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経営トップからの質問にどう答えるか KAM(監査上の主要な検討事項)に関する12の想定問答
(月刊誌『会計情報』2019年12月号)
本稿では、ある上場企業の経営トップから受けたKAMに関する質問について、公認会計士が回答する書簡の形式を借りながら、経理部員がKAMに関して経営陣にどのように説明するか、その一例を紹介することとしたい。
著者:公認会計士 結城 秀彦
本稿では、ある上場企業の経営トップから受けたKAMに関する質問について、公認会計士が回答する書簡の形式を借りながら、経理部員がKAMに関して経営陣にどのように説明するか、その一例を紹介することとしたい。
まずは、下掲の書簡の冒頭部をお読みいただき、Q1~Q12の質問・回答、そして19頁の書簡の結びまで目を通していただけたら幸いである。
(図表1) KAMに関する公認会計士からの回答
2019年x月xx日 T先輩 なお、私は貴社の財務諸表監査を担当しておりませんが、特定の取引等における監査基準の適用に関するご質問ではないことを踏まえ、一般論として回答させていただくこととします。ただし、特定の状況を念頭に置かずにお伝えしますので、必ずしも貴社の状況に則していないことがあるかもしれません。そのような場合、以下の内容については貴社ご担当の監査法人への照会をお勧めすることをあらかじめお断りしておきます。 |
<Q1 KAMの概要>端的に言ってKAMとは何か? |
KAMとは、端的にいえば、監査の重点事項のうち、特に重要と判断した事項であると考えられます。以下に説明させていただくとおり、わが国の監査は、財務諸表を広く押し並べて監査するのではなく、リスク・アプローチに基づき、リスクを中心として監査の重点事項を定めて行います。監査の重点事項については、監査役等*1、貴社のような監査役設置会社においては監査役に伝えることとされています。KAMは、そのような監査の重点事項のなかで特に重要と判断した事項を記載します*2。
なお、2018年7月に企業会計審議会から改訂公表された監査基準では、KAMの記載にあたっては、監査人が監査役等に対して行う報告内容を基礎として、当該財務諸表の監査に固有の情報を記載することが重要であるとされています。従来からの監査報告書はどこの企業に関するものを取っても同じ文言で紋切型の内容となっており、他の企業と異なることが記載されていれば何か通常でないことが記載されていると考えられました。ところが、KAMが記載されるようになると監査報告書においてKAMの記載内容は個々の企業ごとに異なり、その企業の実情に則した個性的な内容の記載が見られるのが通常となり、むしろ他の企業と全く同様のKAMが記載されているほうが通常ではないということになります。
監査人の間では、KAMの記載にあたっては「ボイラープレートな記述は避ける」ということがよくいわれています。従来の監査報告書は、何か紋切型の鋳型や様式にはめ込んで決まり切った形に作成されるという意味で、ボイラープレートであるといわれているようなのですが…。T先輩、ボイラーを作るための鋳型なんて見たことありますか?
<Q2 事業リスクそのものを示すわけではない>KAMは財務諸表の重要な虚偽表示リスクを取り上げて記載することがあると説明を受けているが、リスクという以上、企業にとってネガティブな事業リスクに係る情報を監査人が注意喚起することになるのか? |
誤解されているようですが、KAMは事業リスク(とくに事業損失が生ずる可能性)そのものを示すものではありません。事業リスクに関連して生ずる会計処理に重要な誤りが生ずる可能性が高く、財務諸表に重要な虚偽表示が含まれるリスクが重要な虚偽表示リスクです。KAMは、重要な虚偽表示リスク又はその他監査の重点事項のうち、監査人が特に重要と判断した事項をいいます。
監査において想定しているリスクとは、財務諸表において重要な虚偽表示が発生する可能性を指します。この「虚偽表示」という語は、その語感から「不正」によるもの、「わざと」引き起こされる財務諸表の誤りのみを指しているように誤解されがちですが、「うっかりと」引き起こされる財務諸表の誤り、「誤謬」も含め、財務諸表の誤りを総称するものです。また、重要な虚偽表示リスクは、あくまで監査人が監査を実施するうえで仮定する財務諸表の誤りの可能性であって、財務諸表に誤りがあるという事実そのものではありません。
わが国における一般に公正妥当と認められている監査の基準のもとでは、リスク・アプローチに基づく監査の実施が想定されています。リスク・アプローチに基づく監査においては、重要な虚偽表示リスクを識別せずに監査が実施されることは通常想定されていません。言い換えれば、どの企業の監査においてもその企業の実情に則して重要な虚偽表示リスクを仮定して監査が行われます。重要な虚偽表示リスクは、たしかにネガティブな発想に基づくものですが、監査が実施される場合にはどの企業においても識別される仮定であり、ご心配になるような非常にネガティブなものではないと考えられます。
<Q3 KAMを記載する意義>KAMというのは、財務諸表に重要な誤りが含まれていることを警告する情報(アラート情報)なのか? |
リスク・アプローチに基づく監査においては、識別された重要な虚偽表示リスク、すなわち重要な虚偽表示が生じる可能性のある事項に対して、実際に重要な虚偽表示が生じているかどうかについて、リスクが受入可能な程度に低められるまで証拠固め(監査証拠の収集:監査手続)を実施します。
この過程で、仮に重要な虚偽表示が発見され、未修正のままとなっている場合、そのような事項について「…事項の…に及ぼす影響を除き」又は「…の及ぼす影響の重要性に鑑み、不適正」といった形式で、財務諸表に重要な誤りが存在するというネガティブな事実が「除外事項」として監査報告書に記載されます*3。
これに対して、KAMは、重要な虚偽表示が実際に発見されていない場合、また、発見されたとしても適時に修正されている場合に、仮定した重要な虚偽表示リスクに対して十分かつ適切な監査証拠を入手して監査を実施した過程を伝えるものです。
KAMは、重要な虚偽表示の可能性が存在することについては示したうえで、最終的には、財務諸表に重要な誤りが含まれる可能性が、監査手続を実施した結果、低いと判断されていることを示すものです。KAMには、財務諸表のどこに重要な誤りが生ずる可能性が高いかを示唆するという側面はありますが、財務諸表に重要な誤りそれ自体が含まれていることについて警告するようなアラート情報ではないと考えられます。
<Q4 KAMは監査報告のあり方に端を発する>KAMは監査報告書の記載内容の拡充の話であり、会計基準や内部統制の評価基準は改訂されておらず、監査の対象範囲が拡大するわけではないと当社担当の監査法人から説明されている。 監査報告書の記載内容を拡充することにどのような意味があるのか? 過去に行われてきたような企業内容の開示の拡充や企業の内部統制の強化とは少し考え方の方向が異なるように思われるが? |
T先輩が違和感を覚えるのもごもっともと思います。監査は、「企業等の財務諸表作成者が財務諸表を作成し、監査人は財務諸表に関して監査意見を表明する」という「二重責任の原則」のもとで行われます。そのため、多くの場合には、まず会計基準が改正され、会計処理や財務諸表の注記事項が複雑化し、それに伴って監査の対象が拡がることで「監査が大変だぁ~」という状況が生じていました。これとは異なり、KAMは、会計基準の改正ではなく、監査の透明性や情報価値を高めるという監査の報告のあり方の見直しを出発点とするものであり、事の発端が異なります。
2018年7月に改訂された監査基準の前文に書かれているのですが、不正会計事案などを契機として監査の信頼性かあらためて問われている状況にあり、その信頼性を確保するための取組みの1つとして、財務諸表利用者に対する監査に関する情報提供を充実させる必要性か指摘されています。そのなかで、監査意見に至る監査のプロセスに関する情報か十分に提供されず、監査の内容か見えにくい、ブラックボックス化しているとの指摘が行われており、監査の透明性を向上させ、情報価値を高めるために、KAMの記載を監査報告書で行うこととなりました。したがって、KAMは、前述の二重責任の原則に沿って「財務諸表の内容に何か変動が生じたから監査にも影響が生ずる」というような財務諸表を起点とした考え方ではなく、「監査報告をどのように行うか」という監査あるいは監査基準を起点としており、そのため、T先輩も今までとはどこか違うとお感じになられたのではと思います。
<Q5 KAMの監査手続に与える影響>監査報告書の記載を拡充すると、今までよりも深掘りするような厳しい監査が行われ、提出する資料などが増えないのか? |
前述のとおり、KAMは、監査報告の透明化や情報価値の向上に関わるものなので、KAMを監査報告書に記載するために、財務諸表監査の金額や数値の裏づけとなる監査証拠の入手に関して追加しなければならないものは通常は少なく、KAMの導入を機に金額や数値の裏付け資料の提出が単純に又は大量に増えることはないように思われます。むしろ、これを機に金額や数値の裏付け資料が増えるのだとしたら、監査人が今まで本当に監査の基準に準拠して監査してきたのか、疑ってみたほうがよいかもしれません。
しかしながら、他方では、KAMの導入に伴い、監査人の求める情報の質が変化し、企業の事業の内容に関して今まで求められていない類いの情報の提供を要求され、企業の活動についてのより詳細な内容の問い合せや面談・ディスカッションの要請が増えることがあるように思われます。
監査報告書にKAMを記載する場合、KAMの内容に加え、それをKAMとして決定した理由及び監査上の対応を記載することとなります。KAMの決定理由として「この事項をなぜKAMとして取り上げるのか?」を記載するとなると、監査人はあらためて監査の重点事項の位置づけを企業の事業や活動に照らして第三者にロジカルに説明できるように考えを整理する必要に迫られることが多いと考えらます。監査の重点事項とその決定理由や背景については、貴社のような監査役設置会社では、監基報260「監査役等とのコミュニケーション」の規定に従い、従来から監査役に伝えられているはずです。しかしながら、会社の機関として企業の状況についての情報を入手して理解できる立場にある監査役とは異なり、そのような立場にはない企業外の監査報告書の利用者に対しては、背景となる情報を追加してより客観的又はロジカルにKAMの決定理由を説明して記載できるようにすることが必要となります。
そのため、監査人としては、企業及び企業内容を深掘りして理解することとなり、事業や企業活動に情報を従前以上に入手して利用しようと図ることが多くなるのではと考えます。
<Q6 KAMが企業側に及ぼす影響>KAMの導入によって企業側の監査対応や監査人とのやりとりのどこが変わると見込んでおけばよいか? |
監査人がどれだけ貴社の事業の特性や決算構造に関する大局観や全体感を持って監査に取り組んでいるかが、浮き彫りにされることとなります。
財務諸表を対象とする監査を行っていると、財務諸表以外に目が向かず、個々の金額の裏づけになるような証憑や資料に目が行きがちになるのが監査人の習い性ですが、それだけでは部分的な事項のもたらす「合成の誤謬」により、財務諸表の重要な誤りを見逃す可能性があります。T先輩も社長として十分に認識されていると思いますが、財務諸表は企業の活動の状況や成果を金額や数値で表したものであり、金額や数値には必ず意味があり、その背景には企業の活動が利益を生み出している要因、ロジックやストーリーがあります。
特に、上場企業の決算を締めた経験をお持ちであればおわかりかと存じますが、個々の企業には固有の決算構造と呼ぶべきものがあります。
たとえば、ある会社で販売取引は卸売業者等販売チャネルを通じた比較的安定的な商流のもとで少額取引が反復継続的に行われるが、資金力の低く貸倒懸念のある得意先が複数ある、製品原料の仕入価格が資源相場に関連しており、概算(変動対価)で行われる、収益性の低い支店が複数あるといった場合があります。
このような場合、決算上、損益を決定づけるのは、売上高がどれだけ計上されたかというよりは、原料仕入の概算計上、貸倒引当、固定資産減損といった決算整理事項であり、監査人もこれらの概算計上や引当、減損といった会計上の見積りに重点を置き、さらに見積りの基礎となる割引率、相場の見通し、営業損益の状況等に焦点を当てて検討することになると思われます。
したがって、監査人が監査の重点事項からKAMを決定した理由を監査報告書に記載することになると、企業の固有の状況に則したKAMの記載により、決算構造上、損益に重要な影響を及ぼす事項に関して特にどのような要因が重要であるかが掘り下げられ、明らかにされることが多いと考えられます。そのため、企業と監査人の間においても、企業の事業や決算の構造を理解するために必要な情報や、決算において損益に重要な影響を及ぼす事項に関する情報のやりとりが増えるものと思われます。また、会社の事業活動をより広く理解するためには、有価証券報告書において監査の直接の対象となる財務諸表以外の情報(「事業等のリスク」、「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」の記載等)、社内のリスク・マネジメントにおいて共有されている情報やIRにおける事業見通しに関する説明など多角的な観点から情報の収集を図るものと思われます。
T先輩ならば、きっと、帳簿金額と証憑の突き合わせばかりしている監査人よりも、「全体最適」の視点から、そのような要因の状況、ロジックやストーリーを把握し、企業の金額や数値の動きが矛盾するものではないことを確かめる監査人を高く評価し、監査を担当してほしいと考えるのではないでしょうか?
財務諸表に計上されない無形の要因、すなわち計数のみでは語れない、いわゆる非財務的な要因がどのように財務諸表の金額や数値の動きに結びついているのかといった事業のロジックを理解しようとする監査人と付き合いたいと思うのではないでしょうか?
<Q7 KAMに伴う企業開示の促進>繰返しになるが、KAMは監査報告書の記載内容の話であり、会計基準や内部統制評価基準は改訂されたわけではないと当社担当の監査法人から説明されている。それなのに、当社の経理部門はなぜ財務諸表や有価証券報告書の開示の拡充と言った企業側の対応が必要だと言うのか? |
前述のとおり、KAMとしては、決算構造を踏まえたうえで財務諸表に重要な影響を及ぼす事項(たとえば、会計上の見積り)が取り上げられる可能性が高く、当該事項に従来以上に焦点が当たる可能性が高いと考えられます。
しかしながら、日本の会計基準は、国際会計基準や米国会計基準に比べて注記事項(特に会計処理の前提や基礎となる説明情報)として要求されている内容が簡素であり、また、有価証券報告書(以下、「有報」という)の経理の情報以外の章においても開示ルールを最低限満たす内容を開示すれば足りるという傾向がみられます。そのため、監査人が企業の財務諸表に重要な影響を及ぼす事項に関してKAMの決定理由又は監査上の対応として必要な情報を記載しようとする場合に、企業の未公表の情報を記載する可能性があります*4。なお、前述のとおり、KAMは、元来、会計処理や開示の拡充に端を発するものではなく、監査報告のあり方の見直しに端を発しています。したがって、監査報告書においてKAMとしての記載が必要かどうか判断する場合には、その情報が財務諸表その他の媒体において公表されているかどうかについて考慮するものの、それはKAMの記載の要否を決定づける要因とはなりません。監査人はKAMの対象とする事項の公表・開示を経営者や監査役等に促すものの、最終的には、企業の未公表の情報であっても監査報告書にKAMとして記載することがあるとされています*5。
なお、監査人が企業に対して守秘義務を負って監査を行うのは基本のキ、監査の一丁目一番地なのですが、監査人が正当な注意を払って職業的専門家としての判断において記載するのであれば、監査基準に照らして正当な理由により守秘義務が解除されます。監査基準の前文では、監査人は、KAMの記載により企業又は社会にもたらされる不利益が、当該事項を記載することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれない限り、KAMを記載することが適切であるとされています。
また、財務諸表利用者に対して、監査の内容に関するより充実した情報が提供されることは、公共の利益に資するものと推定されるため、監査人がKAMとして決定したにもかかわらず、監査報告書に記載が行われないことは極めて限定的であるとされています*6。
無論、監査人には守秘義務が課されますので、監査に必要と考えられない情報や企業の取引先等、第三者の利益を不当に侵害する情報を不適切に開示しないことが求められるのですが、たとえば、変動対価に基づく原料仕入取引の期末概算計上など、「監査人が監査の重点事項としているが、会計基準や開示ルールで開示することが直接に/明確に求められていないため、従前は公表していない/簡潔にしか公表していない」といった事項がある場合に、それを監査人がKAMとして記載すると判断することがあります。この場合、監査報告書や財務諸表の利用者への情報(損益に不確実性を生じさせる事項に関連して重要な虚偽表示リスクがあり、監査において特に重点を置いた事項に関する情報)の提供による公益と企業側の不利益(取引先との契約条件の開示等)を比較衡量してKAMを監査報告書に記載しない合理的な理由・企業の不利益があるかどうか、監査人は企業と協議します。しかしながら、監査人がKAMとして監査報告書に記載する必要があると判断するような監査の重点事項は監査報告書や財務諸表の利用者にとって情報価値が高く、多くの場合、公共の利益を不利益が上回ることを企業側が合理的に説明することは難しい場合が多く、KAMの対象とする事項それ自体をKAMとして全く記載しないと監査人が最終的に判断することは限定的であると思われます。
むしろ、監査人と企業の間の協議においては、そのような監査において特に重点を置いた事項については監査報告書にKAMとして記載することとしたうえで、その内容、決定理由の具体的な記述において企業の未公表の情報をどこまで具体的に記載するか、できるかについて、協議することが多いのではないかと考えられます。もっとも、KAMの記載における企業の未公表の情報は多岐にわたります。企業の未公表の情報といっても、会計の基準、監査の基準や実務指針等を適用した場合に使用することが当然に想定される帳票等のようにKAMの監査上の対応に記載することにあまり支障がないと考えられる場合もあれば、減損の兆候を識別した事業投資や固定資産のように対象や金額を特定するうえで慎重な記載が求められる場合もあります。ちなみに、減損の兆候を識別したが認識にまでは至らなかった事業投資や固定資産に関するKAMの記載についてどこまでKAMとして記載されるのか、戦々恐々とされている企業もあるようです。どこまで記載するのかは最終的には個々の監査人の判断によるものであり、固有名詞を用いた説明までは必ずしも求められないという考え方、どの事業に係るものであるか等、特定できるような記述が望ましいという考え方、さらには、KAMとして記載されている事項がどの程度重要なのかを示すために、KAMの対象となる金額を特定して記載することが望ましいという考え方など、さまざまな考え方がみられるようです。
なお、このように企業の未公表の情報をKAMとして記載する場合には、監査基準では監査人は企業の経営者及び監査役等に開示を促すこととされており、また、監査報告書の利用者が二重責任の原則の伝統的な考え方に則して「なぜ監査人がKAMとして記載しているのに、その事項を企業が公表しないのか?」という素朴な疑問を企業に寄せることも想定されます。そのため、企業側においても、企業の未公表の情報がKAMとして記載されることを強く意識して、注記事項等による説明の追加を真摯に検討している企業も見受けられるようです。
貴社の経理部門も、監査人のKAMの前広な検討に対応して、財務諸表や有報の開示の拡充を検討されているものと理解しています。
なお、監査人がある事項をKAMとして記載する場合、企業がKAMの記載と同等の内容を財務諸表に注記している場合であっても、さらに詳細な情報を財務諸表の利用者が企業に対して求める可能性があり、どこまで説明のための注記を行うか、お悩みの企業もあるようにお見受けしています。
たとえば、会計上の見積りの監査において、監査人は見積りの不確実性の程度について評価しなければならないとされています*7。会計上の見積りをKAMとして取り扱う場合、KAMの決定理由又は監査上の対応において、見積りに用いた重要な仮定に関して不確実性の原因となるような振れ幅(たとえば、相場価格が重要な仮定である場合、将来の相場価格の変動レンジ)についてどのように評価したか、記載することとなります。この記述に関して、監査人には必ずしも振れ幅がいくらからいくらであったのか、具体的な数値を示して説明することまでは求められていないと解されます。しかしながら、そのような具体的な数値がKAMに記載されていない場合であっても、財務諸表の利用者はそのような具体的な数値情報に関心を寄せ、企業に対して、さらに見積りの重要な仮定の振れ幅に関する具体的な情報を求める可能性があります。
T先輩の会社の財務諸表を拝見する限り、不確実性のそれほど高い会計上の見積り項目はないように思われますが、不確実性の高い(振れ幅の大きい)会計上の見積り項目を計上している企業では、こうした情報は、企業の競争力等の指標となり得るものであり、企業として財務諸表又はその他の媒体においてどのような開示を行なっていくのか、慎重な検討が必要であり、企業内容のディスクロージャーに真摯に向き合っている企業であればあるほど悩ましい問題になるような気がしております。
<Q8 KAMと企業の未公表の情報>KAMの監査報告書への記載は、監査報告書の提出前に、当社の財務担当取締役や監査役と協議のうえで当社との合意のもとで行うのか? 未公表の情報が唐突に開示されてしまわないのか? |
KAMの記載内容について監査報告書提出前に企業の経営者及び監査役等とコミュニケーションを全く行わない訳ではありません。
KAMの内容、決定理由及び監査上の対応の記載及びその基礎となった事実に誤りがある場合、監査報告書が虚偽の情報を伝達してしまいます。そのため、監査人は提出前に監査報告書の草案を企業の経営者及び監査役に提示し、事実確認を求めることとなります。また、監査基準の前文では、監査人は守秘義務を負っており、企業に関する未公表の情報を不適切に提供することとならないよう留意する必要があり、KAMの記載の結果生じる可能性がある企業の不利益を企業の経営者がどのように、またどの程度重要だと考えているのかを理解するために役立てるため、KAMの記載に関する経営者及び監査役等と協議を行うこととされています*8。
このような協議のなかで、実務上は、KAMの記載内容について監査人と企業の経営者及び監査役等との合意形成が通常は図られると考えられます。
ただし、KAMは財務諸表の開示に端を発するものではなく、監査報告をどのように行うかに端を発するものです。そのため、最終的には、監査人がどのような事項をどのようにKAMとして記載するかを決定することとなります。また、監査の独立性に鑑みても、監査報告書の記載内容は企業とは独立した立場から監査人が決定するものと考えられます。たとえば、財務諸表の重要な虚偽表示が監査意見に重要な影響を及ぼす場合、監査人は、前述のとおり重要な虚偽表示の存在を指摘して除外事項付意見を表明します。このような除外事項付意見の表明にあたって、たとえば会計上の見積りに関して監査人が重要な虚偽表示であると判断した事項や金額について、企業の経営者と見解の相違があることがあります。そのような場合、監査人は、企業から独立した立場から監査意見を表明するため、除外事項付意見の表明が適切であると職業的専門家として判断する場合には、企業の経営者との見解の一致の有無にかかわらず、除外事項付意見を表明することとなります。
この点についてはKAMも同様であり、監査人は、最終的には職業的専門家としての自らの判断に基づき必要と判断する場合には、監査報告書においてKAMを記載することになると考えられます。
<Q9 KAMに対する企業の経営陣の対応>KAMの監査報告書への記載によって、当社の経営陣が対応しなければならない事項としてどのようなものが考えられるか? |
前述のように、監査人が監査の重点事項からKAMを決定した理由を監査報告書に記載することになると、決算構造上、損益に重要な影響を及ぼす事項に関してどのような要因が特に重要であるかが掘り下げられ、浮き彫りにされて対外的に公表されることとなります。
監査基準の前文においては、このような動向を想定して、監査報告書へのKAMの記載により生ずる効果として、財務諸表利用者の監査や財務諸表に対する理解か深まるとともに、経営者と財務諸表の利用者との対話か促進されることを挙げています。
決算構造上、重要な影響を及ぼす事項をKAMとして記載する場合、重要な会計上の見積りが取り上げられることが多く、その結果、財務諸表の利用者の関心が重要な会計上の見積りの対象となる事項、たとえば、事業投資・のれんや固定資産の回収可能性に寄せられ、重要な会計上の見積りの基礎となる重要な仮定のうち、主観・予測の介在する情報や不確実性の高い要因に関する情報ニーズ、説明の要求が高まることが想定されます。
企業の経営者に対して、重要な会計上の見積りの基礎となる仮定のうち、特に見積りの基礎となる経営者の予測、見通しを的確に説明することが求められるものと考えられます。
T先輩の会社に、このような重要な会計上の見積りに該当するものがあるのならば、KAMに関連して、決算構造上、損益に重要な影響を及ぼす事項については、従前以上に財務諸表利用者の関心が高まるものと思いますので、経営者として説明責任を果たすよう情報を入手し、合理的な説明ができるようにしておいていただくのがよろしいかと存じます。
また、このように、決算において損益に重要な影響を及ぼす事項に関してどのような要因が特に重要であるかが掘り下げられ、浮き彫りにされることにより、コーホレート・カハナンスの強化や、さまざまなリスクに関する認識を高め、監査人と監査役等との間のコミュニケーションを促すことにつながるものと思われます*9。
T先輩におかれましても、経営者として、監査報告書へのKAMの記載を単なる財務諸表監査の監査人への対応とせず、事業リスクの識別及び対応と関連づけて捉えていただき、監査役他、関係者の方々と、リスク・マネジメントやガバナンスに活用していただくよう、ご検討いただければと存じます。
<Q10 KAMに対する監査役等の対応>KAMは金融商品取引法の監査報告書には記載されるが、会社法の監査報告書には記載されないと説明を受けている。それにもかかわらず、なぜ監査役からKAMへの対応の声が盛んに聞かれるのか? |
KAMは、監査役等とコミュニケーションを行った事項のうち、特に重要であると監査人が判断した事項であり、KAMに関する監査実務指針である監基報701*10においては、随所にKAMに関する監査役等とのコミュニケーションが定められています。したがって、T先輩のおっしゃるとおり、KAMは会社法の監査報告書には記載されないものの、監査役からKAMへの対応の声が上がることは不思議ではありません。
ただし、これは主たる原因ではないように私には思われます。監査役からKAM対応の声が上がるのは、KAMの導入が監査役等に求められる会計監査の相当性の判断に関する透明性をより具体的に説明することを求めるようになるためであると考えます。
わが国において、金融商品取引法監査と会社法監査は、財務諸表又は計算書類等の表示及び注記事項の監査手続を除き、一体として行われており、監査の重点事項はほとんど共通しています。
金融商品取引法監査の監査報告書においてKAMが記載されて公表される場合、会社法監査においてもKAMと同様の事項が監査の重点事項として取り扱われて監査が実施されるものと理解されます。監査役は会計監査の相当性に関する判断結果を監査役監査報告書に記載する立場にありますので、会計監査の相当性を判断するうえで当然に監査人の監査の重点事項を理解しているはずだということになります。さらに、金融商品取引法監査の監査報告書において監査の重点事項であるKAMが記載されることは、一般に監査の重点事項に対する関心を啓発し、高めることとなります。
このような状況においては、計算書類等に関して監査人の監査の重点事項は何でそれをどのように評価して監査の相当性を判断したのかについて、株主総会において監査役に説明を求める株主の声が上がることは想像に難くありません。監査報告書へのKAMの記載は金融商品取引法に限定されているとしても、たとえば、「監査役は監査人からどのような事項に重点を置いて監査を実施したと説明を受けたのか、また、監査役としてどのようにそれを評価して会計監査の相当性を判断したのか?」と質問されれば、会社法監査の話として実質的にKAMに関する説明と評価を監査役は回答せざるを得ないと思われます。
このように、KAMの導入が会計監査の相当性の判断に関する透明性・説明責任を高める可能性があることが、監査役さんからKAMへの対応の声が上がる主因ではないかと思います。
なお、このように監査の相当性に関する株主からの質問が想定される場合、その対応はまずは監査役にお願いすることとなりますが、監査人の定めた監査の重点事項の内容を適切に説明していただくため、事前に監査人と監査役が打ち合わせを行っておくことが必要となることがあるように思われます。また、株主総会において監査人に対する説明を要求する決議が想定される場合もあり、これに備えて監査人と企業の関係者が事前に協議を行うこともあるように思います。
なお、このような監査の相当性の評価は、監査の品質の評価と表裏一体の関係にあります。監査基準の前文において、財務諸表利用者に対して監査のフロセスに関する情報か監査役等が監査の品質を評価する新たな検討材料として提供されることて、監査の信頼性向上に資することにつながるとされているのも、監査の品質の評価において、監査人が個々の企業の状況に則して監査の重点事項をどこに定めたのかが非常に重要なポイントになるためであると思われます。監査人としても、監査の重点をどこに置いたのかを具体的に問われて監査の能力を評価されることになるわけですので、リスク・アプローチを従前以上に的確に適用しなければならず、うかうかしていられない状況です。
<Q11 KAMの早期適用>当社は東証一部に上場しており、KAMについて早期適用が推奨されると説明を受けているが、早期適用した方がよいのか? |
東京証券取引所から企業宛てにKAM早期適用のお願いが発せられており、また、日本公認会計士協会からも会員である公認会計士宛てに会長声明*11が発せられ、東京証券取引所一部上場企業において、2020年3月期以降のKAMの早期適用が推奨されています。
早期適用したほうがよいかどうかは、個々の企業の状況に応じて当事者が判断すべき事柄ですので、私からの論評は避けたいと思います。ただし、一般論として申し上げれば、これまで述べてきたようにKAMの記載事項に関する情報のやり取りや企業の未公表の情報に関する取扱いの検討、特にKAMの決定理由や監査上の対応に関して何をどこまで記載するのかについての検討に相応の時間を要します。また、早期適用しないとしてもKAMの強制適用は2021年3月期からであり、2021年3月期の金融商品取引法監査報告書の提出までにはこれから2年ほどしかありません。したがって、少なくともKAMの導入対応に関して「早期適用」ならぬ「早期着手」が今からすぐに必要ではないかと考えます。
なお、前述した監基報701では、法令において求められていないが任意に監査報告書にKAMを記載する場合には、KAMを記載する旨を契約条件において合意することとされており*12、通常は、監査契約書において定めておくことになるものと思います。
したがって、監査人と企業の合意のうえで監査報告書へのKAMの記載について早期適用を行うこととなりますが、前述のように、KAMは財務諸表の記載ではなく、監査報告書の記載に端を発するものであるため、KAMを早期適用するかどうかはまず監査人がイニシアチブを取って検討し、早期適用したいと考える場合には企業に提案し、同意を求めるべきものであると考えます。
ここ15年ほど、監査の世界においては、二重責任の原則の伝統的な考え方に過度に寄りかかり、何事も企業の動きをみてから動くといった監査人の受動的なビヘイビアが見受けられることもあるようです。KAMは監査人が監査報告をどのように行うかという話であり、監査人がイニシアチブを取って取り組むべき課題であると考えます。
T先輩の会社では、監査人がKAMに前広に取り組まれているようで、あまり心配してはおりませんが。
<Q12 KAMの監査時間に及ぼす影響>KAMは監査報告書の記載内容の拡充の話であり、会計基準や内部統制評価基準は改訂されておらず、監査の対象範囲が拡大するわけではないので、監査時間や監査報酬はそれほど増加しないと考えてよいか? |
おっしゃるとおり、KAMの監査報告書への記載は、監査の対象範囲の拡大の話ではないので、たとえば、内部統制監査の場合のような監査時間や監査報酬の増加には至らないのではないかと考えます。
ただし、今まで説明したとおり、企業の固有の状況に則したKAMの記載により、企業の事業や決算の構造を理解するために必要な情報や、決算において損益に重要な影響を及ぼす事項に関する情報のやりとりが増えること、企業の未公表の情報を勘案したKAMの草案の作成、さらには株主からの監査の重点事項に関する質問が想定される場合の事前準備など、監査時間が増加する可能性は相応にあるように思われます。これに応じて監査報酬も相応に増加する可能性は否定できないように思われます。
……以上、いただいた12のご質問に回答させていただきました。 最後に、一言加えさせていただきます。 なにぶん、KAMについては、わが国において実務が成熟しておらず、私も含め、試行錯誤しながらよりよい実務を積み上げる姿勢で取り組んでいる状況です。 そのため、何卒、KAMに取り組む公認会計士に対して鷹揚なご対応をお願いできればと存じます。 大変に長い回答になりましたが、T先輩のお役に立てれば幸いです。 6月のC高校の定期演奏会でお会いできるのではと考えておりますが、本件に関してご不明の点がありましたら、ご遠慮なくお問合わせ下さい。 それでは、また。 |
以上
注: 株式会社中央経済社様のご厚意により、旬刊経理情報2019年6月1日(No.1456)に掲載された記事を再録したものです。
*1 日本公認会計士協会監査基準委員会報告書(以下、「監基報」という)200「財務諸表監査における総括的な目的」12項参照。
*2 監基報701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」7項参照。
*3 監基報705 「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」16項及び17項参照。
*4 企業会計審議会第39回監査部会資料1「KAM試行のとりまとめ」(日本公認会計士協会)参照。
*5 企業会計審議会「監査基準の改訂に関する意見書」(2018年7月5日)前文参照。
*6 前掲*5を参照。
*7 監基報540「会計上の見積りの監査」9項参照。
*8 前掲*5を参照。
*9 前掲*5を参照。
*10 前掲*2を参照。
*11 日本公認会計士協会会長声明「『監査基準の改訂に関する意見書』の公表を受けて」(2018年7月20日)参照。
*12 監基報701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」5項参照。