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STO - ブロックチェーン技術を活用した新たな資金調達手法が金融業界にもたらす可能性
STO(Security Token Offering:セキュリティ・トークン・オファリング)とは、ブロックチェーン技術を活用したデジタル証券による資金調達手法です。株式や債券などの上場取引、クラウドファンディングに次ぐ新たな資金調達手法として、事業主および新たな投資機会を探る投資家の双方から期待されています。
資産に裏付けされたデジタル証券
2017年頃、ビットコインに代表される暗号資産の市場価格高騰とともにICO(Initial Coin Offering)という実態価値のないトークンを販売する資金調達手法が流行しました。当初、新たな資金調達手法として注目を集めたものの、日本をはじめ世界各国での法規制が整備されておらず、結果として詐欺まがいの事案が多数発生し、今日ではICOそのものに対する規制が強化されるようになりました。
一方で、STOは不動産や権利(特許や著作権)などの実在する資産をデジタル証券化したものであり、法規制に準拠した資金調達手法です。投資商品の安全性はもちろん、KYC(Know Your Customer)やAML(Anti-Money Laundering )といった投資家の信頼性や取引の透明性も、既存の金融商品と同等に担保されると考えられています。
ブロックチェーン技術の特徴
STOにおいて利用されるブロックチェーン技術には①透明性、②信頼性、③効率性の3つの特徴が挙げられます。
① 透明性
ブロックチェーン技術は分散型台帳技術とも呼ばれる通り、従来の中央機関やサーバ管理者を持つような中央集権型のシステム構造ではなく、全ての参加者が同じ情報を共有・活用する仕組みです。そのため取引履歴を改ざんすることが難しく、サイバーセキュリティ面で堅牢であることが示されています。金融商品取引システムのような高い信頼性を要求されるシステムでは非常に親和性が高いと言えます。
② 信頼性
上述の通り、全ての参加者が同じ情報を共有する仕組みであるため、一部のノード(コンピュータ)が故障しても、他の参加者のノードが稼働することによって、処理を継続することが可能です。また障害の発生したノードを復旧させた際も、最新の情報を共有する仕組みであるため、信頼性の高いシステムが構築できます。
③ 効率性
ブロックチェーンでは、契約を自動実行するスマートコントラクトという機能を実装できます。ブロックチェーン上に構築されたSTOプラットフォームでは、スマートコントラクトを活用することで株式の配当の支払いや議決権の行使、債券の利払い等の権利行使機能を実装することが可能になります。従来のシステムでこれらの機能を実装する場合にはアプリケーションサーバが必要となりますが、スマートコントラクトで補完できる場合には不要となり、システム基盤コストの削減が可能です。また、人手によるオペレーションを自動化することにもつながるため運用コストの削減も期待されます。
STOが変える社会
STOは、これまでの証券市場では実現できなかった24時間365日の取引や、同日中の決済処理が実現可能となります。取引時間の制約がなくなることで、世界各国の投資家が参入する可能性も高まります。投資機会の拡大から、投資家にとって魅力的な市場形成へと成長することが期待されます。
また、不動産や美術品といった物理的に分割して保有することができない資産の所有権を、分割して保有することも可能になります。新たな投資資産の拡大により、投資家層が拡大する可能性も高まります。
世界の動向
2019年12月時点では、STOの事例が最も多いのは米国、スイス、英国の順で10ヵ国以上で実施されています。必要な資金の一部だけをSTOによって調達するケースなど、概ね数億円から数十億円程度の資金調達としては比較的小規模な案件が多く成功しています。アジアではシンガポール、香港のように既にSTOの事例がある国や、タイのように法規制の整備を進める国がある一方で、中国、韓国、マレーシアはICO同様、STOを禁止する法律となっています。
注目される日本市場
国内では、2019年5月に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」により、新たに「電子記録移転権利*1」という概念が導入され、配当・投資を目的として発行されるトークンが電子記録移転権利としての適用対象となることが明確化されました。これにより、セキュリティトークンが金融商品取引法下の「証券」であると定義され、従来の金融および投資の形態と同じ金融商品として取り扱われるようになります。また、大手金融機関を中心としたコンソーシアムが複数立ち上がり、小口化、大衆化に注目が集まっていることから、個人投資家まで裾野を広げた新たな投資ビジネスの幕開けが期待されています。
今後の展望
ブロックチェーンの特性を活かした新たな資金調達手法の登場は、金融ビジネスを中心に、経済そのものに変革を与える可能性があります。また、企業の資金調達のみならず、地域社会における開発プロジェクトにおける資金調達でも活用が広がり、地域社会の活性化にも発展していくことが考えられます。上述の改正法令が2020年6月に施行されるにあたり、より多くのビジネス機会が訪れることは間違いありません。
*1 セキュリティトークンのことを法的には「電子記録移転権利」と呼ぶ