も必要だが、買収後の存続可否について検討すべことも考えられる。
IV.おわりに
COVID-19の蔓延拡大は多くの企業にとって想像を超える影響をもたらし、将来見通しを非常に困難にしている。その中で判断の拠り所となる情報はなんらかの過去(足元含む)実績に帰結し、利用価値の高い情報は、財務・非財務の過去実績を最適な切り口でアウトプットすることで得られる。それを可能にするのは対象会社のITインフラであり、デューデリジェンスに際して対象会社から必要な情報が開示されない要因がインフラの未整備に起因する可能性もある。企業を取り巻く環境のボラティリティは高まっており、買収後のITインフラ整備コストを考慮することも必要である。
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&Aトランザクション
シニアヴァイスプレジデント 本田 麻衣
(2021.11.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。