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企業の変革には右脳と左脳、両軸のアプローチが必要だ

【博報堂デザイン×DTFA共催セミナーレポート】

社会や競争環境が大きく変わり続ける中、企業を本当の意味で変革するためには何が必要なのでしょうか。博報堂デザインとデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(DTFA)は、これまで培ってきた両社の強みを活かしながら、こうした課題への解決策を共に探究しています。博報堂デザインの永井一史氏と山口綱士氏、DTFAの伊東真史と栗原隆人が両社の事例を交えながら、「ブランディングによる企業変革」について語り合いました。

※本稿では2023年2月22日に行われたオンラインセミナー「企業変革を成功に導く要諦 これからの時代に求められる社会実装のためのブランディング」の模様を一部抜粋してお届けします。

<登壇者>

※肩書は当時

永井一史
株式会社 HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長
アートディレクター/クリエイティブディレクター

山口綱士
株式会社 HAKUHODO DESIGN 取締役
ビジネスコンサルタント

伊東真史
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー
ライフサイエンス・ヘルスケア統括、イノベーション統括

栗原隆人
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター
ブランディングアドバイザリー

(左から)山口綱士氏、永井一史氏、伊東真史、栗原隆人

■アウター/インナーを一貫させるブランディング

山口
今回のオンラインセミナーでは、ブランディングによる企業変革の手法や効果について、DTFAと博報堂デザインの業務事例から考えていきたいと思います。まずは博報堂デザインの永井さん、博報堂デザインの業務事例紹介をよろしくお願いします。
 

永井
ブランディングは従来、顧客との関係性をつくるアウターブランディングを中心に考えられてきました。しかし、ここ10年で社内向けのインナーブランディングの重要性も言われるようになり、仕事の依頼をいただくことが増えました。今のブランディングにはアウター/インナーのどちらかではなく、パーパスによってその両方を一つの線で結ぶことが求められていると感じています。

業務事例の一つめは、400年以上の歴史を持つ老舗の寝具メーカー「西川」です。博報堂デザインは、2019年に行われた同社のグループ再統合に伴うリブランディングを担当し、コーポレートロゴなどのデザインだけでなく、パーパスの再定義から提案させていただきました。

寝具メーカーとしての「ふとんの西川」から「睡眠ソリューションの西川」へ。現代のウェルビーイングの文脈を考えたときに、質の良い睡眠は非常に重要です。「より良い睡眠を通じて、より良く生きることを支える」というパーパスを打ち出すことで、長く培ってきた自社のコアバリューを時代の変化に応じた強みへと変化させていく狙いがありました。

そうした「新しい西川」の姿を、コーポレートロゴや店舗のデザイン、社内向けの発信まで、すべて一貫した世界観に落とし込んでいきました。

次の業務事例、国内アパレル大手の「アダストリア」では、グループ全体で約2万人ものスタッフを、リブランディングによって、いかに事業変革の推進者に変えていけるかという課題をいただきました。

そこで同社にもともとあった「Play fashion!」というスローガンを、社員一人ひとりがコミットできるミッションとしてアップデート。社員一人ひとりがファッションの仕事を通じてどのようなワクワクを世の中に創造していきたいのか、その実現に向けた具体的なアクションをカード(「Play fashion!カード」)に一年ごとに書いてもらう施策を導入しました。これは人事評価制度に新たな体験を持ち込み、会社のミッションを単なる言葉としてだけではなく、自分ごと化して感じてもらう狙いがあります。

また、Play fashion!カードは社員一人ひとりに書いてもらうだけでなく、チーム内で発表しあったり社内SNSで発信するなど、全社で共有していくための仕組みも導入しました。社員全員がミッションに基づく目標を共有しあうことで、社内にアクティブな意識変化が生まれ、その後同社では、「Play fashion!」を合言葉としてさまざまな新商品や新規事業が生まれています。

このように我々はブランディングにおいて、一貫性を大切にしています。それはカタチのデザインだけではなく、アウター/インナーのすべてのタッチポイントで、企業に固有のストーリーを反映させることです。そうすることで、どこをどう切り取ってもその企業らしさが見えてくる。そういった強いブランドづくりのお手伝いをさせていただいています。
 

栗原
「Play fashion!カード」の「Play」が手書きになっているところが、社員一人ひとりの自由な発想や遊びを感じられて良いですね。

コンサルティングの分野では、新しい制度設計を導入する際、決まった型にはめることを「洋服に手足を合わせる」と言うことがあります。もちろん、事業変革においてお決まりの型にはめることも重要ですが、そればかりだと新しい発想が生まれる余白がなくなりがちです。

イノベーションを生むためには、社員一人ひとりが自分たちで考え、動いてもらうことが欠かせません。その余白を生むための仕掛けが、このようなツールにも反映されているところにクリエイティブの力を感じました。

■M&Aにもブランディングの視点が求められている

山口
続いて、DTFAの伊東さんから業務事例のご紹介をお願いします。
 

伊東
DTFAはデロイト トーマツ グループの中でも、M&Aなど財務の専門家を中心とした会社です。その中で、私たちはブランディング・アドバイザリーというチームを作り、新しいサービス領域の拡大にチャレンジしています。

もともとDTFAは、論理や経済合理性を重視する左脳的な人が多い集団です。なぜその中で右脳的な感性が要求されるブランディングのチームを立ち上げたのか。それは、昨今のクライアントの悩みには左脳的な発想だけでは寄り添いきれないのではないか、と感じたからです。

博報堂デザインさんと協業させていただいて半年ほどが経ちましたが、その仮説は正しかったと思っています。今やM&Aのような経済合理性の追及が求められる分野でも、ブランディングの重要性が浮上しています。

一つめの事例は、「買収候補先企業のブランドを理解してベストオーナーに」です。A社が、魅力的なブランドを持っているB社の買収を行いました。このとき、実はA社よりも高い金額を提示した企業がいたのですが、A社が何よりもB社のブランドDNAを高く評価しA社の事業と親和性があると熱心に問いたことで、B社はA社に買収されることを決めたのです。

このケースは我々にとって驚きでした。M&Aは基本的に経済合理性が重要視される世界です。より高い金額を提示した企業が買収する。しかし、そういった経済合理的な判断基準だけでなく、より中長期的な視点から買収の是非を決める考え方が世の中に生まれ始めており、実際のディールにも反映されています。

次の事例は、「JV(ジョイントベンチャー)設立におけるシナジー加速の発現」です。複数の企業が、業界の課題解決のためのJVを合同設立することに。しかし、そこで株主となる企業は、互いに規模が異なります。その際、例えばブランドの命名権などは誰が持つのか。あるいは利益分配はどのようにするのか。そういったことが議論の焦点になります。

従来であれば、最も金額を出資した企業が大きな決定権を持ちます。しかしこのケースでは、マジョリティとなったC社から「株主が集まってブランド名を考えるワークショップを行いたい」という申し出がありました。つまり、出資比率とは関係なく、株主が合同で議論したいとおっしゃったのです。

ワークショップを開催することで、ブランド名を考えるだけでなく、このJVを今後どのように運営していきたいのかなど、各株主の事業に対する思いにまで議論が及びました。そうしたことで本当の意味でのインクルージョンを図ることができ、船出の段階からそれぞれの意識がそろった状態で運営に乗り出すことができたわけです。

こうしたM&Aにおける変化は、必然だと思います。もはや今の企業は、数字を議論するだけでは、社会に対する責任を果たしたり、社会からの信頼を得ることが難しい。左脳的な発想だけでなく、右脳的な発想によって人々の心を動かすこともしていかなければ、社会実装にまで至ることができないと感じています。以上がDTFAがブランディングという新しい領域に挑戦している理由です。
 

永井
大変興味深い事例です。買収の話で金額よりもブランドに対する熱意が評価されたとありましたが、買収の提案の際にはブランドのどのようなところを評価したと説明されたのですか?
 

伊東
ブランドの評価は定性的な部分が大きいですが、その事業がどのような思いで生まれ現経営陣がいかに守ってきたのか、というストーリーを重点的に見ました。経営陣に対するインタビューでも、通常は財務についての質問が主になるのですが、このときは「思い」を中心に伺いました。そのコミュニケーションのやり方自体も評価してくださったようですね。

■パーパスを最大公約数的な表現にしないために

山口
ありがとうございました。それでは「これからの時代、企業は本質的な事業変革やブランディングにいかに取り組むべきか」という点について、これまでDTFAと博報堂デザインが交わしてきた議論をご紹介します。

まず、前提となるのは市場環境の変化です。先が読めない不確実な世の中で、企業は今や社会課題にも向き合っていかなければなりません。また、あらゆる企業がDXにも対応していかなければならない。もはや前年踏襲型の経営では限界が来ています。

そうした中で事業変革を成功に導くためには、社会の変化に合わせるだけでは不十分です。このような社会を作っていきたい、そのために事業をこのように変革したい。強い意志を持ち、激しい変化に対応するためスピーディーに動いていくことが重要だと考えています。
その際、大切な視点は「構造と共感」の両軸で変革に取り組むことです。

戦略としてのビジネススキームの構造をしっかりと作り上げるとともに、感情に訴える共感の部分も同時に検討して重ね合わせていく。まさにパーパスやブランドストーリーです。これらをバラバラに考えるのではなく、相互作用があるように両軸を動かしていくことが、これからのビジネスにおいて欠かせないのではないでしょうか。
 

栗原
こうした議論をクライアントも交えて行っていますが、「そうはいってもパーパスと実際の事業活動がうまく結びつかない」「パーパスに基づく社外との連携がうまくいかない」といった声が課題としてよく聞かれます。

例えば、「食品メーカーの枠組みを超えて世の中を変える」というパーパスを規定した企業がいるとします。しかし役員の方々と話をすると、今後のビジネスモデルを考える以前に、各役員が思う「超え方」のイメージが異なっているんですね。しかも最後に社長に話を伺うと、各役員の発想は現状の事業の延長線上でしかないとおっしゃる。こういったことがよくあります。

実感されている方も多いかもしれませんが、パーパスをいざ作ろうとすると、非常に抽象的で最大公約数的な言葉になってしまう。解像度を上げていくためには、ビジネスの実態がわからないとできません。
しかし、役員ごとに担当する部署が違うなどうまく連携していない。すると、バトンを渡していくように言葉のリレーをする中で、どんどん解像度が落ちていってしまう。コピーを繰り返すたびに写真の画質が劣化するようなことが起こります。本質的な事業変革やブランディングを実装していくためには、概念を実際の事業にまで落とし込んでいくことが重要です。
 

山口
博報堂デザインはパーパスの再定義からブランディングのアプローチに取り組むことが多いですが、パーパス・ウォッシュという言葉があるように、パーパスが絵空事ではなく実効性がある内容なのか検証しながら考えることが必要です。
 

永井
パーパスは事業をリフレームするための一つの手法です。だから、概念に事業が紐付かないとそもそもパーパスを再定義する意味がない、という認識を持っています。

■人の集合体である企業は制度設計だけでは変わらない

栗原
戦略を実際に動かしていく段階では、次のような課題も聞かれます。「従業員エンゲージメントが大事なのにうまくいかない」「急激な社会変化のスピードに追いつかない」「統合後の企業文化の違いによって、実態としての統合が進まない」。
 

山口
企業の中にはさまざまな部署があり、事業変革のためには、それらが一体となって動かなければならない。しかし、一体で動く重要性はわかっていても、なかなかうまくいかないという課題は多いですね。
 

栗原
事業変革のために制度設計は非常に重要です。しかし、それだけでは会社は変わりません。もっと言うと成長していかない。ブランディングの話でもあったように、アウターだけでなく、インナー向けに文化や価値観を作っていくことも必要になってきます。

これは博報堂デザインさんとの取り組みで強く感じていることですが、企業は人の集合体なので、左脳的なアプローチだけでは限界がある。感情に訴える右脳的なアプローチによって、社内外に共感を呼ぶことが重要になってきます。この両方があると事業変革はスピードアップできるのではないか。バトンを途中で落とすことなく、精度高く推し進めることができるのではないかと考えているところです。
 

伊東
こうした課題はどんな企業でも変わらないと思います。だからこそ、ここで示したアプローチによって、その課題をクリアできるか挑戦していきたいのです。博報堂デザインさん、今後ともよろしくお願いします。
 

永井
正直、DTFAさんとご一緒する前は、もっと左脳的な集団かと思っていました。しかし伊東さんたちも、今はそこから踏み出すことが重要だと感じていらっしゃる。私はデザイナーという立場なので、普段は原理主義的に「感性が大事です」と言っていますが、これは左脳的なアプローチはいらないというわけではないんですね。どちらも大事ということです。この両方のハイブリッドで経営を考える議論はあまりされてこなかったと思います。今の時代に求められている発想はここにあると確信していますし、とてもワクワクしています。

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