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インパクト投資(インパクトファイナンス)の動向と展望~導入編

近年、投資による環境・社会への効果(インパクト)に焦点を当てる「インパクト投資」「インパクトファイナンス」に注目が集まっています。本稿では、原則・要件の明確化および定量化等を中心に、その動向と展望について解説します。

インパクト投資(インパクトファイナンス)とは

近年、投資による環境・社会への効果(インパクト)に焦点を当てる「インパクト投資」に注目が集まっている。

インパクト投資とは、財務的リターンと並行して「環境・社会的インパクト」の実現を意図する投融資であり、「インパクトファイナンス」とも呼ばれる。従来型の投資では財務的な観点でリスク・リターンを評価するが、インパクト投資ではそれらに加えて「インパクト」が評価軸となる。例えば、脱炭素に資するテクノロジーを有するベンチャー企業に投資する場合、インパクト投資では従来の判断に、「温室効果ガス排出量の削減」のような環境・社会的インパクトをどれだけ生み出すのか、ということを投資判断の基準に加えていく。

インパクト投資の残高は増加傾向にあり、2022年には全世界で1.2兆ドル、日本では5兆8,480億円と推計されている*1。特に日本においては前年比で約4.4倍と増加しており、インパクト投資が急拡大している。

図1:インパクト投資の残高推移

データソース:2019 Annual Impact Investor Survey | The GIIN、2020 Annual Impact Investor Survey | The GIINGIINsight: Sizing the Impact Investing Market 2022 | The GIINGSG国内諮問委員会『日本におけるインパクト投資の現状』(2019)『日本におけるインパクト投資の現状と課題』(2020-2022)

 

インパクト投資(インパクトファイナンス)の意義

社会にとっての意義

国際社会は目下、SDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラルといった喫緊の課題に直面している。こういった課題を解決するためには巨額の資金が必要であり、例えばSDGs達成のためには途上国だけでも2.5兆ドルが不足しているとの推計がある*2ほか、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて世界で2030年までに年間4兆ドル投資が必要とされている*3。こうした資金ギャップを埋めるため、インパクト投資による民間資金動員が大きな役割を果たすと期待されている。

投資家にとっての意義

投資家にとってインパクト投資は2つの観点から意義がある。1点目は責任投資の観点である。2023年8月現在、国連責任投資原則(PRI)の署名機関は5,000を超え*4、投資にE(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)を組み込み、その活動状況について年次報告を行っている。投資家がESG課題に責任をもちながら投資を行うことが主流化しつつある中、PRIは国連開発計画(UNDP)が設立したSDG Impactに参画し、SDGsに関連した社会課題解決の加速化に貢献するインパクト投資を推進している。今後はPRI署名機関に対しても、インパクトを考慮した投資判断が求められていく可能性がある。

2点目は新たな投資/事業機会としてとらえる観点である。先述の通り、SDGsやカーボンニュートラルといった地球規模の課題解決にむけて現状莫大な資金ギャップが存在するが、これはすなわち投資や事業の機会であるととらえる投資家も出始めている。

資金調達を行う企業にとっての意義

資金調達側の企業にとっては、インパクト投資は自らの事業の非財務的価値を財務的価値に結び付ける機会であると考えられる。従来のESG投資においては投資家が投資先企業のESGの取り組みを評価することが主流であったが、インパクト投資においては投資先企業自らがその環境・社会的なインパクトを資金調達につなげることが可能になる。

 

動向①:原則・要件の明確化

海外の動き

インパクト投資は取組主体、地域、投資対象が様々であるが、その方法論についてはいくつかのフレームワークおよびイニシアチブに収れんしつつある。

インパクトの測定・管理・報告に係る重要事項や方法論について世界的な統一基準形成を目指す動きとしてはインパクト・マネジメント・プロジェクト(IMP)がある。IMPはどのような活動にも人および地球環境へのインパクトがあることを前提とし、そのインパクトを5つの側面(What, Who, How Much, Contribution, Risk)から把握・評価することを提唱している。この5側面は、グローバル・インパクト投資ネットワーク(GIIN)が開発・運営しているインパクト測定・管理のためのオンラインツール「IRIS+」でも活用されており、幅広い取組主体および投資対象において利用可能である。

機関投資家や金融機関に参照されることが多いものとしては、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)のポジティブ・インパクト金融原則が挙げられる。これは環境・社会・経済の3側面についてポジティブ/ネガティブの両面からインパクト評価を行うことを定めており、金融において「ポジティブ・インパクト」を創出するための共通原則として位置づけられている。

この他、国際開発機関である国際金融公社(IFC)は、インパクトの観点を投資のライフサイクル全体に意図的に組み込むことを目指して「インパクト投資の運用原則」を定めている。この原則は多くの機関投資家・金融機関に採用されており、署名機関数は170を超えている(2023年10月25日現在)*5。

投資家側における開示義務化の動きもあり、インパクト投資の取り組みが先行するEUにおいて注目すべき動きは、2021年3月に施行されたサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)である。SFDRは投資プロセスにおけるサステナビリティ関連開示の透明性および説明責任の向上を目的としたEUの規則であり、EU以外の金融機関であってもEUの投資家に金融商品を販売している場合は規制対象となる。

また、SFDRは金融市場に参加する事業者レベル、および金融商品レベルの2段階で、社会・環境面の開示を義務付けている。特に金融商品レベルにおいては、各金融商品をESG投資の度合いに応じて分類しそれぞれ開示すべき事項が定められており、インパクト投資をうたう金融商品はこのうち最も要求水準が高い「第9条ファンド」に該当すると考えられる。「第9条ファンド」は契約前の開示において、金融商品が目的とする「持続可能な投資」をどのように達成するのかという説明を含まなければならないとされており、インパクト投資をうたう金融商品を取り扱う金融機関はその投資の持続可能性に関する透明性の高い開示を求められている。

国内の動き

国内では金融庁サステナブルファイナンス有識者会議に「インパクト投資等に関する検討会」が設置されているほか、環境省もESG金融ハイレベル・パネルの下にポジティブインパクトファイナンスタスクフォースを設置し、インパクト投資の拡大に向けた方策について議論している。

直近の動きとしては、2023年5月に金融庁がインパクト投資に関する「基本的指針」の案を公表した。この「基本的指針」にはインパクト投資に必要な要件が記載されており、対象は取組主体、投資対象ともに限定されていない。また、対象となるアセットクラスについても限定されておらず、融資も含むものとされている。

また、2023年7月には金融庁・GSG国内諮問委員会共催「インパクト投資に関する勉強会」が『デットにおけるインパクトファイナンスの考え方とインパクト測定・マネジメントガイダンス』を公表し、債券・融資におけるインパクトファイナンスの実践的な内容について解説している。

図2:国内省庁による主要なガイドライン

参照:各省庁ガイドライン

 

動向②:インパクトを定量化し財務と統合する動き

先述の通り、環境・社会的インパクトを投資/事業の機会としてとらえる投資家や企業が増えるにつれて、その意思決定において環境・社会に対するインパクトを定量化し、企業価値に反映することが検討されることも増えている。例えば、企業活動から生じた社会的価値を定量化して投資対効果を測る指標として社会的投資収益率(SROI: Social Return on Investment)がある。

SROIは、ある活動から生み出されるアウトカム(活動により得られたポジティブな成果ないしは活動により回避できたコスト等)を金銭価値換算することで、投資額に対するリターンを検証可能にする。SROIを経営の意思決定や投資家向け情報開示の場面で活用する企業は国内外で増えており、非財務的価値を財務的価値に結びつける手法として拡大しつつあるといえる。

 

今後の展望:企業および投資家/金融機関に求められる対応

インパクト投資の拡大につれてそのメソドロジーが一定程度確立しつつあるなか、投資家や金融機関がインパクト投資に取り組む土台は整ってきていると考えられる。インパクト投資を新たな「機会」として活用するために、企業は自社事業によるポジティブ/ネガティブなインパクトについて透明性をもって把握・定量化し、投資家や金融機関に訴求することが有効であると考えられる。他方、投資家/金融機関としては、確立しつつあるメソドロジーを活用しながら投資に際するインパクト評価およびモニタリング等の透明性を高める体制を整備することにより、真にインパクトのある事業に対する資金の流れ作りとともに投融資基準の改良や優先劣後の判断に役立ててゆくことが必要であると考える。

 

参照

*1:GIIN, ” Sizing the Impact Investing Market 2022”およびGHG国内諮問委員会『日本におけるインパクト投資の現状と課題(2022)』

*2:UNCTAD, “World Investment Report 2014”

*3:金融庁・経済産業省・環境省『産業のGXに向けた資金供給の在り方に関する研究会 施策パッケージ(令和4年12月)』

*4:PRIウェブサイトにて確認(2023年10月25日)

*5:インパクト投資の運用原則ウェブサイトにて確認(2023年10月25日)

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ESGアドバイザリー

シニアヴァイスプレジデント
藤木 由実

シニアアナリスト
菅井 晴子

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