事例紹介

医療機関におけるリスク管理と内部統制

~危機を回避し、持続的な経営を実現するために~

医療は労働集約型の事業であり、多種多様な大勢のヒトの働きによって支えられています。それは、見方を変えればヒューマン・エラー(人為的な誤り)が生じる潜在的なリスクが高いということです。医療機関の経営者は、ヒューマン・エラーが必ず生じ得るものであることを認識した上で、エラーの発生をコントロール(管理)する仕組みというものを考えなければなりません。

医療機関が取り組むべきリスク

医療機関を取り巻くリスク

< 外的リスク >
医療制度の見直しや診療報酬改定など制度・政策的なものに加え、災害や停電など医療機関を取り巻く外部環境に係るリスク。制度・政策はこれまでもその動向が着目されていたところですが、東日本大震災以後はBCP(Business Continuity Plan)への取組みも注目されています。

 医療サービス提供に係るリスク >
医療機関がまずもって対応に追われるリスクであり、最たるものが院内感染や医療過誤など医療安全に係るリスク。殆どの医療機関が「安心・安全な医療の提供」を基本方針として掲げていることからも、医療機関の存亡に大きく影響する最大のリスクとして認識されていることが推察できます。

< 経営に係るリスク >
医療機関は地域医療の担い手として、安定した経営のもとで継続的に医療を提供することを社会的責務として負っており、その経営を揺るがしかねないリスク。このリスクは医療機関という組織(事業体)に内在するものであり、それらのリスクをコントロールする仕組みが必要不可欠となります。

< 環境リスク >
環境問題への対処ということで言い表されます。医療機関でも医療廃棄物が発生することから、環境に配慮した取り組みが求められるところです。

経営に係るリスク

医療機関に限らず、経営において、あってはならないこと、それは「不正/横領」「事件/事故」です。これらがひと度露見すれば、その医療機関の社会的信用は失墜し、事業存続の危機に晒されることになります。「事件/事故」は安心・安全な医療の提供が当然の義務のように思われている医療機関にとっては、起こしてはならない最大のリスクであり、これを疎かにしている医療機関はないはずです。そして、「不正/横領」にも寛容な医療機関はないと思いますが、医療保険制度という枠組みの中にあって、「診療報酬の不正請求」は医療機関の存続にも直結しかねない重大なリスクと考えます。
ご存知のとおり、保険診療に係る診療報酬は審査支払機関で審査されていますが、疑義の情報が提供された場合、地方厚生局による「指導」が行われます。そこで不正又は著しい不当が疑われると「監査」が行われ、結果次第では最も重い“保険医療機関の指定取消”という行政処分が下ります。診療報酬の不正請求は不当報酬の返還にとどまらず、保険診療収入という収益源を失うことになり、最悪の場合、医療機関として存続することが不能となります。
厚生労働省から毎年公表されている、保険医療機関等の指導・監査等の実施状況を見ると、近年、指導・監査等の実施件数は増加傾向にあり、結果として保険医療機関等の指定取消等の件数も増加しています。増加の背景には個別の診療報酬の算定項目の分かる明細書の交付が義務化されたことがあるようです。
不正請求でも悪質とされるのが故意によるものです。医療機関にとって収益確保が経営上の最重要命題であることに変わりなく、架空請求・水増し請求はある意味、収益をかさ上げする手っ取り早い手段となります。架空請求・水増し請求に手をつけざるを得ない状況にあったとすれば、問題の根源はそれを強いた(あるいは許容した)経営者の姿勢あるいは組織風土にあります。組織風土は組織の内部統制の根幹をなすものであり、本来ならばそうした不正を許さない組織風土をつくるのが経営者の責務です。経営トップである理事長や院長という権限者からの指示は通常、組織においては絶対的であり、例えば、医事部門に何とかして収益を上げろとプレッシャーだけをかけていたとすれば、結果として生じた不正は経営者が行ったものにほかなりません。
一方、故意でない不正請求として、例えば、診療報酬の改定内容を正しくフォローできていなかったり、算定基準の充足要件の確認が不十分であったり、請求前のレセプトチェックができていなかったり、といった過失によるものがあります。過失であっても、あまりにずさんな場合には重過失として故意に近いものとみなされかねません。こうした過失による不正請求も経営者の管理責任が問われることになります。
最近は、患者が自ら診療報酬の内容をチェックできる環境が整ってきていることを意識した上で、不正請求を発見・防止できる体制(内部統制)を構築することが、地域医療の担い手たる医療機関の経営者にとって重要な責務であるとの認識が求められます。

また、「横領・着服」は、どのような組織でも起こり得るものですが、医療機関にあっては“資産の保全”という観点で「横領・着服」に対する管理体制が弱いと考えます。それは、収益の源である医療の提供を優先し、収益を生まない管理事務への人手や手間は後回しにされがちであるところに表れていると思います。横領や着服は組織内部の問題であり、医療過誤や不正請求に比べれば、医療機関としての存亡への影響度は小さいものの、風評という面ではマイナスであることに違いありません。
横領/着服は金銭的価値のあるもの(現金・預金、医薬品・診療材料、診療情報など)が手にしやすいところにあることが誘因となって起きるものです。ゆえに、経営者にはその誘因を極力減らすことを第一に考え、それとともに、職員を適切に処遇して、横領/着服する気を起こさせない組織風土を醸成すること、さらには、抑止力として発見する仕組みを整備し、やっても直ぐに発見されることを職員に意識させることが求められます。 

リスク対応としての内部統制のあり方

どのような組織も、人員が増え、組織が大きくなるにつれ業務の多様化が見られますが、そうなると経営者自らがすべてに目を行き届かせるには自ずと限界が生じます。一方で、収益に結びつかない業務に人員を割ける余裕がないのも多くの医療機関における現実です。とはいえ、問題が生じてからでは遅いので、医療機関の経営者には、以下のことを認識していただくことを提言します。

  • 自らが安心を得るために、リスクを軽減するための手立て(内部統制)が少なからず必要である
  • リスク軽減に向けた手立てを講じるに当たっての基本方針は“人に仕事をつけないこと”、“一人完結型業務をつくらないこと”である。
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