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人的資本経営の実装に向けた人権・人事の取り組み~2023年3月開示動向より

~従業員の人権編

ESGのS領域にあたる人的資本および人権に着目し、規制・開示に関する動向や全体感を整理しつつ、人事部門が主体的に主導的に取り組むべきイシューについて解説します。本稿は従業員の人権編として、人権・人的資本に関する規制・開示を巡る動向や経営における人権と人的資本の関係性、人的経営のフレームワークについて紹介します。

はじめに

本稿では、2023年9月7日に開催しましたサステナビリティ経営実装セミナーシリーズ(全4回)の第2回「人的資本経営の実装に向けた人権・人事の取り組み~2023年3月開示動向より」の内容をもとに、2023年3月期から義務化された有価証券報告書における人的資本関連項目の開示の各社動向や開示からの示唆を踏まえ、人権・人的資本の取組みの全体感、人事部門が主導的に取り組むべき人権・人的資本分野のイシューについて解説していく。

本編では、人権・人的資本に関する規制・開示を巡る動向や経営における人権と人的資本の関係性、人的経営のフレームワークについて解説する。

人権・人的資本に関する規制・開示を巡る動向

2021年6月に発表された改訂コーポレートガバナンス・コードでは、サステナビリティに関する開示規定が新設・改訂され、人的資本・人権に関する対応が求められている。

原則5-2「経営戦略・リスク管理」では、人的資本への投資等を含む経営資源の配分等に関し、具体的に何を実行するのかを株主に対し説明すべきとされている。すなわち、人に対する投資が新しく価値創造につながっていくことを認識し、経営戦略やリスク管理において考慮する必要があるという方針が示されたものである。加えて、原則2-3「社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題」の補充原則においても、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処置等への対応が、リスク減少・収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識すべきとの記述がある。また、原則2-4「女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保」の補充原則では多様な人材における育成方針、社内環境整備方針が重要視されている。

こうした背景を受け、2022年度以降、人的資本に関する開示のフレームワークおよび開示義務化が議論されてきた。内閣官房では、有価証券報告書に人的資本に関する19項目の記載の義務化が検討され、そのうち2023年にはダイバーシティに係る3つの指標の開示(女性管理職比率、男女賃金格差、男性育児休暇取得率)が義務化された。19項目のうち、今回義務化されなかった項目のなかには人権に関する開示項目(健康安全、労働慣行等)もあり、今後はこれらに関する開示も視野に入っていることに着目したい。

開示以外の側面における人権に関する動向としては、欧米を中心とした人権デューデリジェンスの義務化拡大が挙げられる。人権デューデリジェンス(人権DD)とは、人権への負の影響を特定・評価し、特定されたリスクを是正・軽減し、モニタリングしていくプロセスである。EUでは2022年2月にサプライチェーンにおける人権DDを義務付ける指令が提案された他、アメリカにおいても新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止する法律「ウイグル強制労働防止法」が2022年6月に施行されており、サプライチェーンにおいて人権に配慮する動きが進んでいる。

日本では、2020年10月に「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」が策定され、2025年までの行動計画のなかで人権DDの実施に言及している。しかしながら、2021年9月に経済産業省と外務省が連名で行ったアンケート調査の結果、国際社会に比べ、国内における企業の人権DDに対する対応の遅れが明らかになった。そこで経済産業省は、企業における人権尊重の取り組みを後押しするために、2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を、2023年4月に『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料』を策定している。今後も政府による人権DD促進に関する動向に注視していく必要がある。

人的資本経営および開示のフレームワーク

では、人権と人的資本がどのような関係性にあるのか、企業のリスクマネジメント業の価値向上の取り組みと合わせて説明したい。図1は人権・人的資本・サプライチェーン管理に関連する課題の関係性を図示したものである。人こそが企業価値の源泉(人的資本)とするならば、企業価値向上を行っていくうえでの土台となるものが、人権の尊重である。ハラスメント、差別の禁止等の人権リスク管理および権関連の取り組みを進め、その上で垂直展開としての人的経営の取り組みが初めて成立する。また、自社における人権の取り組みがあってこそ、その横展開として、調達先の人権侵害に関する取り組みへと発展的につなげていくことができる。

 

図2は人的資本経営および開示のフレームワークを示したものである。人的資本経営の戦略を考えるうえでは、経営戦略と人材戦略が連動していくことが重要と考える。実装フェーズでは定量的な指標・KPIの設定をし、指標に基づく人事施策をしつつ、指標管理のための情報収集を繰り返す。最終的には効果の定量分析を行い、効果分析での結果を新たなインプットとして戦略に活かすというサイクルを回しつつ、その進捗を外部のステークホルダーや社内に積極的に開示・コミュニケーションをしていく流れが求められている。なお、有価証券報告書において義務化された人的資本開示については開示動向編で詳しく解説している。

 

執筆者

有限責任監査法人 トーマツ
シニアマネジャー 新納 麻理佳

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ESGアドバイザリー
アナリスト 井上みゆ

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