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IoTのヘルスケア分野における可能性について

医療機関の現場にどのような変革をもたらすか

IoTという言葉が昨今注目をあつめるようになりました。その市場規模は日本国内で現在の5兆円規模から2020年には11兆円規模にまで拡大するとの見通しもあり、今後あらゆる業界・分野にひろがりを見せ、我々の生活にも劇的な変化をもたらすと言われております。では医療機関の現場においては、IoTがどのように活用され、そしてどのような変革をもたらすのか最新の技術動向や事例を踏まえ、ポイントを解説します。

はじめに ~IoTとは~

最近新聞や雑誌など様々なメディアで「IoT」という言葉を頻繁に目にします。

Internet of Thingsの略で、日本では「モノのインターネット」と訳されております。一般的には、「あらゆるモノがインターネットにつながり、様々な場所に情報が送信され活用される仕組み」と言われておりますが、モノのインターネットといわれても具体的なモノのイメージも曖昧で、明確な定義もなく、あまり実感がないとか実態がよくわからないといった声が多いようです。一方で「IoTによってビジネスモデルが変わった」とか「IoTは我々の生活を変革させる」いった声も聞かれ始めています。

そこで、今回はIoTが何故ビジネス環境や我々の生活を劇的に変えるほど「スゴイ」のか、そして医療の現場ではどういった変革をもたらすのか解説していきます。

IoTの可能性について

まずは、IoTを知る上でその仕組みからみていきます。

具体的なIoTのプロセスとしては、
①情報の取得(センサー、カメラ等様々な「モノ」から取得)
②取得したデータの送信、蓄積(ネットワークによりクラウドセンター等送信、蓄積)
③取得データの分析(AIの利用)
④分析結果をフィードバック(次のアクションにつなげる)
があります。

下図1がそのイメージとなります。

図1:IoTプロセスのイメージ
※クリックして画像を拡大表示できます。

そのプロセスの中でIoTの実現と普及を加速的に進めたのは、①~③のプロセスを担うセンサーやクラウドコンピューティング、ビックデータの蓄積や処理といった技術革新によるものが大きいと言えます。そして今後大きな変革を推し進める要素として着目すべきは、①から③で取得し分析された情報をフィードバックし、具体的なアクションに活用する④の段階です。
イメージしやすいところで家電製品の冷蔵庫を例にとって説明しましょう。既に「スマート冷蔵庫」として商品化もされておりますが、センサーにより室内の温度や食材の有無などを監視、冷蔵庫内の状態や足りない食材を把握し、ドアに付属しているディスプレイやスマートフォン等を通じユーザーに通知します。
確かに便利な機能ではありますが、更に一歩進めて、蓄積した日々の食材の消費傾向とユーザーの健康状況のデータを合わせて分析し、適切な日々の摂取カロリーを算出、そこから健康改善(維持)のための献立をつくり、その情報と冷蔵庫内の食材や調味料等の在庫状況を元に、自動的に注文してくれる機能が付けば、我々のライフスタイルに大きなインパクトを与え、冷蔵庫自体のあり方も変わり、新たなビジネスチャンスにもつながります。
これこそが新たな価値の創造や生活面での変革となるまさにIoTの真価と言えます。

実際IoTに対する市場の期待値は大きく、下図2時価総額ランキングを見てみるとここ10年の間に劇的に上位の企業の顔ぶれが入れ替わっており、その大半がIoTの分野で先行している企業です。
日本国内でも政府は2017年の成長戦略「未来投資戦略」で、改めて「第4次産業革命」の推進を軸として、「IoT」や「人工知能(AI)」を活用した政策を並べており、日本のあらたな成長戦略の核となる技術として捉えています。

図2:世界時価総額ランキングの比較
※クリックして画像を拡大表示できます。

医療の現場におけるIoTの技術動向と活用事例

では、医療の現場においてIoTはどのように活用されているでしょうか?
最近身近になりつつあるのがウェアラブル型の装置です。身に着けることで、遠隔でリアルタイムに患者の状態把握ができるというものです。腕などにはめることで、熱や加速度を測るセンサーや心拍計等を利用し、身体熱環境、位置、転倒転落など患者の状態を把握、熱ストレスによる体調不良の危険度や急激な容態の変化、転倒・転落時の迅速な対応に活用することができます。またベッドに寝ている状態で、脈拍数や呼吸数、睡眠・覚醒などの状態を測定・検知し、電子カルテやナースコールシステムなどに情報をつなげたり、体温や血圧といった生体情報を、通信機能付き測定機器などを利用し読み込むことで、生体情報等を一元管理したりするような、「スマートベッドシステム」と呼ばれる製品も出てきております。このような製品は、看護業務の省力化や転記ミスの防止による正確性の向上など病棟業務全般の効率化につながります。その他、薬の飲み忘れを通知する錠剤ケースやコンタクトレンズ型の血糖値測定・管理装置など医療に関連する様々なモノがIoT化してきております。
また少し違った観点では、医師や看護師など医療の現場で働く職員にセンサーを付け、その動きを分析し、効率的な働き方につなげるような利用方法も出てきております。
いずれの事例も医療の現場において現場職員の業務改善や生産性向上につながり、患者の目線に立てば安全性やサービスの向上が期待できます。またコスト面でも人件費や医材料費、設備費などの削減が可能となります。ただし、これらの事例も先に述べたIoTのプロセスで考えると④次のアクションにつながるフィードバックという観点に関しては、今後更なる発展が期待されるところです。
例えば診断や診療計画にダイレクトに分析された情報が連携されることで、迅速かつ質の高い診断とそれにもとづく診療計画の策定が可能となり、より効率的かつ効果的な治療や、病気そのものの予防につながれば、まさに飛躍的な医療の進歩とイノベーションを予感させるものとなります。

昨今医療現場における人材不足が叫ばれ、一方で高齢化に伴う医療サービスへのニーズの高まり、医療の発展に伴う高度化、複雑化も進む中、業務効率化や患者サービスの向上、そして医療コスト削減という点において、IoT技術の医療現場における活用は今後将来にわたって安定的に医療サービスを提供していくため必要不可欠な技術になることが期待されています。

医療現場でのIoT活用に際し、課題もある

医療分野へのIoTの普及に伴い、前述したような多くのメリットが見込まれる反面、新しい技術にはつきものである様々なリスクも想定されます。ここからは具体的なリスクの内容と解決すべき課題について考えていきます。
一番に考えるべきリスクはセキュリティです。家電製品等とは違い、医療の現場で取り扱われる情報は価値の高い個人情報であり、また直接患者の命にかかわるものです。悪意を持ったハッカー等に患者情報の取得のためサイバー攻撃を受ける可能性が考えられ、更には意図的に情報操作されることもあり得ます。患者情報の漏えいはもちろんのこと、生体情報や感染情報等の数値を書き換えられることで、誤った投薬や処置を実施してしまい、命にかかわる事態になることも考えられ、重大な事故につながる可能性があります。

次に医療の現場では身に着けるタイプのIoT機器が多いため、破損及び紛失のリスクが高く、またセンサー部分など繊細な構造になっており、故障の発生率が高い傾向があります。セキュリティ面のリスク同様、センサーの故障で患者の急激な様態変化の情報が連携されず、命にかかわるような重大事故につながる可能性をはらんでいます。
このようなリスクを回避するために、機器やネットワークの性能・品質向上といった技術面の改善と業界や政府機関による品質面やセキュリティ管理の包括的な基準の策定、ベストプラクティスの実践強化、そして医療機関ごとのネットワークに対するセキュリティ強化の施策を進めることで、課題を克服していくことが必要となります。現在サービス開発による普及が先行し、これらセキュリティや品質面の法律含めた基準の策定が後回しになっているような傾向がある中で、厚生労働省の医療情報ネットワーク基盤検討会が2017年5月公表した「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第5版」に今回IoT機器に関し医療機関等が遵守すべき事項等の規定が新たに設けられ、今後の技術動向に対する指針が示されており、医療機関や業界においては、具体的な対策の推進につながっていくことが期待されます。

安心・安全なIoTの発展を進めていくために、今後とも技術的進歩に伴い想定できないようなリスクに対する政府機関の迅速な対応と、医療業界での整備が強く望まれます。

最後に ~医療現場におけるIoTの展望~

医療分野におけるIoT関連の国内市場規模の予測は、2025年には1685億円となり、2016年の2.2倍に達する見込みです。下図3参照。

その予測の大きな要因としては、今まで述べてきたような医療現場の業務改善につながる様々なメリットや将来的に期待される医療分野でのイノベーションに加え、政府の成長戦略において、ビッグデータ、AIとともにIoTをコア技術として位置づけ、医療分野のみならず介護・健康関連産業育成の方針を打ち出していることがあげられます。IoTの研究開発を進め、医療・健康分野への応用と産業化が目標として掲げられており、医療ビジネスに携わるさまざまな事業者がIoTに関連した事業展開を進めています。

図3:医療分野におけるIoT関連機器・システムの国内市場成長予測
※クリックして画像を拡大表示できます。

今後日本は、他国と比較しても類を見ない程のスピードで未曾有の超高齢・人口減少社会を迎えます。医療費の増大や、医療を担う人材不足と偏在による医療サービスの質低下を避け、国民の健康寿命を延ばしていくための方策を待ったなしで打っていく必要がある中、IoTの活用はまさにこういった医療問題に対する一つの「ブレイクスルー」になることが期待されています。

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